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魔導エンジニアの受難  作者: 東雲 良
第一章 魔導学園エクセルシア
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先輩:あざとさ満点






 サティアのジト目に耐え切れず顔を思い切り逸らして射的に集中する運びになった。


 柔らかい弾丸を装填して、無駄とは知りつつも風のマナを練って込めてみる。


(……やっぱり駄目だな)


 感覚だけでマナが逃げていくように霧散していくのが分かって、オスカーの瞼がぴくりと動く。そもそも彼は風のマナを練る事自体が得意ではない。


 火、水、土、風。四つのマナを全て自由自在に扱える人間はいない。いいや、風のマナしか扱うのが得意ではありません、なんて人も珍しくはない。これに関しては火のマナと水のマナ、風のマナと土のマナが干渉や摩擦を起こしやすいからではないか、なんていう研究結果も出ているのだがそれはともかく。


 オスカーの場合は少し事情が違う。彼も魔導学園エクセルシアの生徒なので魔導に関する授業は受けている。そして生きている以上、生命力をマナに変換して魔導ガジェットに注入する術は心得ている。……はずなのだが、どうもマナを練ってから注入するまでの段階でマナが散っていってしまう、という厄介な特性があった。


 これがサティアの言っていた、『マナに嫌われている』という事象である。


「……ま、やりようはあるか」


「がんばれオスカー君! 君ならできる!」


 無責任な発言をかます先輩は一旦無視。


 とりあえずオスカーは限界まで身を乗り出して弾丸を発射してみた。


「ハズレだね。というかどこを狙っているんだい、直線過ぎる上にバリケードの端っこに当たったよ」


「これで良いんだよ。……二センチ、いいや三センチ左、かな?」


 ポンッ! という再びの小気味の良い発射音。


 続けて三発、普通に外れた。だがラストの一撃で、ポトリと商品が落ちた。


「なっ⁉」


 サティアが反則みたいな物理法則に驚愕の声を上げていた。


 障害物であるバリケード、その枠部分を一度跳躍して、コルクの弾丸がその隣の商品を抉るように落としたのだ。小さなぬいぐるみがコテンと落ちる。


「君なあ……ッ‼」


「魔導だけが全てじゃない。これは先輩の座右の銘でもあったはずだけど」


「ぐぬぬぬ……ッ‼」


「そんなに唸らなくてもこのぬいぐるみはあげるって。妹もぬいぐるみをやたらと集めているし、女の子はみんな好きなんだろこういうの」


「悪かったねえ子ども趣味で‼」


 何ら悪いと思ってはいないのだが、拗ねる先輩は可愛かったのでちょっと放置する方針に舵を取るオスカー。


 射的が終わると次にサティアが目をつけたのは輪投げだ。


 例のごとく彼女は流れるように二人分の料金を払ってしまうイイ先輩なので、オスカーも強制参加である。


「うっげえ……ッ‼」


「だからお祭りなんだよオスカー君? 魔導ガジェットを見ただけで駅の吐瀉物を目の当たりにしたような顔はやめなさい」


 輪投げだというのに、屋台の奥に馬鹿みたいに大きな水槽があった。


 当たり前のように魔導ガジェットである。どうやら輪っかに水のエレメントを司るマナを注入して、水槽の奥に浮かぶボールにぶつければ得点、というルールらしい。


「先輩、さっきから魔法アリの屋台に狙って入っているんじゃあるまいな……?」


「あ、あはは、まさか。あらぬ誤解だよオスカー君」


 目が泳いでいたので確信犯だと判断しよう。


 となれば負ける訳にもいかない。なんか掌の上で遊ばれている感が気に入らないし。


 おそらく魔導闘技(エクセルシアード)の前に頼りになる先輩という像を見せたいのだろうが、こいつの魔導オンチは学園全体、いいやオスカーの妹であるマリアも知っているので学園の外まで広まっているのだ。とにかく今さら感がすごい。


 輪っかを手に取ったオスカーは水槽を見て、さらにゲッソリした顔になった。


 屋台の奥のそれは蓋のない水槽、しかもそれを真横に倒したような形を取っているのだ。その水は重力に逆らって水面を縦にした位置取りをキープしている。あれも特殊な魔導ガジェットという訳だ。


 ちなみに、タイプとしては昨夜の七輪の魔導ガジェットと同じだ。使用者が注入するタイプではなく、すでにマナが封入されているので、動力源がなくなるまでは動き続けるはずだ。マナが切れたら水が全部ひっくり返りそうなので、サティアは若干の不安を感じつつ。


「オスカー君、どっちからする? 次は先行を譲ってあげるけど」


「後輩に様子見をさせる先輩はどうかと思う」


「ばっ、それも誤解だ! 見てろオスカー君、私は一人でもビシッと決められる女だ!」


「なら魔導闘技(エクセルシアード)も一人でやれよお‼」


 先輩の後ろ姿にツッコミを入れつつ、少年は制服の内ポケットに常に忍ばせているドライバーを取り出した。魔導ガジェットに最もよく使用されている規格のネジに合う工具だ。


 輪投げの輪っかもその例外ではなかった。オスカーはエンジニアらしく素早く基盤に続く外側を開けると、端子とスマートフォンを繋いでみる。


 そう、魔導ガジェットは普通に科学の産物だ。


 ただし科学と魔導が相容れない、なんてルールも存在しない。コンピューターなど未だに電気を必要とする物はあるとはいえ、その程度は太陽光や風力なんかで補える。世界全体のエネルギーが四大元素のエレメントを基礎とするマナになってからは、地球環境に関する問題の多くは根絶されたと言っても良い。


 そもそも魔導は科学の全てをカバーできるようにはできていない。便利なインターネットに代わるサービスを魔導が提供できる訳もないのだから、いきなり携帯電話の会社が潰れる事もない。


 ややあって、オスカーはそんな便利なサービスに支えられた五インチのデバイスを使って、エンジニア用のアプリを駆使してちょっとした工夫を敢行。


「ふっふっふう。どやあ」


「どうしたの先輩」


「私の勇姿を見ていなかったのか⁉ 五〇点中三八点と高得点なのに!」


「んー、まあそれくらいなら」


「ほ、ほほう……? 言うじゃないかオスカー君。ならほら次やってみて!」


 最高点は一〇点、持ち輪は五個。


 もはやオスカーは細かい狙いすらつけなかった。高得点の集中している上方、その辺りに適当に放り投げる。どれだけ全力で投擲したところで、水のエレメントの魔法を使えなければ水面に弾かれるか、水槽の途中で減速して底へ落ちていくだけだ。


 オスカーからすれば、水面に弾かれなければそれで良かった。


 それは、輪っかが水の中に入った途端の出来事だった。


 バヂィ‼ と機械がショートするような音が炸裂したと思ったら、輪っかが爆発するみたいに軽く弾けた。そこからさらに水の中を輪っかが突き進み、三つほどヒットした。


「合計二八点……くそっ⁉」


「いや待て待て待って? 何が起きたんだい今。格ゲーの二段階ジャンプみたいに水面を叩き割ってからもう一度輪っかが跳ねたように見えたけど⁉」


「基盤のプログラムいじって水のマナに触れたら弾けるようにしたんだよ。マナは生命力から抽出されるだけじゃない。水なら海や池に、火なら暖炉に、風なら普通に空気中に、土なら踏み締める大地なんかに溢れてるって授業で習ったばかりだし」


「そ、それで水槽に触れた途端にもう一度跳ねたのか……ッ⁉ た、確かにどんな水にでも多少のマナはあるだろうが……。というか商品にそんな事したら駄目だろう‼」


「なら俺はどうしたら良いんだ。エレメンタルヴィーナスにでも祈れば良いのか」


「あんな子どもに聞かせる眉唾をこの年齢になっても口にするのなんて君くらいだよ。ま、理論としては非常に面白いものなんだけれどね」


「科学で言う、何だっけ、プラスの悪魔?」


「惜しい、ラプラスだ。一体何を足していくつもりなんだい」


 エレメンタルヴィーナス。


 魔導に触れた事のある人間ならほとんどが知っているであろう単語だ。元々は子どもが魔導ガジェットを指差して、『これはどうやって動いているの?』という質問に答えるために生まれた言葉らしい。


『これはね、エレメントを司る女神様が動かしているの』。そんな風に父や母から教えられて、後々になってから学校で初めて細かい理論を習う。


 全ての物質を把握して解析すれば不確定な事など何一つなくなる、というラプラスの悪魔の理論に対して、エレメントの女神は体の良い神様だ。世の中は不思議な事でいっぱい、だけどそういう女神様がいればまずは納得できるよね。……とまあこんな感じで生まれたのだろう、とオスカーを含めた多くの学生や学者達は当たりをつけていた。


「だがエレメンタルヴィーナスという概念ができてから魔導の躍進が始まったんだ。数学の世界にゼロの概念を取り込んだ途端に上手く計算が回り始めるようにね。あながち馬鹿にできないものと私は思っているよ」


「あっはっは、神様を信じて魔導闘技(エクセルシアード)に出場するまでこの先輩の魔導オンチは極まってきていたのかこれはもうはっはっは」


「笑うしかなくなるほど私は絶望的なのかいオスカー君⁉」


 魔導学園エクセルシアから魔導闘技(エクセルシアード)の会場、コロシアムまでは三キロほどだ。


 色々と屋台を巡りながらだと体感的にはすぐに到着する。輪投げを終えるとこれといったゲームもせずに、会場の方へ辿り着いた。


 オスカーは選手の控え室の方へは何の興味も示さずに、客席へとサティアを連れて行く事にした。一般開放されているため、受付の人間に生徒手帳を見せれば中へ入れる。


 ……のだが、ここで受付のお姉さんがこう仰ったため、オスカーの頭が痛くなった。


魔導闘技(エクセルシアード)に登録なさっているサティア=テリナロンド選手ですね。明日からの試合、がんばってください」


「オイコラ乳牛」


「キサマ次にそんな単語を私に言ったらどんな手を使ってでも退学に追い込むからね?」


「せめて相談してから手続きしろよ、どうしてもう選手登録を終えているんだ⁉」


「そりゃあもちろんコロシアムを見学しながら今から君が私を説得しようとしているからだけど。こうでもしないと君は私をステージから引きずり降ろそうとするだろう?」


「……」


「大丈夫大丈夫、どうにかなるよ。ほら、どの魔導書にも不可能の文字は書かれていないくらいなんだし。意外とやってみればすぐに決勝戦までいってたりして」


 図書委員長らしいサティアの一言に、片手で額を押さえて止まらないため息をどうしようか考えるオスカー。


 やはり相手は一枚も二枚も上手だ。昨夜の焼肉から彼の運勢はガンガン下がり始めているのかもしれない。


 オスカーは受付の窓口に置かれていた会場のパンフレットを一枚拝借しながら、


「……とりあえずコロシアム見学だ、一応ここにきた目的は達成しておこう」


「ああ、行こう行こう☆」


「こういう時だけ腕を組むんじゃねえよやっぱり協力しようかなって気になるだろうが‼」


「それが目的なんだから仕方がないだろう」


 あざとさというか下心丸出しの作戦なのが分かり切っているのに、二の腕に当たるふわふわマシュマロな感触から逃れられない……ッ‼ と心の中で絶叫する思春期野郎。


 おそらく彼には修行が足りないのだった。人生経験という名の修行が。






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