爆乳:サティア=テリナロンド
「はいっ、オスカー君! 今日は私の奢りだからガンガン食べてくれ☆」
「先輩愛してます‼」
魔導学園エクセルシアの一年生・オスカー=クロスハートの目が食欲に溺れていた。
五月初旬の焼肉屋であった。
目の前に広がるのは肉に野菜にキムチに白米といった焼肉フルコース。おまけにジョッキに入った炭酸飲料なんてもうご褒美過ぎる。
しかも学校の二つ上の先輩・三年生の図書委員長兼生徒会書記、サティア=テリナロンドが共に食事をしてくれる上に会計を全部持ってくれるというのだから、これで喜ばない男はまずいない。
対面に座る女性はトングを持って、七輪の形をした魔導ガジェットに食材を敷き詰めていく。まさか肉を焼く係まで率先してやってくれるというのか。
「今月は金欠だから助かる。確かに助かるんだけど、なんか怪しいなあ……」
「なあにそう疑う事はないよ、オスカー君。いつも私の激務を手伝ってくれているその仕事ぶりを労おうって話なんだ、ほら遠慮はしないしない」
青みがかった黒髪をストレートにした長いヘアスタイル。三年生の証である赤のリボンを巨大な胸元の辺りで揺らしながら、緑が特徴的な制服をきっちりと着こなした真面目そうな少女を観察するオスカー。特にやたらと大きな胸の辺りはよく凝視しておこう。
ウーロン茶に口をつけていたサティアはいち早くその視線を察したようで、
「オスカー君、いつもながら君の視線には容赦がないな。私の肉まで食べるつもりか」
「その発言は思春期野郎には相当刺激が強いから気を付けるように。つーかこんなお高い焼肉屋に来る必要あったのか? 外は魔導闘技のせいで屋台式の出店がたくさん出ているっていうのに」
「お祭り気分を味わうのも悪くはないけど腰を据えて話をしたくてね。それに私は魔導から遠ざかってきたゴリゴリの文化系だからさ、魔導闘技は縁遠い話で少し実感が沸かないんだよ」
「それは俺もだよ。ただの魔導ガジェットのエンジニア志望なんだ、凶悪な魔法を扱ってガチで殺し合うヤツらの精神なんか分かるもんか」
ちなみに二つ上の先輩だというのにオスカー=クロスハートが敬語を使っていない理由は簡単だ。先ほどから炭酸飲料を片手に、幸せそうな表情を浮かべる黒髪の少年は立て膝をした上に肘をついている。平たく言うと態度が悪い。即ち、礼儀も何もあったものじゃない後輩なのだ。そもそも年上に尊敬の念を持つ高校生であれば、サティアの目と胸を交互に見ていない。それも胸の割合多めである。
一方のサティアはもうオスカーの視線に慣れているのかどうでも良いと思っているのか、長いストレートヘアを耳に引っ掛けながら、七輪の上の焼肉の面倒を見続ける。
「うー暑いし熱いし……」
「トングの係、俺がやろうか?」
「いいや大丈夫だ、君が細かい作業がドヘタクソなのは普段仕事を手伝ってもらっている私が一番よく知っている。ああ、エンジニア志望なのにだ。正直なところ、私は君が肉を焦がすのをすでに予知している」
「火、水、土、風のエレメント全部使ったって予知の魔法なんてないはずだけど」
「魔導が全てだと思うなよ後輩め」
「魔導を一切勉強せずに一般教養のカリキュラムだけをこなして、図書委員長と生徒会の一端を務めている先輩がそれを言うと説得力が段違いだよな」
「うっふふ、良いぞ良いぞ褒めたまえ。この魔導の時代に勉強机一筋で学内推薦を勝ち取ったんだ。後輩に崇められるくらいの旨味はあっても良いはずだよ」
「ああうん、旨味っていうのは確かに大切ですよね、ええ……」
「?」
「やっぱり良かった、先輩がトングを動かすべきです。これは俺がやったって絶対にこの幸せは生まれない訳ですし、流石は俺の見込んだサティア先輩です……」
「どうしたんだい急に敬語なんて使って。オスカー君にしては珍しいというかすでに鳥肌が立っているレベルで気持ちが悪いんだが」
「テーブルよりも一段高い七輪の魔導ガジェットに乗った肉のお世話をするたびに、先輩についた果実が二つ、ばるんばるんと弾んでいるしそりゃあやっぱり敬いますよね。何なら合掌して一礼したいです。もうすごいという感想しか出てこない。つーかもう教えてくださいよ、それはFなのGなのそれとも先輩の見た目をまんま表す文字のHなの?」
「死刑」
「あっづう⁉」
火の粉が散ってオスカーが慌てておしぼりを手に取る。
美しい唇をすぼめて、サティアが強く息を吹いたのだった。七輪の炎が勢い良く飛び散って、その火花が少年の手や顔にヒットしたせいで彼の方が焼肉になりかける。
世界は魔導で回り始めている。
だというのに、この文系少女の魔導離れが天井知らずだ。『魔導学園』エクセルシアだっつってんのに一般教養の教科書やドリルと睨めっこして二〇〇〇人を超える学園のトップ・生徒会にまで入ってしまうのだから本当に大したものである。思わず工業高校の中で携帯電話の使い方も知らない人が表彰されてしまうビジョンを思い浮かべてしまうオスカー=クロスハート。
緑の制服が汚れないように気をつけながら、良い色に焼きあがってきた肉をオスカーの小皿に移してくれるサティアはこんな風に言う。
「魔導はどうにも苦手でね。こういう魔導ガジェットはまだギリギリ使える方なんだが、専門的なものになるとスイッチも入れられないよ」
「先輩、ちょっと火が強いと思う。弱めないと焦がしちゃうよ」
「えっ、うあ? どっどれだ? どこをいじれば良いっ?」
「残念、実はダイヤルはこっちにあるから先輩の腕が伸びない限り火の調整はできない訳で。……つーか本当に魔導を知らないおばあちゃんの動きだな。小さい子でももうちょっとセンスあるぞ」
「忠告してくれたお礼にオスカー君の分の肉は脂身が多くて少し焦げたものばかりを盛り付けてあげよう」
「そんな殺生な⁉ つーかしっかり焦がしてるじゃねえか‼」
ペットボトルのキャップみたいなダイヤルを調整して、火のエレメントのマナ出力量を低くしていく。コンロよりもお手軽でガスのスプレーなんかも必要ない、環境に優しいガジェットの一つである。
青みがかったストレートのロングヘアな先輩がこちらに差し出してきた皿を見て、オスカーはいっそキョトンとする。
「何だ普通に良い焼き色の肉ばかりじゃないかツンデレか」
「ふっふ、私はドSに見えてその実はドMなのさ」
「すみません食事に手がつかなくなりました、その話を詳しく」
「する訳ないだろう。はいお箸」
「ありがとう」
高校一年生の男子高生なんてまだまだ成長期真っ只中である。
オスカーは牛でも豚でも鳥でも赤身や脂身何でもござれな年齢なため、食べ放題なんて最高でしかない。サティアには申し訳ないがここは自分の独壇場かなー、とか考えながら食べ始めた折であった。
真正面に座る先輩が握ったのは箸なんかじゃなかった。
巨大なスプーン。
白米に肉を乗っけてタレでびちゃびちゃにした上で、子どもみたいに雑にスプーンを使って口にかき込む女の子の姿がそこにはあった。
「んまーっっっ‼」
「まさかの大食いスタイル⁉ その食べ方するんならもう牛丼屋に行けば良いじゃん! うっわあマジか、この人が上手いの肉の盛り付けぐらいだよ、焼肉屋の事なんかなんも分かっちゃいねえ‼」
「おかしな事を言うんだねオスカー君。一番おいしい食べ方をして何が悪い。私は人に食べ方を押し付ける事もないんだ、君も押し付けてくれるな面倒臭い。あーんしてあげないぞ」
「牛丼スタイル最高ですよね。俺もちょうど牛丼が一番良い食べ方だと思い始めていたところです。だからあーんしてください」
「あーん」
「んまー」
「憂い憂い」
魔導学園エクセルシアに入学してから一ヶ月経って分かった事がある。
もはや別に期待もしていないが、この図書委員長にして生徒会書記の文系少女、全くと言って良いほどオスカーの事を男として見ていない。今のあーんとやらも男女関係云々ではなく、ほとんどペットの餌付けみたいなものだ。
どうせ今日も何か良い事があったから、猫に普段よりもちょっと良いエサをあげよう、みたいな気分になっただけだろう。
「それにしても、魔導闘技か」
彼らは魔導学園の生徒だ。自然と話は魔導の事へと流れていく。
サティアは手作り牛丼の上にキムチやナムルなんかを載せて、さらに豪勢にしながら、
「オスカー君は出場しないのかい?」
「さっきも言った通り俺は魔導ガジェットの専門、魔導エンジニア志望なんだ。剣や銃を持ち出して、直接戦闘で優勝を競う馬鹿馬鹿しい大会になんか出られるか。しかも一八歳以下の魔導師をランダムにごちゃ混ぜにしたトーナメント方式だろ? 五日間も開催される面倒臭いヤツ」
「うん、だから実力者がバンバン出てくる。まあそれが下級生の刺激にもなって後続の魔導師が生まれてくる、学園全体の向上を目指す実力主義の素晴らしい大会でもあるらしいけれど」
「毎年骨折や打撲の怪我人を出しておいてどの口が素晴らしい大会だ、怖いよ生徒会」
「あはは、うちは運営が忙しいからね。よっぽど優勝を狙いたい子しか出ないと思うよ」
「その忙しい人代表が焼肉屋で後輩と油を売ってて良いのかよ」
「私は生徒会の中でも書記の役割を担っているだけだからね。必要事項を資料としてまとめて生徒会長に提出すれば仕事は終わりだよ。そしてご存知の通り」
「アンタは仕事が異常に早い、と。まあ文句なんて一つもないけどさ、先輩の仕事が早いからこうして餌付けしてもらえる訳だし」
「おや私は餌付けだなんて一言も言ってないけれど?」
「へえ、これで餌付けじゃないだなんて驚きだ」
「拗ねないの。はいあーん」
「へえ、これで餌付けじゃないだなんて驚きだ‼ あーん‼」
差し出された先輩のスプーンをヤケクソ気味に咥えるオスカー。
どうせスプーンの間接キス云々の話を持ち出しても、先輩の余裕で乗り越えてしまうに決まっている。決まっているのだが、それでも攻め込むのがこのクズ野郎・オスカー=クロスハートであった‼
「いやあ幸せだなあ」
「急にどうしたんだい」
「綺麗で可愛い先輩と二回も間接キスができるだなんてこれはもう魔導師一の名誉と言われる魔導闘技で優勝するよりも喜ばしいなあ」
「ふふ、ありがとう。私もオスカー君の味がするようで一層お肉が美味しく感じるよ。これはやっぱり君の舌が一度触れているからかなあ?」
「……、……」
カウンターで照れさせられた。
まさかの反撃であった。関節キスで照れる時代は中学生で終わったと思っていたのに、乙女みたいに顔を赤らめる羽目になるとは男のプライドも何もあったもんじゃなかった。
緑の制服に身を包んだオスカーからすれば、七輪みたいな形をした魔導ガジェットのダイヤルを指で弾いて火加減を調節して顔を隠すしかもうやる事がなかった。
「ばっ、肉が焦げるだろう⁉ 煙で前が見えないけどひょっとしてニヤついているんじゃあるまいな⁉」
「……先輩いつか倒す」
「間接キスをした相手から宣戦布告されたのは初めてだよ」
「はあ、これで先輩がもう少し可愛くなくて胸も小さければ日頃の手伝いだって断れるのに」
「心の隅々まで欲望で染まっているヤツだな。君はあれだよね、漢気や人情って言葉が辞書には書かれていないタイプの子だよね」
ダイヤルを動かして貴重な肉が焦げるのを阻止しながら、黒髪のオスカーは大きな胸を持つ二つ上の先輩を一瞥する。
目の前にいるのは、やはり敵わない人だった。
魔導の腕や一般教養の知識なんていう次元の話ではない。もっとレベルの高いところ、頭の回転や人間味といった部分でどうしても一枚上手なのだ。
最初はそれがやたらと悔しくて自分から勝手に噛みついていただけ。それでもサティアは適当にあしらう事なく、オスカーの相手をしてくれた。魔導の腕なんて一つもないくせに。そうして気が付いたら、少年の方から懐くような形になっていたのだ。
やがて、食事の終盤に差し掛かった時だった。
きっかけはお互いのジョッキが空になった事だった。気を利かせたサティアが魔導ガジェットの水晶板を操作して追加注文を飛ばそうとしたら、やっぱり上手く操作できなくて結局はオスカーがオーダーを完了させたその時に、先輩の少女はこう口を開いたのだ。
「時にオスカー君、魔導闘技だけれど」
「ああ、さっきの話の続き?」
「あれの優勝の賞品は何か知っているかい? 魔導学園エクセルシア全校生徒・二〇〇〇人の頂点じゃ利かない、学園の外からもエントリーしてくる人間を合わせたトップに贈られるご褒美だよ。焼肉の食べ放題なんてチャチなものじゃない」
「ええと、確か莫大な賞金と魔導師が得物として使う『バランサー』の特殊カスタムだっけ。まあ魔導闘技で優勝するようなヤツは将来金持ちが決まっているようなものなんだから、莫大な賞金っつったって生涯年収の〇・一割にも満たないはずだけど」
「では本題だ」
は? と。
店員さんからおかわりのジョッキを受け取るオスカー=クロスハートの顔が固まった。
目の前の女の子は善意一〇〇%の笑顔をしているように見える。後輩の日々の疲れを癒して労ってくれる良いお姉さんにしか見えない。
だが違うのか。
そう、このご褒美タイム、もしくは餌付けの時間に本題なんて存在しないはずだった。なのに止まらない。オスカーの疑問を無視して爆乳の前で両手を合わせたサティアはさっさと話を進めてしまう。
「その魔導闘技の賞金と『バランサー』カスタム権限がどうしても欲しい。魔導ガジェットのエンジニア志望にして私の直属の後輩オスカー君、お願いだ。どうか私に手を貸してくれ」
「ぶっ⁉ ふ、ふざ、ふざけんなっ、一体何の冗談だ! そんなの無理に決まっているだろう、ゴリゴリの文化系とインドア派の魔導ガジェットのオタクがどうにかできる範疇を超えてんだよ‼」
「それは分かっているつもりなんだけれどね」
「分かっていないだろ頭に栄養が行ってないんだよ全部おっぱいに行っちゃってるからまともに考えられないのが原因ですよ諦めましょうよ先輩なら将来良い仕事に就くだろうから賞金もらうよりもお金持ちになれるってえッッッ‼」
「話の間に挟んだってオスカー君がサラッと胸に対してセクハラかましたのを私は聞き逃していないからね?」
まあ、とソファーに深く座り直したサティア=テリナロンドはこう続ける。
頬杖をついて、やけに艶やかにポーズを決めながらその甘い視線を送ってくる。
「断ってくれても構わない。だけど私がお金を惜しまないのは可愛い後輩だけなんだ。協力してくれないというのなら、オスカー君と言えどもその『可愛い』のカテゴリから外れてしまうかもしれないなあ。平たく言うと私が財布の紐を緩めなくなる」
「なっ……‼ 汚いっ、なんて汚い先輩なんだ‼」
「女子にその単語を二回も言って良いと思ってんのかコラ?」
最後にオスカーを幸福から不幸に叩き落とすように、サティアは焼肉パーティーをこう締めくくった。
「確か君は今月金欠だったね? ふふ、オスカー君、隙が多いというのは素敵だねえ」
「もうヤダこの魔導オンチ‼」