新婚生活と記念日1
シュタナートとイシュアが再会して結婚した後、住む場所を探しがてら帝都及びその周辺を旅していたが、しばらくして帝都から程なく離れた街に良さそうな条件の住居があったので購入して住むことにしたのだった。
夫妻が購入した家は豪邸まではいかないが、あきらかに中流以上の者が住む邸宅であり、当然かなりの額がするのだが、イシュアがその大部分を出してくれた。
彼女はこういうことを見越して、相当な額の金銭を蓄えていたのだ。
シュタナートとしては少女(まあ人としての年齢を通算すれば32歳だが)に、経済的に世話になるといことにかなり抵抗があったが、イシュアの方としては愛する伴侶の助けとなることは本望であるので、当然問題無い。
そして二人が再開してから一年程経ったある日。
「旦那様、失礼します。そろそろお食事の準備が整うとのことです」
魔術品に魔術を付与をする為に詠唱をしようとしていたシュタナートに部屋の外から女の使用人の声が掛かる。
彼はイシュアと再会する前は一見すると線の細い中性的な麗しい少年であったが、今の姿はその時とは見違える程に雄々しく逞しく成長していた。
その姿は転生前を強く思い起こし、いずれは往年の姿へと成長するだろうと予感させる。
そして魔術師としては特別優れていなかった魔力の方もたった一年で著しく増大し、こちらも同じようにいずれは往年の力を取り戻す勢いだ。
「そうか、イシュアは戻っているか?」
「いえ、お戻りしてませんが。これからお呼びに行こうかと」
彼女の声に多少の不安が混ざっているのをシュタナートを感じた。
「珍しいな、イシュアがまだ来ていないとは。うーむ、あの場所か……よし私が呼ぼう」
そう言いながらシュタナートは席を立つ。
立ち上がると彼は普通の大人の男よりかなり背が大きいことがわかる。
この一年でこちらも大いに成長したのだった。
部屋を出ると、使用人と対面した。
「よろしいのでしょうか、しかしご主人様にその様なことを……」
そう答えた使用人からは安堵と共に主人に雑用を押し付けてしまう、申し訳なさも伝わってくる。
「遠慮することはない、君はよく働いて貰ってる。それに今日は夫婦の記念日でもある。君にも労いがあってもいいだろう」
「はい、ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「うむ、まかしておけ」
「では、お気を付けくださいませ」
使用人ははそう言ってシュタナートに向かって頭を下げた。
本来は自宅内での移動なのでこんな言葉を掛ける必要が無いようにも思えるが、使用人にとってはかなりありがたい行為であった。
シュタナートは使用人と別れた後この家の地下室へと向かう。
この家を購入した大きな理由の一つに広大な地下室の存在があり、イシュアが強く所望したのだ。
しばらく歩いた後、邸宅から少し離れた場所にある地下室の入り口にたどり着いた。
扉を開け、それほど長い距離ではない階段を降りると、比較的広い通路があり、最近使ったであろう日用品等も置かれていた。
少しの間通路を歩くとの奥に更に扉があり、最初の扉より明らかに頑丈な造りをしていた。
この扉より奥は使用人たちの入室は禁じられている。
元々その奥から感じられる禍々しい気配に彼女らは嫌悪感と恐怖を感じ、この場所に来るのを嫌がっている。
そしてシュタナートはドアノブの手を掛けると魔術が発動し、扉の鍵が開いた。
この扉のドアノブにはシュタナートとイシュアのみが触れると自動的に《開錠》の魔術が、扉を閉めると《施錠》の魔術が発動される仕組みとなっている。
扉を開くと、そこには医術や魔術の実験に使う様な器具等が置かれていた。
更に奥の部屋があり、そこからは人の気配があるような感じもするが、不自然な程の静寂が支配していた。
シュタナートが開けた扉から一歩、部屋の中へ踏み出すと、途端に静寂が破られて、奥の部屋からは苦悶の叫び声が聞こえてきた。
この部屋には常時、強力な《遮音》の魔術が掛かっていて、扉をくぐるまでは全く外に音が漏れない仕組みになっているのだ。
シュタナートは更に奥の部屋の扉の前に来ると軽く数回叩いた後に
「イシュア、私だ。入るぞ」
と声を掛ける。
「ああ、シュタナートか、入ってくれ」
そしてっそう返答があったので少しばかり気を引き締めて中に入る。
部屋の中には非常に頑丈そうな寝台に全裸の男が仰向けで寝かされており、全身を過剰な程に頑丈そうな手枷や足枷等の拘束具によって括り付けていた。
よく見ると拘束されて寝かされている男は普通の人間ではなかった。
特に分かりやすいのが、犬歯が異常に伸び牙となってところで、他にもよく見ると違う部分がいくつかあり、魔力も常人と比べると非常に高く、頑丈そうな拘束具に大きな力が掛かってミシミシと音を立てており、筋力も尋常でないことが伺える。
イシュアはその男の脛に持っていた鉈を振り下ろしていた最中であった。
彼女はよく見ると根の凶悪さが見え隠れしているのものの、やはりあり得ないほどの美しい容姿である。
しかし目立つのを嫌うためにシュタナート以外の者には黒髪黒目の地味な並みの容姿の女に見えるように魔術で偽装している。
シュタナートとの再会の日から一年の歳月を経ているので当然成長し、精神年齢の高さ故か元々大人びた感じであったので、世間一般の16歳とは違って幼さや未熟さは感じられない。
背の方は元々が結構高いがほとんど伸びてなく、大いに伸びたシュタナートと比べると、以前の身長差に戻りつつあった。
「ああ、そういえば食事の時間か。すまぬな、熱中し過ぎてうっかりしておった。だがわざわざシュタナートが直接呼びこんでも良いのでは? まああの使用人は地下室の入り口に近寄ることをさえ、嫌がっているようではあるが。しかし、《通話》で呼び掛ければ良いのでは?」
作業を中断して合理的思考のイシュアは入ってきた夫にそう言った。
「妻のことは信頼してはいるが、なんせ密室に裸の男と二人きりだからな。たまには心配で見に来たくもなる。しかし随分と痛そうなことをやっているな」
男の鉈で付けられた傷は骨の切断まで至っていたが、みるみる回復している。
「ああ、筋肉や内臓の再生力は概ね調べることが出来たので、骨の方も調べている。うーむ、しかし再生力が随分と落ちてきてるな」
そう言うとイシュアは机に置いてある金属製の下部に管と弁の付いた密閉された円柱状の容器の所へ行くと、その管の先を近くに置いてあった陶器製の水差しを近づけて、弁を捻る。
すると赤い液体が水差しに注がれていった。
どうやらその液体は血液、それも抜き出してそれほど経っていないような新鮮な血液のようである。
血液が入れていあった金属製の容器はイシュアが魔術を付与して制作した物で、中に入れた物を長期間変化せずに安定して保存できる代物であり、そこに栄養状態の良さそうな者の血液を入れて保管している。
「さっさと飲め、一滴もこぼさずになよ、血は確保するのが面倒だからな」
そう言うとイシュアは水差しから血液を男の口の中へと注ぎ込む。
男は寝ている体勢なのでかなり飲みにくそうだが、必死に貪るように血を飲む。
すると男はみるみると活力を取り戻していき、元々高かった回復力がさらに増して、骨も繋がっていく。
男は吸血鬼だ。
数日前、イシュアは暇がある時は《千里眼》の魔術を使って色々と調べているが、比較的近くにこの男が活動していたので捕らえたのだった。
吸血鬼は人とそれほど大きさが変わらないものの中では最も力を持っている存在の一つなので、当然捕らえるのは困難かつ危険であったが、周到な準備を行った上で二人で見事な連携をして捕らえたのであった。
ちなみに強力な魔力及び魔術に対する抵抗力を有すため、イシュアの魔術に姿の偽装は通用せず、美しい本来の姿が見えている。
当初、吸血鬼本人は人間如き、しかも大規模な組織ではなく個人に捕まってしまったことを非常に屈辱に思っていたが、しかし彼は知能が高く、勘も鋭いので、だんだんとイシュアが実は非常に恐しく、自身より上の存在あることに気付いた。
今ではほぼ観念していずれ用済みとなって解放されることに希望を繋いでいるのだった。
「再生能力もさることながら、この吸収力の早さは凄まじいな」
「うむ、これらの特性をいずれは我々のものにしたい。ところで私を呼びに来たのだったな、もう戻ってくれて構わない。この場所は色々と実験を行ったので体を害してしまう可能性がある。私ももう一箇所調べたい場所があるので、それが終わったらすぐ行く」
イシュアが言う通り、この場所は有害な薬品等も使用したので体を害する可能性があるがイシュア本人は異常な生命力を有していているので特に問題は無い。
そして彼女は小さな刃物を持つと、うきうきしながら興味深そうに眼球を切り刻み始めた。
「そ、そうだな、私は先に戻って待っていることにしよう」
前世では数々の殺人行為を直接行ったシュタナートであるが、この後に昼食ということもあり、さすがにこれは見たくはなかったので、さっさ戻ることにした。
「ああ、たいして待たせはしない。む、やはり眼球は特殊な器官故に再生力が低いな……」
シュタナートはイシュアがとても興味深そうなことに軽い嫉妬を覚えながら、地下室を後にしたのだった。




