第6話 再会1
ライルはフランク・フォーエンと共に彼の邸宅へと入る。
玄関に入ると先程の女使用人がニコリとしながら、お辞儀してきたので、ライルは好感の持てるあどけない少年然の表情で会釈を返した。
「後で応接室に茶を持ってきてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
フランクが女使用人にそう命じて、了承の言葉が返ってくる。
「シュタナート・ジオール様でございますよね?」
玄関から少し離れると、歩きながらフランクがライルの耳元に手をあて、小声で確認してきた。
「そうだ。君と私しか存ぜぬような話もあるだろうから、その質問をして確認してくれて構わない」
以前のシュタナートのような感じで返答する。
「いえ、あなたを見ていると確認するまでもなさそうですし。ではどうぞお入りください」
二人は部屋の中へと入る。
「念のために《防音》の魔術を使わせて頂きます」
「ああ、頼む」
フランクは《防音》の魔術を詠唱し、完成させる。
詠唱をみるに、シュタナートの執務室と同じで部屋の中の音は外には伝わらないが、外の音は部屋の中に聞こえる方式のようだ。
フランクに進められ、ライルは応接間の椅子へ座る。
「しかし、まさか《転生》の魔術を取得されていたとは。シュタナート様が復活された事に父をはじめ、魔術師団の皆さん方がお喜びになるでしょう」
フランクも椅子に座り、言ってきた。
「まあ、私が取得していたわけでは……。まあこの話はいい。それよりリハルトが存命とはな。確か80近い年歳だろう?」
ライルは喜びが滲み出る表情で問いかける。
「はい、77ですね。さすがに足腰などは弱ってきましたが、頭の方はしっかりしていて、そこまで負担が掛かる魔術でないなら、まだ使えるとのことです」
話していると数回扉を叩く音がした。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
そう声が掛かると、フランクは椅子から立ち、応接間の扉を開けて先程の女使用人を中に招き入れる。
女使用人はティーセットと菓子の入った皿を盆を持って入室する。
「エマさん、今日は大事な話をしているから、中から入室はの許可は出せない。ノックをして声掛けした後、一呼吸おいてから中に入って来てくれ。それと親父殿を連れてきてくれないか」
フランクは椅子に座りなおした後、茶を入れている女使用人にそう命じた。
「はい、かしこまりました」
そう言って承諾した後、茶を入れ終えると、彼女は部屋を出ていった。
「ところでシュタナート様、再起などはお考えでしょうか?」
フランクが体を近づけて、真剣な表情でそう問いてくる。
「無いな。今の魔力は偽装しているわけでもなく、この程度しかないのだ。この魔力ではとてもではないが」
「そうですか」
フランクは安心したと、同時に残念そうな表情を見せた。
「私の方も聞くが、ここに来たのは君たち親子に会い来たのも理由の一つだが、もう一つ理由がある。そのが何かわかるか?」
「私は長男で様々なものを父から引き継ぐ予定となっており、話は色々聞いています。父が来たら一緒にその場にご案内しますので」
「おお、まだ預かって貰っていたか、大分時間が経っていたので処分をしてもらっても、致し方無いことだと思っていたが。すまない、君ら親子には面倒を掛けるな」
「いえ、あの方は私達親子にとっても希望でしたので」
そのような話をしていると、再び数回扉を叩く音の後、
「失礼します、大旦那様をお連れしました。では入らせて頂きます」
と声が掛かり、少し間を置いた後、先程の女使用人と彼女に手を引かれた老人が部屋の中へと入ってきた。
その老人はリハルト・フォーエン、シュタナートの最も信頼する部下の一人であった。
最後に会ってから、16年もの歳月がたっていることから、顔には更に深い皺が刻まれ、足取りも若干おぼつかないものとなっており、体も小さくなったように感じられた。
「はて? お呼びのようだが、私に何か用かな? ん、んー? ま、まさかあなたは!?」
突然、理由もわからなく呼ばれため、戸惑いを見せていたリハルトであったが、ライルの顔を見ると凝視し始めて、彼がかつて忠誠を誓った男に強い関連、あるいは本人である事に気が付いたようだ。
ライルは驚いているリハルトに優しい笑みを投げかける。
「エマさん、すまんが退出してくれ。大事な話があるのでな」
フランクが女使用人を部屋から退出させて、扉を閉め、さらに内鍵を掛けた。
「父上、勘付いているかとは思いますが、この方はシュタナート様本人です。あとこの部屋には《防音》の魔術が掛けていますので、安心してください」
それを聞くとリハルトは驚きと喜びの表情を浮かべながら、ライルの方へとゆっくりと歩み寄ってきた。
ライルも立ち上がり、少し思案した後、意を決してリハルトを迎えようと手を広げた。
二人は磁石が引き合うように自然に抱き合って再会を喜んだ。
二人の長い関係の中でこのように抱き合うようなことは初めてのことであった。
「シュタナート様、まさか、まさか再びお会い出来るとは。本当に、本当に寿命が来る前にお会い出来てよかった」
リハルトは涙を流して再会を喜ぶ。
「私もだ、リハルト。私が不甲斐ないせいで、色々苦労を掛ける事もあっただろう」
ライルの方も目頭が熱くなる、油断をしていると涙が流れてしまいそうだ。
「滅相もない。しかし歳を取ると涙もろくなりますな。こんな嬉しいことは無いのに」
しばらく二人は抱き合って喜びを分かち合う。
「父上、折角の再会の中申し訳ありませんが、シュタナート様はお預かりした、大事なものも気掛かりのようです。先にお見せしてからにしませんかね?」
フランクは二人の主従を超えた関係に少々嫉妬しながら、一旦中断させようとする。
「うむ、そうだな。では先に見に行きしょうか?」
「頼む、さすがにあの件はいい加減にけりを付けなければならない。君らにもこれ以上迷惑は掛けられんしな」
その返答を聞いたリハルトは少し寂しいような表情になる。
「迷惑だなんてことは、私もあの方には愛着がありますから」
「とはいえ永遠にあのままにしていくわけにはいかんな。あれは私の弱さの象徴でもあるし。まあともかく、案内してもらえんか?」
「はい」
三人は部屋を出た。
「ここです」
三人は邸宅の奥にある一室の前に着いた。
フランクはかなり厳重な鍵を外した後、《照明》の魔術を灯して、三人は部屋の中へと入る。
中は物置の様だが、比較的重要な物が置かれているようだ。
奥には寝台があり、その上には幾重にも布が被さられているが、人が包まれているような姿が浮かび上がっていた。
フランクは近寄ると、息をのみながら被せてた布をめくっていく。
二人もその様子を注視している。
すると手を組んで、仰臥している女の石像が姿が現れてくる。
その石像は極めて精巧でシュタナートの最愛の者の姿に酷似していた。
「フィーネ、すまない。私に力が無かったのと、弱かったせいで随分長い間拘束してしまった。今日は君を解放するために来た」
ライルは石像に向けて愛情と悲しみの混じった表情を向けて言った。




