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第3話 踊る小鬼亭にて

 ライルは魔術品店の店主に教えてもらった通りに歩いてきて、踊る小鬼亭の前に到着した。

 食堂、酒場と宿屋を兼ねた店である。

 日が沈んでからしばらく経ち、多くの人は寝床に就く時刻ではあるが、店の中からは喧騒と明るい灯りが漏れている。

 明るい灯りは魔術の《照明》によるものである。

 一般の民家まで普及はしてないが、このような店では使用されて、大いに役に立っている。


 ライルはもし部屋が空いていなければ困ったことになるな、と思いながら店の中へと入っていく。

 中では何人かの客たちが酒の席を楽しんでいた。

 店の入ってすぐの場所は食堂兼酒場のようだ。


 夜の酒場には似つかわしくない若い魔術師に客たちは奇異の目を向け、女将と思われる中年の女もライルが入店してきたことに気が付く。


「あら、若い魔術師さん、食事? それとも泊りかい?」


 女将が気さくな感じで声を掛けてくる。


「私はソマリ村から来たライル・ウォレスという者です。食事と泊り、両方お願いしたいのですが、部屋は空いていますか?」


「おお、あんたがか。ソマリ村の人から魔術師が来るから頼む、と聞いていたよ。まさかこんなに若くて可愛い魔術師さんとはね。遅かったじゃないか、来ないかと思ったよ。部屋も空いてるから安心しな」


 部屋が空いている、という言葉を聞いてライルは安心した。

 前世では富豪と言って差し支えない程の経済を持っていたライルには庶民の暮らしに気苦労もあった。

 ましてや外で寝ることなどは最小限に抑えておきたい。


「食事を用意するのに少し時間も掛かるし、荷物があるし、先に部屋にいくかい?」


「お願いします」


 ライルの案内された部屋は本人が希望したこともあり、狭い部屋であったが、まずます清潔なので満足した。

 店の者が手桶に入った湯と手拭を持ってきてくれたので、ライルはさっそく裸になり、湯を浸した手拭で全身を拭う。

 ほぼ半日、歩き通しであったので、汗を掻いたので、さっぱりした。

 その後、再び衣服を身に付けて、食事を求めて部屋を出て、先程の食堂へ戻る。



「もうそろそろ出来るから、席に座って待ってておくれ」


 先程の女将がそう声を掛けてきた。


「すいません、一つ頼みを聞いて貰っていいですか?」


 女将の近くのカウンター席に座り、そう声を掛けると、銀貨を一枚置いた。

 この店だったら、かなり良い食事を腹いっぱい食える出来る金額で、今から出る予定の食事代とはまた別である。


「まあ、私に出来ることだったら聞くけど」


 近くに出された銀貨を一瞥(いちべつ)をしたが、女将はまだ受け取らない。


「私はヴェルゼの街へと旅をしている者です。しかし若輩者ですので、一人旅では何かと不安があります。つきましてはその方面に行かれる方の中で、信用出来そうな方がおりましたら、是非同行したいので、ご紹介にあずかれないでしょうか? 私の見ての通り魔術師ですのでその方のお役に立てることもあるかと思います」


 最終的な目的地はイシュアの居るガゼリア帝国の帝都ガイゼルであるが、かつて自身が居を構えていたヴェルゼの街にもイシュアに会うまで、済ましておきたい用事があった。

 その後に海路を使ってガイゼルに行く予定である。


 そして一人旅はなにかと危険であるので、できれば同行者を募りたいが、しかし信用出来ない者との旅はもっと危険な可能性もある。

 ライルはそんな都合がいい者がいたら、と駄目元で聞いてみる。


 その話を聞くと女将は一瞬考えると、すぐにピンと来たような表情になった。


「ああ、ひとつ心当たりがあるよ。多分、信用出来るという面ではあの人たち程出来る人はそうはいないと思う。多分、あんただったら向うさんも気に入るかもね。さすがに今日は遅いから、明日の朝にも聞いてみるよ」


「すいません、お願いします。こちらは例え上手くいかなくとも返せとは言いませんので、是非受け取ってください」 


 元々、女将の近くに置いていた銀貨を更に女将の方へと寄せた。


「ありがとう、貰ったからにはしっかり仕事するよ」


 そういうと女将はようやく銀貨を受け取る。


「そんな額でもないので、そんなに気負わなくてもいいですからね」


「私の性格だとそうはいかないみたい。あっ、料理が出来たみたいだからすぐに持ってくるよ」


 そしてライルは出てきた料理を楽しむ。

 元々、値段の割には良い料理であるが、歩き回ってことと、前の食事の時間からだいぶ経っていたことから、かなり空腹だったので、非常に美味しく感じられた。

 

 食事の後、部屋の戻りると、明日の準備等をしてから、寝床へ入った。

 普段使っている寝床とは違う物なので、寝付くまでに少々時間が掛かったが、疲れているせいでやがて深い眠りへとつく。




「ライルさん? ライル・ウォレスさん? 起きてます?」 


「ん? ふぁぁ」


 ライルはその声と扉をかなり強く叩く音に目覚める。

 ここは何処だろうか、そういえば昨日から旅に出て宿に泊まったのだった。

 そんなことを思いながら、体を起こそうとした。 


「まだ寝てるんのかな? すまないけど、入らせてもらうよ」


 そう声が掛かると、女将は扉を開けて部屋に入ってくる。

 手には水の入った手桶を持っている。


「やっぱり、今起きたばっかりのようだね。あまり待たすにもいかない人たちだから、色々失礼させて貰うよ」


 そう言うと女将はまずは部屋の窓を開けた、そうする明るい陽射しが入ってくる。

 その明るさから、それ程早い時刻ではないということがわかる。

 そして手桶の水に手拭を浸してから絞ると、ライルの顔をゴシゴシと拭く。


 その行動力にライルは驚くが、おかげでかなり目が覚める。

 更に女将はクシで頭をとかしたりするなど、ライルの身支度を手伝う。


「だいぶ、昨晩のいい男に戻ったね。あなたと同行してくれる人たちが待ってるから食堂の方に行こう。あ、魔術師だからやっぱり杖も持ってた方がいいねぇ」


 女将はそう言うとライルに杖を持たせて、食堂へと連れていく。


 食堂へと続く階段を下りくと、そこには十人くらいの一団が居た。


「やあ、あんたが私達に同行したいという人か。ヴェルゼの街まで行かんが、途中までなら一緒に行けるかもしれんな。確かにその若さで一人旅も難儀なものだしな」


 最も年配で50歳くらいの一団の主導者と思われる人物がそう声を掛けてきた。


 その一団を見てライルは確かに信用出来るし、待たせるのも気が引けるだろうと思った。

 その一団はクルセス教団の聖職者一行であった。


 クルセス教の聖職者は一般的に悪事とされることを働くと、基本的には加護の力が弱まったりするので、そういったことを働くことは少ない。

 また聖職者に危害を加えると罰が当たるとされているので、そういったことの標的にされることも少ない。

 一団の武装した者もいるので、普通の獣程度であればまず追い払えるだろう。

 旅に同行出来ればかなりの安全が保障される。

 

 しかしライルはどうもクルセス教が苦手であった。

 秩序を重んじる教えなどは、かつての組織の長としては悪くはないと思えるが、快楽のために性行為を行ってならない等の禁欲的な教えは相容れないし、永遠たる係累魔術師団が死霊魔術や魔術による人体実験を行うなど、クルセス教団に疎まれていたのもあるが、それ以前に生理的、本能的、下手をすればもっと深い領域で受け付けないのである。


「ん、少し顔色が良くないように見えるが」


 一団の主導者と思われる人物が言った。

 シュタナートの時はそうでも無かったが、ライルになってからはどうも顔に出やすいらしい。


「いえ、そんなことは。私はこの近くの村に住む、ライル・ウォレスという者です。自身の魔術のため、魔術都市として名高いヴェルゼの街で研鑽を積みたいと思い、村を後にしました。しかし旅慣れぬ若輩者が一人であそこまで行くとなると、予期せぬ危険に対処出来ないかもしれません。そこで信用できる旅の同行者になって頂く方の紹介を、こちらのご婦人に頼んでおりました。皆さま方であれば是非同行されて頂きたいので、ご一考の方をよろしくお願いします。多少なけれど私の魔術でお力になれる機会もあるかもしれません」


 ライルは本当はクルセス教の聖職者一行とは行動を共にするのは嫌であるが、無事にイシュアの元に辿りつくことが、一番であると思い、彼らに同行を申し込む。


「ほう、女将さんの言う通り、若いわりには随分としっかりした感じだな。私は見てのとおり、クルセス教の司祭を務めるヨハン・プレマイオスという者だ。折角の機会だし、若き魔術師殿と同行したいと思うが、皆はどうだろうか?」


「プレマイオス司祭が賛成なら間違いないかと。それになんだか彼には懐かしいというか、以前に会ったような奇妙な縁のようなものを感じます。個人的にも是非同行をお願いしたですね」


 プレマイオス司祭と同じような服装の30代くらいの男が真っ先に賛成の言葉を挙げる。

 その他の者たちも概ね賛成のようだ。


「うむ、私もブレア司祭と似たようなことを感じていた次第だ。では若い魔術師殿にはこの旅でクルセス教の良いところをたくさん知ってもらえることになるだろう」


 プレマイオス司祭はどうやら説法する気満々のようだ。

 ライルにとっては有難迷惑である。 


「良かったですね、ライル・ウォレスさん。プレマイオス司祭からたいへんありがたいお話を聞けることになるでしょう。司祭は大変徳が高く、加護も優れていて、このあたり一帯で名の通った人物です。司教に推されることも一度や二度では無いのですが、庶民の方々を助けたいとのことから司祭の位階に留まっています。きっと今回のことはあなたの人生の糧となる事でしょう」


 ブレア司祭は熱く語り、他の者たちも力強く頷く。

 確かにプレマイオスという司祭の名はライルも聞いたことがあった。


「よろしくお願いします」


 正直、ありがたい話は聞きたくはないが、世話になるのでライルは頭を下げた。


「こちらこそ、よろしく頼むよ。軽く食事をして、魔術師殿の準備が出来たら出発しようと思うが、大丈夫かな?」


「はい、それでは荷物を取ってきますので」


 ライルはプレマイオス一行と一緒に食事を取りながら、早速ありがたい話を聞き、そしてこの街から離れていったのだった。


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