第1話 再誕と旅立ち
シュタナート・ジオールだった男はイスカリア王国東部のある農村で再び生を受けた。
農業を営む一家としては比較的裕福なウォレス家の息子のライルとしてであった。
彼が物心ついた時に自分がシュタナートであったということを思い出した。
前世の記憶は概ね引継ぎ、魔術の知識や経験、そしてイシュアとの約束のことも思い出していた。
ライルはシュタナートと同じく碧眼銀髪に中性的な美しい容姿であるが、両親の血のせいなのか、はたまた以前より貧しい食事事情のためなのか背の高さはそれ程高くはなく、同世代の者たちと同程度で、また以前のような厳つさ無く、華奢な感じであった。
魔術を取得しやすい環境では無かったが、初歩的な魔術から徐々に再び身に付けていき、イシュアの言っていた印を元に、その居場所を探知する魔術も取得した。
それにより彼女はガゼリア帝国の帝都であるガイゼルに居る事がわかった。
イスカリア王国とガゼリア帝国は遠く離れており、以前の大人の知識や経験があろうとも、とても子供の身では探しに行くことは出来ない。
ライルはこの村で魔術の研鑽を行い、成長を重ねていく。
だが成長するに伴い彼はシュタナートであった時より、圧倒的に魔力が少ないという事を思い知る。
ライルの潜在魔力は凡人の域を出ないくらいであり、例え一生掛かっても、高い魔力を必要とする《転移》や《老化軽減》等の上位魔術を取得出来ず、中位の魔術の取得どまりであろう。
シュタナートの時も元々は華奢な体格であったが、有り余る魔力を使って魔術で逞しい筋肉質の肉体にして、内外の者に舐められない外見、また魔術の使用が出来ない時など、いざという時に備えていたが、今回の人生ではとてもそんなことは出来そうもない。
《転生》の魔術を実行し、生まれ変わると、前の時に比べて魔力がかなり落ちると言われているをライルは以前の記憶から知っていたが、これ程に落ちるとは思っていなかった。
このことは以前の人生では魔術に注力し、最高の魔術師になることを人生の目標としていたライルを大いに落胆させたのだった。
《転生》の魔術で生まれ変わると魔力が落ちるのは、定命の存在である人が、再び転生することで永遠の存在になることを防ぐために神帝ラーゼンがそう設計したとも言われている。
ライルが15歳に達したある日、彼は村はずれにいた。
同世代の者に比べると、やはり落ち着いた感じで幼さや未熟さはあまり感じられない。
15歳は普通、半人前の小僧扱いではあるものの、大人の始まりとされる年齢だ。
服装は魔術師らしく、杖を持ち、ローブを身に付けているが、背中には大きめの背負い袋も背負っている。
杖は自作だが、身に付けている物の大部分は、村に出入りする行商に魔術の付与した品を売って得た金で購入したものであった。
魔術付与品は初歩の魔術を付加した物でも、需要が高く、良い値段で売れるのだ。
彼の近くにはかなり多くの人が集まり、その表情の多くは心配げであったり、寂しげであった。
「とにかく体には付けていくのだよ。何かあったらすぐに戻っておいで」
最も近くにいる40前くらいの女がライルにそう声を掛けて、心配そうな顔で手を握る。
彼女は彼の優しい母親で、兄弟姉妹の中でも特にライルを可愛がった。
「僕の事はあまり心配しないで、母さんの方こそ体に気を付けてね」
ライルはそう言うと、魅力的な笑顔で、心配げな母親の手を握り返す。
「お前がいると、俺も村のみんなも色々助かるのだが、まあこんな辺鄙な村じゃ折角のお前の魔術の才能も伸びないだろうし、頑張って行ってこいや」
そういうと母親より少し上くらいの年齢の男がライルの肩を叩く。
彼はライルを嫌々、農作業を手伝わせたりしていた父親で、当初は魔術に傾倒した様子にはよく思っていなかったが、その魔術で一家に様々な利益をもたらしたので、その考えは変わっていった。
「父さんも酒を程々にして、元気でね。期待どうりにしっかりと魔術の勉強をしてひとかどの魔術師になってくるよ」
ライルは旅立つ理由を魔術を本格的に学びに街に行くと、村の者たちに説明しているが、それは方便である。
彼はシュタナートの魔術の知識や経験を引き継いでいるため、他の者の教えを必要とはせず、自力で学べるのだ。
「まあ気楽に行ってこいよ」
「兄ちゃん、頑張って。僕も村で魔術の勉強を続けるよ」
「散々止めたのに、なんで行くのよ、馬鹿!」
両親の近くにいる、若いながら飄々としている兄、真面目そうで魔術師のような恰好をしている弟、なかなか愛らしい容姿をしているが、気の強そうな妹が声を掛けてきた。
兄は誰よりも早くライルのことを認め、様々なことに協力してくれた。
弟はライルに憧れ、自分も魔術師になることを志している。
そんな弟にライルは魔術を教え、その内容が書かれている自作の資料も残してやった。
弟はライルより潜在魔力は高いが、それでも特別な水準という程では無い。
また兄妹姉妹に読み書きを教えたのもライルである。
読み書きを習った事もないのに最初から出来るライルを不思議がったが、これも魔術の効果と言ったら納得してくれた。
妹はライルには特に生意気で口が悪かったが、今は誰よりも寂しそう表情で、涙が流れるのを堪えている。
「兄さん、家族みんなのことを頼むね。トーマ、君は私より潜在魔力が高いから、いずれはいい魔術師になるよ。ルカ、ごめんね。君のような可愛い妹と離れるのは正直寂しいよ」
ライルはそう言った後、妹の頭を優しく撫でる。
それよ聞いた兄は力強く頷き、弟は謙遜し、妹の目からは涙がこぼれ落ち、泣き出す。
「元気でな、お前ならやれるよ」
「凄い魔術師になって帰ってきて」
「街の奴らなんかに負けんなよ」
続いて、ライルに近い年頃の少年たちが口々に声を掛ける。
彼らは異質な存在であるライルと衝突することもあったが、結局はねじ伏せられて、一目も二目も置くようになり、ライルは彼らの影の頭目のような存在となったのだった。
ライルにとっても彼らとの触れ合いは文字どうり、童心にかえったせいか、意外に楽しいものであった。
「早く、戻ってきてね」
「行かないでー」
「大好きー」
「実は私、あなたのことが……」
近い年頃の少女を中心とした女たちからも声を掛けられる。
美しい容姿、その容姿とは裏腹に力強さも兼ね備え、慕う者には優しく寛大で頼りになり、とても15歳とは思えぬ程の賢さと知識があり、魔術師というのも神秘的だ。
当然の事ながら女にはモテる。
この村の女たちはライルに対して大なり小なりの好意を持っている。
その気になれば体を頂くことも、難しいことではないが、イシュアとの婚約があるため自重している。
好色で複数の女と並行して関係を持つことが、当然といった感じであるシュタナートだったが、フィーネとの婚約から彼女の死の間は、一切他の女との関係は持たなかった。
人一倍旺盛な性欲は年頃の少年らしく、自慰で処理をしている。
ネタはもっぱら、過去の女たちでフィーネ、アオラ、イシュアが多かった。
「頑張って行ってこいよ」
「体に気をつけろよー」
「またなー」
他の村人たちもライルの声を掛ける。
子供ながら怪しげな魔術を使くとして、訝っていたが、ライルは自分の立場を優位にするためにも、魔術で何人かの村人を助けたので、多くの村人はライルに悪くない感情を持つようになった。
「本当にありがとう、みんなもいつまでも元気で。それでは出発するよ」
ライルは少し寂しげな笑顔でそう言ってから来ていた村人全員に対して深く一礼すると、村の外の道へと歩み出したのだった。
村人たちはライルに手を振り、更に声を掛ける。
ライルも時折、振り返ると手を振り返した。
ライルが旅立つ最も大きな理由はイシュアのとの約束を果たすため、彼女も元を訪れることである。
だがイシュアの方の《転生》の魔術が失敗して、完全に記憶を失ってしまっているかもしれないし、全く違う人物になっているのかもしれない。
また15年以上前の約束のことなどで気が変わってしまうのは全く不思議ではないし、お互いに傷つけあった間柄なので、むしろそちらの方が自然であるようにすら思える。
更にライルは以前と姿や魔力が大きく変わっているので、それにイシュアが失望するのかもしれない。
それどころか、イシュアのシュタナートへの恨みはまだ消えておらず、再び殺される可能性すらある。
イシュアの元を訪れても約束が果たせられる保証はたいして無いのだ。
しかし、何故か彼女なら転生をしてもなおも強い同一性があるのでないか、彼女ならはっきり約束したことは覆さないのでないか、という思いもライルの中には強い。
こうしてライルは期待とそれを大きく上回る不安を胸を旅に出たのであった。
旅立ってからしばらくすると、彼は以前見たのとは大分違うように思える不死鳥を目撃したのだった。




