第23話 死と再生
「イシュア、一つ聞きたい。他の魔術師団の者に復讐を行う気はあるか?」
「何を言っている。まさか貴様を追いつめた私をこのまま帰す気か? この場で殺しておけばよかろう。簡単に殺せるぞ」
イシュアは不敵な笑みを浮かべながら言う。
「頼む、魔術師団の他の者には復讐を行わんでくれ」
「ふん、まあいいだろう。どうせ元よりお前の他はどうでもよい」
「そうか、それではイシュアに殺されるとしようか」
それを聞いたイシュアはさほど驚いた様子はなく、まるで予見していたようではあったが、少し嬉しそうな表情となる。
「シュタナートへの殺害を実行した時は私を殺すのと以前、何回も言っていたが、そっちはいいのか?」
「ああ、そっち方は言ってはいたが、誓約はしていない。君の誕生日に言った方は私と魔術師団に誓った」
「ほう、律儀な事だ。だが悪くない点でもある」
イシュアは目を細めるように言った。
「ファイサル陛下は貴様を少しずつ肉を削ぎながら殺す東方の処刑方法と首吊り・内臓抉り・四つ裂きという処刑方法を同時並行して行った後、二度と復活出来ぬように焼いて灰にした後、川に流したいらしい。だが私の殺し方の方が、更に苦痛だが良いのか? まあ自分でその仕込み杖で自死するのが一番楽だが」
イシュアは値踏みするような表情で尋ねる。
「構わん、私は今まで多数の命を殺めてきた。中には君の姉上のように本人には落ち度もないのに残虐な方法でな。やはりそれなりの事をしてきた人間はそれなりの報いを受けるのが道理だと思う。苦しみながら死んでいくことは望むところだ」
イシュアの表情はより柔らかいものに変化していく。
「もう一度言うが、私の殺し方は筆舌に尽くしがたい苦しみだ。その選択を選んだ事を後悔することになるぞ。変更するなら今のうちだ。変更したとしても何も恥ずべきことは無い」
「ふっ、どこかで聞いた言葉ではあるな。あの女と同じで私も言葉を翻すつもりはない。それにどうせ死ぬのなら可愛いイシュアにくれてやりたい……」
「そして君の更なる飛躍と末永い幸せを心より願う。それではやってもらおうか」
シュタナートがそう言い終えるとイシュアが胸に飛び込んでくる。
それをシュタナートが優しく抱きしめる。
元々良い匂いだが、今までで一番良い匂いに感じられる。
「すまんな、創造の神帝の信者どもが言っているようにたとえどんな罪を犯そうとも、赦せば話は早かったのだが、私は忘れるという事を知らぬ。今でも少し思い起こせばシュタナートが姉上を殺めた時の記憶を鮮明に思い出す」
「何、気にするな。私はイシュアやその家族、そしてその他の多数の人間に私はそれだけのことをした」
「一つ聞いておきたい事がある。まだシュタナートは私のことを欲してくれているか?」
「何を言っている? これから私は君に殺されるのだぞ」
「率直な思いを言ってくれ、私がシュタナートのものになるのなら、欲してくれるか?」
「率直にか。そうだな、欲しい」
「ふふっ、そうか。それでは私もこの場で死ぬとしようか」
イシュアは今まで見た中で一番嬉しそうに言った。
「まさか心中してくれるというのか。気持ちは嬉しいが、それは私の望むことではない。君程の才が消えるのは惜しい」
「悲恋の物語の結末は来世での再会を夢見て心中というのはよくありがちな話だが、私にはそれを実現させる力がある」
「まさか《転生》の魔術の事か? しかしやはり君を死なす事はしたくはない。しかもあの魔術は……」
シュタナートはしばらく考えてから言った。
「そうだ、確かにシュタナートの懸念どうり不安定な魔術だ。しかも通常は自己のみで他者を転生させることは出来ない。しかしおそらくは私の最も得意とする魔術で十分な準備もしてあるので、二人を同時に《転生》させることが出来る。私の事を欲してくれるなら、どうか信じて貰いたい。そしてこれを拒否されたら、私は傷心で自害するので、シュタナートと共に死ぬのは最早決定している」
「わかったイシュアを信じよう、と言うしかないな。しかしいつもなんだかんだで押し切られてしまうな。これでは来世で再会出来たとしても、イシュアの尻に敷かれそうだ」
「そこは安心してくれ。私はシュタナートにとっての最高の女になることを目指す。そこには従順さや献身さも含まれている。再会し、私を求めてくれるならシュタナートにほぼ全て従おう」
「それも少し寂しいな。やはりイシュアとはたまには多少の衝突もあった方が良いかもしれん」
「シュタナートも気付いていると思うが私は結構寛大なんだがな。まあ、そいうのが好みならそっちの期待にも応えよう。重要なのはあらゆる面でシュタナートにとっての最高の女なることだ」
「そうか、では折角なので楽しみにしていよう」
「ではまず再会するための印を刻んでおこう。そうすれば転生後に互いに魔術で居場所を探知できるようになる」
「うむ、確かに居所がわからぬと再会は難しいものとなるだろう」
「《転生》の魔術の方もそうだが、先程した同調の効果がここでも生きてくる。それでは掛けるとしようか。印を刻むのはそれなりに痛むぞ」
「わかった」
「ではいくぞ」
そう言うとイシュアはシュタナートの手を取って軽く握る。
そして詠唱を行い、印を刻む魔術を完成させる。
「ぐっ!」
シュタナートの胸のあたり激痛が走り、思わず言葉が出る。
イシュアも胸のあたりをさすっているので、痛むのだろう。
「どうやらうまくいったみたいだな。転生後はこれを頼りに私を迎えに来て欲しい。私の方からではなく、シュタナートの方から私を迎えに来てくれぬか?」
「別に構わぬが。しかし私の方からといのは何か理由でもあるのか」
「まあ、女心というやつだ」
「君からそんな言葉を聞くとはな」
「私も年頃の娘だ、そういうものはある。では次は《転生》の魔術を掛けるとしようか。自信はあるが、さすがに大魔術な上、失敗は絶対許されないので全力でいくとしよう」
「君の全力を拝見させて貰おう」
「まあ、期待してくれ」
笑顔でそう言うとイシュアはシュタナートの手をしっかり握り、詠唱を開始する。
彼女は真剣な表情で、詠唱も先程に比べると力強い、そして非常に強い魔力が発せられた。
シュタナートはすでに自分の魔力を超えているかもしれないと思った。
かなり長い詠唱が終わると、シュタナート少しの間、不思議、今まで感じたことのない感覚におちいった。
「ふう、どうやらこちらの方も上手くいったようだ」
イシュアは安堵した表情で言った。
「では、私の命は残り僅かではあるな。最後にしておきたいことがある」
「奇遇だな、私にもある」
そう言うと二人はしばし見つめ合い、抱き合って口づけを交わす。
「うむ、昨晩より美味だな」
「ああ、仕込んだ薬が抜けたのだろう。しかしこんな時でもシュタナートは好色だな」
互いに向き合って、体を密着させているので、イシュアはシュタナートの体のある状態に気付く。
「人から聞いた話だが、男は死に直面すると子孫を残そうと性欲が高まるらしい」
「ほう、私が読んだ本には書いて無かったが、なんとなく納得出来るな説だな。まあ体だけ目的でも良いから、来世では是非会いに来てくれ」
「体だけ? そんなの勿体無いだろ。イシュアの全てが目的で必ず会いに行く」
「そう言われると、嬉しいものだな」
そう言うと、二人は再び口づけを交わす。
「では、シュタナートを殺す魔術の説明をする。その魔術は以前、魔術実験で目にした《即致死性毒生成》を特別に変化させたものだ。当然のことながら非常に苦痛を味わうことになる。少なくともシュタナートが姉上に使用した《悶死》以上になるようにした。そしてある程度の時間は精神と生命を維持する働きを加えておいた。つまり途中では狂うことも死ぬことも出来ぬわけだ」
ここまで調整を加えるのは非常に高い難易度になるだろう。
「シュタナートのことは愛してはいるが、姉上の最低でも倍の時間は苦しみぬいて貰わねば、さすが申し訳がたたぬ」
「うむ、そのくらいは苦しまなくてはな」
「そして私も死ななくては《転生》することは出来ない。姉上の倍の時間苦しみ抜いた後に、シュタナートが息絶えるまでの間は楽になるように調整をするので、シュタナートの手で私を殺して欲しい」
「まだ君は生きる方向に考え直すこともできるが。世の中に確実といことなど、そうそうない。やはり危険なことだ」
「ふふ、しつこいと言いたいところだが、私の事を思って言ってくれる悪い気はしない。しかし私がそう簡単に言葉を翻すと思うか? 共に来世に旅立とうではないか」
「どうやらそうするしかなさそうだな。では互いの殺害を持って婚約というとはどうか?」
「ふふ、素晴らしい考えだな。勿論、賛成だ。来世がより楽しみになった。では詠唱の方を始める」
そう言うとイシュアは再び、シュタナートが贈った短刀を取り出して、詠唱を開始した。
多少は長く、複雑にはなったが、魔術実験の《即致死性毒生成》の詠唱に似ている。
「どうやら上手く掛かったようだな。しかし当然のことながら色々未練はありそうだな。魔術師団のことも。そしてあの女のことも」
イシュアは《即致死性毒生成》が掛かったであろう短刀を見てからシュタナートの顔を見て言った。
「すまんな。しかし再会するときは完全にけりをつけておく」
「まあ愛した女をそこまで思うのは嫌いではないところだ。しかし私が言うののもなんだがやはり過去は強いな」
そう言うとシュタナートの首の近くまで短刀をもってくる。
「あまり時間も無いし、良いか?」
「ああ」
シュタナートは未練や死の恐怖が当然あるが、努めて冷静に答える。
返答を聞くと、イシュアは短刀でシュタナートの首を斬りつける。
切り付けれてしばらくするとシュタナートに苦痛が表れ始め、だんだんとそれは強くなっていく。
「ぐあぁぁぁ!」
たまらずシュタナートは絶叫し、床に倒れてのたうち回る。
シュタナートは当初、可能な限り耐えて、みっともない姿を晒さすまいと思っていたが、とてもそんなことは無理であった。
予想を遥かに超える苦痛で、今までの人生で体験したものとは比較にならなかった。
シュタナートの口からは血があふれてくる。
あまりに苦痛故に歯を食いしばる時に舌を噛んでしまったせいだ。
とても舌を守る余裕などない。
床に爪を突き立てて掻きむしり、爪が剥がれるがあまりに《即致死性毒生成》の苦痛が大きいので、その痛みはほとんど感じられない。
まぎらわせるために頭を床に叩きつけてみるが、やはりその痛みはたいして感じない。
発狂しそうな程に苦痛であるが、意外にも頭は冷静に保たれる。
シュタナートは今まで生きてきた中で最も長い時間を味わい、何とかこの苦痛から逃れたいと切に思った。
そしてある物を発見する。
先程投げ捨てた仕込み杖だ。
あれで命を絶てばこの苦痛から解放される、シュタナートはそう思い、その場所まで必死に這っていく。
ようやくの思いで仕込み杖を手に掛けた瞬間、心配そうなイシュアの顔を見て彼女をこの手で殺さなければならないことを思い出す。
「うぉぉぉぉ!」
シュタナートは苦渋の選択の末、一旦手にした仕込み杖を絶叫しながら、投げ飛ばした。
それを見ていたイシュアは非常に満足気な表情を浮かべる。
永遠とも錯覚する苦しみの中でシュタナートは耐える。
激しくのたうち回ったのでかなりの数の骨が折れていて、全身が打ち身だらけ、舌もズタズタ、歯も激しく食いしばっていたので、折れて欠けてしまった。
すると耐えきれない程の苦痛だったが、徐々にだが和らいでいき、のたうち回った時に出来た傷の痛みも普通に感じるようになった。
「どうやら、姉上が苦しんだ倍の時間は経過したようだな。かなりマシになったであろう?」
イシュアは満足気な表情で問いかけてくる。
「ああ」
シュタナートは死にそうな声で返事をする。
「では私の方の死ぬ準備をしなくてはな」
そう言うとイシュアは短刀を片手に持ち、詠唱を開始する。
シュタナートに使用した《即致死性毒生成》の詠唱と全く一緒であった。
詠唱が全く一緒であることをシュタナートも気が付く。
詠唱が終わると、這いつくばり苦しんでいるシュタナートの元に来る。
「これで私を切り付けてくれ」
シュタナートの前で膝をつき、短刀を渡そうとする。
「イシュア、殺すのにしてもこれで切り付けたら君も……、私は君を苦しめたくない」
「私は来世とはいえ、姉上の殺した仇を復活させ、更に自ら望んでそのものになるのだ。その報いは受けねばならない。これはケジメだ」
「しかし……」
「頼むシュタナート、もう時間が無い。惨めな自死を選ばせないでくれ。私はあなたに殺されたい、頼む」
イシュアは必死に懇願し、シュタナートに短刀を握らせる。
「くっ」
シュタナートはイシュアがそれを本当に望んでいることだと察して、受け取った短刀で首筋を切り付ける。
「すまんな嫌なことまで押し付けて。ぐっ、しかしこれは予想以上だな。くぅ」
イシュアも苦しみだし、よろけ、シュタナートから少し離れた床に倒れこむ。
シュタナートは這って、倒れいるイシュアの元へ行き、手を取りしっかりと握る。
「ふふ、手を握られると不思議と苦痛がやわらいでいくな……、くっ」
イシュアも苦痛に呻きながらもしっかり握り返してくる。
しばらくの間、イシュアが苦しんでいるのを見守ってくると、今度はシュタナートの意識が朦朧としてくる。
その様子をイシュアが気付く。
「シュタナートの方はそろそろ逝くようだな。私の方も何とか苦痛の頂上は過ぎたようだ……」
「か、必ずや再会しよう、イシュア……」
息も絶え絶えになりながら、シュタナートは言う。
「さらばだ、最も憎き人よ。そしてまた会おう最も愛しい人」
イシュアは苦痛に耐えながらもとても優しい表情で言った。
それがシュタナートの最後の記憶となった。
そして彼が再び物心がついた時には、ライル・ウォレスであった。
これにて幼鳥の章は終了。




