第2話 アグニス邸にて
到着したアグニス家の邸宅はさすがにシュタナートの邸宅程ではないが、富裕層が住むようななかなか立派な物である。
秘書官を馬車に残し、シュタナートとフィーネは玄関の扉を開け、中に入る。
「ただいま戻りました」
フィーネは奥の部屋に向けて呼びかける。
するとその声に反応し、50歳ぐらいの厳しい表情の男の魔術師を先頭に、その男よりやや若い、心配そうな表情をした女の魔術師と使用人であろうの中年の女が慌ただしく出てきた。
男の魔術師の導師長を表す紋様、女の魔術師は導師を表す紋様が描かれている。
男の魔術師はダレス・アグニス導師長、女の魔術師はダレスの妻でフィーネの母親である。
2人とも上位の魔術師らしく、理知的な感じであり、品も良さそうである。
ダレスはシュタナートが来ているとわかると、厳しい表情を驚いた表情に変えた。
「総大導師、どうしてこちらに!?」
アグニスの妻と使用人も驚いた表情を浮かべている。
「アグニス導師長、突然の来訪すまんな。フィーネ導師捕の事で是非二人で話をしたいのだが、どうだろうか?」
シュタナートは穏やかな表情だが、断りにくい雰囲気を出しながら言った。
「はあ、では応接室の方まで案内しますのでそこでお話を……」
ダレスは困惑気味に答える。
シュタナートは他の者を残し、ダレスに案内され、応接室へと歩みを進める。
「どうぞ、お座りください」
2人は応接室に入り、テーブルは間に置いたそれぞれの席に着座する。
「まさかとは思いますが、フィーネが総大導師の妻になると戯言を言っていた件の話でしょうか?」
ダレスがおそるおそると言った感じで聞いてきた。
「それもあるのだが、私は彼女の事を非常に評価している。将来的の魔術師団を引っ張る幹部に養成したいと考えている。導師長も知っての通り、彼女ほどの才能を持つ女魔術師は非常に少ない。それ故、私自ら指導をしたいと思っている。とりあえずはうちの屋敷まで通わしてやってくれ」
それを聞くとダレスの表情は少しは緩む。
女の魔術師は男の魔術師に比べると平均的には劣っていないのだが、飛びぬけて優秀な者は少なく、
魔術師として歴史に名を残す者はほとんどが男である。
この魔術師団でも例に漏れず、フィーネの他には際立って才能ある女魔術師はほとんどいない。
「総大導師にそう言われると親の私としても光栄です。ただ……」
「ただ?」
「言いにくいのですが、私の娘はまず間違いなく生娘でして、正直父親として総大導師のお側に置くのは心配でして……」
ダレスはやはり、おそるそるという感じで言った。
シュタナートの魔術師団における首領としての立場は強固なもので、貴族の意向に配慮しなければならない一般的な王などより専制的権力を有している。
基本的には重罪を犯した者にしか行使しないが、魔術師団の構成員に対する生殺与奪の権利すら有している。
「導師長は誤解しておるぞ。手当たり次第だったのは、とうの昔の話だ。絶対とは言わんが生娘には手を出さん」
シュタナートの女好きは有名であるが、魔術師団での諍いを避けるため恋人や夫がいる女や生娘には手を出さないようにしている。
とは言えシュタナートには将来に渡って絶対にフィーネに手を出さないと言い切れないとの思いもあっ
た。
「もし、仮に手を出したら最大限の配慮をしよう」
「最大限の配慮とは?」
「妻にする事だ。子を望めない事も何とかしてやろう。知っての通り私には無理だがそれ用の人間を当てがってやろう」
「いえ、さすがにそこまでは。しかし、総大導師のご配慮、痛み入ります。どうぞフィーネの事をよろしくお願いします」
シュタナートが言った言葉を滅多な事では翻さない事は有名で、導師長たる人間なら存じてる事だ。
ダレスはさすがに観念したという感じで深々と頭を下げる。
シュタナートはフィーネを将来の大幹部にしようと育てる許可を父親であるダレスから貰いたいだけだったが、なにやら妻として貰い受ける許可のような雰囲気になってしまった。
「とにかく彼女の方から嫌気をさして辞めたとしても、決して悪いようにはしないから、安心して寄越してくれ」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
再び、ダレスは深々と頭を下げる。
「分かってくれて何よりだ。私の話は以上だ。夜分に邪魔をして悪かった。では失礼をさせてもらうとしよう」
そういうとシュタナートは席を立つ。
ダレスも席を立ち、大きな声で
「総大導師がお帰りになるぞ!」
と居間がある方向に呼びかけた後に2人は応接間を出て玄関に向かう。
玄関に着くと、呼びかけで来たのであろう、そこには家族及び使用人が控えていた。
「皆、夜分に邪魔をしたな。それではフィーネ導師捕、ではまた私の屋敷で会おう」
そう言うとフィーネは少しぎこちない笑顔を送り、一同は一礼をしながら、この家を後にするシュタナートを見送った。
外に出ると、馬車の中から秘書官が出て来て、シュタナートが乗りやすいように、馬車の扉を開ける。
シュタナートは馬車に乗り込み、着座すると、外まで見送りに来たダレス及びその一同に窓から見えるように手を上げ、返礼する。
そしてシュタナートと秘書官を乗せた馬車は護衛の兵士を伴いながら、帰路に出立する。
「総大導師はここまで骨を折るとは彼女の事を随分、気に入られたようですね」
馬車が走ってから、しばらくして秘書官が声を掛けてきた。
彼は秘書官として数年、シュタナートの下で働いているので、気安い会話もしてくる時もある。
「色々と難点もあるが、なかなか面白そうな娘だな。まあ彼女が継続出来ればだが」
シュタナートは何故か期待が持てそうだと思いながら、帰途を過ごした。
この日よりフィーネはシュタナートから《老化停止》を目標とした魔術の指導を受けるようになった。
シュタナートからの急な呼び出しにも応え、熱心な姿勢も決して失わず順調に教えを吸収し期待に応えた。
そんなフィーネをシュタナートは可愛く思い、それ程好みでは無かった見た目さえも愛らしく見え、徐々に女としても魅力的に映っていく。
シュタナートは自身の自由になる時間の内、徐々にフィーネへの指導等の時間も増やしていった。
1年ほど経つと《老化停止》の適性が高く、その下位の魔術である《老化軽減》はほぼ取得確実で、《老化停止》の取得も将来的には十分可能性があり、彼女が示した努力等によりフィーネ以外に妻は考えらないと思うようになっていった。
そしてシュタナートとフィーネは男女の仲になった。
これ程の長い期間に女としての魅力を感じながら、関係を結ばなかったのは《老化停止》取得への悪影響が出る事への懸念と手を出すと、もう後には決して下がれないとの思いからだった。
そちらの方も思いのほか相性は良く、シュタナートは胸を撫で下ろした。
やはり長年夫婦を続けるとなると、永遠の若さを保ち続けるであろう二人には重要な事柄である。
そして2人が婚約者同士になることが決定した。




