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第1話 大魔導師と訪問者

 

 男がかなり広々とした一室で椅子に座り、大きな机の上で書物に目を通している。


 男の見た目の年齢は20代前半くらいだが、その年齢とは思えない程の貫禄と威厳がある。

 高位の魔術師が身に付ける上等のローブを羽織り、腕には腕輪、指にはいくつもの指輪、それぞれが特殊な魔術文字が刻まれていて、魔術が付与されてる物と思われる。

 体の厚みはそれ程では無いが鍛え上げられた体をしている事がローブの上からでも分かり、顔は中性的でかなりの美形ながら、目つきは鋭く迫力があり、危険な雰囲気を出していて、そして銀髪碧眼をしている。

 魔術師には、いや一般人でさえこの男が強大な魔力を持っている事がなんとなくわかるだろう。

 ローブの胸のあたりには不死鳥の紋章が描かれ、その下には複雑な紋様が描かれている。


 男が座る席の前にはテーブルがあり、それを挟んで向かいあった二つの長椅子が配置され、部屋の壁沿いには本等を収納したいくつかの棚が配置してある。

 それぞれの家具は豪奢な装飾は少ないが、重厚な作りであり、値が張るものだろうと思われる。

 部屋に窓は無いが、天井に付けられている半球状のガラスから出る光が部屋を明るく照らしている。


 その男は書物に目を通し、時折ペンで文字を書き入れていると数回、軽く扉を叩く音が聞こえてくる。


「失礼します、シュタナート様。御用があって入室させて頂きます」


 机に座っている男の名はシュタナート・ジオール、この大陸最高の魔術師の一人にして、強大な魔術師の組織である”永遠たる係累”魔術師団の首領である。


 声が掛った後、数呼吸程の時間をおいて初老の上位の使用人と思われる男がドアを開け、一礼して部屋に入ってくる。

 初老の男の服の胸にも不死鳥の紋章が描かれている。


「どうした、何用だ?」


「はっ、ダレス・アグニス導師長のご令嬢であるフィーネ・アグニス導師捕がシュタナート様への面会を希望して参られていますが、いかがしましょうか?」


 会う約束は無く、突然の訪問である。


 導師長は見習いを除いても千人程の正規の魔術師が所属するこの魔術師団の上級幹部の位階であり、それより上の位階の者は首領のシュタナート等、数人しかいない。

 導師捕は幹部候補にあたり、並の魔術師では相当な功績が無いと付くことが難しい位階である。


「フィーネ・アグニスか……」


 呟き、彼女の事を思い起こす。


 幹部であるダレスの娘ということでそれなりに知った顔の人物だ。

 最近会ったのは数日前、導師捕の位階を与える昇進式に顔を出した時である。

 普通は導師捕ごときの昇進式には出席しないのだが、近くを通りかかり、暇もあったので、たまたまの出席であった。

 出席者達のローブにはやはり魔術師団の象徴である不死鳥とシュタナートに比べれば簡素な紋様が描かれていた。

 この紋様は魔術師団での位階を表し、上位の位階になる程複雑になる。


 シュタナートは新たに導師捕になった者たちに激励のため声を掛けていた。


「17歳で導師捕とは大したものだな。女では最年少ではないかな? これより早いのはドラクルくらいしか私は知らんな」


 シュタナートは若い女に声を掛けた。


 背丈は女の標準くらいでやや痩せ型で華奢、黒髪黒目で無表情で化粧っ気が全くないせいか地味に見える。

 この若い女がフィーネ・アグニスである。

 魔術師団の女魔術師は化粧どころか、魔術を使って美しく見せる者も少なくない為、それらと比較すると地味である。

 他の者は首領で最高の魔術師であるシュタナート自ら声を掛けると恐縮するのだが、フィーネにはそんな様子は見られなかった。

 

 ドラクルとは魔術師団でシュタナートに次ぐ才を持った魔術師の名である。


「総大導師は《老化停止》の魔術を取得出来る伴侶を探してるとの事ですが?」


 総大導師はこの魔術師団の最上位にして首領ただ一人のみが就ける位階で、シュタナートを指す呼び名でもある。


 《老化停止》は実行すれば、肉体がまったく老化がせず、理論上は永遠に生きる事が可能になる魔術である。

 極めて難易度が高い魔術であり、歴史上でも数えられる程度の人数しか取得が確認されていない。

 シュタナートも実行しており、非常に長くなるであろう生涯を共に歩める伴侶を求めていた。


「い、いかにも、君の様な才女が来てくれたら嬉しいよ」


 シュタナートはフィーネの予期していない質問に戸惑い、とっさの事で世辞を交えて返答した。

 フィーネの才は認めてるものの、正直、特に好みでは無い。


 フィーネはシュタナートが返答を聞いた後、なにやら真剣な面持ちで考え込んでいる。

 よく見るとなかなか整った顔立ちである。


「では、今後も魔術の道を精進してくれ」


 シュタナートは会話を打ち切って、その場を離れた。


 

子供の頃から変わった娘だった気がするが、未だに変わらないとシュタナートはその時の事を思い出してそう思った。


「今日は時間があるし、魔術師団有数の才女が折角来たのだから、会おうか。案内してやってくれ」


 シュタナートはたまたま時間がある日であったので、初老の使用人にそう命じた。


「かしこまりました」


 そう言った後、使用人は再度一礼し、部屋を退出していった。


 シュタナートは少しの時間、再び書物に目を通す。



「フィーネ・アグニスです。入室させて頂きます」


 再び数回の軽く扉を叩く音の後、抑揚の無い若い女の声が掛かる。


 この部屋であるシュタナートの執務室は、外に漏れては困る話をする事が多いため、外からの声は聞こるが、中からの声は外に聞こえないように魔術的処置が加えてある。

 よって中から入室を許可する声は掛けられない。


 少し時間を置いた後、フィーネはペコリと頭を下げ、部屋に入ってくる。


 昇進式でも着ていた若い女魔術師が良く着る比較的ぴったりとして体の線が出る白いローブを身に付け、変わらず化粧っ化が無く、無表情で何を考えてるか、わかりづらい。


「今日は何用かな、杖はそこに置いて、椅子に掛けてくれ」


「はい、総大導師もお望みのようなので、妻にして頂きたい旨を伝えに参りました」


 フィーネの話し方は以前から抑揚が無いが、それを言った時は少しばかり力強かった。

 そして入口付近に配置してある杖立に自身の杖を置き、シュタナートの席の前に配置してある長椅子の一つに腰を掛けた。


 シュタナートはフィーネの言葉を聞いて、あまりに率直で性急なので唖然とした。

 魔術に没頭して、世間知らずとは知っていたが、これ程とは思っていなかった。

 さすがのシュタナートでも昇進式で言ったことは世辞で、好みでは無いので妻には出来ないとは面と向かっては言えない。


 フィーネの方は唖然としてるシュタナートに不思議そうな面持ちである。


「君の父上であるアグニス導師長にはこの話はしたか?」


 フィーネは末娘で才能があるので非常に溺愛されていると聞く。


「はい」


「何と言っていた?」


「『総大導師は女癖が悪いくせに、孕ます事も出来ないのだからやめておけ。そもそも社交辞令を本気にするな』と言っておりました」


 憶する事無くフィーネは言った。


 シュタナートはフィーネの正直さに苦笑し、そう言ったとしても、もう少し言葉を選んで伝えるべきだろうと思った。

 事実、シュタナートは女好きで複数の女と同時に関係することが多く、これまで百人を遥に超える女と関係を結んだ。


 そして《老化停止》を実行すると行為そのものは問題無く行えるが、生殖能力は失われる。

 老化の速度を遅くする《老化軽減》の魔術も生殖能力が相当落ちる。

 エルフなども長寿の種族であればあるほど生殖能力が低下していくので、創造の神帝によって創られたこの世界の摂理であろう。


「では何故、親が反対する女癖が悪く、子を授けることが出来ない男の妻になる事を望む?」


「私は総大導師が最も魔術師として優れていると思い、勿論尊敬もしています。その様な人物の妻になり、お側に居れれば良い手本、また刺激になり自身の魔術を高められると思ったからです」


 フィーネに限らず魔術の能力は魔術師団の多くの女魔術師とその親達にとって、結婚相手としての重要な判断基準である。


 自身の魔術のため、その答えは魔術の研鑽に対して貪欲なシュタナートには悪いものでは無かった。


 シュタナートはフィーネの事を若い才能のある変わり者の女魔術師くらいということしか知らなかったが、今回の事で色々な難点は有るものの、魔術に対する向上心も非常に高く、度胸もあり、行動力をあるという事を知った。

 特にまだ若い女でありながら積極的に自身の人生を切り開いていく姿勢には感心する。

 妻とまではいかなくとも、魔術師団を将来支えるうる人材としてこれを機に直接指導して伸ばしてやる事も悪くないと思った。


「うむ、わかった、しかし私は知っての通り妻には《老化停止》を取得する事を希望している。その取得を目指す覚悟はあるのだろうな? 私自ら教えはするが、はっきり言って並の難しさでは無い。なんせあのドラクルでさえ無理だったのだからな。当然、しばらくやって芽が出そうも無い場合は打ち切らせてもらうぞ」


 ドラクルは《老化軽減》を取得した後、シュタナートの教えを受け《老化停止》の取得を目指したが、《老化停止》との相性が悪いため取得する事は出来なかった。

 一説には《老化停止》は定命(じょうみょう)(ことわり)からも外れ、人を超える存在へと足を踏み入れるこちとから、魔術の才だけでは無く、特別な”何か”を持っていなければ取得出来ないとも言われている。

 ドラクルの魔術の才はフィーネを明らかに上回っている。

 その難易度もあり、妻に望むのは《老化軽減》でも仕方なしとシュタナートは思っている。


「はい、総大導師自らの指導ですから最大限の努力をさせて頂きます」


 フィーネは力強く言った。

 その目には強い意志が伺えるようにシュタナートには見える。


「その言葉通りやってくれるなら問題ない。やって無理だったなら仕方ない話だ。私に暇が出来た時にそちらに連絡させるようにする。そうしたら可能な限りこの屋敷に来てくれ。《老化停止》に向けた指導を行うとしよう」


「総大導師が多忙な事は存じています。私や家族に重大な事でも起きない限り、必ずや伺います」


 シュタナートは首領としての組織の運営、そして魔術師として更なる高みを目指しているため多忙である。


「今日はまだ時間がある。とりあえずは《老化停止》習得のための道筋を説明しよう」


「はい」


 シュタナートはフィーネに親身に教えを説き、それに応えるようにフィーネは熱心に聞き、賢明に受け答え、積極的にいい質問もしてきたので、《老化停止》習得のための道筋だけに留まらず、様々な事も時間を忘れ問答し合った。


 フィーネのこの情熱が続くなら、かなり期待出来るのでは、とシュタナートは思った。

 しかし何事も最初の情熱のまま、突き進む事は容易な事ではない。


 そうしていると、外から鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきた。

 日没の時刻を知らせる鐘の音である。

 シュタナートは机の上の、円状に配置している数字を指針が指している場所で時間を知る道具である時計で、時刻を確認する。

 それ程一般的な道具では無く、貴族ですら珍しい物だろう。

 この時計は魔術を動力としているが、機械の力で動く物の方がまだ世間では一般的だと言う。


「もう日の暮れる時間だな。これ以上は家の者が心配しだすだろう」


「確かにそうですね、私としては少々名残惜しいですが」


「うむ、それは私もだが、今日のところは私の馬車で送っていこう。折角なので今後のために君の父上に会って話をしておきたいが、どうだろうか?」


「その方がこちらに通いやすくなるので、賛成です」


「では、馬車の手配をしよう」


 そういうとシュタナートは近くの杖立に置いてあった杖を手にし、座ったまま《通話》の魔術の詠唱を開始した。

 魔術師にとって杖は騎士の剣のように象徴であると同時に魔術の成功率、効果を上げるように魔術が付与され制作されている。

 シュタナート程の魔術師ならこの程度の魔術は杖を用いなくても十分使用出来るし、はめている指輪にも杖と同様に魔術を助ける効果の物もあるが、慣れていて使いやすいので杖を使用する。


『シュタナートだ。これからすぐ立ち寄りたい場所があるので馬車の手配を頼む。以上だ』


 と自身の秘書官にそう伝えた。


 《通話》の魔術は遠距離でも瞬時にかつ正確に情報を伝える事が出来るため極めて有用な魔術である。

 この魔術を使えるか使えないかで魔術師団の位階にもかなり影響があるし、どこの組織でも重宝される魔術だ。


 シュタナートとフィーネは先程の続きをしながら、しばらく待っていると、魔術師でもある秘書官の20代半ばくらいの男が馬車を用意できた旨を執務室に伝えに来たので、シュタナートとフィーネは部屋を出るために立ち上がる。

 シュタナートは立ち上がると、かなり高い背丈である事がわかる。


 2人はその秘書官と共に馬車に乗り込み、屋敷を後にした。


 馬車の周りには武装し騎乗した兵数名が馬車を警護し、並走する。


 シュタナートは馬車の中でフィーネと部屋での続きをしたが、秘書官が同乗してるせいか、はたまた父にシュタナートをいきなり会わすのが気が滅入るのか、先程の打ち解けた雰囲気から変わって、少しよそよそしい感じだ。


 ふと馬車の窓から外を見ると、日の暮れたこの街は他の街に比べるとかなり明るい。

 主に永遠たる係累魔術師団によって供給されるの《照明》の魔術が付与された照明器具が多く使用されているためである。

 その照明器具はローソク等と比べるとかなりの明るさである。

 《照明》の魔術は一般的な魔術師なら使用出来るため、それを付与したものも比較的安価で多く作ることが出来る。

 そのおかげで日が暮れても、街は活気があり、それによってさらに街を発展させている。


 しばらく馬車が走ると目的地であるアグニス導師長の一家が住む邸宅に到着する。

 

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