第8話 公開魔術人体実験1
「それでは、行くとしようか」
シュタナートとイシュア、そして秘書官の若い魔術師が屋敷の前に止めている馬車に乗り込む。
玄関先には見送りの使用人たち、馬車の周囲には護衛のための騎乗した兵士たちがいる。
シュタナートと秘書官は隣り合って席に座り、イシュアはシュタナートの対角線の席に座り、その横には持ってきた本を置いた。
三人が乗り込むと、間もなく馬車は出発し、イシュアは他に憚れる事無く本を読み始める。
イシュアの本の頁をめくる速度は速く、とても頭に入らないのではと思うものだが、何の本の何項の何行目に何がかいてあるかまで、しっかり記憶していて、忘れる事はない。
一行の行き先はノイマン大導師が主催する魔術の公開人体実験である。
魔術師団の本拠地である真理の塔で行われる。
元々、魔術の人体実験は苛烈なものだが、ノイマンのものは、被験者に配慮しないので、さらに苛烈である。
イシュアを誘ったところ、興味があるらしく、付いていくとの事だ。
シュタナートの誘いなど、ほとんど乗ってこないが、この魔術師団の先端技術には興味があるらしい。
馬車の中ではイシュアが本を読んでいるので、シュタナートは沈黙して、窓から外を眺めている。
馬車は真理の塔の門で一旦、確認のため止まった後、その中に入っていく。
「着きました」
御者からのそう声がかかる。
馬車は真理の塔の入口付近で止まった。
周りにいた者たちがシュタナートの馬車が来たと気が付いて、近づいてきている。
イシュアはローブに付いている、フードを被り、顔を見えにくくする。
あまり、人前で美しい顔を晒したく無い様だ。
また、屋敷の外ではぎりぎり問題無いくらいには、大人しくなる。
御者が馬車の扉を開け、まずは秘書官が外に出て、シュタナートも続いて外に出て、後から来るイシュアを待つ。
イシュア出てくると、シュタナートは降りやすいようにと、手を差し出す。
その手をイシュアは邪魔そうに、かなりの勢いで自身の手で叩き落す。
「つぅ」
思わず、シュタナートの口から声が漏れる。
その様子を見て周囲に集まった魔術師団の団員たちは驚きや怪訝そうな表情となる。
「はは、と、年頃の娘とは難しいものだな」
シュタナートは笑ってごまかそうとする。
集まってきた団員も作り笑いをする。
そして、その団員たちとの挨拶が始まり、軽い会話をしながら一行は真理の塔の内部へと入っていく。
人々はイシュアにも挨拶を行うが、イシュアの方はそっけない返しをするだけだ。
その様子を見てシュタナートは
「すまんな、イシュアは魔術の才は凄まじいが、こういう事はからきしなんだ」
と弁解を行った。
イシュアの魔術の才は魔術師団では有名だ。
それを聞いた団員たちは天才とはそういうものかと意外にも納得してる様子だ。
才能あるものはなんだかんだいって、多少の不行儀は許されたりする。
そして一行は真理の塔内部のかなりの広さがある広間に到着した。
すでに数十人の人数がいるが、まだゆとりある広さだ。
前の方には4脚の椅子が配置してあり、実験に使うだろう道具が置いてある長机があり、記録を取る為の筆記用具が置かれた席もある。
先に来ていた団員たちは幾つかの集団に分かれて、談笑をしている。
シュタナートが来たのがわかると、注目し、挨拶に来る。
シュタナートはその一人一人に可能な限り、丁寧な対応をしていく。
その中の一人にイシュア程では無いにしろ、人目を惹く美しい若い女魔術師がいた。
人当たりは良さそうだが、芯も強そうな感じもある。
才色兼備と名高い、イフリナ・リザースである。
「総大導師にこのような場でお会い出来て、幸運かつ光栄でございます」
「人体実験、しかもノイマン大導師の手によるものは君のような若い女が見るのは目に毒ではないかな、リザース導師捕」
「私の名を覚えてもらえて、さらに光栄です。またお気遣い感謝します。ですがこのような実験は何度か拝見させて頂いたので、心配は無用かと思います」
「そうか若いのになかなか肝が据わっている。それに君の名はよく耳にするのでな」
「ありがとうございます」
そう返答がくると、シュタナートと挨拶をしたい者がまだまだいるので、会話を打ち切った。
イシュア程ではないにしろ、美しく、才能があり、人当たりも良く、若いのにシュタナートに対ししても物おじせず、しっかり言える。
また誰からも好かれる娘だという。
おそらくシュタナートの妻としては復讐心を抱いていて、殺意のあるイシュアは勿論、人付き合いが苦手なフィーネよりも適正であろう。
しかし、シュタナートには二人ほどは特別な魅力は感じなかった。
イフリナはイシュアにも丁寧な挨拶をしているが、
「ああ」
とだけぞんざいに返されている。
シュタナートが団員たちと語り合ってると、ある一人の男が広間に入って来た。
その男の名はダレス・アグニス、最愛の婚約者であった、いや最愛の婚約者であるフィーネの実の父親である。
シュタナートとともにトリア伯を襲撃したころより、白髪やしわが増え、だいぶ老けている。
いまは、主要な職務から退き、半ば隠居状態である。
シュタナートがイシュアを伴っていることを知ると、表情が厳しくなる。
彼はエレイアを殺害した現場に居合わせており、イシュアがシュタナートの殺害を宣言したこと、またイシュアの危険性を知っている。
「総大導師、このような女を身近に置くのは総大導師ご自身、そして魔術師団のためになりませんぞ」
ダレスはイシュアに詰め寄りながら、言った。
イシュアはダレスを睨みつける。
その迫力にダレスは少し、たじろぐ。
イシュアは確かに危険な存在であるから、ダレスの言う事に別に間違いではない。
ダレスには、その娘に庇って生き長らえた故に、シュタナートには負い目もある。
「アグニス導師長の言う事は分かるが、今は私の判断で身近に置いている。私の判断を尊重してはくれんか?」
シュタナートはイシュアを守るように、二人の間の場所に移動し、言った。
「今ですか、では近い将来には考え直して頂きたい、何よりご自身のために」
イシュアがシュタナートに対して復讐心を抱いている事を知るものはかなり少数だが、普段の態度が態度なので、ダレスのような者は少なくない、ダレスはその中でも最強硬と言ってもいいだろう。
「何やら、公開実験の前に、盛り上がっているようですな。しかし、そろそろ開始したいと思いますので、
私からの説明を聞いてくれると幸いです。よろしいですかな?」
ノイマンが広間の控室から、何名かの者を伴い、広間の前方に移動した後に言った。
シュタナートとダレスも含め、出席者たちはそちらの方を向く。
筆記用具が置かれた席に書記らしい男も着席している。
いよいよ公開実験が開始されるようである。




