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第4話 イシュアとの食事

 シュタナートは大導師会の出席者たちと軽い会話を交わしながら、外で待機していた一人の秘書官を伴い、真理の塔を出て自分の馬車に向かった。


 日は暮れあたりは暗くなっているが、真理の塔は主に魔術の照明により窓から明かりが漏れている。

 シュタナートが自分の馬車の前に着くと、出席者たちと別れの挨拶を交わした後、馬車に乗り込んだ。

 馬車に共に乗り込んだ秘書官に《通話》ですぐ帰宅する旨と夕食の手配の連絡させた後、馬車の御者に命じて出発し、本拠地を後にした。


 一般的な馬車は揺れに対する機構も無く、乗り心地が悪い物で特に舗装されていない道だと酷いものだが、シュタナートの馬車はドワーフの職人の手によって様々な工夫が凝らされており、尚且つ魔術の付与によってかなり乗り心地が改善している自慢の馬車である。

 ヴェルゼの街はほとんどが石畳で舗装がなされているので、揺れをたいして気にすることも無く、馬車から窓の外の景色を楽しむ事が出来る。


 美しい街並みを眺めながら馬車に乗っていると邸宅街に入り、そして大きな門の前に到着し、御者が門の入口に居る兵士に言葉を交わすと、門が開き馬車がその中へ入っていった。

 シュタナートの邸宅である。

 それ程豪奢では無いが、魔術によりどんな王侯貴族のものより利便性が高く、快適な自慢の邸宅である。

 玄関先に馬車が着くと、秘書官と共に降り、屋敷の中に入っていく。

 屋敷の中に入ると正面に少々美化されたフィーネの大きな肖像画が出迎えるように飾られてある。

 だがシュタナートに聞くと実物の方がいいというだろう。


「お帰りなさいませ、シュタナート様」


 使用人たちも出迎えおり、家令であるリハルトがそう言うと、他の使用人も唱和した。


「リハルトは他に重要な仕事があるのだから、わざわざ出迎えなどせんでも良いぞ」


 リハルトの家令の仕事は多忙でかつ重要なものが多い。


「私はもう歳です。何時までもお仕え出来ませんので、今を精一杯の事をやらさせてもらいます」


 リハルトの年齢は60に達しているので、その歳になると役職を辞し、引退しはじめる者は少なくない。


「リハルトにはいつまでも傍で仕えて欲しいが……」


 世辞では無く、シュタナートの本心。

 リハルトとベイゼルは現在のシュタナートにとって両腕とも言っていい存在だ。


「可能な限りお仕えいたします。まあともかく夕食の方の準備は出来ておきます。食卓の方でお待ちください」


「そうか、ではイシュアも呼んできてくれ」


 シュタナートは可能な限りイシュアと共に食事をとり、関係を少しでも良くしようと思っている。


「かしこまりました。本日はお嬢様の好物ですから、お喜びになられるでしょう」


 リハルトは笑顔で答えた。


「そうか」


 シュタナートも少し嬉しそうな表情で返答した。


 白い清潔な布を掛けた長方形の長細い大きなテーブルがあり、そこの一番奥の席の椅子にシュタナートが座り、シュタナートから見てすぐ近くの左斜めの席にはリハルトが座っている。

 それぞれの席には銀製の食器、料理の入っていない陶器の皿、飲み物が入ったグラスが置かれている。

 どれも《毒物検知》の効果が付与されてある一品である。

 長方形のテーブルの真ん中付近、シュタナートから大分遠い右斜めの席にも食器が置かれいるのだが、椅子には誰も座っていない。

 まわりには何人かの使用人が給仕している。


「遅い、相変わらずだなイシュアは。遅れると言っていたか?」


 当主であり、首領であるシュタナートを事前に断りもなく待たすのは当然無礼な行為である。

 こういったことは珍しくないが、やはり待たされると不機嫌になり、シュタナートの顔に少し苛立ちが表れている。

 大導師会で労力を使ったためか、空腹で余計に苛立っている。


「いえ、すぐ行くとのことでした」


 リハルトは曇った顔で答えた。


 しばらく後、食堂の扉が開き一人の若い女が入室してきた。


 鮮やかで美しい腰のあたりまで伸びた赤髪で、背は女にしては高く、平均的な成人した男より若干低いくらいだろう。

 フィーネが身に付けていたような体の線の出る比較的ぴったりとした白いローブを身に付ている。

 背と頭身が高いためか細く見える体形だが、肉付きは悪くなく、出るとこは出ている。

 美しい金色の瞳を持ち、見るからに気の強そうで、絶世の美女ゆえか、近寄り難く、隙の無い雰囲気を出している。

 可憐な美しさというよりは凛とした美しさであり、見る者に神性さえ感じさせる。

 この若い女がイシュアである。

 少女という年齢だがあどけなさはほぼ無く、実際の年齢より大人びた印象で、美少女より美女と言った方がしっくりくる印象であり、妖艶な雰囲気すら出している。

 ローブには準幹部級である導師捕の紋様が描かれている。


 シュタナートを待たしたというのに、特に悪びれるまでもなく無言で席に座した。

 ハウゼンですら一言くらいは謝るだろう。


「イシュア、随分遅かったようだが、何かあったか?」


 シュタナートはイシュアの方を見ながら少し苛立ちが滲みでているものの、努めて冷静に問いかけた。


「別に特に、本を読むのに少し夢中になっただけだ」


 イシュアは美しい声だが、面倒くさそうに目も合わせることなく答えた。

 イシュアは読書と魔術研鑽を暇があれば行って、そのことはシュタナートも感心している。


「イシュア、私に言う事があるな?」


 怒気をはらんだ迫力のある険しい表情で言った。

 リハルトや使用人たちに緊張がはしる。


「いや、特に無いな」


 イシュアは特に表情は変えず、面倒くさそうに答えた。

 シュタナートは険しい表情のまま席を立ち、イシュアの席の方に向かった。


「お嬢様、一言謝罪してください」


 リハルトが声を掛けるが、イシュアは無視した。

 使用人たちは更に緊張する。

 シュタナートがイシュアの席の前まで来ると、イシュアが不機嫌そうに顔を上げてきた。

 この距離まで近づくと、イシュアのその美貌に比する程の非常に良い匂いが感じとれる。


「中身はじじいなんだから、いい歳して興奮するな」


 イシュアは更に挑発するような物言いをしてきた。

 シュタナートはその美しい顔をかなりの勢いで平手で打った。

 結構な音が響く。

 女に対してやり過ぎだろうと、多く人が思う平手打ちであった。

 打たれた後、少しよろけ、イシュアはシュタナートを睨みつけた。

 それは少女とは思えね迫力があり、シュタナートは思わず、怯みそうになる。

 イシュアの頬は腫れ、唇からは僅かだが出血している。

 今回は反撃してこないみたいだが、やられるとやり返して、取っ組み合いになる事も少なくない。

 その場合はだいたいシュタナートが少しの手傷を負い、イシュアはそれ何倍もの傷を負った。

 イシュアは長身だがほっそりした女でとても力があるように見えないが、並の男よりも体格も腕力も遥に勝るシュタナートでも油断出来なかった。


「イシュア、いつも言っているが、表面的にでも一言謝罪さえすれば、痛い思いはしなくてすむ。お前を傷つけるような事はしたくは無いのだ」


 シュタナートは打って変わって諭すような、優しい表情と口調で言った。

 暴力を振るった時は極力優しくするようにしている。

 イシュア以外の女に暴力を振るうことは少ないが、配下の遊び人の色男の話では効果があるとのことだ。


「そんな事をよりさっさと食事にしろ。空腹で余計に苛立たしい」


 イシュアは唇の血を布巾で拭いながら、シュタナートを無視するように言った。

 イシュアは気が強いを通り越して、完全に命知らずである。

 悪態をついている相手がその気になれば自分を殺せる力と権力を持っる上に、必要な時は殺すことを躊躇しない相手だから。


「まあいい、料理を持ってきてくれ」


 シュタナートはこいつと思ったが、十分制裁したし、ここでいがみ合っていても仕方ないし、腹に物が入ればお互いの苛立ちが解消すると思い、食事を始めさせた。


 イシュアは好物の料理が運ばれてくると少し機嫌が良くなったように見えた。

 器に盛りつけされた品のある料理が目の前に並ぶ。

 そこいらの王宮の料理と比べても先進的で凝った物である。


「私の犠牲になってくれた生命に感謝する。いただきます」


 イシュアは食材に感謝の言葉を述べ、食べ始めた。

 食す前に神に感謝の言葉を述べる者はよく居るが、食材に感謝を述べるのはイシュアくらいだろう。

 イシュアは品がある食べ方であるが、なかなかの食べっぷりだ。

 同じ体格の者でも魔術師とそうでない者だと魔術師の方が食事の量が多い。

 魔力が高ければ更に多くなる。

 イシュアの食べる量は大人の男の魔術師より多いくらいだ。

 もっとも高い魔力持ち、体格も立派なシュタナートの食べる量に比べれれば、そこまででも無い。


 シュタナートはリハルトから報告や相談、雑談をしながら食事を楽しむ。

 やはり腹の中に物を入れると苛立ちは無くなるようだ。

 話ながらなので黙々と食べているイシュアより、当然食事の進みは遅い。

 そうこうしてるうちにイシュアが食事をとり終わる。

 いつもの事ながら残さずきれいに平らげている。


「ごちそうさま」


 シュタナートや料理人ではなく、かつて生命だった食材に掛けた言葉だ。


 イシュアは席を立ち、離れようとしている。


「イシュア、もうしばらくしたら私の執務室に来てくれ。話がある」


「分かった、行こう。行かないと言っても、どうせ引きずられて連れていかれるのだろうしな」


 イシュアはいつもどおり顔も合わせはしないが、好物を食したためか、いつもよりはマシな返答して食堂を離れていく。

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