悪役令嬢なんて乙女ゲームにはいませんっ!
トワン家の息子。アーネスト・トワン目線の話。
「アーネスト・トワン様は大変苦労されていますね」
こう言ったのは隣の執事である。
俺は執事の話を聞きながら盛大にため息をこぼしていた。
幼なじみであるアリーことアリソン・ロバーツがまた何かやらかしたとの連絡があったからだった。
「今度は何をやらかしたんだ」
彼女は、悪行の限りを尽くしている。この間も召使いが気に入らないと何人も首にした。宝石商、デザイナーは来る度に冷たく追い返している。料理を出せばそんな気分ではないと言っている。だからばあや以外は世話をするものがいないと言われている。
そして最近は紳士淑女の通う学園に入学をしたくないと駄々をこねているという。
俺は会う度に淑女としてあるまじき行為をするな、人を大事にしろと説教をしてきた。そういうと「あんたに何がわかるっていうのよ!」とヒステリックに声を荒らげていた。周りからは喧嘩をしているようにしか見えなかったらしいが。
「それが...記憶が混濁しているようでして」
「はあ?」
ついに今度は記憶喪失のフリか。あいつはお転婆で木に登って降りられなくなったことがよくあった。ついに飛び降りようとして頭でも打ったのか。
「ロバーツ家へ行きたいが今日までにしておくことは他にあるか」
「ございません。全て終えられました」
今日までにしておくことは全て終わったらしい。執事は優秀なのでロバーツ家のことを聞き今日の分を減らしておいたのではないか。やけに今日の稽古事、書類整理が少ないように感じた。
ロバーツ家へ向かう馬車の中ずっと考え事をしていた。本当にあのアリーが記憶混濁していたらどうしようかと。幼い頃に交わした約束さえ忘れられていたらと思うと辛くて仕方なかった。
馬車から降りた後、ロバーツ家のばあやにあった。
「ばあや、あいつは木の上から落ちたのか?」
「いいえ。淑女としてあるまじきことで話すべきか迷うのですが...」
「頼む」
「実は芝生に寝転んでおられたのです。起きてお叱りをしたら貴女は誰と言われました...」
幼少期から世話をしてきたばあやのことさえ覚えていないのか。だとしたら俺のことなのどすっかり忘れているだろう。
「それで」
「話し方も随分と落ち着いておりますが目線がどこか遠くを見つめておられます。人が変わったようで」
俺は慌てて屋敷中彼女を探そうとした。記憶が混濁している彼女が心配でたまらなかった。
「落ち着いてください。坊っちゃま、彼女は私室にいます」
ばあやに諭され案内してもらうことにした。
「お嬢様、入りますよ。トワン家の坊っちゃまが来ましたよ」
返答がない。俺は開けてびっくりした。彼女はスカートの裾を持ち上げこう言ったのだ。
「お初にお目にかかります。アリソン・ロバーツでございます」
そして綺麗なお辞儀をしたので見とれてしまった。元々美しい容姿をしていたがさらに美しく見えた。
そして、初めて会ったばかりの挨拶をされたのだ。いや、彼女がこんな挨拶を他にしたことがあっただろうか。人を寄せつけまいとしていた彼女が。
これは本当に記憶が混濁しているのかもしれないと思い、積み重ねてきた想い全て吐き出しそうになり口を抑えた。