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1078年 8月 サラリーマン、計画の状況確認と支持者との面会を頼まれる


北方の辺境であるため、あれから四カ月がった真夏でもあの東京の暑苦しさ

はまったくなく、ちょっと暖かい程度の風が彼の散髪したばかりのわかいい髪を

左に揺らしていく。


騎射、そして従者との剣術が終わったクルドは丘の上に座っていた

サーザントの横に座ると、サーザントは一度間を作ってから計画の状況に

ついて話し出した。




「計画の状況についてですが、部下は全員首を縦に振りました」



「そうか…結構時間が経ったな」



「この身にもなりますと部下全員と話す機会が少ないので」





サーザントの部下と言うのは当然傭兵時代の、部下たちである。

十年前までは一緒に戦場を駆けた中であったが、今は自分と同じく

この領地の役人になっているか、戦闘職の騎士になっていたりしている。


その約八十人近く居る部下全員に話が通ったのだ。





「かなり時間をかけましたが、後は合間を縫って暗殺の過程や日程を

 部下と共有するだけです」



「だが部下と会うには機会が限られてる、しかし部下同士で情報を共有

 させようとすれば情報の漏洩や欠如の恐れがある」



「はい…ですので私が直々に説明する必要があります。恐らく最終調整

 と完璧な安全性も兼ねて準備が整うのは今年の冬、計画実行日は春の

 収穫前かと」



「八カ月後か……役人同士の連絡会で一気に話すのは無理なのか?」



「騎士たちなら私は参謀ですので出来るでしょうし、実際計画を打ち

 明けたのもそのタイミングでした。しかし…役人たちとなりますと

 部署ごとに集まる期間も時間も違いますので」



「そうか…ならそれまで俺がやることはないか」




暗殺なんて物騒な事…殺された身からしたら本当はやりたくないんだが…


結局俺も、この家も、領民も、生きるためにはこれしかないんだろうな。


それなら然るべきことはやらなくてはならないし、失敗も後悔も

したくない。


なにより首謀者となった俺が何もしないで、ただただ計画の行く末を

見続けるのは嫌だ。



それこそ、ただの無能じゃないか…。





クルドは自分が何も出来ていない事に苛立ちと焦りを覚えるが、

次にサーザントが言った言葉に少しだけその気持ちが治まった。




「それについてですがクルド様。貴方にはやっていただきたい事が

 あるのです」
















「えっ…俺がこの村の商人に当主交代の支持を得ろだって?」

 


「はい。例え貴方様が悪しき暴君に苦しめられる農民を助ける。

 という大義の下に父上を討伐したとしても、農民たちからしたら自分を

 苦しめる領主がただ代替わりしたのとなんら変わりませんので」



「えっでも…みんなを助けるってのは間違いじゃないだろ?なんで俺まで

 父と同じ風に思われなくてはならないんだ?」



「クルド様、農民はそんな深く考えれるほどの暇も知恵も有りません。

 農民と言うのは自分と、その集団が持つ固定概念と空気で物事の良し悪し

 を決めます」




少々言い過ぎな気もしなくはないが、確かにクルドがまだ村田順平であった

前世でも通じる所はある気がする。


恐らく世論などがそうだろう。


ああいったものは案外、集団心理や最初の印象などで簡単に変わる。


そう言った事をサーザントは伝えたかったのかも知れない。




「それが商人の当主交代の支持獲得につながるのか?確かに民衆の支持

 を得ることはこの村には欠かせないだろうが、なぜピンポイントで

 商人にした?」



「商人を狙う理由はこの村が、と言うよりかは全ての組織は物資と

 貨幣の流通力をもつ商人の力なくしては生きていけないからです」




それを聞いてクルドはこの村が、重税の中でも商人たちの資金や

物資援助という「富の再配分」によって何とか持ちこたえられている

ことを思い出した。




「なるほど…村の影響力と支持を持つ商人たちの支持を獲得出来れば、

 農民たちも俺の当主就任を認めざるを得ないという訳か。



「はい。その商人の支持と、当主になった後の農民の支持を得るのは

 クルド様がやらなくてはならないのですが、それさえ出来れば計画は

 かなりスムーズになります」



「しかしこのマクシミリアン家の不祥事で一番被害を被っているのは

 彼らだ。商人たちは計画成功後の見返りを求めるだろうな…」



「それは取引なのですから当然でしょう。クルド様、私の部下には

 商家の出が数人おりますので彼らとの交渉のテーブルは作れるで

 しょうが、それを有効活用できるかは貴方にかかっています」



「なるほど。これが俺の、当主としての初仕事になるわけだな?」



「自分で頼んでおいてなんですが…出来ますかな?」



「はっ…‥なめるなよ。俺が一体どれだけ馬鹿みたいに分厚い本を

 読み漁ったと思ってる?」



「都市で買ってもらった、あの帝国時代の遺跡から発見されたという

 本の事ですか?あんなものに何か活用できる知識がありますかな?」



「そりゃ勿論。俺でもびっくりするような物ばかりね。どうしてあんな

 凄い物がこんな辺境に流れ着いたのか不思議なくらいさ」





帝国時代を除き、この時代の本の価値はまさに紙くず当然である。


そして、どうしてそんな帝国時代の書物が売れ残るとかと言えば、

まず一番大きな純粋に戦乱続きで人口が少数であるからだろう。


人口が低くなればその中の職業、身分割合も当然少数になってくる訳で、

その減った身分割合の中に文字を読み書きすることの出来る人や、歴史や

書物に詳しい人が居たという単純な理由だ。


貴族や商人の場合は識字率がある程度高いが、彼ら自体の上流階級の

人数が物凄く少ない上に、その中で歴史に興味ある人を探せと言えば

かなり絞られてしまう。それに古臭い本を読むぐらいだったら親族と

娯楽で楽しみたいだろう。まだ文学と言った概念が薄いこの世界では、

「本」と言う存在はその程度の物であった。



その事を薄々気づいていた彼だが、話の内容を平たんにしないためにも

ワザと知らないふりをしてサーザントの方を見る。



「さぁ…どうしてでしょう?こんな物騒な世の中で本など読んでいる暇など

 ありませんからな」



「はは!それが答えさ」



「正しく学びは子供の特権であります。老人はただ死にゆくだけ…」



「でもお前の心はまだ少年のようだ」



「……」



「有り難うサーザント」



「?…何か私がしましたか?」



「仕事を与えてくれて、笑わせてくれて…取りあえず私は一旦屋敷に戻る」



「なら私も戻りましょう」










マクシミリアン家の屋敷は正に中世時代を代表するような余計な物は

省いたコンパクトかつ、要塞の壁自体が城壁の役割をもった素朴で頑丈な

要塞であった。


やはり経済力の低い村程度ではよくても木造の壁を作るのがやっと

らしく、大体の貴族の町や村は柵で囲まれている程度のようだ。


国王や上級貴族が持つような派手やかな屋敷やお城とは随分かけ離れた

ものではなったが、しかし、そこがまた、リアルであるのがゆえに彼の

男心をくすぐるのである。




いつかは立派な城や城壁を作ってみたいものだな…




そんな事を考えながら齢15歳の彼は屋敷の敷地内の中に入っていった。

当然此処が実家であり、この地の第一後継者であるのだから顔パスだ。



屋敷の敷地内にある、馬や白鳥を模った草木が生やされた庭の中を

進みながらクルドは屋敷の扉まで向かって行く。




まったく……こんなの辺境の、それも下級貴族である男爵家が持つような

庭じゃないぞ。


これを維持するのにアイツは農奴や農民を低賃金で多数働かせているけど、

アイツの尻拭いを俺らがしないといけないなんて……。





屋敷の、一階のホールがある大きな扉をサーザントの部下である

騎士が開くと、クルドは感謝を一つ言ってから中に入った。


こういった小さな言動が後々の人間関係に大きく影響すると思ってだ。

前世では男のプライドとか、上司のプライドとかで余り言えなかった

言葉であるが、前世と同じ過ちを犯さない様に部下には前世の時より

一層気を使う必要がある。




アイツがいい例だ。


こんな物騒な世の中であんなことしたら集団でリンチや暗殺なんて

普通だろうに。




ホールに続く小さな通路を通って行くにつれて父親であるドルディ

の愉快な笑い声が耳に届くと、彼の眉間には徐々に皺が寄って行った。






「ほれほれもっと俺のところに酔ってこんか~」


「いやん……だめですよぉ領主様ぁ~」


「もう、カルラばっかりずるいー」


「ガッハハハ!これお前たち、俺をの為に争うでないぞ」




そんな風にふざけた事を言い合いながら中東産の高級ワインを瓶で

直飲みするこの家の当主と、その当主に媚び諂う女たち。


王都で飼育された肥えた豚に、王国内の有名な鷹師の鷹が獲った

野鳥の丸焼きと羊のスープ。鮭の塩焼きにイワシの酢漬け。

黄金魚のムニエル。



まるで国王や大貴族が食べるような料理を、彼らはあまり広くない

ホールに不釣り合いなほどの大きなテーブルに広げて宴会をしていた。



村一つを治める男爵がしていい――イヤ食べれる料理ではない。

それを無理やり重税で領民から金銭と労働力を徴収している事で

可能としているのだ。


とても長続きできるような状態ではない。





なによりクルドが許せないのが、あの…女性たちが別の男の既婚者であり、

子供も持っているという事だ。



それをこの領主は当然の如く奪ったのである。





この女性たちの夫はどんな気持ちなのか、どんなことを考えて毎日を

子供達と一緒に過ごしているのか。


なにより彼女らの夫と子供たちが余りにも不憫で、自身の身体を他人に

売らなくては生きていけないこの状況と彼女たちが、余りにも哀れに

思えて仕方がないのだ。



そんな事を考えて、前世の自分の妻と娘が同じ状況に陥ったらと、

重ねてしまうだけで余りにも恐ろしく、よく彼は夜にベットに潜りこみ

ながら小さく涙を流していた。



前世でも、特に日本では水商売が『遊楽』や『引き手茶屋』のように

昔から盛んであったが、好き好んでそんな商売をする女性など少数だろう。



水商売に従事する大抵の女性たちは、そうしなくては生きていけないのだ。





クルドは自身の父親に対する感情を悟られぬように無表情で席に着くと、

自身の前にある皿に料理が静かに盛られていく。


大皿に乗せた料理を大人数で切り分けながら食べるのがこの地域の

伝統らしい。




「あっ…そんなにいらないですよ」



「そうですか、それは失礼いたしました」



まだ十五の、クルドと同い年の少女は盛り過ぎた皿を退けると、別の皿を

持ち出して先程よりも少し少なめに料理を持っていく。





別に皿ごと引かなくてもそこから取ればよかったのに…


この子も…きっとアイツのお手付き何だろうか…?


いや、俺はなに考えているんだ…




もう一度少女が料理を盛り終えると、クルドは先程の面倒事も含めて

ありがとうと少女に向かって感謝する。




「あっいえ…此方こそありがとうございますっ」



「?…取りあえず頂くよ」




クルドは少女が自分に対して、何について誤ったのかが今一よく分かって

いなかったが、それを深く考えるよりも、目の前に並ぶご馳走に鼻と口が

引っ張られていく。


重税を敷いて家と村を崩壊に追いこんだ父を恨みながらも、それによって

大昔の厳しい食事事情を肌で体験することなく、前世よりも美味しい料理を

食べれているなど皮肉でしかない。



だからか、せめてもの父に対する反抗の意を込めて、彼は父親よりも

少ない量の料理しか食べないでいる。



理性では残さす食べた方が道徳的にも環境面でも良いのだろうが、

それでも同じ量の料理を食べてしまったら父を攻めれなくなって

しまうのが嫌で、クルドはやせ我慢をしていた。


ちなみに環境面で良くないと言ったのは、貴族のプライド的に自分の

残こした料理が家畜の豚に食べられるのは良くないという、身勝手な

理由で川に捨てているからである。



ゴミや糞尿を放り捨ててもいつかは流れて消えていくし、川の水を

使って酒を造れば汚れていてもなぜか飲めてしまう。

他にも家畜の飲み水や、用水路を引っ張ってため池を作れば魚の養殖所

としても利用できる。


このように、この世界の川という存在は何でも屋の様な扱いを

受けているのだ。



もしかしたら都会のど真ん中に大量に発生する、煙草のポイ捨て魔の

人たちと同じ考えなのかもの知れない。


まだ化学が発展していない時代であるのも大きな要因だろうが、

どうやらこの世界の住民たちは、自分たちがゴミや糞尿を川に垂れ流す

のと、それによって川が汚れて大事な食糧である魚が激減している事に

まで流れが繋がらないようだ。




やっぱり前世の政治やイデオロギーを浸透させるには、それよりも

環境面やモラルに付いて改善しないと駄目かもしれんな。


まぁ…彼らもそれが自分たちの利益につながると理解できれば自分たち

からでも改善しようとしていくだろうし。




そんな風な事を考えていると、手元に置いてあった豪華に盛られた皿たち

は、いつの間にかきれいな木色へと変わっている。


どうやらもう食べ終わってしまったらしい。



何時も通りに少しだけ後悔の念を覚えながらクルドはこっそりと

ご馳走さまをして、最後に近くにいる、先程自分に誤った少女に対して

美味しかったと言った。


そしてクルドは、久しぶりのささやかな温かみを心に抱きながら

席を外そうとテーブルに手をかけるが――。







「なんだぁ……クルド。まさかそいつにでも興味があるのか?」






自分を勝手に恨み、罵倒し、暴力を振るう男の声によって、その久しぶりの

ささやかな心の温かみは一瞬で冷めきってしまう。


しかしそれだけであれば、まだ、マシだったかもしれない。



次に続く男の言葉によってクルドの顔は冷凍にされたバラのように

パキっと凍り付いた。









「欲しいならくれてやるぞー…まぁ俺の御手付きだがなww」











この世界には処女税と言う税制度がある。



名の通り女性の処女に関する税なのだが、この税制は簡単に言ってしまえば、

婚約が内定した領民の処女、童貞を領主が子孫繁栄という大義の下、己の

欲望を求めていない異性にぶつけるためにある税制度である。


元々は容姿の問題で中々婚約者が見つからなかった国王が、結婚して

幸せそうにする家臣たちに嫉妬して貴族に対して発令されたもので

あったが、それが国外にも広まって行き――国王は処刑済み――

その過程で対象が貴族から民衆へと変わってしまったのだ。


そのため貴族社会で回っている国では、この処女税が内容に反して、

最もポピュラーな税制度となっている。






「ああ、でも、ケツは気をつけろよ。このクソガキっ、やる度に痛い痛い

 って叫び散らかすんだ。まぁ糞付いた俺のを口に突っ込んだら嫌でも

 黙ったけどなっっアッハッハッハ!!」



「えぇっ⁉…‥‥なっ…言わないって……約束……」



「……」



「ハハッ!なんだ平民?…なんか文句でもあんのか?」



「でっでも……こんな人が居る前で…っ」



「あぁ⁉…おい糞ガキ!テメェ…ちょっとこっち来い」



「えっ……なっ何を…」



「良いから来いって言ってんだろうがっ!!へへ安心しろよ、俺は今酒が

 入ってて気分が良いんだ。お前の大好物のケツはなしにしといてやるよ」



「ぁっ…いっイヤ…‥‥」



「は?嫌じゃねぇよ…お前に拒否権がある訳ねぇだろがっ!おい!!

 周りで見てるお前らもだぞ!!ちゃんと調教したつもりなんだがなぁ、

 これ以上俺に歯向かったらどうなるか思い出させてやる!」




そう叫びながら自分が座っていた椅子を投げ出したドルディは、

クルドの近くにいた少女の方へ行き、彼女の手首をつかむと、

そこにいた自分の息子に見せびらかすかのようにズボンに手をかけた。




「やっ嫌だ!…もうヤダ!!おうち、おうち帰る!!」



「何がおうちだ!このクソガキっ!」




少女が駄々をこねるのに耐えきれなくなったドルディは、怒りに任せて

少女の頬を掴み上がった。


宙に浮き、口元と頬を鷲掴みされた少女は息苦しそうに声を漏らす。




「うっ…ぶっ…‥‥」



「へっ、ブッサイクな顔しやがって。お前に拒否権はありませーん。

 下民は下民らしくなぁ!貴族の俺様に犯されと―――」



「―――うっ…‥‥っ!…」






バァァアアンッ!!!!





余った左手でズボンを締め付けるベルトが外されそうになった瞬間、

流石にこれ以上は絶対に駄目だと、少年は父に対抗する為にテーブル

に抑え込んでいた両手を上に上げ、自分の持っている筋力任せに

テーブルを叩きつけた。




「―――うひゃっ⁉…あっ…‥‥」




テーブルにあった料理や食器が飛び上がり、ドルディの肩と声が飛び

上がる中で、クルドは何一つ言葉を漏らさずに、静かに席を立ちあがる。






「クルド…」




「……父上、その娘は私が前々から狙っていたモノ。例え父上の御手付き

 後であっても構いませんので、その娘を私の方へ下さいませんか?」




ドルディは予想外の息子の反撃に、少しだけ身を震わせると、何も言えず

に少女を手放した。




自分でもここまで長くなると思わず、途中でありますが構成の見直しも兼ねてここで一旦投稿させていただきます。リアル諸事情もあって続きはまた後となってしまいますが、見て下さっている方には大変申し訳ないと思ってます。あっ……でもブックマークが増えれば…増えれば…増えれば………

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