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1062年サラリーマン、男爵の長男になる

二話に誤字脱字が有りました。出来るだけ確認はしていますがどうしても見逃してしまう事がありますので、見つけた場合は気軽に教えて下さると大変助かります。



ヨーロッパ大陸を二倍にしたような形容である巨大な大陸――ガルデェア。



その西部ガルデェアの中央に広がるタルドール平野北東部にて、白人国家の

ルーブル王国北西に位置する辺境伯領、そこに属するある男爵領で一人の

子供が誕生した。





ガルゴレア歴1062年





真夏の豪雨の中で、クルド・フォン・マクシミリアンは産声を上げる。







その産声につられるように一人の男が泣き叫び、民衆は怒りと絶望に

身を震わせた。


一人の男は愛する妻を失った悲しみと憎しみ。


民衆たちは最恐最悪の領主から生まれた息子に対する怒りと絶望。





両者の感情と思想の嵐に身を包まれながらクルドは将来の領主として

成長していく。











ガルゴレア歴1070年



ある少年は木陰に身を寄せながら従者に買ってもらった『古代帝国の知識録』

という本を読んでいた。


知識録などと大層な名前が付いているが、いわゆる当時の特権階級の

子供の学習用として、古今の人々の生活様式や技術を簡単に紹介したもの

であり、具体性を帯びた科学的な説明が書かれているわけではない。


例えるならこの時代ではこんな農具を使っていたとか、

海戦には鉄製のポンプから吹き出す燃える水を使っていたとか、

そんな事ばかりであり、その使い道や製作方法などは詳しく書かれていないのだ。


恐らくは、この本を書いた著者自身が我々が車の作り方を知らないのと

同じ理由で書けなかったのだろう。


だからこそ子供用の教育本としては丁度いいのだが、だからといって

到底八歳の子供が読むような本ではない物を彼はじっと見つめていた。


そしてそんな様子の彼にそっと老人が近づいていく。



「クルド様、折角お外で遊べるよう私が家令に手配したと言うのに…

 読書では屋敷の中と同じではありませんか……」



老人の言葉に少年は本から目を離さず軽く返事を返した。



「でも外は苦手なんだ…村の皆も私を見るのは嫌いだろうし」


「暴君から悪魔が生まれた…確かに村人たちからはそう言った声が

 ちらほら聞こえますが、それは貴方様を見ているのではなく貴方様の

 父上を見ているのです」



あんまり気になさらないのが宜しいと、言う老人の言葉に少年は

本を読み続けるばかり。


それは見た老人は気を引かせるために何時もの話しを持ちだした。



「それに…屋敷には父上がいらっしゃる。それはそれで大変でしょう?

ですから時には村の中を眺めてみては?……何かが見つかるかもしれませんよ?」


「でも屋敷は部屋に籠っていれば良いし…」


「将来お父上の後を継ぎ当主になられるお方が何を申しますかっ…

 なにより貴方は傭兵の子。そんな様子では家臣は跪きませんよ?」


「でも強ければいいってもんじゃない」



それは自身の父であり、現当主の事を言っているのだろうか?

恐らくそうであろう。この二人の仲は犬猿の仲に等しいのだから。


そんな風に考えた老人は少年の前で片膝をつくと、少年の持っていた

本をゆっくりと閉じ、青色の美しい瞳を見つめた。



「なっ…急にどうした…??」


「美しく力強い瞳だ…」



老人のボソッと呟いた言葉に少年は背を震わせ身を起こした。



「なっ…何を言っている……私はそんな趣味は――っ⁉」



少年の焦る姿に老人は腹にため込んでいた空気を一気に外に吹き出した。



「アッハッハハハ!!そういう意味ではございませんよ」


「あっ…そうだよな…まさかね…サーザントも歳だし」



少年はそう言って服に付いた雑草や汚れやらを手ではたき落とすと、

何も言わずにザーザントを見つめ返した。




たっく…ビックリさせないでくれよ爺さん。


急に変なこと言ってさ、前々から不思議な人だと思ってたけどやっぱり変だ。

何考えてるかも分からないし……最近急になれなれしくなった。

 

そう言えばこの本を都市で買ってもらった後からだったかな…?



何も言い返さない少年にザーザントは話を繋げるために手を差し伸べた。



「さぁ行きますぞクルド様。貴方には若さゆえの力がありますが、その力を

 使わなければ溜め込んでいる知識も宝の持ち腐れになってしまいます!



「なんだよ、ほんと爺さんは元傭兵副隊長とは思えないな」


「クルド様こそ八歳の少年とは思えない言動ばかりですな」


「……まぁ天才だからな」


「そうでしょう、そうでしょう。ですからその才能を伸ばすために

 外を見なければっ!」



ザーザントは少年の右腕を年相応の力とは思えない握力でガシっと掴み、

屋敷の庭を離れていく。



「ああっ!分かったよ…分かったから⁉ザーザント手痛いっ!」







村の中心にある小さな広場に来たこの村の治める暴君の息子と、その暴君の

家臣である老人は、村民たちから無数の怒りを宿らせた瞳を向けらていた。




「来たぞ……悪魔たちだ」



「ああ…あの悪徳領主の息子がっ…」



「まったく、なんであんな子が生まれ来ちゃったのかねぇ……」





村民たちの少年に対する罵倒がこそこそと聞こえてくる中、ザーザントの

少年を握る手に力が籠って行く。


もし手を握っていた相手が自分を愛してくれるような両親や家臣だったら、

不安を抱かせない様にしてくれたのだと思えたのだが、そんな両親など

彼には存在しないし、他の家臣は兎も角、相手がザーザントである以上は

彼が何を考えて自分の手を強く握ったのは分からなかった。


そしてなによりも、クルドから見える彼の頬は、少し笑っているかのように、

上に吊り上がっているように見えてしまうのが物凄く恐ろしい事であった。




「どうですか?クルド様、ご気分は」


「ご気分は?…そりゃあ良くないよ。生まれないほうが良かったって

 言われてるんだから」


「そうでございますか。なら此処は後にして外の方に向かいましょうか」


「?…もういいのか?」


「貴方が何か感じ取れることが大事なのです。それに早く本を読みたい

 でしょう?」



「それは…まぁ」





結論から言うと村の外に出ても村民からの目線は先程とそう変わる

ものはなかった。


一つ違う所を言えば、村である以上の当然の事なのだが畑がずらっと

村を囲んでいることと、その囲まれた村と囲む畑からハブられるように

ポツンと一軒だけ端にボロ小屋が立っている事だ。


村内のレンガと漆喰作りの頑丈な家とは違い、一風吹けば崩れ落ちて

しまうような小屋である。



「あれは…家畜小屋か?」


「ははっ違いますとも、あれは異形の子とその家族が住む家ですな」


「い…異形…の子?」





村の外れに住む村人…異形の子……


嘘だろおい…確かに現実でもそういう人は少なからずいたけど…‥


それってもしかして…











「「…障がい者」」







「…え?」


「………」



そう二人の言葉被った。


一瞬の緊張感が二人だけのこの場の空気を凍らせるが、南から吹き上がった

風によってその緊張は徐々にほぐれていく。


少年は障がい者という言葉だけで、なぜあそこに小屋が立っているかを

理解は出来たが納得は出来なかった。

そして何よりもその言葉だけで理解できてしまった自分の浅い心が

恨めしく、当然の如く障がい者と言ったザーザントも許せなかった。


だからか、彼に対して少年は初めて力強い口調で反抗する。


自分が許せないという、何処にもあたることが出来ない思いへのはけ口に

彼を使っただけだったのかもしれないが、そんな事を自分で理解できるほど

少年の頭は綺麗に出来ていない。





「生まれた時から人生が決まってるなんて……そんなの間違ってる」



「ふむむっ⁉…間違っていますかな?」


「ああ間違ってるよっ!そんなの理不尽じゃないか⁉」


「はは、ならなぜ貴方様は今領主の嫡男としてここに立っているのですかな?

 その地位は貴方自ら勝ち取ったものなのでしょうか?」


「――っ⁉」


「可哀想な事ですが……人と言うのは…生まれた時から全てが決まっている。

 そういう生き物なのです」



ザーザントまるで駄々をこねる子供に優しく躾を施すかのような態度で

少年の顔に人差し指を近づけ、そう断言した。



「いっイヤ!そっそれとこれとは違うだろ⁉」



「ふむ、何が違うのでしょうか?」



「何がって……それは…ほら…」



言葉が続かず言いよどむ少年に、ザーザントは少し残念そうな表情を

浮かべながら最後に彼の心の小さな反逆の燈火を燃え広がらせる一言を

呟いた。



「もう少し何か言い訳を見つけてくれると思ったのですが……非常に残念です」



「ぐっ…‥‥」



「?」



「…‥‥なんだよ、子ども扱いしやがって…前世も合わせたら普通にタメだぞ…」



「どうかしましたか?ぶつぶつと」



ザーザントの馬鹿にするような、いや実際に馬鹿にしているのだろう。

そんな言葉の言い方に、彼の堪忍袋の緒はギリギリまで引き絞った弓の弦が

耐えきれずはち切れたようにブチンと切断された。


それと同時に、少年は飽きる程読み聞かされたある一冊の本の内容を

思い出す。




「…あっ……そうだ…ザーザント…見つけたぞ、お前の矛盾点を」



「ほほう、私の矛盾点ですかな?一体何でございましょうか?」



少年の言葉を面白半分で聞いている様子のザーザントが、少年の口から

漏れた次の言葉に眉を上に動かした。



「主言う…汝冠あるべき所に徳を積むべし、汗をため込むべし、

 血を流し込むべし、汝は汝の努力によって何者に出もなれよう……」



「……それは…」



「カルケタット教の聖書…万人の黙示録」



「元々古代の大帝国が滅んで今日まで続く戦乱記になったせいで、後に創作

 され王や諸侯中心に広まった内容だけど…それでも聖書であることには

 変わりはないはずだ!それに聖書の初めには『汝身分問わず隣人を愛せよ、

 助けよ、愛されよ』と書いてある…!」



少年は溜まった感情を押し殺すようにそうやって言いながらザーザント

の方へと歩いて行き……そして最後に。




「そして…その人間を作った神の言葉を集めたのが今言った聖書だ!

 お前たちはそう言って私に毎晩聞かせていたじゃないか!!

 彼らと貴族とのそれは違うんだよ!貴族制度は人間が勝手に作った

 産物だ…けど神がこの世と人を作ったように、大地から草が生えるように、

 海に魚がいるように、私たちが生きているように、彼らも普通に、

 自然に生まれたんだ!つまりこれは自然の、世界の理なんだよ!

 それを貴族制なんていう人工物と一緒にするなんて、そんなのお前たち

 が信じる神を愚弄するのと同じじゃないのか!!人と神を間違えるな!!」



余り多くの言葉を一息で全部吐き出したせいで、少年の喉はざらざらに

腫れあがり、はぁはぁと肩が軽く上下に揺れ動いている。


そんな少年にザーザント顔を暗くしながら何も言わずに少年の腕を掴むと、

「宜しい…なら実際に確かめてみましょう」と言いながら小屋に向かって

歩き出した。





ぐっ…またこれか…‥‥何なんだよこの爺さん。


馬鹿力がっ……。




二人が小屋の方まで来ると、少年を掴んでいたザーザントはその場で

立ち止まりながら勢いよく小屋のドアを蹴り破る。





嘘だろこの爺さん……ボロボロとはいえドアを蹴り破りやがった。


やっぱり頭も体もネジが外れてやがるっ。





女性のかすんだ悲鳴が聞こえる中、サーザントは後ろの方へと引っ張り

続ける少年の腕を握りしめて小屋の中に入り込む。





コイツ…もしかしてこの小屋に居る人たちをっ……⁉⁉


イヤこの爺さんなら十分有り得る!まずい!止めなくちゃっ!!






「ダメだ…にっ逃げろ!コイツはあ―――ぶっ⁉」




少年は異形の赤ん坊を抱きしめながら無残にも頭を地面にこすり付ける

女性に対し逃げよう叫ぶが、そうしている内に腹に悶える程の衝撃と

激痛が奔り、小屋の中で粉塵と藁が巻き上がった。



「ガアッ!…‥‥あ…なんが……」



この小屋に住む二人のベットだろうか、乾燥した藁の塊へ蹴り飛ばされた

少年は痛みに耐えかねて、何も出来ずにその上で悶え続ける。



「これが…人間に見えますか?」




サーザントは悶え続ける少年に対してごくごく当然の様に言った。


まるで動物を牢屋越しから見つめるように言った。

しかし少年の返事は何も帰ってこない。




それが詰まらなかったのかサーザントは「宜しい」と一回手を叩きながら

言葉を続けていく。





「ふむ…そうですね……確かに生まれた環境で全てが決まる、と言うのは

 少々言い過ぎたのかも知れません。例え恵まれた環境でも外部からの

 影響で一気に転落してしまう話はよくある事です。この女もそうでした」

 


「御覧の通り容姿端麗ですから、異形の子を産んでも夜の仕事を続けている

 限りは石を時々投げつけられる程度で、村八分にされることはありません

 でした。でも八年前、ある事がきっかけにこの女は蚊帳の外に放り出され

 るのです!それが……いったい何だか貴方に分かりますか?」

 




「は?…八年…まえ……?」





「そうです。ただ答えを言う前に二つ言っておきましょう。

 今このマクシミリアン領を治めるのは現当主の貴方の父ドルディであり、

 ドルディは内外共に暴君として知られています。そしてその部下である

 私たちは暴君の召使です。さて、それでは先程の質問の答えを言いましょう。

 領民たちは暴君の採取によって疲れ果てていました。しかし、唯一の

 希望も残されていたのです。それがマクシミリアン家の跡取り問題。

 ドルディは四十半ばになって子が出来ないばかりか、その妻を溺愛して

 いため側室を作っていないのです。村民たちはこう考えたでしょう。

 このまま数十年後にドルディが死ねばマクシミリアン家は辺境伯の命

 によって取り壊しになると……」



まるで役者さながらに語って行く様子に、少年は嫌な予感を抱きながらも

一言も言わずにサーザントの話を聞き続ける。



「しかしその希望は見事に打ち砕かれてしまいした。あの暴君に子供が

 生まれてしまったのです…‥‥折角我慢すれば時間が解決してくれると

 思ったのに…私たちは如何すればいいのか?でもそんな事を口走しって

 兵士にでも知られれば絶対に殺されてしまう!実際殺された者もいました。

 そして村民たちの行き場の無い絶望と怒りはやがて大きく膨れ上がり、

 耐えきれなくなったところである存在に矛先が向かいます」




サーザントはそう言い終えると、ビシッと右手で小屋の中央に土下座する

女性の方を指さした。




「それがこの!農奴よりも最下層の異形の子と、その母親である二人です!

 村民が最も恨み、怒れているのは確かに貴方の父上でありますが、貴方が

 生まれてきたことで村民たちの溜め込んできた怒りが徐々に爆発していき、

 それによってこの二人は外へ追放されたのですす!!言うならばこの二人

 の不遇は貴方が生まれてきたからになのです!どうでしょう!この哀れな

 話しを聞いて貴方は何を思いますかっ!!」




長々と言葉を並べ続けるサーザントの演技が終わっても、少年は

何も言わずに老人の方を睨み続けた。







……俺の……せい?


はっ…なんだよそれ……てかそんな事言ってどうしたいんだ。


それこそ自然と生まれてきたんだからしょうがないだろ。


それにこの二人が村八分にされたのは親父と、村民たちのせいだろうが…



ていうか第一お前よ……








「石を…投げつけられるのが…恵まれた人生だって?……おい爺さん。

 お前、苦労した事ねぇだろ?……そう言えばずっと不思議に思ってたんだ。

 昔傭兵なんかやってた奴がなんでそんなに一つ一つ言動が綺麗かってさ、

 アンタさ……どうせどっかの貴族か裕福な家の二男か三男坊だろ?

 堅苦しい家が嫌いで、どうせ家も継げないから外に飛び出した……

 大体そんな感じだろうな。そりゃああんな酷い事が言えるさ」




耐えきれない程の苦痛を、脳に訴え続ける腹を左手で押さえつけながら、

プルプルと震える右手で少年は何とか立ち上がった。



「何も考えずに家を飛び出して、何も考えずに人を殺して物を奪って、

 息吸って糞出して生きてきた。だから…だからどんだけ苦労しても、

 どんだけ蔑まれても、地べた這いずり回って生きてきた人間の気持ち

 なんて理解できない…どんなに認められるように努力しても、無能だと

 無残に崖から蹴り落とされる人間の気持ちが理解できない」



少年の口ごもりながらの言葉に、薄暗い部屋の中にいる老人の瞳に

光が戻って行く。





「人間に…見えるかだって?当然見えるさ!生きるために、息子の為に

 必死こいて生き抜いてきた母さんの息子だぞ……爺さんには醜く見える

 だろうけどよぉ!この子だってアンタみたいに根性ねじ曲がった糞野郎

 に気味が悪いなんて言われたくないだろうさ!!アンタと比べたらよっぽど

 この子は人間に見える!!」





「…‥‥」





「なんだよ爺さん…急に黙り込んで」




急に何も言わなくなったサーザントを気味悪く思った少年は、最悪の

事態に備えてサーザントと二人の間に割って入り込む。







「もう……」




「っ!…もう……なんだよ?」








「昼食の時間です」





「はっ?」



「えっ?」



二人が――少年とこの家の女性が口を開けたのも無理がない。


口論の末、相手が言った言葉が『昼食の時間です』なのだから。


意味が分からない少年はその真意を問い出そうと老人に声をかける。

 



「なぁアンタ…さっき何かを感じ取れることが大事だって言ってたよな…

 いったい俺に何を求めているんだよ……アンタの糞度合いを見た後の感想

 なら今言ってやったばかりだぞ」




「いえ、もう求める者は見つけることが出来たので結構です。

 私はもう屋敷に戻ります。クルド様も昼食の後は剣と馬術の稽古ですから

 早くお戻りになられた方が宜しい」



「…‥‥」





求めるモノを見つけただって……?



さっきまであんな得意げに語り散らかしてたのに。


途端にこれだ…



この爺さん…本当に何を考えてるんだよ…。




サーザントの言葉に怪しむクルドの様子を他所に、彼は小屋の居住者で

あり、土下座を続けながらボソボソと助けを乞う女性の顔をの前に銀貨を

一枚置いた。




「これは貴女の尊厳を害してしまった謝罪です。銀貨一枚であれば貴女で

 あってもも怪しまれないでしょう、今の村の状態でしたら銀貨さえ見せ

 れば例え貴女でも食べ物手度なら売ってくれる…かもしれません。ただそれ

 を盗まれない様に工夫するのは貴女の力が必要ですが……」





なぜ銀貨が一枚以上だと怪しまれるのか、貴女の力とはなんなのか…

そんな事を疑問に思った少年がサーザントにそれを問い出す前に、

小屋の女性は一度頭を上げたうえでサーザントに対して深々と感謝の

ために頭を下げた。




「あっ……えっ…ありがっ…有り難うございますっ!」




何度も感謝し続ける女性を他所に、サーザントは小屋から出て屋敷の方

へと歩き進んでいき、彼の行動にあっけにとられていた少年も女性に何かを

言うと直ぐに小屋から出てサーザントの方へ駆けだした。






少し鼓動を早くしながらクルドが走って行くと、その足音に気付いた

サーザントは軽くほくそ笑みながら振り向く。



「爺さん…」



「一つ、最後に聞いていいでしょうか?」



「なっ…何だよ」



「貴方と貴方の父上に対する村民の感情に、現状の村の状態を見聞きして

 何か思った事はありますか?」



「思った事…?」



「はい、なんでも」



「それは………村の人たちは苦しんでるよ…父が課した重税によって…。

 戦争でもしている訳じゃなくて、ただ自分が贅沢したいだけで税を

 重くしてる。領主は村人の為に働くべきなのに父はこの村を廃村一歩

 手前まで追い込んだ」



そう、今この風前の灯火であるこの村が、村であり続けていられるのは

この村の土着の商人たちが身を削って村人を支援しているからであり、

資源の再分配を領主ではなく彼らが行っている状態なのだ。


そんな事を思い出すと、先程から少しづつ冷めてきたクルド怒りは再び

油を注がれた炎の様に炎上していく。




「このまま行けば必ずこの村は……いや!この家は無数の反乱軍によって

 潰されるに決まってる…当然お家潰しの辺境伯が介入することもなくね!」




クルドの断言にサーザントの眼光はまるで、多くの獲物を捕食した野鳥様な、

鋭い鷹の目をして、クルドの様目を睨んだ。



「ほう…反乱軍によって滅びますか」



「うっうん……それぐらい…爺さんだって分かってるだろ…」



「まぁそれは……私もこれまで何も考えずに生きてきたわけではないので」



そうサーザントに言われて、彼は初めてさっき小屋の中で言った罵倒と、

今しがた『この爺さんならそんなこと分かっているだろう』という気持ちで

問いかけた言葉の内容が矛盾していることに気が付いた。




「あっ……いや…あれは爺さんが…」




「別に気にしていませんよ、それよりも、では村の為に何をするべき

 でしょうか?」




「むっ村の為に?……どうだろう…分からない…でも此処の村や

 周囲の貴族連合の村々は大河と三角州、大森林に囲まれた沿岸部に

 位置する所だから、北方の割にかなり資源には恵まれているはずだ。

 それを上手く利用できれば……もしかしたら南の大都市にも負けない

 ぐらいの町が出来るかも…しれない…」



「はは、それは辺境伯が治める貿易都市の事ですかな?相手は人口三万の

 大都市ですよ……それを貴方のようなお坊ちゃまが作れますかな…」





冗談と疑念と淡い希望が入り混じった声でサーザントはクルドに問いかける。

 




「確証なんて私には保証できないけど……少なくとも私は父のように

 毎晩も酒池肉林は行わないよ」



「ははっ!!そうですか、そうですか…やっぱり貴方は年齢にそぐわない

 事ばかり仰る…」



「そっそれは…本をよく読むからね」



「……まぁいいでしょう。取りあえず長話しずぎた。もう二回目ですが

 私は屋敷に帰ります」



「…分かった、私も稽古の為に一屋敷戻るよ。ただ爺さん――」








――最後に私からも一言だけいいか?――






「なんでしょう?」








「アンタはいっつも不気味で気味悪くて、性格も悪い糞野郎だけど……

 今日屋敷の外に出してくれたことは感謝してる…」













「そうですか…それは良かった…」





北から初夏の涼しい海風が草原を何度もさらって行く。



その草原を力強く踏む馬の足音は、満月が夜空を照らす頃まで

平野に鳴り響いた。




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