96話:ネーヴェ
お菓子屋の人員調整や調理練習会なんかでばたばたと慌ただしい日々を過ごしていると、ふと、前回の失敗を思い出した。
「……ねぇ。お菓子屋、名前決まってなくね?」
「あぁ? オウカ菓子店だろ?」
「ほう。んじゃグラッドおじさんのお菓子屋さんにしてやる」
「まぁ待て早まるな。話し合おうじゃないか」
グラッドさんにからかわれたので反撃しておいた。
あっぶねー。早めに気づいて良かったわ。
しかし、店名ねえ。全く考えてなかったけど、どうすっかな。
流石にオウカ菓子店は却下だけど、かといって代案があるわけでも無し。
むう。ちょっと相談してみっかな。
こんな時はあれだ、オウカ食堂の頼れるリーダーに聞いてみよう。
「……何かと思えば。オウカさんの店なんですからオウカさんが決めるべきでは?」
てな訳で。オウカ食堂の実質トップであるフローラちゃんを捕まえて意見を聞いてみた。
年下だけど頼りになるお姉さん気質な子だから、つい色々と話を振っちゃうんだよねー。
「そうかもしんないけど、特に思い付かないのよ」
「はぁ、そうですか。オウカさん、家名は無いんですよね?」
「うん。ただのオウカだよ」
てか普通、貴族とかでも無ければ家名なんて無いと思う。
別に家名を名乗っちゃいけないって事もないだろうけど。
「でしたら、好きな物から名前を借りてはどうですか?」
……好きな物。
好きな物、なぁ。ううむ。
「……特に無いかなー」
「では親しい方の名前を借りるとか」
「フローラ菓子店とか?」
「私は勘弁してください」
だめかー。似合ってると思うんだけどなー。
「んー。英雄の名前はまずいだろうしなー……あ」
「何か思い付きました?」
「ネーヴェ。教会で飼ってた白猫の名前」
あの子は凄く綺麗な白猫だった。
毛並みが艶々してて中々触らせてくれないけど、たまに甘えてくるところがメッチャ可愛いかったんだよね。
ある日ふといなくなってしまって、当時は泣きながら探した覚えがある。
あの子の名前なら、お菓子屋にも合ってると思う。
砂糖とか蜂蜜とかよく舐めてたし。
「素敵な響きですね。良いと思います」
「おお、さすがフローラちゃん。問題が即座に解決したね」
「……私、何もしてないと思いますが。と言うかいい加減、店の方針を私に聞くのは辞めてください」
「……ありがとねっ!」
「うひゃあ⁉」
溜め息をつくフローラちゃんが可愛かったのでにハグしてあげた。
普段はクールなくせに、不意討ちに弱いから面白い。
……さて、怒られる前に逃げるか。
そんなこんなで店名決定。
ネーヴェ菓子店。うん、悪くないと思う。
変な名前つけられる前にみんなに伝えておくか。
実際、関係者に話してみたところ、ほとんどの人がオウカ菓子店だと思っていたようでちょっと冷や汗が出た。
しっかり訂正をいれておいたから大丈夫……だと思いたい。
〇〇〇〇〇〇〇〇
で、後日。
カノンさんとアレイさんから王城に呼び出しをくらった。
なんだろ。今回は先に話をしておいたし、特に心当たりは無いんだけど。
いつもの客室に向かうと、アレイさんとカノンさん、二人揃って真剣な顔をしていた。
え。なんか、空気重くないか?
「来たか。聞きたいことがあるんだが……菓子店の名前はどこから持ってきたんだ?」
「へ? 昔教会で飼ってた白猫ですけど。名付けたのはシスター・ナリアです」
「ふむ……その方に家名はありますか?」
「サカード。ナリア・サカードです」
……なんだ? 真面目な話なのは何となく分かるけど、話の流れが全く分かんない。
「その方にお会いすることはできますか?」
「できると思いますけど……どしたんですか、いきなり」
なんかカノンさんも表情が硬い。緊張してるって言うか、見たことない顔だ。
「確信は無いんだが……ネーヴェという言葉に聞き覚えがあってな」
「え、あの子を知ってるんですか」
「いや、猫の方じゃない。ネーヴェは、俺達の元の世界の言葉だ」
……はい?
「確かどこかの言葉で雪という意味だったか。その猫は、白猫だったんじゃないか?」
「え、はい。そういや白くて雪みたいだからネーヴェとか言われたような気がします。意味は分からなかったけど」
……つまり、どゆことだ?
ネーヴェって言葉がアレイさん達の世界の言葉で。
その名付け親はシスター・ナリアで。
と言うことは。
「クラウディアもやってくれるもんだ。まさか召喚の前例があったとはな」
うん。そう言う事だよね?
「オウカさん。ナリアさんとお話したいのですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だとは思いますけど……それ、私も同席していいですか?」
「もちろんです。是非お願いします」
「カエデを呼んでくる。少し待っててくれ」
えーと。つまり、なんだ。
シスター・ナリアも英雄と同じ世界出身だったってことか?
んな馬鹿な。あの人は黒髪でも黒瞳でもないじゃん。
……まあ確かに、家族の話とか聞いたことないけど。それでも、ねえ?
そんなふうに悩んでいると、こんこんとドアをノックされた。
「おまた、せ」
「あ、どうもです」
ぶかぶかローブ姿のカエデさん、登場。
相変わらず小動物っぽい可愛らしさである。ちょい心が和んだ。
「ん。すぐにでも、行ける、よ」
「じゃあお願いします。場所分かりますか?」
「行ったこと、あるから、任せ、て」
即座に、ぱしゅんっ、と聞いた事のある音がして、気が付くと故郷の町の教会前にいた。
うぉう……ちょいクラクラする。
やっぱ慣れないな、転移の感覚。
アレイさん達は平然としてるけど。
「あら、オウカ? おかえりなさい」
「……あ、うん。ただいま」
ふらふらしていると、教会の中からシスター・ナリアが顔を出した。
……なんか、えらくタイミングいいな。
「大きな魔力を感知したから来てみたんだけど……そちらの方達は?」
「えーと。こっちから、アレイさんとカノンさんとカエデさん」
「あら、英雄様でしたか。お初にお目にかかります。ナリア・サカードと申します」
服の端を摘んで、貴族風のお辞儀をした。
え、シスター・ナリア、そんなん出来るの?
初耳なんだけど。
「突然の来訪、御許しください。貴女に聞きたいことがあって伺いました」
「まあ。聞きたいことですか?」
「こちらで飼っていた猫の名前に関して」
「あら……把握致しました。一先ず中へどうぞ。お茶の準備をしてきますので」
いつもの微笑みを浮かべて、シスター・ナリアは教会の中へ戻っていった。
……何だか落ち着かないというか、うーん。
叱られるのを待ってる時みたいな感じだ。
とりあえず、私も中に入るか。





