46話:引越し
冒険者ギルドから宿に戻って、美味しいお昼御飯を食べ終わった後。
少ない荷物を纏めると、宿屋のおばちゃんに挨拶しに行った。
「短い間でしたけど、お世話になりました!」
「おやまぁ、その歳で家を買ったのかい。凄いねぇ」
「あはは。まー色々ありまして」
「またいつでもおいで。アンタの食べっぷりは気に入ってるからね」
「ありがとうございます。多分、またすぐ来ると思います」
美味しいご飯を食べに。
美味しいはいつだって正義だ。
「そうかい、それじゃあまたオマケしてやろうかね!」
「わーい! ありがとー!」
おばちゃんの手を取って飛び跳ねると、嬉しそうに豪快な笑みを見せてくれた。
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ギルドに戻ると、入口でグラッドさんが待っててくれた。
「おう、来たな。ほれ」
鈍い金色の古びた鍵を渡された。
騎士団で使われている紋章が小さく刻まれている以外は普通の鍵だ。
「ありがとー」
「そこの通りを出てすぐの建物だ。最上階は一部屋しかないからすぐに分かる」
「ん、わかった」
「元々は見張り小屋のような部屋でな。色々大変だと思うが……まあ、頑張れ」
「……? うん、ありがと」
とりあえず、行ってみるかな。
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歩くこと数分。
職員寮の場所はすぐにわかった。
付近で一番背が高い。数えてみたら五階まであるみたいだ。
あーなるほど。頑張れってそういう事か。
外に階段着いてるけど、一番上まで昇るだけで一苦労だろうなー。
まー私には関係ない話だけど。
拳銃を抜いてブースターを起動、そのまま真上に飛ぶと数秒で最上階に到着した。
うーん。これ、空飛べなかったらここに住むの辞退しただろうなー。
昇り降りが大変すぎるし。
部屋の中に入ると、意外にも部屋は綺麗な状態だった。
まず掃除からだと思っていたので、ありがたい話である。
小さな本棚と文机にクローゼット。
奥の方にはキッチンやトイレ、そして念願のお風呂がある。
おー。新しい部屋ってテンションが上がるわー。
大きな窓を開け放つと、王都の街並みが一望できた。
すっごい。最高の景色だ。
この部屋、王城の次に高いんじゃないだろうか。
地に足をつけているのに空が近い。不思議な感覚だ。
ひとしきり感動に浸り、とりあえず持ってきた荷物を出す。
とは言え荷物自体少ないので片付けはすぐに終わった。
んで。片付け終えて気がついた。
この部屋、ベッドがない。
「……おう。まじか」
引っ越していきなり、急ぎの仕事が出来てしまった。
今日中にベッドを手に入れないと、今晩寝るところが無い。
いやまぁ、毛布にくるまって床に寝るという選択肢もあるにはあるけど、出来ればそれは避けたいし。
てかお風呂もトイレもクローゼットもあって、何でベッドだけないんだよ。
……あー。なんか見張り小屋がどうのって言ってたな。
夜通しで見張りするからベッドは必要なかったのかも。
まあとにかく、家の次はベッド探しだね。
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ベッドを売ってるお店が分からなかったので、とりあえず場所を知っている家具屋さんに当たってみた。
「あら、手紙の時の。いらっしゃい。今日はどうしたの?」
あ、こないだのお姉さんだ。元気そうで何より。
赤ちゃんも元気かな。今日は泣いてないみたいだけど。
「こにちあー。すみません、ベッドってあります?」
「あるにはあるけど、大きいのしか在庫がないわね」
「ありゃ。どのくらい大きいんですか?」
「貴族様用だから三人は余裕で寝れる大きさよ」
でっか。さすがにそのサイズは必要ないんだけど。
「むう。じゃあ他にベッド売ってるお店知りません?」
「王都だとうちだけだと思うわよ。基本的に注文を受けて作るものだから」
「んーにゅ……じゃあいっか。それください」
「え、いいの?」
「今日寝る場所がかかってるんです」
背に腹は変えられない。部屋自体も結構広いし、たぶん大丈夫なはず。
「そう。ならいいけど、運べる?」
「たぶんアイテムボックスに入ると思います」
「あら、随分と容量が大きいのね。もし無理だったらサービスで運んであげるからね」
「あ、そん時はお願いします」
奥の方に置いてあったベッドは、私が六人くらい寝られそうな大きさだった。
……これ、アイテムボックスに入るか? 見た感じ明らかに無理があるけど。
ふむ。試してみるか。
恐る恐るベッドの下にアイテムボックスを置いてみると、大きなベッドはすぽっと中に入ってしまった。
おー。案外いけるもんなんだね。て言うかこのアイテムボックス、最大容量どのくらいなんだろうか。
今度水でも入れて計ってみるかな。
「あ、そだ。これお幾らですか?」
「んー……どうしようかな。ずっと在庫にあって困って他やつなのよね」
「あらま。そうなんですかー」
「だから引き取り料込みって考えて、銅貨五枚で良いわ」
手のひらをパーにして、にっこり笑いかけてくれた。
「え、いいんですか?」
「こないだのお礼も兼ねて。どう?」
「ありがとうございます!」
やった。かなり予算が浮いた。これで美味しいものでも食べようかな。
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部屋に戻ったら今度は部屋の模様替え。
と言うかベッド置く場所を無理やり作り上げた。
クローゼットや文机は奥に、ベッドは手前に。
抱えての移動はさすがに無理だったので、一旦アイテムボックスに収納して運んでみた。
そうすることで特大サイズのベッドは何とか部屋に収まった、のだけど。
部屋のサイズと比べてベッドが異様に大きい。
……まぁいっか。お風呂とご飯と寝るところがなんとかなれば、ひとまず困ることはないだろうし。
とりあえず、完了である。部屋をぐるりと見渡す。
ふむふむ。まあ、満足かな。
さって、冒険者ギルドに夕飯作りに行くかー。
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ギルドのキッチンで二十一人前の夕飯を作り、自分の分だけ先に食べてしまう。
どうせ足りなくなって追加するんだし、先に食べとかないと食べ逃しちゃうからね。
ちなみに今日の献立は干し魚のフライと野菜炒め、玉ねぎスープだ。
中でもオススメは玉ねぎスープ。
肉屋さんでオーク骨がたくさん手に入ったので、良い出汁を取れた納得の一品である。
具は玉ねぎだけなんだけど、口に入れると濃厚なオーク肉と玉ねぎの甘みが広がる。
あえて調味料は最低限に抑えて、。素材の旨みが凝縮されたスープである。
ふふ。骨から煮込むとか久しぶりだったし、手間もかかったけど中々上手くできた。
みんなの夕飯の時、思った通り量が足りなくなったので、仕込んでおいた芋コロッケを追加でじゃんじゃか揚げた。
そして、明日のお昼分と思って五十個作っておいたのに全部無くなった。
んー。次は最初から四十人前で作るかなー。
もし余ったらグラッドさんに食べてもらおう。体おっきいから入るでしょ、多分。
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全員分の洗い物を終えて部屋に戻った後。
お風呂上がりに、ふと気付いた。
……枕が、ない。
不覚。そうだよね、ベッドが無いなら枕もないよねー。
すっかり忘れてたわ……むう。
仕方ない、今日は何か適当な物を枕代わりにするか。
窓を開けながらタオルで髪をわしわし。
夜風が気持ちいい。
ちらちらと見える街の灯りが綺麗だ。
自分一人の部屋なんて持ったことなかったから、なんか新鮮な感じ。
しかしまー。なんだか、ばたばたした一日だったなー。
しばらくの間、窓から街をぼんやり眺めていた。
うん、今日はよく眠れそうだわ。枕ないけど。





