42話:手紙配達
グラッドさんと相談して、手が空いてる時はたまにギルドのご飯を作れる事になった。
しかも今後は常設依頼扱いとして受理されるらしい。
何でも冒険者ギルドでは、忙し過ぎてご飯を作る暇がない事もよくあって、夕飯がパンだけ何て事もあるらしい。
ほんと、過酷な職場だなー。出来る限り作りに来よう、うん。
それはそれとして、今日も今日とてお仕事である。
あいにく討伐依頼は無いらしいので、配達依頼を受けることにした。
港町アスーラにいるお爺さんに、手紙を届けに行くだけのお仕事だ。
普通は商隊の護衛依頼なんかと一緒に一ヶ月かけて届けるらしいけど、私なら日帰りできるし。
という訳で、今日も元気に空を行く。
高空を行けば魔物に襲われる事もないし、平和なものだ。
青空に浮かぶ雲を眺めたりしながら、のんびり気分で飛んでいく。
お? 鳥の群れだ。低く飛んでるし、雨でも降るのかなー。やだなー。
雲は黒くないけど、気をつけておこう。雨の中を飛ぶのは嫌だし。
なんて心配は無用だったようで、何事もなくアスーラに到着。
手紙はこっちの冒険者ギルドに届けるだけでいいらしい。
早速ギルドに手紙を届け、受領印をもらう。
これで依頼達成、なんだけど。
「あの。どうせ暇なんで、届けてきましょうか?」
「そりゃ助かるが……報酬は出ないぞ?」
んー。出ないのは残念だけど、ついでだしなー。
「大丈夫です。どこに住んでるか、分かります?」
「あぁ、宿の近くの家だ」
「宿の近く……来る途中にあった青い屋根の?」
「そうだ、そこに一人で住んでるんだよ」
「ふうん。じゃ、ちょっと行ってきますね」
すぐ近くだし、ぱっぱと届けちゃおう。
〇〇〇〇〇〇〇〇
「こーんにーちわー」
ドアをコンコンとノックすると、中から温和そうなお爺さんが出てきた。
「おや、お客さんかな?」
「王都から手紙の配達です」
「それはありがとう。お茶でもどうだい?」
「あ、じゃあ折角なんで」
「おあがりなさい、お嬢さん」
優しげな仕草で誘われ中に入ると、壁一面に海の絵が飾ってあった。
うわぁ、凄い。いろんな海が描かれてる。
青かったり、白かったり、晴れてたり、曇ってたり。
色んな季節、色んな表情の海の絵が、所狭しと並んでいる。
「すっごい。お爺さん、絵描きさんなの?」
「いんや、ジジイの道楽だよ。暇潰しに描いてるんだ」
「ふわー、凄いね。とっても綺麗だわ」
「ありがとうよ。さて、ちょっと失礼するよ」
お茶を淹れてくれたお爺さんは、ペーパーナイフで封を切って中の手紙を取り出すと、椅子に腰掛けて読み始めた。
なんだか嬉しそうに見える。良い手紙だったのかな。
「ほ、ほ……お嬢さん、聞いておくれ。ワシに孫が出来たらしい」
「お。そうなんだ、良かったね」
「あぁ。男の子なんだと。娘達も元気にやっとるようだ」
お爺さんは窓から海を眺めて、ゆっくり笑った。
「そっか。いい手紙だったんだね」
「そうさな、とても良い手紙だった。あぁ、だが、もう少しワシが若ければ会いに行くんだがなぁ」
「あー。そだね。馬車はキツいからねー」
……あ。そだ。
「ね、お返事の手紙は書くの?」
「ああ、すぐに書いておくるつもりだよ」
私の質問に、お爺さんは穏やかな笑みを返してくれた。
「それならさ、私が届けたいな。すぐ王都に帰るつもりだし」
「そうなのかい? じゃあ、お願いしようかね。ちょっとだけ待っててもらえるかい?」
「うん。待ってる」
文机に向かい、羽ペンを走らせること十分ほど。
書きたいことがたくさんあったのかもしれない。
五枚ほどの手紙を二つ折りにして便箋に入れ、丁寧に蝋で封をした。
「これをお願いできるかい? 娘は旦那と一緒に王都で家具屋をやっているんだ」
「あ、そのお店知ってる。大通りでしょ?」
「ああ、お陰さまで繁盛しているらしい」
「ん。じゃあ、しっかり預かったから」
「頼んだよ。届けるのはいつでも構わないからね」
「ふふ。任せて。最速で届けるわ」
アイテムボックスに手紙を入れる。
行きはのんびりだったけど、帰りはちょっと急ごうかな。
〇〇〇〇〇〇〇〇
街門を出てブースター点火、一旦垂直に昇り、王都へ進路を取る。
折角だし最速記録を更新してみようか。出来立ての手紙を届けたいからね。
全速力での空の旅を終えると、なんとお昼前に王都に着いた。
案外、何とかなるもんだわ。
今回はギルドを通した仕事じゃないので、直接娘さんの所に向かう。
大通りの家具屋さんって、確かに街門から近くの……うん、ここだ。
お。あのお兄さんかな。
奥から赤ん坊の泣く声が聞こえるし。
「すみません、手紙を届けに来ました」
「おや。お嬢ちゃん、届け先を間違えてないかい?」
「いえ、アスーラのお爺さんからの手紙です」
「……そんなまさか。今日手紙を出したばかりなのに」
うんまぁ、普通は驚くよね。
「これです。どうぞ」
「これは……確かに義父の封だけど。中を見てもいいかい?」
「もちろんです」
「おーい。お義父さんから手紙が届いたぞー!」
一旦奥に入っていき、代わりにお姉さんが手紙を持ってやってきた。
お爺さんと同じペーパーナイフで封を切ると、手紙を取り出して一枚一枚捲っていき、最後の一枚をゆっくり読み終わってから目を閉じた。
「ありがとう。これは確かに父の手紙だわ」
「全然。それより、今なら間に合いますけど、どうします?」
「え? 間に合うって、何が?」
「そりゃあ勿論、お返事ですよ」
私の言葉に、お姉さんは目をパチクリさせた。
〇〇〇〇〇〇〇〇
「ども、こんばんは」
「おや、昼間のお嬢さん。どうしたんだい?」
「はいこれ。娘さんからのお返事です」
「……なんとまぁ。本当かい?」
不思議そうに、でも、嬉しそうに。
躊躇いがちに微笑むお爺さんに、預かった手紙を渡した。
「読んでいただければ分かります。たぶん」
「どれどれ……おぉ、こりゃあ……! ありがとう、お嬢ちゃん。とても嬉しいよ」
「それはよかっです。で、本日最後になりますが。
お返事、書きます?」
この日は私史上、最速記録を叩き出した日だった。
かなり疲れた。けど、たまにはこんな日も悪くないなった思う。
たくさんの笑顔に会えた、良い一日だった。





