11話:初めての模擬戦
冒険者ギルドの裏庭にて。
いま、ギルドマスターのグラッドさんと向き合っている。
うーん。練習用の剣と盾を構える強面マッチョかー。
威圧感が凄いなー。
というかこれ、傍目から見たら中々に酷いことになってないか。
私結構小さいし。グラッドさんでかいし。顔怖いし。
剣向けられて睨まれると結構ビビるんだけど。
「……いま大声出したら、グラッドさん捕まると思う」
「奇遇だな。近い事を考えてた」
「ふへ。優しいのに顔怖いもんね」
なんでだろうねー。顔が怖い人ほど、みんな優しいよね。
今もこうして、私のためにやってくれてる訳だし。
「ほっとけ。んじゃあ、やるか」
「うぅ、まじかー……リング、頼んだ」
「――Yes,my master. Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
世界が塗り替えられる。非日常の光景へ。
恐怖が立ち消える。代わりに湧き上がるのは、強い高揚感。
薄紅色に彩られた視界の中、深呼吸を一つ。
さて、どうするか。腕試しとなると、いきなり撃つのは不味いよね。
となると、近接戦闘か。
「対人戦は初めてだから……手加減してね」
駆け寄り、回転。遠心力を生み、銃底を叩き付ける。
これは盾で簡単に止められた。反撃の剣を半身になって避け、盾の前に移動して視線を遮ぎる。
音も無く跳躍。飛び越え様に振り下ろした銃底は、何と剣で止められた。
凄い。見えてなかったはずなのに、今の反応するんだ。流石ギルマス。
こちらを見上げてニヤリと笑うグラッドさんは、やっぱり悪人顔だ。
どことなく、嬉しそうに見える。
腕を蹴って後ろに跳び、私も笑う。
やばい、ちょっと楽しいかも。
駆ける。左から右、盾の側へ。
盾の縁を蹴り上げる。跳ね上がった所にもう一発。盾が体から離れる。
それを機に大きく踏み込む。
今度は真っ直ぐ。身を倒し、地面を舐めるように低く。
迎撃で落ちてきた剣を銃底で逸らし、回転、遠心力を乗せて殴り付ける。狙いは横腹。
しかし、腕で防がれた。骨が軋む鈍い音と、重い手応え。
嫌な感触に止まる事無く、回転して腕を蹴り上げる。
そのまま逆側の銃底、避けられ、勢いを殺さず跳び上がり、顎に膝を叩き込む。これも、腕で止められた。
そのまま肩を蹴って宙返りしながら跳び退る。
強い。今までで一番だ。魔物なんかとは比べ物にならない。
腰を沈める。いつものように、左手を前に、右手は逆手で頭の横に。
さあ。踊ろうか。
こちらが構えたのを見て、今度はグラッドさんから突っ込んできた。
横凪ぎに振り払われた剣を銃底で受け流す。
そこを起点として縦に回転、逆さまになりながら、顔を狙って思い切り蹴り着けた。
しかしギリギリで盾に防がれ、反動で着地、直ぐに跳ねる。
剣を持った右腕に下から肘打ち、そのまま回転、銃底を叩き付け、更に回転。
地面を蹴り、その勢いを利用して、蹴り上げる。
右腕が浮いた。驚きに染まる顔。
すかさず左手の盾の縁を狙い、遠心力を活かした銃底で殴り飛ばす。
外側に弾いた。これで、ガードが空いた。
身を屈めながら前進、重心を前へ。
全身のバネを使い、全体重を乗せ、最大まで加速した蹴りを、腹に向けて放つ。
ガツン、と硬い音がして、あっさりと跳ね返された。
不意の衝撃に動きが止まる。すかさず剣を棄てた右手が落ちてきて。
がしっと、私の後ろ襟を掴み上げた。
ぶらーんタイム、ふたたび。
「お前、おっそろしい動きすんのな。あーいてぇ」
お腹に手を当てて、わざとらしく痛がるグラッドさん。
私が蹴ったの、そこじゃないんだけど……まあ、いいか。
試合は終了。拳銃を腰に戻す。
桜色が霧散し、意識が切り替わる。
……うわお。強いなー、この人。
伊達にギルドマスターやってないって事だね。
「全然効いてないくせに痛がんないでよ。どんな体してんだ」
「ふん。鍛えちゃいるが、それにしたってお前が小さすぎるだけだろ。
まあ、そいつで撃たれたら風穴が出来るかもしれんがな」
「……何だ。知ってんなら撃てば良かった。てーか早く下ろさないと撃つ」
「勘弁しろや。俺もいい年なんだからよ」
言いながら手を離され、地面に足をつく。
何度も人の事を猫みたいに持ち上げやがって。マジで風穴開けてやろうか。
「お前、背の事になると過剰反応すんのな」
「うっさいな。気にしてんのよ」
ニヤニヤすんな、悪人面め。
「……まあ確かに、年の割りに身長がかなり」
チャキッ
思わず拳銃を向けた。
「あぁん? 何だって?」
「今のは俺が悪かった。謝るからその物騒なもんしまえ」
「……まだ成長期が来てないだけだし」
「ああ……まあ、たくさん食え。な?」
「うっさいわよ。まったく」
悔しさを堪えて腰に拳銃を戻す。
ちくしょう。私に身長の話はするんじゃない。
年下に負けた私の気持ちなんて、どうせ誰にも分からないだろう。
あと、ご飯はしっかり食べてんだよ。
「とにかく、これで実力テストは終わりだ。周りの奴らも安心出来るだろ」
「……ならいいけどさー」
なんだかなー。からかわれただけって感じがするんだけど。
「そういやお前、魔法の方はどうなんだ?」
「ん? 使えないけど?」
即答すると、ピクリ、と眉をひそめられた。
「……使えない? 全くか?」
「なんかよく分かってないけど、制御が出来てないとか言われた」
「制御出来ないほど魔力が多いのか?」
「詳しいことは知らない。まあ、いつかは使えるようになるけどね」
これに関しては私の目標の一つだ。
簡単な明かりを灯す魔法でも、何でも構わない。
いつか魔法を使うこと。それをただひたすら目指している。
絶望的に才能がないらしいけど……まあ頑張ればなんとかなるはず。きっと。
「ふむ……しかし、それに関しては専門家に聞いたほうがいいだろうな」
「専門家?」
「魔法学者とか、あとはそうだな。機会があれば王城に勤めてる英雄に話を聞くのも有りか」
え、嘘。すぐそこに見える王城に、英雄がいんの?
「まじか。居るの知らなかったわ」
「確か二人とも魔法使いだったと思うぞ」
「へー。二人もいるんだ。機会があれば話してみたいかも」
何せ誰もが知っている有名人だ。
直接は見た事無いけど、その活躍は絵本にもなってるくらいだし。
「まあ、そんな機会も無いとは思うがな。俺も二度くらいしか話したことはねぇからなぁ」
「む。そっかー……まあ、いいんだけどね」
絵本の英雄と話してみたい気はするけど、私は礼儀作法なんて全く分かんないしなー。
実際に機会があったとしても、正直困ると思うし。
うーむ。て事は、魔法学者さんに話を聞いてみたらいいのかな。
……そっちはそっちで、どこにいるんだろ。
「で、お前この後どうするんだ?」
「え? お昼食べて依頼受けるつもりだけど」
「そうか。今日もリーザがいるから色々聞いてみるのもいいんじゃないか? お前には冒険者としての知識が足りなさすぎるからな」
あ、なるほど。確かに冒険者になって二日目だからね。
知らないことしか無いような感じだしなー。
「んー。後で大丈夫そうだったら聞いてみるわ」
「じゃあまたな。面倒事起こしたら言いに来いよ」
「何かあったら報告はする」
手を伸ばしてきたのでハイタッチしようとするが、飛び跳ねても届かなかった。
くそう、笑いを堪えてやがる。
覚えてろよ筋肉ダルマめ。
ぐぬぬ……とりあえず、お昼食べに帰るか。





