10話:二通の手紙
宿屋の部屋に入ってすぐ、鍵をかけて荷物を置き、備え付けの机で教会に送る手紙を書いた。
シスター・ナリア様
旅に出てまだ数日ですが、お元気ですか。私は元気です。
冒険者ギルドに話を聞きに来たけれど、詳しい事が分かるまで、しばらく王都に滞在することになりました。
帰るのが遅くなるけど、心配しないでください。
王都は色々と大きくて驚きました。
でも、出会った人はみんな優しいです。
まだ全然街中を観光出来てないので、また今度ゆっくり見て回ろうと思います。
お土産を買って帰るので期待していてください。
追伸。冒険者になりました。
よし。教会の分はこんなもんかな。
手紙なんて滅多に書かないからよく分かんないけど……まあ大丈夫でしょ。
問題はもう一通の方。アスーラに送る手紙だよね。
私の名前と……指輪と拳銃を受け取ったこと、それらが何なのか知りたいってこと。
あと出来れば直接会って話したいってこと、かなあ。
リングの前マスターにも興味あるし。
……うし。まあ、こんなもんかな。
明日の朝、受付のリーザさんに渡しておこう。
手紙を書いたあと、拳銃に書かれていたモチーフが気に入ったので、有り合わせの材料で即席の髪飾りを作ってみた。
うん。中々の出来だ。我ながら可愛く出来たと思う。
着替えを済ませて、ぽふっとベッドに倒れこむ。
なんだか久しぶりのベッドだ。ふかふかする。
何て言うか、この数日の間に、色々ありすぎて疲れた。
胸に下げた指輪を手に取って、ぼんやりと見つめる。
こいつと出会ってまだ一週間も経ってない。
けれどそこから。
初めての長旅、乗り合い馬車での出会い、オークの群れとの戦い、解体して焼いて食べて、王都に来て……
それから冒険者になって、薬草の採取依頼受けて、流れでゴブリンとジャイアントバットやっつけて。
……すっごい濃い数日間だったなー。
「ねえ、リング」
「――御用でしょうか?」
「んー……あんたってさ、結局何なの?」
「――回答:対人コミュニケーション用インターフェイスです」
「それは知ってる。そうじゃなくてさ。あー……例えば、何か目的とか、あんの?」
「――回答:マスターのサポートです」
「ぬーん。そうじゃなくて。難しいなー……」
リングは聞いたことには答えてくれるけど、自分から何かを話すことは殆どない。
何を思っているのか、何を感じているのか。
表情もないから読み取る事ができない。
はっきり言って何を考えてるか分からない奴だ。
……分からないんだけどなぁ。
「この際、正直に言うけどさ。何でか、私はあんたを信用しちゃってるんだよね」
「――」
「なーんでだろーね。喋る指輪とか怪しさ大爆発なのに」
「――」
「ま、いいんだけどね。とりあえず、あんたを頼りにしてる。
お陰で冒険者なんて事できてる訳だし」
「――」
「戦うのも探すのも。一人じゃないってのは、いいね」
「――」
「……おーい。聞いてるー?」
「――私に設定されている最優先事項はマスターのサポートです」
「………ほあ?」
「――意訳:私はマスターの味方です」
「……はは。おっけおっけ。信じてるわ、よ…………」
「――忠告:そのまま就寝されると体に障ります」
「……ん。……うにゅう」
「――良い夢を、マスター」
∞∞∞∞
翌朝。朝ご飯を食べてギルドに向かうと、中に入った途端に後ろ襟を捕み上げられた。
うわ、なんだ⁉ ちょ、体浮いてんだけど⁉
てかこら、猫じゃないんだから持ち上げんな!
「よう、オウカ。ちぃと聞きたい事があるんだがよ」
目の前に迫る、悪の親玉の顔。
……はは。やっべえ。
「えーと。おはようグラッドさん。とりあえず下ろしてくんない?」
「お前、昨日何した?」
「何って……森に薬草を採りに行って、そこで知り合った子の家に遊びに行った」
「……で?」
「遊びに行ったらはぐれて迷子んなって、その後ジャイアントバットの死骸がたくさんあるのを見っけた。私は無実です」
「……お前なあ。何か勘違いしてんだろ?」
呆れた調子でため息を吐かれた。
え、なにが?
てか、ぶらさげんなー。ぶらんぶらんすんなー。
「お前、冒険者ギルドが何のためにあると思う?」
「何のためって……困ってる人を助けるため?」
「おう。ついでに言うと、冒険者なんてのは報酬は二の次って馬鹿野郎ばかりなんだよ。ほっとくと野垂れ死にしちまう。
だからギルドで管理しなくちゃなんねぇんだ。
つまり、お前がギルド通さねえで依頼受けるのは自由だが、報告くらいはしろ」
眉間に皺を寄せながら、グラッドさんは呆れた調子で言った。
「……え。いいの?」
「お前が飯を食えるならそれで構わん。だが何かやらかしたら報告くらいはしとけ。
ギルド側も依頼者に完了報告を出す必要があるし、冒険者を弁護する場合もあるからな」
「ぬ……ごめん。私が悪かったわ」
「わかりゃいい。どうせまたやらかすんだ、次から気をつけろ」
ようやく地上に下ろしてもらえた。
むう。服伸びちゃったら困るんだけど。あんまし持ってきてないんだし。
「あ。そういや王都来る前にオークの群れ潰した。あと薬草採りに行った時にゴブリンの群れも」
「いや、今さら驚かんが、それもどうせ討伐部位はないんだろ?」
……とうばつぶい? なにそれ。
「討伐依頼ってのはな、報酬貰う時に倒した魔物の証明になる部位が必要なんだよ。ゴブリンなら犬歯、オークなら鼻とかな」
へー。でも確かに倒した証拠が無いとだめだよね。
「あー……多分、残ってないと思う」
「残ってない? お前、どんな狩り方してんだ?」
どんなって言われても……
「見つけたらどかんってしてる」
「お前なあ……一応言っておくが、お前メチャクチャ目立ってるからな?」
「知ってるわよ。生まれつきの髪と眼なんだから」
黒い髪に黒い眼。王都でも全く見かけない色だし。
「それだけじゃねぇ。
ジャイアントバットもオークも、群れを潰すなんざパーティで受ける依頼だ。普通ソロでやれるもんじゃねぇんだよ」
「……あ。確かに」
言われてみれば、そうだ。
とにかくやらなきゃって事しか考えて無かったけど、複数の魔物相手に一人で戦うとか、普通は自殺行為だ。
……なんでそんな当たり前のこと、分からなかったんだろ。
「しかもお前は若い女だ。うちのギルドの連中も心配してるぞ」
「あー……うん。なんか、ごめん」
「大人しくしろとは言わんが、意識はしとけ。でないと、いらんトラブルに巻き込まれる」
おや。なんか、心配してくれてるっぽい?
なんだ、やっぱり顔が怖い人、みんな良い人じゃん。
「ん。分かった。ありがと」
「ならいい。手紙を出すんだろ」
「あ、そだった。リーザさん、お願いしていいかな」
「ええ。一通が馬車、一通が飛竜便だから、合わせて銅貨20枚ね」
「はい、お願いします」
昨日の稼ぎの二割かー。そこそこ痛い出費ではあるけど、まあ仕方ない。その分、薬草採りのお仕事頑張ろう。
「ああ、ついでだ。お前ちょっと裏の庭に来い」
「え、なに?」
手紙を渡していると、グラッドさんが悪そうな笑顔で肩を掴んできた。
なんだ? 他に何かやらかしたっけ?
「お前の実力テストだ。他の連中が心配しすぎて使いもんにならんからな」
「ええ……庭で何すんの?」
「なあに、俺と軽く模擬戦するだけだ」
ニヤリと笑う強面マッチョ。
うわぁ。すごい嫌なんだけど。なんでこんな筋肉お化けと戦わなきゃなんないのよ。
……でも、周りの人に心配かけてるみたいだし。やらない訳にもいかないのかな。