9話:でっかいコウモリ
森を出て二時間程で小さな村に着いた。
ミューラ村と言うそうだ。
ぽつぽつと何軒か家が建っていて、その他は畑がたくさん並んでいる。
とても長閑な村だ。
柵で囲われた中に鶏や豚が飼われているのを見て、私の町を思い出した。
あそこと同じ、穏やかな暮らしだ。普段なら子ども達がそこらじゅうを駆け回ってるんだろう。
でも、今はあまり和やかな空気ではない。
村の人たちみんな、ピリピリしてる。
……まあね。村の近くに魔物が住み着いたとなれば、最悪村を捨てるしかなくなる事もあるんだし。
そんな状態で普段通り過ごせる訳がないよね。
案内してくれた二人もどこか不安そうで、見ているこちらも落ち着かない。
「んー。とりあえず、なんだけどさ。私は二人の家に遊びに来たんだけど、今からはぐれるから。家でお母さんと待っててね」
「……はあ? いや、待てって。意味が分からないんだけど」
うん。まー、意味分かんないだろうね。私も言ってて意味分かんないし。
けど上手い言い訳思いつかないんだもん。しゃーないじゃん。
「大丈夫、すぐ戻るから」
「……よく分かんないけど、危ないことはしないでくれよ。母さんに紹介もしたいし」
「ん、善処する」
さっきよりも不安そうな二人には手を振って別れる。
さて。私はたまたま知り合った二人の家に遊びに行こうとして、うっかりはぐれてしまった。
さあどうしよう。知らない場所だし。
とりあえず、探すしかないよね?
てことで、言い訳完了。
「リング、検索」
「――承知:検索中……ヒット。村の外れ、岩場に群れがいます」
何を、とは言わなかった。
何を、とは聞かれなかった。
けれどやっぱり、こいつは正解を出してくれた。
うん。だと思った。あんたは、そうだよね。
「……お利口さん。案内よろしくね!」
「――案内:この道を真っ直ぐ進んでください」
村の外にでて10分も行かない内に、目的地に辿り着いた。
採石場の跡地だろうか。所々が角になってたり、へこんでたりする。
そのへこみの一つ、かなり高い所に、でっかいコウモリの群れがいた。
うわ。結構数がいるなー。20匹くらいか?
ちっこいコウモリならまだ可愛いんだけど……あのサイズはちょっと怖いわ。
私より大きいじゃん、あいつら。
うへぇ。本当に大丈夫かな、これ。
……まあとにかく、気づかれる前に準備しないと。
腰に手を回し、拳銃を構える。
「リング、頼んだ」
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
迸る薄紅色。消えていく恐怖心。
私の頭の中は。私の心は。私の体は。
加速する。
「さあ、踊ろうか」
跳ぶ。岩を足場に、再跳躍。
私の魔弾は射程が短い。せいぜい一メートル程度だ。
空を飛ぶ敵を撃ち抜くためには、接近しなければならない。
手頃な高さに居た奴を踏みつけ、更に跳躍。
岩場を足場に、跳ぶ。巣穴より高く、一番高い所へ。
後は、落ちるだけ。
手の届く範囲は銃底を叩き付け、離れてる奴は弾丸を撃ち放つ。
落ちながら殴り、反動で落下速度を軽減、真下を撃ち抜き、死骸を蹴りつけて高度を得る。
横に殴り抜き、そのまま回転、逆側を撃ち抜き、更に加速する。
くるくると回る。縦に、横に、世界が流れる。
踊る視界の中、薄紅色の弾丸は敵を穿つ。
外れない。外さない。外れる道理が無い。
今の私には、全部、見えている。
撃つ、殴る、撃つ、蹴り落とす、撃つ。
回る、回る、回る、くるくると、廻る。
最後の一匹を蹴り落とし、落下速度を殺して着地。
軽く見渡すが、撃ち漏らしは無いようだ。
「――索敵:探知範囲に該当無し」
「了解。戦闘終了」
拳銃をホルダーに戻す。薄紅色が霧散し、意識がゆっくりと切り替わった。
「ねーリング。こいつら、食べれたっけ?」
「――不明:データベースに該当無し」
「あー……うん。どうしよっか、これ」
大量のコウモリの死骸を前に、頬を掻いた。
村の人の回収してもらうしかないかな?
リングに検索してもらい、二人の家を訪ねてみた。
見た感じ、二人しかいない。親は出かけてるのかな?
でも、怪我してんじゃないっけ。
「お、やっと来たな」
「オウカさん、いらっしゃい」
「やほー。えっと、お母さんは?」
「今村のお医者さんの所に行ってる。それで、何してたんだ? 大丈夫か?」
あ、なるほどねー。なら安心だ。
さて、考えてた言い訳を使おうか。
「うん、えっとね……道に迷ってたら、あっちの方でジャイアントバットがごろごろ転がってました」
二人が、固まった。
「……はあ⁉ アンタ、危ないことはしないって言ったよなっ⁉」
「えっと、えっと……あの、私、大人の人呼んでくるっ!」
ライト君にめっちゃ怒られ、リイトちゃんは走って家を飛び出して行ってしまった。
あーうん。まー、そうなるよね。
ちょっとだけ申し訳ない。
「危ないこと、してないよー。私、たまたま通りがかっただけだよー」
明後日の方を見ながら、両手のひらをひらひらさせてみる。
「……あったまいてぇ。なんなんだこの人」
ちらりとみると、ライト君は言葉通り頭を抱えていた。
うん。なんか、ごめん。
「ここはほら。ライト君とリイトちゃんの友達、てことで一つ」
「友達って……なあ、大人達がギルドに依頼出してたと思うんだけど」
「私は友達の家に遊びに行ったらはぐれてしまって、迷ってたらジャイアントバットの死骸を見かけただけです」
「……それ、俺から大人に説明すんのか? 誰も信じてくれないだろ」
まあ、信じちゃくれないとは思うけどさ。
それでも、ね?
「んーとね。真面目な話だけど……依頼だと、お金がかかるんだよね? 村だと外貨はそんなにない筈だし、ただでさえ被害が出てんでしょ?」
「……それは、まあ。でもさ!」
「もし。何か思うところがあるなら。今度はアンタが、いつか誰かに優しくしてあげて」
誰かが困っていたら、自分にできる範囲で助けてあげる。
助けられた人は、同じように誰かを助けてあげる。
その繰り返しで、世界は成り立っているんだと、私のお母さんは言っていた。
それが綺麗事だってくらい、私にも分かっている。
けれどそれは、私の憧れた人の生き方だから。
私もできるだけ、そうありたいと思っている
「以上。これで今回の事は終わり!」
「……あんた、変な人だな」
「いひひ。よく言われるわ、それ」
ふと、外を見る。畑や家が綺麗なオレンジ色に染まっている。
私にできることなんて小さな事だけど、それでも誰かが笑ってくれるなら、頑張る意味はあると思う。
穏やかな気持ちで、少し活気を取り戻した村を眺めた。
……あれ。オレンジ色?
「やばっ!! 街門が閉まっちゃうじゃん!!」
大急ぎで立ち上がり、ライト君の頭に手を乗せる。
「最後に。頑張ったね、ライト君。でも、危ないことは控えようね」
「……おう。でも、アンタに言われたくない」
「ふふ。確かにそれはそうだろうね……リング、間に合うかな」
「――案内:走ればギリギリ間に合います」
「また遊びに来るから! じゃあね!」
ぶんぶんと手を振ると、ライト君も振り返してくれた。
その奥から大人の人達が大勢向かってくるのが見えたけど、時間がないので、そのまま全力でダッシュした。
二人とも、説明は頼んだ。
「……まに、あったああああ!!」
何とか街門が閉まる前に王都に辿り着き、息も切れ切れに冒険者ギルドに向かった。
うへぇ……しんどい……こんなに走ったの、いつ以来だろ。
「あら、お帰りなさい。随分時間が掛かりましたね」
「ちょっと寄り道を……ええと、採取依頼の薬草はこれでいいですか?」
鞄から取り出した薬草をカウンターに並べる。
どれも依頼の数分、しっかりと採取してある。
「はい、大丈夫ですよ。報酬をどうぞ」
銀貨を一枚。私の初仕事の成果だ。
普通のパンが銅貨一個くらい。その百倍と考えると、なかなか悪くない所かかなり多いと思う。
「あれ、報酬額より多くないですか?」
「初回だからね。遅くまで頑張ってたみたいだし、オマケよ」
受付嬢のリーザさんは、微笑みながらウインクしてくれた。
「リーザさん、ありがとう!」
これで教会とアスーラ宛の手紙を送れるし、宿屋に泊まることも出来る。
……あ。宿屋、取ってなかった。
「リーザさん、安い宿屋知ってたら教えてほしいかも」
「あぁ……この時間だったらそうね、裏の酒場くらいしか空いてないかもしれませんね。二階が宿屋やってるし、まだ大丈夫だと思いますよ」
「おお、ありがとうございます。また明日来ますね」
「はい、お気をつけて」
報酬を懐の袋に入れ、冒険者ギルドを出る時。
「おい! ミューラ村のジャイアントバットが討伐されたってよ!
通りすがりの冒険者が一人でやったらしい!」
「なんだと! おい、ありゃ複数人で受ける依頼だろ⁉ やったのはどんな奴だ⁉」
「それが……見慣れない女の子だったらしいんだよな」
その言葉を背に、足早に歩き去った。
やっば。情報来るの早過ぎないか?
うーん……初日からギルドに不利益出しちゃったしなあ。
とりあえず、何か聞かれても知らんぷりしとくか。うん。
悪いことはしてないし、大丈夫……だよね?
尚、教えてもらった宿は中々に良いところだった。
晩御飯の肉料理も美味しかったのでご満悦だ。
これの作り方、しっかり食べて覚えないとなー。





