贅沢な悪意
空は青一色。太陽の日差しをさえぎるものは何もありません。
乾いた大地に咲いた一輪のレンゲの花はずいぶんと長い間、雨を待っていました。もう何日も日照りが続いているのです。
レンゲの花は天に祈ります。
「このままでは枯れてしまいます。神様、雨をください。」
仲間の花たちはみんな、恵みの雨を待ちきれずに枯れてしまったのです。
灼ける日差しに花たちが命を奪われていく中、一匹のミツバチが蜜を求めて飛びまわっていました。咲いている花を見つけることができないのです。
ミツバチはもう、自分の故郷の場所さえも分からなくなるほどの長い道のりを旅してきました。
そして死ぬほどにおなかをすかせて、やっとの思いでレンゲの花を見つけることが出来たのです。
レンゲの花に舞い降りたミツバチは、何かぶつぶつと聞こえてくる小さな声を耳にしました。
「雨を……。神様……、雨を……。」
それはしおれかけたレンゲの花の、神様への祈りの声でした。
ミツバチは、しおれかけのレンゲの花に蜜を見つけることができません。
「どこに行っても枯れた花ばかりだ。どうしてこんなことに……。」
ミツバチは再び宙に舞いあがりました。しかし、もう飛び続けるだけの力はわずかにしか残っていません。
しばらくふらふらと宙を飛びまわったミツバチは、やがて地面にうずくまると、そのまま動かなくなってしまいました。
役立たずの雨は遅れてやってきました。
恵みの雨を待ち続けたレンゲの花はもう枯れてしまっていたのです。
雨は何日も洪水のように降り続き、ミツバチの亡骸や枯れた花たちのすべてを洗い流してしまいました。
潤った大地に残ったものは何もなかったのです。
しかし、自然界は力強く逞しい。
しばらくすると大地には、また何事もなかったかのように新たな緑が芽吹き始めました。
綺麗な花を咲かせよう。
新たな命たちは希望に胸を膨らませます。
そしてまた、日照りはやってきたのです。
若い命たちは天に祈りました。
「お願いです。神様、雨をください。」
数えきれないほどの季節の移り変わりを繰り返し見てきたクヌギの老木は、そっと心の中でつぶやきます。
「その願いは届かないよ……。神様は関係ないんだ……。」
長年この地に根をはって生きてきたクヌギの老木は、ずっとこの世界を見続けてきたのです。
「最近はずいぶんと世界が変わってしまった。水も空気も不味くなった。日照りが長く続くのも、洪水のような雨が降るのも、きっとそのせいなんだ。」
クヌギの老木の心の声は誰にも届くことはありません。
誰が世界をこんなにしたかなんて、花たちは何も知らないのです。
ずっと昔から世界中の様々な命たちが祈り続けてきました。
「強くなりたい。」
「幸せになりたい。」
と。
そして、その中に自らの力で願いを叶えることのできる命が現れました。
その命は夏を涼しく、冬を暖かく過ごし、空を飛び、海を渡り、どんな遠くにでも行くことができました。
そして、叶えたい願いはどんどん贅沢になっていったのです。
願いのすべては、世界を良くするものだと信じていました。
しかし、その贅沢な願いは大自然にとっては悪意となってしまったのです。
やがて、贅沢な悪意は神様の力を超えてしまうほどに膨れ上がって、世界中の水と空気を不味くしてしまったのです。
神様は花たちの願いを叶えることができなくなってしまいました。
「雨をください。綺麗な花を咲かせたいのです。」
若い緑の命たちは祈り続けます。しかし願いは天には届かないのです。
贅沢な願いを叶えることのできた命が自らの心の悪意に気がついた時、贅沢な悪意はもう止めることができないほどに大きく膨らみあがっていました。
神様の流す涙は、時に些細な雨となって地上に降りそそぎます。しかしその涙には、もう大地を潤すだけの力はないのです。
水と空気の不味くなってしまった世界で、贅沢な願いを叶えた命の一つが気まぐれに囁きました。
「なにも、こんな場所を選ばなくても良かったのに……。」
硬く強く塗り固められた大地にできた小さな裂け目。
その裂け目から一つの小さな緑の命が顔を出し、黄色い蕾をつけようとしていました。
無機質と無関心で満たされた世界。そこに現れた、たった一つの些細な善意。
その善意は若い蕾の命に、コップ一杯の水をもたらしました。
「綺麗な花を咲かせなさいな。たんぽぽさん。」
蕾のままのたんぽぽは、水を浴びてそよ風に揺られ、嬉しそうにその全身をふるふると震わせました。
些細な善意は若い緑の命にとっての大きな幸運。たんぽぽは見事な黄色い花を咲かせました。
たんぽぽのもとには幾匹ものミツバチたちが訪れ、やがてたんぽぽは風に乗せて綿のような種を世界中にばらまきました。
気まぐれでとても些細な善意。その小さな一つの善意がもたらした幸運は、たくさんの命たちを繋いで、そして世界中にちりばめたのです。
お礼の言葉と感謝の気持ち、「ありがとう。」を伝えたい。
それは、幸せな天命を終えようとするたたんぽぽの、最後の願いでした。
たんぽぽは残された時間のある限り、コップ一杯の幸運を与えてくれた善意の命を待ち続けました。
しかし、たんぽぽの前に、気まぐれな善意の命が再び現れることはなかったのです。
しおれかけのたんぽぽは、仕方なく、最期は、天に向かって感謝の言葉を口にしました。
「神様…。ありがとう。」
贅沢が悪意となって蔓延る世界。
水と空気が汚れた世界。
クヌギの老木は何も語ることなく、今日も、この世界を見守り続けます。
そして、クヌギの老木はこれからも、そっと、心の中でつぶやき続けるのです。
「神様は関係ないんだよ。」
おわり。
この作品が『近年の異常気象について』を考えるキッカケになってくれれば幸いです。
m(_ _)m




