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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
97/120

97 英雄凱旋 ⑨

すみません、三連休という事で気を抜いていました。また、前回凱旋式にようやく入るとか言ってましたが、全然そんな事なかったです、はい。

次こそは入ります。

 息抜きと称して紫葵とルーシカの鬱憤晴らしに付き合った天理。国であり、同時に一つの街でもある聖ルプストリコだが、元々そこは娯楽に乏しいのだろう、凱旋式を前日に控えているにも関わらず街はもう既にお祭り騒ぎのようになっていた。


 無理もないよね、というのは紫葵の弁だ。彼女とてこの街でもう既に短くない期間を過ごしてきている。

 天理たちがこの世界に来てから日本の暦に換算して一年近くが経っていた。それだけの年月の大半をこの街で過ごしてきての言葉だろう。そこには深い実感が込められていた。

 聞くところによると神聖管理教会にも戒律らしきものがあるのだという。戒律と言えば聞こえはいいが、それでも少なからず不満が出てくるのは仕方のないというもの。


 そうしたものを発散する目的もあって、数度か聖女による慰問などは行われているものの、言ってしまえば街全体規模になる行事というものは精々それくらいだ。そうした背景も手伝ってこのようにどんちゃん騒ぎにまで発展しているのだろう。

 それに際して戒律もこの時ばかりはと少々の破戒は黙認されるという。よほどの敬虔な信者でない限りこういう場では他の地域と同じように、いや時にはそれ以上にはっちゃけるのだろう。それが分かるだけの雰囲気が街全体を覆っていた。



「――――何か難しい事考えてる?」


「うん? 顔に出てた?」


「天理くんの癖だよ。そりゃあもうテストの一番難しい問題を解こうとしてるくらいに眉が寄ってた」


「いや、そんなに考え込んでないよ……。ただちょっと、叔父さんの事をね」


「あ、それって葉桐くんの? 昔から話だけは聞いてたけど会ったことないんだよね」


「こうやってお酒を飲んでいる人を見るといつもチラつくんだ。父さんが飲まないせいかもね。子供心にどうしてお酒なんか飲むんだろうって不思議がっていた覚えがある」



 幼少期の頃、目を輝かせた琉伊の視線の先にはいつも彼の叔父――――虎次郎がいた。だが、琉伊がどう思っていたとしても、周囲の大人たちが虎次郎の事をよく思っていなかったのは天理でさえ子供心に感じ取っていた。いや、それだけじゃなく直接口に出して言われた事もあった。曰く、あの男には近づくな、云々だ。


 確かにいつも家の一室に寝転がっていて、かと思えば数日姿を消したりと奔放な男だった。煙草も吸うし、酒も飲む。働いている姿なんてついぞ見る事はなくいつの間にか葉桐邸から姿を消していた。風の噂では地方へと流れていったようだが、その先で何をしているかまでは耳にしなかった。すぐに誰もが禁忌のようにその名前を口にしなくなったからだ。


 ――――ただ、子供のように笑う。そんな大人だった事が天理の中に印象深く残っていた。



「でも今ならちょっとだけ分かる気がする。必要な事なんだ、大人にとっては。自分のためだったり、子供のためだったりして日々働いて、働いて、働いて。そうしてどうしようもなくなった時にお酒を飲む。一人でもいい。大人数ならもっといい。馬鹿な話をしたり、昔を思い出したりして疲れた心を癒す。いつか僕たちももっと分かるようになる日が来るんだろうね」


「ふふっ、なんか大人っぽいね。何かいい事でもあったの?」


「……いや、どうだろう。僕も祭りの雰囲気に呑まれたのかも。恥ずかしいから忘れてくれ」


「いやいや、こんなおいしそうなネタを忘れるなんてとんでもない。葉桐くんあたりに言ったらおもしろい顔しそうだし」


「――――いや、あいつは。どうだろう、な。昔と比べて何を考えているのか分からなくなったしね」



 苦笑を浮かべながら、そこか思うところがあるように告げる天理。そうなるだけの背景がある事は紫葵も分かっている。分かっているが、それでもおもしろくない。その感情を向けられる相手が自分の気になる人であればそれも一入だ。


 だからこそ紫葵はそれまで浮かべていた朗らかな笑顔を引っ込め、鹿爪らしい顔を作る。これから真面目な話をしますよ、と言わんばかりの表情だ。それに気が付いた天理はしまったと遅まきながら失言に気が付くもそれはもう後の祭り。



「確かに昔と比べて琉伊くんが変わったっていうのは分かるよ。何があったのかは天理くんも分からないんだろうし、もちろん引っ越ししてたわたしも分からない。でも、でもだよ。だからって何を考えてるか分からないって言って、それで遠ざけるのは悲しいよ。何を考えているか分からなくなったんじゃなくて、天理くんが何を考えているか分かろうとしなくなっただけかもしれないよ?」


「そんな……事は……」



 紫葵に指摘された事を否定しようとして、続く言葉が出てこない事に気が付いた。それは少なからず思い当たる点がある事の証左。言葉を濁す天理に対し、紫葵は今しがた言った言葉がどれだけ琉伊に寄り添い、彼を擁護する言葉であるかが分かったのだろう、ぼっと音が出そうな勢いで顔を羞恥に染めた。伊達に気になるという想いを隠そうとしていない。隠そうとして隠し切れず、そんな態度があちらの世界にいた時に妙な雰囲気を呼び込み、琉伊を絶妙な立場に追いやっていた事は気が付いていない。恋は盲目とはよく言ったものだ。



「なーなー」



 そんな二人に投げかけられる言葉があった。女の子らしい高く澄んだ声に関わらずその口調は男勝り。

 だがいつもはその性格を表すようにぴょんぴょんと跳ねている二つに結った髪の先が、今ばかりはその退屈さを表すように心無しかしなしなとしていた。



「ん、どうした、ルーシカ」


「テンリもチナも何の話してるか全然分かんねーけどさ、折角の祭りなんだし話ばっかりしてねーでもっと色々回ろーぜ。オレもう腹減って腹減ってお腹と背中がくっつきそうなんだよ……」



 お腹を押さえながら言うそれは説得力も一入。加えて押さえられた部分からも賛成とばかりに可愛らしい音が。

 それを聞き、天理と紫葵は顔を見合わせ苦笑した。確かに今ここでする話ではなかった。ルーシカからしてみれば何のこっちゃというところだろう。



「そうだな、じゃあとりあえず一回りして出店で腹ごしらえでも……」


「テンリ! オレあれ食べたい! ほらあれ!」



 言うが否や一直線に指差した出店へと駆けていくルーシカ。機嫌が戻ったのか、いつものように元気よく毛先を跳ねさせながらだ。再び顔を見合わせ、二人は苦笑を浮かべる。さながら若夫婦とその子供と言った様相。周囲の人々から見てもそう映ったのだろう、生暖かい視線が三人へと向けられる。


 対して向けられた側はと言えば最初はそれに気が付くことなくルーシカの後を追っていたが、人の視線というのは存外物を語るというもの。人々の視線の意味するところに気が付いた二人は――――特に紫葵は顔を赤らめながら気持ち天理から距離を離した。彼女なりの精一杯の意思表明なのだろう。


 余談だが、こうして外を堂々と歩いていて、聖女がどこぞの男と、なんてスキャンダルにならないでいるのは理由がある。聖女として慰問等で人々の前に出る時に、彼女は教会の方針で顔を隠すようにしていたのだという。

 それは神秘性などを出すためと思われ、実際その効果もあって聖女というのは象徴足り得るのだろうが、天理からしてみれば無用な騒ぎに繋がる心配がないため非常にありがたかった。


 故に今ここにいるのはただの紫葵とただの天理。ついでに祭りで騒ぎたいルーシカという事だ。


 それからいくつかの出店を回り、出し物等で興を深めつつ三人の足は次第に郊外へと移っていった。

 ルーシカもあっちへ行ったりこっちへ行ったりと気が済んだのだろう、さして文句を言うでもなく付いてきてくれた。



「お祭りに来るのなんてほんとに久しぶりだったけどやっぱり楽しいもんだね。ついついいっぱいお金使っちゃった」


「僕もだよ……、節約しようと思ってたんだけどな」


「教会のバイトでも紹介してあげようか? 確か色々と手が足りないところがあるみたいな報告があがっていたような」



 非常にありがたい提案をしてくれる聖女様。だがそれは所謂コネ入社や裏口入学に近しいものになるんじゃないだろうか。そんな心配を天理は脳裏に浮かべたが、紫葵の顔を見る限り裏なんてなさそうな、ただただ善意からの提案だ。無碍にもしにくい。



「ま、まあ折角魔物狩りの資格持ってるんだし、稼ぐならそっち方面かな。そのためにアルマーニ司教たちに鍛錬をつけてもらったんだし……」


「ん!? なんだ、テンリ、もしかして魔物狩りに行くのか!? ならオレも連れてけ!」


「今じゃないよ、せめて凱旋式が終わってからね。その時はルーシカも頼むよ」


「おう、任せろ! オレとテンリが組めばどんな魔物でもよゆーよゆー」



 その手の話題になれば怒涛の食いつきを見せるルーシカがやはりと言うべきか身を乗り出した。それが分かっていた天理はなんとか彼女をあしらいつつ、今日こうして天理が息抜きとして選ばれるまでになった理由へと目を向けた。



「修行、どうだった? 紫葵たちも稽古つけてもらったって聞いたけど」



 来たる時に向けての戦力強化。それは何も天理だけに行われたものではなかった。天理がアルマーニたちに扱かれている傍ら、紫葵とルーシカもまた同様に訓練に励んでいたのだと天理はアルマーニから聞いていた。それがなんでもかなりの過酷さを極めたとの事で、前日故に身体を休ませる必要もあるだろうとの判断の元天理が狩り出されたというわけだ。



「それがね、聞いてよ天理くん――――」


「それがな、聞いてくれよテンリ――――」



 二人が二人、当時の声を上げ、そして顔を見合わせる。数瞬のにらみ合いの末、勝ったのはルーシカ。というより紫葵の性格上の問題だろう、こういう場合彼女は人に譲りがちだ。

 


「オレに稽古つけてくれたやつがよー、『これも修行の一環だ』とかなんとか言って全然ご飯食べさせてくれないし、魔物も全然狩りに行けなかったしで最悪だったんだよー!」



 そこから始まるルーシカと紫葵による怒涛の愚痴ラッシュ。これも男の役回りだろうと天理は彼女たちの気の済むまで粛々と聞き続けた。

 二人が満足し、その場を離れる事が出来たのは陽が完全に沈もうとした頃だった。そうこうして、凱旋式の前日は平和に終わりを迎えたのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


私事となりますが、一か月弱ほど忙しくなるため更新の日にちがずれたり、量が少なくなったりしてしまうかもしれません。

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