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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
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96 英雄凱旋 ⑧

すみません、短いし展開も全然進んでいないのですが時間もなくここで更新します。

次話はようやく天理くんの凱旋式になると思います。

「これは……驚いた。なかなかどうして、いい才能をお持ちですね」



 アルマーニから送られる称賛の声。平時なら喜ばしいはずのそれだが、言葉通りに受け止めるには少々の抵抗があった。

 それというのも今の状況を見れば一目瞭然。称賛を送る側であるアルマーニは息が上がり、髪などは汗で頬に張り付いたりもしているものの余裕綽々といった然。対する送られた側である天理はと言えば呼吸は荒く、滝のような汗を垂れ流しながら床に仰向けで転がっているという有様。



「はぁっ……はぁっ……。それは……はぁっ、単純な褒め言葉とっ、捉えても?」


「もちろんですよ。わたしは皮肉なんて言ったりしませんよ? いい子にはよくできましたと褒める。当然の事です」


「さらりと、子供扱いされたのは聞き間違い、ですかねっ……」


「いいえ! 褒めるのに子供も大人も関係ありませんよ! 何ですか、ひねくれものですか、テンリは! 謙虚なのは時と場合によっては美徳とされますが、そうでない場合も少なくないですよ」



 確かにそうかもしれない。天理はそう内心で納得する。日本では歳を追うごとに褒められる機会というものは加速度的に減っていく。社会人にもなればほとんどないに等しいだろう。それが出来て当たり前、ほとんどの人間はそうした前提の元に働いているような、そんな感覚でさえ覚えていた。


 それはもう謙虚になるというもの。というよりも褒められ慣れていないと言った方がいいのかもしれない。天理もまたそうだった。蓮花寺家の跡取り息子としての周囲の視線。それらは常に天理に当然を求めていた。『蓮花寺家ならば当然』、『幼い頃から英才教育を受けているから当然』。


 ――――『蓮花寺家の跡取り』という存在になるまでの過程というのは無視されるというのに、なんという理不尽な偏見なのだろうか。日本とは程遠いこの世界に来て、今になってそう思えてならなかった。



「……ケッ、少ぉし褒められりゃすぐ調子に乗りやがって。結局体術に関しては俺からもこいつからも一本取る事すら出来なかったじゃねえかよ」


「あっ、こら! お母さんの事はちゃんとお母さんって呼びなさいっていつも言ってるでしょ! それにこういう言い方をするのもあれですが、訓練ごときで人は測れないものですよ」


「この歳になってそんな風に呼べるかよ! ……あんたにしちゃあいやに肩を持つじゃねえか。訓練で出来ない事は本番でも出来るわけないだろうに」


「――――いいえ、出来ますよ。彼ならば、友を守るためならば限界以上の力を振るう。それをわたしはペルネ王国で見ましたからね。……ただ、人相手に力を振るうのに戸惑いが見られますね。それに弓を引くのも見せてもらいましたが、我流とは言え根本にある型が綺麗すぎます。動く相手を狙うと言うより動かない的を射る事を目的としているような感じでしょうか?」



 天理に対して訓練を施しながらそれほどまでに深く見ていたというのか。正直ここ数日行った訓練と言えば組手や瞑想のようなものがメインとなっており、我流である天理の基礎をしっかりとさせるくらいの認識でいたが、もしかしたらそうした観察の目的もあったのかもしれない。


 だが、最初こそ天理も若干の落胆を隠しきれなかったが、いざ彼女たちの相手をしてみると自分の認識が如何に甘かったのかが分かった。


 流れるような対捌きとそこにしっかりと感じられる積み重ねられた年月。それも十数年と言った軽いものではない。百年を優に超える壮大で重いもの。

 対してマルウェロのものは本人の言った通り我流を極めたものなのだろう。一見粗削りなものに思えるその動きだったが、体感してみてそれが極めて合理性に則ってなされている事が分かった。


 天理と同じように我流でもここまで差が生まれるのか。そう思わざるを得ないほどの武。本気を出していない、いや本気を引き出せなかったにしてもそれが感じ取られた。そしてそれが目指すべき場所なのだろうとも。

 アルマーニは初めから彼女のような流派を極めたものではなく、マルウェロのような我流を極めた先をみせたかったのだろう。口には出していないものの、そんなような意図が伝わってきたように思えた。



「さて、ここ数日と訓練づくめでしたが明日にはテンリの凱旋式が控えている事ですし今日のところはここまでにしましょうか」


「いや、でも僕はまだまだ……」



 ようやっと呼吸が整ってきたところだ。身体を酷使したとは言え、未だ若い身体。少々の休憩で動けるほどには回復する。

 それに時刻はまだ昼を過ぎた頃だ。いつもならば夜までみっちりやっていた関係上、早くに終えるというのにもどうにも違和感が残る。



「いーえ、焦ってもいいことなんかありません。それに身体は動かせずとも頭は動かせます。テンリ、貴方は身体の動かし方をそのまま真似させるよりも動かし方を教えてからテンリの中で一端咀嚼させてからやらせた方が身に着きやすいようです。だからこれまでの分も含めて存分にイメージしておいてください。それもまた訓練の一環ですよ。それに……」


「それに?」


「これ以上テンリをここに引き留めると聖女さまとルーシカがうるさいのですよ。彼女たちも彼女たちで忙しいみたいですが、ここ数日ので参ってしまって休息を所望しているそうなので」



 少しばかり遠くを見るような目でそう呟くアルマーニ。この目は天理も知っていた。懐古の念を抱いているように見せかけてその実現実から目を逸らせようとしている時の目だ。どうにもあの二人は我慢の限界らしい。



「……お守り役ですか」


「綺麗どころを二人も連れて役得じゃないですか。それとも三人目でも欲しいですか?」


「……謹んで二人の息抜きを手伝ってきます」


「よろしい。貴方もここに来てから色々と大変だったでしょう。聖女さまに街を案内してもらってはいかがですか。見どころは少ないとはいえ、いい街ですよ、ここは」



 確かにここに来て観光に時間を割ける暇はなかった。折角こうしてここまで来たのだ、一回りくらいはしておかないともったいないと思う自分もいる。

 だが、それは別として聖女である紫葵に案内を頼むのは正直どうかとも思ってしまった。しかしあの紫葵の事だ、そんなの関係ないよー、だなんて笑顔で言って案内してくれるのだろう。


 そこまで考えて天理はアルマーニの提案を潔く呑む事にした。無理を通しても身に付かなければそれは無駄になってしまう。それも確かだ。休む時は休む、それもまた大事な事なのだろう。


 促されるままに天理は道場を後にする。後に残ったのはアルマーニとマルウェロの二人だった。



「さて、先ほどのは本音ですか?」


「ああん? どれの事だよ」


「調子に乗りやがって云々のところですよ。わたしとしては貴方に近しいものを感じたのですけれどね」



 こうして口調を改めて話す時は『アルマーニ』と『マルウェロ』ではなくて、『第十位』と『第六位』として話している時だ。つまり、身内ではなく『粛正官』としての意見を求めている時。それだけアルマーニが天理の事について真剣に考えている証左だ。それがマルウェロにも分かるだけに舌打ちをしたい気分になる。



「我流って点の話か? そんなら我流の奴らみんな俺と同じじゃねえか」


「そうではありません。そもそもどうして貴方は弓術を使える事を彼に言わなかったのですか。もし、貴方に彼を鍛えるというつもりがないのであれば――――」


「そうじゃねえよ」



 短くマルウェロは告げる。そこに込められたものを感じてアルマーニは口を噤まざるを得なかった。



「そうじゃねえ。あれはまだまだ殻のついた雛みてえなもんだ。まだそれを教える段階ですらねえよ」


「ふふ。なんだ、じゃあ教える気はあるのね。なら安心したわ」


「あ? なんだ、試しやがった――――?」


「まあいいじゃない。親子のスキンシップよ。それよりもマーくん、わたしたちも久しぶりに一緒に出掛けない? 買い物とか!」


「行かねえよ。一人で行ってろ」


「もう、まだ反抗期なの? 昔はわたしたちの後にくっついて来てたくせに」


「いつの話してんだよ、いつの。俺は寝るぞ。起こすなよ」



 そう言って道場から出ていくマルウェロ。後ろからいくらアルマーニが呼び掛けても戻ってくる気配はない。

 それを見てはぁ、と一度溜息を吐き、アルマーニは道場の清掃を始めるのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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