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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
94/120

94 死闘 ①

例のごとくこの謎の時間に投稿です。

 ――――『執り行うもの(アルマトワイス)』。かつてミノットによって味わわされた影魔法の究極、その原型が目の前にあった。


 違うところと言えば、ミノットの『森羅覆滅す原初の枝』は黒一色の武骨な直剣だったのに比べて、『執行者』のそれは柄尻と刃の部分が大きく湾曲した大鎌の形をしていた。



「歪み……またそれか。あんただけじゃない、『観測者』も言っていた……。一体それが何だって言うんだよ!」



「言葉通りだ。世界に生じる歪み。生命の業と言ってもいい。大半は人間のものだがな。お前とて、身体に歪みがあれば、それをなんとかして矯正しようとするだろう?」



「だから、それがどうして俺にっ――――」



「分からないのか? そこまで鈍いわけでもあるまい」



「――――ッ!」



 再び爆音。彼女が地を蹴るその度に小爆発が起こり、地面がめくれる。どれだけ頭では分かっていたとしても一瞬その姿を見失ってしまう。

 絶えず発動させている魔力視によって、魔力を足裏に集中させ、意図的に小さい魔力爆発を行い、それをコントロールする事によって実現させている超技術だという事が読み取れるが、だからどうにか出来るというわけではない。一歩間違えれば足から下が吹き飛ぶようなものを躊躇なく使えるほどの技術が彼女にはあるという、それだけだ。


 前後左右に素早く目を走らせる。どれだけ早くても、あの大振りの鎌を振るうという手段を取る以上、その直前にはスピードを減速、あるいは完全に立ち止まる事が必要だ。

 そのタイミングを見計らえば、避ける事は可能。


 だが、それも予想通りの場所に来てくれさえした時の話だ。周囲を警戒していた俺の足元、そこに俺とは違う影が現れる。ルネの魔法によって周囲の木々が吹き飛んだからこそ夕日が差し込む隙間が出来ていた。



「――――上っ!?」



「遅いッ――――!!」



 縦に一閃。防御魔法を展開させる暇もなく、大振りの鎌が俺の右腕を完全に断つ。


 噴水のように噴き出る血液。走る激痛。だが、そんなものに構っている余裕はない。今しがた大振りの一撃を見舞ったとはとても思えないほどの滑らかさで、既に『執行者』は二の太刀を構えていた。

 大鎌を水平に、身体を少し浅く取る。後ろ足に僅かな力がこもる。横薙ぎの一振りだ。


 一度距離を取り、体勢を整える。手負いの状態では何もさせてもらえない。出来る事を積み重ねろ。それでいて、少し前の自分を越えろ。



「『影嵐』――――。いけ!」



 魔力を操り、魔法を具現化する。現れるは漆黒の嵐。俺の一番得意な魔法だ。

 これで少しくらいの傷を負わせられれば。儚い望みかもしてないが、そう思わずにはいられない。ミノットを前にしたかのようなどうしようもない絶望感は、そうでもしないと振り切れないのだから。



「無駄な事を。『氷弾』」



 空いている左手を横に一振りしながら『執行者』もまた対抗するように魔法を発現する。氷魔法、ルネのものだ。やはり初級のそれだが、内包する魔力は上級のそれ。


 『執行者』の前に弾幕のように張られたそれらが、更に彼女の腕の一振りによって機関銃のようにバラまかれる。一つ、二つ、三つと俺の放った『影嵐』に飲み込まれていくが、四つ目によって『影嵐』はかき消され、残りが雨霰のように俺へと降り注ぐ。


 しかし、迎撃の一手を放ってくる事は予想通り。俺は構えていた防御魔法によって身を守りながら『執行者』との距離を確実に空けていく。 


 分かっていた事だが強すぎる。通常位階の定められている魔法においては初級よりも中級、そして上級と位階が上になっていくほど威力が強まっていく傾向があり、当然のごとく下の位階が上の位階に威力でもって勝つという現象はそうそう起こりえない。


 『執行者』のようにその術者の技量によって変わってくるとは言え、『影嵐』は明らかに『氷弾』よりも上の位階。それだけ俺と彼女の技量には差があるという事か。



「逃げるなよ。苦しむだけだぞ?」



「ならまずあんたが手を引け! 俺は戦いたいわけじゃない!」



「それは無理な相談だ。『氷柱』」



 元々話の通じる相手だとは思っていない。『執行者』とて俺がそんな言葉で揺らぐような奴だとは思っていないだろう。

 お互いがお互いに無駄だと分かっていながらも言葉を交わす。『執行者』の意図は分からないが、俺は少しでも相手の呼吸を乱すため。それが功を成している気配は今のところ皆無だが、やらないよりはやれ、だ。


 勝機があるとすれば、権能を発動させてから、いやその前からも言える事だが『執行者』が初級に相当する魔法、それもミノットに影魔法を教えたと自称する彼女がなぜか影魔法ではなく、恐らくルネ由来の氷魔法を使い続けている事。その理由もまた定かではないが、突けるとすればその一点のみか。


 『執行者』から俺めがけて伸びる霜の道。かと思えばそこから次々と氷の柱が生え並ぶ。先端の尖った、命を貫く事にのみ注力した魔法。それを魔力視を駆使して、前兆を視分けながらなんとか躱していく。

 その途中でもまた、極力目を離さずに常に『執行者』へと意識を向けていた。一瞬でも目を離してしまえば何をするか分からない。そんな怖さが彼女にあった。

 

 身を捩り、身体を転がし、時には大きく跳躍をして氷柱を避けながら、あまりの集中にコマ送りのようにゆっくりと流れ始める視界。そんな中の事だった。


 まさに瞬きの間。回避に専念しながらも残る全ての意識を注力していたはずのその視界で、瞬き一つの間に『執行者』の姿が掻き消える。



「――――ッ!?」



「死ね」



 短く響く鈴の音。死の音色。

 現れたのは俺のすぐ横。未だに流れの遅い視界の中、ゆっくりと顔を『執行者』へと向ける。


 何の感情も浮かんでいない、氷のような顔。蚊を殺す時だってもう少しマシな表情を浮かべるだろう。そんな風に、何の感情も抱かれず、ただただ機械的に首を跳ねられる。



「――――ふざけるっ、なぁ!!」



「ッ!? こいつ!?」



 ()()()聞いていて気持ちのよくなるような快音――――致命の一撃が空を切る音が走り抜けていく。

 驚愕で顔を染める『執行者』を尻目に、俺と彼女の距離はますます開いていく。ある程度離れた所で俺は()()()()()()()()()腕で首をさする。よかった、ちゃんとくっついている。多少切れてはいるが、許容出来る範囲だろう。首ちょんぱはミノットだけにしておきたい。


 実際の所、首ちょんぱされても死ぬことはない、と思われる。実体験をした上での結論ゆえにそうそう覆らないとは思うが、俺の勘があの鎌はやばいと告げている。そりゃあもう死ぬ気で避けようものだ。



「……吸血鬼らしいと言えばらしいが。痛みを感じないわけではあるまい?」



 心なしか先ほどよりも顔色を悪くしながら『執行者』が言う。感情の乏しいと思われる彼女にしては珍しく呆れが浮かんでいた。

 その視線の先は俺の足の先。もはや肉塊とすら表現出来ないものがそこにはあった。


 何のことはない。俺がやったのはただの『執行者』の真似事。だが、そんな見様見真似で出来る程俺は自分の魔力操作の技術に自信があるわけではない。下手をすれば足が無くなる。それほどの繊細さを必要とするものを一朝一夕で出来るはずもない。


 だから、()()()()()。ただそれだけだ。



「あんたに身体を使われてるルネの気持ちを考えればこんなの屁でもないね。それにどうせ治るし」



この子(ルネ)を想うのならばなおさら、早々に諦めてくれた方がいいのだがな」



「……なに?」



 出るのは純粋な疑問だった。だが、それに『執行者』は取り合う事はなく、空いた距離を再び詰めるべく肉薄する。あの歩法は使わずに、単純に身体能力だけでの疾駆だ。魔力が足りなくなってきたのか、心なしか足の治りが遅い。それを見越しての事だろう。


 だが、こっちだって無駄に会話や逃げ回ったりしていたわけじゃない。足はもうじき治るだろうし、これだけ時間を稼いだのだ。先ほど断たれた右腕も治っている。

 そうなればこちらもほぼ万全と言ってもいい。その状態ならなんとか対抗することが――――。



「――――ぁれ? 俺の腕、は?」



 そこでようやく気付いた。右腕が、再生を始めていないと言う事に。この身体になってから、損傷した箇所の修復という現象があまりにも身近だった。魔力は少なくなってきたとは言え、足の傷はいつも通り血煙を上げて修復が始まっている。


 それにも関わらず、足よりも先に失ったはずの右腕は血こそ止まってはいるものの、治る兆しはない。


 衝撃で動けずにいた俺を、『執行者』が見逃すはずはなく。その勢いのまま彼女は俺を押し倒し、馬乗りになる。そのまま鎌を器用に回し、俺の首元へと添えた。



「腕が治らない事がそんなにも不思議か? お前の腕ならワタシが断った時から()()()にあるぞ?」



 『執行者』が指差すのは確かに俺が腕を落とされたところ。そこには俺の腕があった。血霧となって消える事なく、その原型を留めたまま。



「言っただろう? ワタシの『執り行うもの』は()()()()()()()、と。それはお前もまた例外ではないぞ」



 薄く笑みを浮かばせながら、『執行者』は俺にそう言った。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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