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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
93/120

93 英雄凱旋 ⑦

あまりキリのいいところではありませんが、時間的にここらが限界なので更新します。

天理くん視点となっております。次話も天理くんになるのか、それとも琉伊のところに戻るのかは未定です。

「さぁ、どうぞ。何もないところではありますが」



 アルマーニに促されるままに天理は彼女の家へと足を踏み入れる。教会の寮は基本的に階級の低いものや、住居を構えるほどの金銭的余裕がないものが優先的に利用できるらしく、司教であるアルマーニも利用する権利はあるらしいが、『粛正官』である彼女は他の司教よりも、もっと言えば枢機卿レベルまで給金を貰っているらしく、寮を利用する必要がないのだという。


 聖ルプストリコの中でも『天近き白亜の塔』にほど近い場所にある彼女の家だが、周囲にある他のものとは違ってその構えはどちらかと言えば簡素。大きさはそれなり――――あくまで日本で名家に生まれた天理視点――――だが、華美な装飾はまったくと見て取られない。造りは西洋風ではあるが、どこかに本の一軒家に似たような趣のある住居だった。


 リビングまで通され、そこに備えられた一人で使うにはやや大きすぎるテーブルに座るように言い、アルマーニは恐らくキッチンのある方へと向かって行った。

 それを見届けた後、思わず天理は家の中を見渡してしまう。何もない、と彼女自身が言った通り、一人暮らしをするには広すぎる家であるのにも関わらずあくまでリビングの中の範囲ではあるが必要最低限の家具しか置いていない。


 その中で一つ、目についたものがあった。リビングの隅に取り付けられた本棚、その上にある写真立てのようなもの。そこに写っているのは二人の男女だ。一人は今も若く見えるが今よりもずっと若いアルマーニ。そしてもう一人は――――。



「――――あ? おいオメエ、何してやがる」



「ッ!?」



 唐突に向けられた殺気と呼ぶにも生温いもの。それに反応して反射的に身体を椅子から跳ねのけようとして、そこでようやく首元に添えられているものに気付く。どこから取り出してきたのか、男が翳しているのはそこらにでも落ちていそうな細い枯れ枝だ。だが、そこから発せられている気力――――闘気とも呼ばれるそれの密度と強度が、ただの細枝を業物か何かのように錯覚させる。


 ――――動けば死ぬ。りんごが木から落ちるのが当然なように、その事実がすんなりと胸にしみ込んできた。


 ごくり、と喉仏が上下する。今その瞬間にも首が胴と離れてしまうのではないかという不安が鎌首をもたげる。男は身動ぎ一つせず、見定めるような眼で天理を見つめるのみだ。

 綱渡りのような張り詰めた緊張感の中、耐えきれず口を開こうとして。



「こらっ、何しているの、マーくん」



 この場を離れていたはずのアルマーニの声によって遮られる。いつの間にかキッチンから戻ってきていたのだろう。片手にトレイ、その上にティーカップを二つ乗せた状態でアルマーニはぷりぷりと怒りの表情を目の前の男――――マーくんと呼ばれた彼に向ける。すると彼は天理に未だ懐疑の目を向けながらも渋々と持っていた枝を収めた。



「ごめんなさい、まさか帰ってきているとは思っていなくて」



「い、いえ、僕は全然……。それで、彼は……?」



 そうして落ちついてみてようやく彼の全体像を改めて見る。

 彼の趣味なのか、それとも性格がにじみ出ているのか、妙にだらしなさの残る着こなしをしており、今もまた服に残るしわなどを気にせずにふてくされたようにソファに寝そべっている。

 外見で判断したところ恐らく天理とそう変わらない――――三、四は上程度のはずだが、そうして子供っぽさの残る行動が彼の雰囲気をどこか幼く見せている。アルマーニの口調が子供に対するものに近かったのもそれが原因だろうか。


 先ほどしまった細枝は腰に提げており、そこだけを見れば西洋かぶれの武士に見えなくもない。騎士ではなく武士なのは、長めの長髪を後ろで一結いにしているところと、やはりその妙にだらけた雰囲気からだった。


 そうして観察をしているうちに、さすがに露骨すぎたのか、男から睨み返され、そそくさと天理は視線をアルマーニに戻した。



「はぁ……、そうですね、元々呼び戻して貴方に紹介しようと思っていたので手間が省けたといえば省けましたけど。彼の名前はマルウェロ・デキストハート。訳あって彼を引き取って数年、こうして同居しているのですが……。こう見えて彼、わたしと同じ粛正官なんですよ」



「粛正官……、そのデキストハートさんを、どうして?」



 アルマーニの言う通り、今の姿からはとてもじゃないがそうは思えない。だが、先ほどの雰囲気。あれは常人が、いや武を少しかじった程度では到底出せるものじゃない。

 底の知れない男だ。天理はそう感じながら問いかける。



「今回テンリを調停機関が招いたのは主に貴方に対『影の国』での、悪く言えば広告塔になってもらうためでした。教会には『粛正官』という剣がありますが、神聖管理教会の教義上あまり表立って運用する事は叶いません。だからこそ彼らは貴方に依頼をし……というよりは命令に近いかもしれませんが、貴方はそれを受け入れた」



「それは……、はい」



「もちろん、その時は我々『粛正官』も総動員する大きな戦いになるでしょう。ですがそれでも戦いに確信というものは存在しない。だから出来得る限りの手を打っておきたいのです。そのためにはまず――――」



「――――まぁ、要するにオメエが雑魚だからオレが鍛えてやるって事だよ」



 アルマーニに重ねる形で言葉を発した男――――マルウェロはソファからのっそりと身体を起こし、面倒くさそうに髪をかき上げる。

 それを見て再びアルマーニの眉が吊り上がりかけるが、もう一度説教されてはかなわないとばかりに慌てて口を開く。



「ついてこい。オレが戦い方ってもんを教えてやる」



「あっ、貴方だけじゃありませんからね! わたしも! わたしもテンリに教えるんですからね!」



 教会最高峰の戦力である『粛正官』による特訓が始まる。

 先の魔王討伐戦で感じた力不足。それを解消する機会が訪れた事に、天理は嬉しさを隠せない。それを見通したように微笑むアルマーニに天理は深く礼をもって応えたのだった。



















 『思い立ったが吉日だ。早速見てやる』。そんな言葉とともに天理はアルマーニの家――――大きさ的には邸と言った方がいいのかもしれない――――の隣の建物へと連行される。離れのような位置づけのそこは主にアルマーニが日々の空き時間を鍛錬に費やすために増設した場所らしいが、そこはさすが『粛正官』というべきか、軽く大き目の道場と同じくらいの敷地面積を持っていた。


 追い立てられるように中へと入り、そして内装を見てやはり驚く。天理は元の世界――――日本ではそれなりに弓道をたしなんでいた事もあって道場という場所にはある程度覚えはあるのだが、それらを考えてみてもなお、今目の前に広がっている光景は圧巻の一言だった。


 広さは先ほど外から見た通りのものだったが、その中にあるは大量の訓練器具の数々。一通り周囲に視線を巡らせてみるも、そのいくつかは用途の目ぼしがつくものだったが、どのように使うのかとんと見当のつかないものも多くあった。

 加えて、それらの器具はどれ一つとしてくすみや汚れがないものがない。つまるところ、これだけある器具の全てを、跡が付くほどに使い尽くしているという事に他ならない。



「あんまり見られると、その、恥ずかしいのですが……」



「あっ、やっ、その。すみません……でも――――」



 こんな、すごい。そんな言葉を、天理は知らず飲み込む。アルマーニとて一武人――――と言っていいのか正直定かではないが便宜上――――である前に一女性だ。日頃使っているものを他人、それも一応は異性である天理に見られてよく思うはずがない。足を踏み入れてから呆けたように立ち尽くしている天理を見た彼女の反応は正しいそれだった。


 普段なら周囲の機微になによりも気を遣っている天理ならすぐにでも気を立て直すところだったが、なまじ自身にほど近い空間での出来事だっただけにその衝撃は存外深い。



「こほん、さて、テンリも落ち着いたようですし、さっそく貴方の教練に入りたいのですが」



 未だに羞恥によって少し顔を上気させながら、アルマーニが言う。

 教練、と言っても何をするのか。その内容までは天理は聞き及んではいない。これまで魔物狩りとして少なからず活動してきたが、その中でも天理の実力はと言えば中堅でも上位な方。元々あった弓術の才能に加えて、この世界に来てから少しずつ上昇を続けている身体能力を駆使しながら、経験を積み重ね、それをもとにしてがむしゃらにやった結果がそれだった。


 刃のついている武器ならばほぼ扱えるルーシカに一度弓以外の武器の扱いを教えてもらうように請うた事もあった。我流による弓の上達がそれ以上見込めず、ならばと接近戦での対抗策を練ろうと考えたためだ。


 結果は失敗。元々感覚的に考えるのを苦手としている気はあったのだが、その時はと言えばそれはもうひどいものだった。ものの見事にルーシカは感覚派の筆頭であり、懸命に教えようと頑張ってはいるのだろうが、正直彼女の言っている事が一つたりとも理解出来なかったため断念せざるを得なかったのだ。


 それ以来我流を貫いてきた。弓術にしろ、身体の動かし方――――体術にしろだ。だが、ルーシカには悪いがアルマーニたちは『粛正官』。その戦闘を直接的に見た事はないが、聞いたところと、そしてその佇まいを見れば彼女たちがどれだけ埒外の存在かが分かる。ならばこそ、その教練の内容というものにも自然と期待が持てるというもの。



「ペルネでの一件である程度貴方の戦い方を見ましたが、見事に我流ですね。そこまで高められたのは素直に称賛したいですが、我流で強くなる事が出来るのならばそもそもの話各武術に流派なんて存在しません。貴方も気付いていると思いますが、その限界は決して遅くはない」



「まあ、俺は我流みたいなモンだけどな」



「……例外を除けば、ですが」



 揚げ足を取るかのように合いの手を入れるマルウェロに人睨みをいれて竦み上がらせた後、アルマーニが一歩天理に近づく。


 アルマーニ自身、少しばかり平均から見て低めな身長であるため、逆に高めな天理と比べると頭二つは頭二つ分くらいは凹んでいる。そんな天理の下で、上目遣いにきょろきょろと天理の身体のあちこちに視線を走らせたかと思えばおもむろに。



「少々失礼しますね」



「ちょっ……!?」



 上着をめくり、その内側へと手を這わせ始める。おばさんを自称する割には皺ひとつない手が、身体のあちこちを撫でまわす、心地のよさとくすぐったさのない交ぜになったなんとも言えない刺激が襲い掛かり、天理は慌てて抵抗しようとするも片手のアルマーニによって容易くあしらわれてしまう。


 しばらくそうしていたかと思うと、やがて満足したのかやり切ったような達成感のようなものを満面の笑みに貼り付けながら言う。



「ふむ、やはりいい身体をしていますね。実に堪能出来ました」



「アルマーニさん!? 発言が変態のそれじゃないですか!」



「いえいえ、別に悪い意味ではないですよ。筋肉の付き方、その使われ具合、疲れの溜まりやすさ、その他にも色々ありますが、どれも身体を動かすにあたり重要な要素になり得ます。それを確認する事のどこに下心がありますか! まあ、筋肉フェチなのは否定はしませんけどね。いいですよ、筋肉は。だってもうセクシーじゃないですか、筋肉って。わたし、あの触ったときの固いような柔らかいような感触が好きなんですよね。それはもうずっと触っていたくなっちゃうのも仕方がないと思うんですよ。それになんていうか、部位によってその魅力が違うところもまたいいんですよね。腕の筋肉はこれぞ筋肉って感じのバランスのいい色気がありますし、背中のあのシャキっとした感じの部分もほんとにダメで。脚なんてもう美ですよね、美。もうそこだけでお金を払いたくなるくらいですし。でもやっぱりなんと言っても最高なのがお腹。あれはもうほんとにダメですよ。腹直筋と腹斜群筋。もう最高ですよね。そのままの状態でもずっと見ていたいくらいえっちなんですけど、服の隙間から見えた時なんてもう、語彙力が消失しますよね。実のところ、先ほど触ってみて思ったんですけど、テンリのみたいな筋肉ほんとに好きなんですよ。細身だけど向いてみると実はすごいみたいなの。ギャップっていうんですかね、あれ。見た目でああ、この人全然筋肉ないなってなるんですけどいざ服を脱いでみるともうバリバリ。細身だから筋肉がついてるように見えるのかなって思ったら全然そんなことはなく、触ってみると中までぎっしり詰まっているのがしっかりと分かるのがまたいいんですよ。指の腹で腹筋を撫でながら、ぽこぽこって感触を味わうのがもうほんと。本当に好きで。ああ、こうして話していると触りたくなってきました。……どうせ一回触っていますし、いいですよね? いやいや、でもでも教練の時間を少しでも削るわけには。どれだけあっても足りないくらいですし。いや、でもやっぱりこの欲求には抗い難い。というよりも抗いたくない。いやでも……。少しだけなら、ちょっとだけ触るくらいなら誤差ですし。テンリもそう思いますよね? 我慢は精神上よくないと言いますし、これからの教練に影響を与えるのも何ですし、ここはやっぱり触っておくべきかなと思います。うん、やっぱりそうですね。長い目で見てもここで触った方が後々いい結果になりそうです。うん、それがいいです。じゃあ、そういう事なので、再び失礼して――――あぅっ」



 機関銃のごとく口を回し始めたアルマーニ。突然始まった発作のようなそれに困惑を隠せず、ただ聞いている事しか出来ないでいる天理だったが、その内に次第に身の危険のようなものを感じ始め、知らず及び腰になる。

 それを知ってか知らずか、だんだんと天理ににじり寄ってくるアルマーニ。彼女の中でどのような結論が出たのか、再び欲望に目をどんよりと輝かせながら天理に触れようとして、横から眠そうな眼にどこか羞恥のようなものを浮かばせたマルウェロによって頭をはたかれる。



「年甲斐もなく盛ってんじゃねーぞおばさん」



「なっ、そんなに歳取ってないから! まだまだ現役だから!」



 ややおばさん、という言葉の部分を強調しての発言。助けてもらったところ申し訳ないが、さすがに失礼ではないかと思うも、そういえばアルマーニは自分の年齢に関してはあまりに無関心だったなと思い至る。

 だが、やはり自分から言うのと人から言われるのでは勝手が違うのか、聞き捨てならないとでも言うようにむっと眉を吊り上げる。



「普段から自分で言ってる事じゃねえか……」



 げんなりとした表情を浮かべながら、マルウェロがもっともな事を言う。天理もおおむねは同意だが、やはり女性に対して年齢の事に触れるのは禁忌なんだと改めて確認出来る出来事になったのだった。

筋肉に関しては一個人の見解です。


最後まで読んでくださりありがとうございます。


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