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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
92/120

92 執り行うもの

更新遅くなり、申し訳ありません。このまま不定期で更新するのもあれなので、これからは週一で終末に更新しようかなと思っています。



それとこちらも完全に作者の力量不足なのですが、今話においてイレイヤは既にルイたちの側から離脱しています。元々プロットではその予定だったのですが、前話では自分でも何を思ったのかイレイヤがその場に残ったままになっており、自分はイレイヤをあの場から離れさせたと思い込みながらこの話を書いてしまっていました。気付いたのは更新する直前であり、そこから書き直すのはさすがにと思いとりあえずはと今話を更新しました。

前話は早い内に修正させて話の整合性が取れるようにしたいと思っています。

こんな拙作ですが、どうか今後ともよろしくお願いします。

「————ワタシは『管理者』の一人、『執行者(エクセキュージョナー)』。お前を殺すモノだ!」



 言いながら、彼女――――『執行者』が両の手のひらを向かい合わせる。魔力の流動、収束、そして発動。どの過程を取っても化け物のそれだ。



「防げるものなら防いで見せろ。『氷槌』」



 彼女の両の手の間、そこに現れたのは一振りの氷で出来た槌。何てことのない、基本的な『氷魔法』の一種だ。

 もしかすると、そこらにいる子供にすら出来るかもしれないそれが、常識外の存在によって至高の魔法へと昇華する。


 魔力による武器生成は生成された武器による物理的な攻撃を目的としたものではない。というよりも、この世界において物理的な効果を期待して武器を持つ者はそう多くない。

 つまるところ、魔法で生成された物体に対して、その視覚的な質量は当てにならないという事だ。


 ――――避けるか?


 無理だ。魔法は既に発現している。後は振りぬくだけだ。距離は数間もない。一呼吸の内にその間は零となる。


 ――――防ぐ?


 あれを? 今から発現させた、間に合わせの防御魔法で防げるような威力じゃない。自動車を素手で抑え込むようなものだ。結果なんて考えるまでもない。



「そら、吹き飛べ」



 声を聞くとともに、視界が急転する。まるで新幹線にでも乗っているかのように流れていく視界の中で、自分の身体が端から壊れていく感覚だけが頭の中を踊っていく。


 『管理者』。少し前に出会ったあの謎の男と恐らく同じだ。どのような存在なのか、どういう風な意図を持っているのか。

 方や俺に助言をし、方や殺意を向ける。意味が分からない。


 そもそもの話、『執行者』はどこから現れたのか。

 あの時俺たちの周囲にはルネしかいなかったはずだった。それにも関わらず、彼女は唐突に姿を現した。まるで最初からそこにいたかのように。


 荒唐無稽かもしれないが、一つの可能性が頭に浮かび上がった。ルネは、『執行者』は――――。



「考え事か? 随分余裕なんだな」



 追従する声。そして再び視界を覆う白銀。

 緩く構え、そして横に一薙ぎ。振る直前、どこまでも上から見下ろしている絶対者と視線があった。


 思考の渦に自身を投げ出しつつも、それでも身体は――――本能は自然と戦闘に最適化していく。


 吹き飛ばされながらも、それに並行してあらかじめ魔力を編んでいた。強く、強く、より強固に。あれを防ぎきる事が出来るほどに堅牢に。

 『血液操作』も惜しみなく使う。どうせバレてしまっているのだ、隠す必要なんてないだろう。そもそもの話、下手に隠してしまって勝てる相手なんかじゃない事だけは確かだ。死ぬという事はこの身体の特性上ないかもしれないが、ああして取り乱した状態のイレイヤを一人にしておく事はまずい。

 『執行者』の魔眼によって幻か何かを見せられたらしいが、それが永遠に続くだなんて思えない。どうにかして催眠を解く。だが、そうするためには今のこの状況をなんとかして切り抜ける必要があった。


 確かに『執行者』はかなりの実力者。それも俺がこれまで見てきた中でも隔絶した強さを持つミノットと近しい『圧力(プレッシャー)』を持っている。だが、それがどうしたというのだ。

 魔力操作なんてこっちだってミノット謹製だ。そう易々と負けてやるつもりはない。それに『大地の洞』でミノットにぼこぼこにされていたあの頃とは俺だって違うのだ。


 角度、密度、魔力の流れ。少しのズレが致命さえ繋がるような状況の中で、それらを感覚的にすり合わせていく。衝突の直前、コンマ一秒早く俺の防御魔法が俺と『執行者』の『氷槌』を隔てるように発現した。


 瞬間、俺の出来得る限りの力を込めた防御魔法へと槌が突き刺さる。


 轟音、次いで爆風。衝撃で吹き飛びそうになるのをこらえつつ、それでも堪え切れずに二筋の線を地面に描いていく。足場がめくれ砂ぼこりが巻き上がり、今は更地に近くなり見晴らしがよくなっているその樹海の一角を再び覆い視界を悪くしていった。



「――――ほう」



 まるで予想外の事にでも遭遇したかのような声音。それが癇に障るが、悪態を付ける状態ですらない。


 元々ルネから受けた氷魔法の極地のようなものですら、半身と引き換えになんとか防げたようなものだ。今回のものは同じかそれ以上。

 凍って動かなくなっていた片手片足はその衝撃に耐えられなかったのか、跡形もなく消えてしまっている。それ以外の部分にしても衝撃が伝播したのか、裂傷などが走り、目も当てられないような状態だ。


 だが、それでも跡形もなく消え去るという事はなかった。それはすなわち幾らかは防ぐ事は出来たという事。その事実が俺を奮い立たせる。

 そう、相手は何てことない。手も足も出ない怪物なんかではなく、どうにか手が引っかかるかな、という程度の化け物だ。


 一拍と少し時間がたち、崩壊した部位が血煙を上げて再生を始めていく。その速度は欠損しすぎたせいなのか、それとも別の理由でもあるのか心なしかゆっくりではあるが、確かに元の姿へと次第に戻っていった。


 『執行者』は余裕の態度を崩す事なくその光景を見ているばかり。殺す、と口では言いつつもその方法は常人を屠るものと変わらない。俺のような吸血鬼をそれで殺しきる事は難しいはず。俺が吸血鬼であると分かっていたはずの彼女が、何故そんな事を。


 訝しむように眺める俺を見てひどく愉快そうに唇を吊り上げた後、『執行者』はそのまま『氷槌』を振るった場所から動く事なく、何を思ってかおもむろに口を開いた。



「氷魔法とは言えワタシの魔法を受け止められるのは褒めてやる。だが、そう粘ったところでお前にはワタシは倒せないし、ルネに『変わる』事もない」



 『変わる』、と彼女はそう言った。それが意味するところは俺が想像していた最悪のものと同じ。

 表と裏。ルネと『執行者』。それぞれがそれぞれを介してでしか存在出来ない、不安定の存在。だが、彼女の言葉からすればその主導権は『執行者』側にあるのだろう。


 もしかしたらルネは『執行者』の存在を知らなかったのかもしれない。それがなんらかの契機――――ここ最近であったそれらしいものは『観測者』に会ったことか――――によって知る所となり、そして『彼女』の思惑も知った。


 俺やイレイヤに危害が及ぶと考えたルネは突発的に自分の意識があるうちに俺たちの元から離れるべきと考え、それを実行に移した。……馬鹿なやつだ。



「それに……それはミノットの系譜か」



 その名前に、思考を遮られる。と同時に、『観測者』もどこかミノットと因縁があるようだった事を思い出した。もしかしたら『執行者』もそう言った背景があるのかもしれない。

 だからどうした。そんな気持ちを込めて言葉を返そうとして。



「懐かしい。あの頃を思い出すようだ。……ワタシがミノットに影魔法を教えていた、あの頃を」



「――――は?」



 代わりに出たのはそんな空気混じりの意味のない音だった。


 ミノットに、教えた? 『執行者』が、影魔法を? いや、『彼女』が使っているのは氷魔法で。


 行き場のない疑問が困惑を産み、思考を支配していく。だからそれはきっと気のせいなのかもしれない。ミノットの話をする『執行者』の顔に、懐古の情とともに後悔のようなものが見えたのは。


 だが気が付いた時には表情はそれまでのもの、氷のような鉄面皮へと戻っており、どこか視線に見下しを込めながら俺を射抜いていた。

 軽く手を握る素振りをしながら、何かを確かめるように瞼を閉じ、そして開いて言う。



「あまり時間を掛けるわけにもいかないか。どうやらお前の事を見誤っていたようだ」



「……そりゃどうも。感心したならさっさとルネから出ていってほしいものだね」



「この娘には申し訳ないとは思っている。お前には関係ない事だがな」



 そう言うと同時に、『執行者』の魔力が跳ね上がる。雑談の時間はおしまいというわけか。


 だが、こうして『彼女』が付き合ってくれたおかげで身体の損傷個所の修復は完了した。軽く動かしてみてもどこにも不都合は見当たらない。

 ミノットに教えていた、という事実だけ気にはなるが、あちらにはこれ以上話をする気はないだろう。ならばそんな事考えるのは無駄だ。切り捨ててしまって、今は戦闘に集中すべきだろう。


 合わせるようにして、俺も体中の魔力を振り絞る。思ったよりも『執行者』の魔力は低いようだ。今が全力ではないようだが、それでも魔力視によってある程度の総量は推測できる。それならば、俺の魔法の練度でも物量で対抗すればいい。仮に食らってしまっても魔力が底さえ付かなければいくらでもやりようは――――。



「――――不思議に思わなかったか?」



「ぇ?」



「お前は吸血鬼だ。ワタシも知っているし、何よりもお前が知っている。吸血鬼はほとんど不死に近い。よほどの死に方をしない限りはその魔力が尽きるまで何度でも、どれだけでも再生する」



 言われるまでもない。これまでも何度も経験してきた事だ。それがあったからこそ乗り越えて来られた障害もあった。



「だがそれにも例外があってな。……お前、ミノットの『森羅覆滅す原初の枝(アルマ・トワイス)』は見た事があるか?」



 何の脈絡もない質問。思わぬそれに答えを窮するも、元々俺の答えなどどうでもいいのか、待つことなく『彼女』は話を続ける。



「あれはワタシの模倣でな、どうしてもとミノットが泣きついてきたから教えてやったんだ。……お前には本物を見せてやろう」



 こちらを絶望にでも叩き落そうとするかのような言葉を吐きながら、『執行者』は己の胸に手を添える。魔力が鋭く洗練されていくのが感じられる。薄く、薄く、どこまでも薄く刃のように研ぎ澄まされたそれが、現実に形を成す。手の軌跡に沿う様にゆっくりとその身から姿を現すそれ。


 初めは細長い棒状のもの。身の丈ほど続いたその先は命を簡単に刈り取ってしまいそうなほどに鋭く湾曲した刃が伸びていた。子供の雑な落書きのように黒く塗りつぶされたような、そんな色をした長い鎌。常のルネとは違って白を強調するかのような『彼女』から出てくるそれはどうしようもなく『彼女』に不釣り合いだった。



「『執り行うもの(アルマトワイス)』。母がワタシに与えた、世界の調律を保つための権能だ。森羅万象、一切合切をそれが『この世界の歪み』である限り消し去る事が出来る」



 死神の鎌が、ぐるりと俺の首にかかる。死刑宣告をされているようなそんな気分。


 ゆるりゆるりと近付く死の気配。この世界に来て、身近にありつつも一番遠いと思っていたそれが、今は今か今かと俺を覗き込んでいた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


追記:遅くなりましたが、前書きで言っていた部分を修正しました。

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