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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
90/120

90 英雄凱旋 ⑥

遅くなりましたが、更新です。

次は再び主人公側の視点に戻るつもりです。

 『これから先の予定についてはアルマーニ司教に既に伝えてある。分からない事があれば彼女に聞くとよい』。そんな教皇の最後の一言によってその日の会談は終わりを告げた。


 あれから話は様々な方向へと広がり、教皇以外の調停機関の面々とも多くの言葉を交わした。

 内心どう思っているかははかり知る事は出来なかったが、表面上は皆一様に天理の事を歓迎しているように見受けられた事が分かっただけ幸いか。


 教皇からああして話を持ち掛けられた以上、天理の教会内での地位は盤石なものとなったはずだ。別に闇討ちだとかそんな物騒なものを危惧していたわけではないが、嫉妬により理不尽な悪意をぶつけられたのはごく最近の事だ。否が応にも敏感になる。



「――――それで、テンリはどうするのですか?」



「え?」



 アルマーニ司教の後ろを、そんな風に考え事をしながらついていっていたのが良くなかったのだろう。気が付けば司教が振り向きながら問いかけているところだった。



「む。ぼうっとしすぎですよ。そんなに調停機関の皆様と会うのは緊張したのですか? あの人たちは見た目こそ頑固な老人って感じがしますが、基本的にいい人たちですよ。まあ、わたしも人の事は言えませんが」



 ちらりと毒っぽいものを吐きながら彼女は笑う。緊張していると見て、ほぐしてくれようとしたのだろうか。



「いえ、ただ―――――」



 そこで少し口ごもる。言っていいものか。そんな逡巡が胸を過った。

 先の懸念を口にすることは、そのまま教会への不信を顕わにすると言うことだ。


 アルマーニ司教の人となりはある程度分かっていた。だが、それでもさすがに即座に答えを出せずにいた天理を見て、彼女は再びそっと柔らかな笑みを浮かべた。



「やはり貴方は優しいですね。いや、優しすぎるくらいです。聖女さまもそうですが、困ったものですね……。人を信じるのは良い事ですが、信じすぎるのも考えものなのです。時と場合によりけり、ってやつですね」



「なんでそんなピンポイントなアドバイスを……。もしかして顔に出てたりしてました?」



「年寄りの功、というものですかね。歳は取りたくないものですね、昔はあまりされたくなかった、いらぬ世話なんてものをしたくなります」



「年寄りだなんて、そんな。全然お綺麗ですよ」



「ふふふ、ありがとうございます。ですが、あまりからかうものではありませんよ」



 少し照れくさそうに笑った後、司教は少し真面目そうに表情を引き締めた。



「まあ、この話は置いておいて。わたしが聞こうとしていたのは、貴方のここでの居住先の事です。ルーシカやサナたちは『戦乙女の息吹』の寮へ行っていますし」



「あ、その事でしたか。僕も迷ってて……。宿でも取ってしまおうかなと思ってたんですけど」



 ただそこには少しばかりの問題がある。ここまで来る道中平行して魔物狩りの依頼も行っていたとは言え、長期間に渡って宿に滞在するだけの余裕はとてもじゃないがあるとは言えなかった。

 加えて、天理は式典を控える身である。話を聞いてみた結果、この国での正装にあたるものを着るのがしきたりであるが、もちろんそんなものを持っていない天理は一から仕立て直す必要があった。


 礼服というものは総じて値段が張る。何より、今回のこの式典は天理を主役としたものなのだ。半端なものでは済まされない。

 本当のところ、教会側からは財源から費用を捻出するとの申し出はあった。確かにそれはありがたい事ではあったが、天理は丁重に断っておいた。


 その理由としては宿の問題にも通ずるところがある。『戦乙女の息吹』と同じように、教会本部の建物群の中にも寮舎はある。原則として教会員しか利用できないという規則があるが、今の天理の身の上はほとんど教会員と同じように扱われるとのお墨付きは教皇から貰っていた。


 だが、だ。教会にこれ以上踏み込んでしまってもいいものか。

 天理にとって教会という存在は最近になってその意味は増えてきたとはいえ元々紫葵や他のクラスメイトを保護してくれる場所としか考えていなかった。言ってしまえば一時的な避難場所のようなものだ。

 将来的にここを離れるという目的がある以上、必要以上に教会と悪い言い方だが、癒着してしまってはいざという時に離れる事が難しくなってしまう。


 結局礼装の費用の方は教会の意地を押し通した形で八割負担してもらう事にはなってしまった。二割というのは決して少なくない支出だが、必要経費と割り切る他ない。



「宿ですか。ここの国柄、あまり言いにくい事ではありますが宿泊業は他国と比べて一歩劣っていると言わざるを得ないんですよね。わたしが言うのもなんですが、ここで長期滞在するならば宿はおすすめしかねますね」



「……がっつり言っちゃうんですね」



 自国の欠点というべきものを口では言いにくいなんて言いながらもつらつらと述べていくアルマーニに苦笑を隠せない。意識してやっているところが意外にもお茶目な彼女らしいと言えばらしいのかもしれないが。

 

 アルマーニの宿の基準がどこにあるかは分からないが、天理も大陸を渡ったりといくつもの宿を見てきた経験がある。それらの事を考えると、一歩劣るという言葉は存外にも重いように思える。

 だが、他に選択肢がない以上答えは一つだ。



「――――そんな貴方に提案があるのですが」



 ひとまず宿を見てから考えよう。そうアルマーニに告げようとした天理だったが、機先を制せられる。


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら『提案』と口にする彼女に、心の内で不安が鎌首をもたげる。

 その柔らかな雰囲気と、清楚な見た目から修道女(シスター)を体現しているかのような彼女だが、こういう時には何か企みを秘めている。それが天理と紫葵が道中で得た共通認識だった。


 アルマーニ自身、そうした事が天理たちに伝わっていると分かった上でわざわざこうした雰囲気を出して楽しんでいるものだから余計性質が悪い。

 今回はどんな理不尽が突きつけられるのだろうか。それとも――――。



「是非、わたしの家に来てみませんか?」



 身構える天理にアルマーニが告げたのはそんなお誘いだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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