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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
89/120

89 英雄凱旋 ⑤

ここらで更新しておきます。短いですけど、ご容赦を。

久々の天理くん視点となっております。

 聖ルプストリコ。西大陸のやや北東に位置する小国だ。

 南半分をサルヴァリオン樹海という屈指の脅威度を誇る魔物の出現地域――――第一種侵入禁止区域に指定されている地形に囲まれており、人の出入りは著しく少ない。


 そんな能動的とはいえ閉鎖的な国ではある聖ルプストリコ。それでもなおこの国には人を惹きつけるだけ魅力がある。



「そう緊張せずともよい。楽にしたまえ」



 聖ルプストリコ国国都『ラー・ヴェルタニア』、その中央に聳え立つかの国のもう一つの象徴『天近き白亜の塔(セ・ヤント)』の最奥にて、天理はこの国の権威たちと対面していた。


 調停機関。王制を敷いていない聖ルプストリコにおいて、この国は主に彼らによって運営されている。


 天理がそんな面々と対面する羽目になったのは先の魔王討伐戦において天理が並々ならぬ活躍を残したからだった。

 その報奨として与えられたのが、聖女であるチナ=アリスガワの近衛としてその身を守ることが出来る立場。そして、魔王討伐―――――実際は紆余曲折があって取り逃がしてはいるが―――――を果たした英雄として、凱旋式を執り行うというもの。


 それらを与えるにあたって、お互いのことを知っておくべきという紫葵の提案によって、今回の会談……というべきものが開かれたのだ。


 対面に座り、天理を気遣うような発言をした、壮年というには少しばかり年を取りすぎた男へと小さく礼をし、一言断ってから天理は促されるまま席に着く。その隣には忙しい紫葵に代わって案内を申し出たアルマーニ司教が座る。



「司教にも大変な役回りを押し付けてしまったわね。でも貴女なら出来ると思っていたわ」



「期待に応える事が出来て幸いですわ、パロマ枢機卿。ですが、此度の件、(わたくし)だけでは手に余った事でしょう。報告の通り、こちらのテンリ=レンゲジの大きな尽力があってこそでした。取り逃がしたのは偏に私の不徳と――――」



「それに関して咎めるつもりは調停機関にも、そして教皇様にも毛頭ない。むしろそれによって『かの国』の関与が分かった分儲けもの、というやつだろう」



「ご配慮ありがとうございます、ノーマン枢機卿」



 まず最初に話し始めたのは老年の男――――教皇と紹介された彼と同じくらい歳を重ねている老女だった。


 シトネ・パロマ枢機卿。事前に叩き込まれた知識の中にその名前があった。

 総勢六人いる枢機卿の中でも最高齢、それだけの貫禄がある。教皇と違うのは、押しつぶされるような、覇気とでも言うべきものと違い、どちらかと言えば紫葵に似た、柔らかな雰囲気を持つ女性だ。


 あらかじめ定められていた台本でも読むかのような気軽さと、どことない軽薄さを湛えた会話。だがそうした建前が必要な世界である事は理解は出来ていた。



「して、此度の件についてだが……。粛清官たるアルマーニ司教から話は聞いてはいるが、儂は(うぬ)の――――英雄、テンリ=レンゲジの忌憚なき意見も聞いてみたい」



「……と、言いますと?」



「その吸血姫、汝はどう感じた?」



 ――――これが知りたかったのだ。天理は直感的にそう感じた。

 

 確かに凱旋式の打ち合わせや、その他色々な事をこれから話すに違いない。天理とてこれから紫葵の近くで、この聖ルプストリコで過ごしていくに当たって色々と聞いておきたい事はある。

 

 教会側も、恐らく事前に天理の事をある程度調べてはいるだろうが、それでも直接対面して、こうして話してみて分かる事もある。それもまた目的の一つなのではあるだろうが、本命は天理にあの謎の女性について話を聞くこと。


 それがどういう意味を持つのか。



「――――ただただ、強大。まさに深い闇のような、底なしの恐怖を感じました」



 隠し立てしても仕様がない。隠すだけのメリットも理由もない。

 天理は素直に感じたままを話した。



「やれるか?」



 それに対する教皇、ルドルアーク・ウェン・ソルティウスの答えは至極単純なもの。

 それこそが天理に対して先の問を投げかける理由。


 以前紫葵には聞いていた。教会は『英雄』を欲していると。

 教会のこの世界での役割は、民を守る盾であり矛になる事。それらの価値は使う時こそに本質が発揮されるが、そこにある(・・)だけで示威の役割を持つ。


 それらの象徴の一部になれというのだ。……いや、既になっていると言えるか。


 魔王討伐の知らせは教会から既に出されているようだった。名前と容貌は今はまだ伏せられているようで、外出出来ない状態にはなっていなかったようだが、それでも英雄が立ったと認識されてしまったのだ。


 こういう死と隣合わせの世界だからこそ、人々は英雄に光を見る。それらを背負う事が出来るか、とそう問いかけているのかもしれない。



「僕は――――――――」



 背負えるのだろうか。この、自分とは何も関係ない世界で、そこまでの責任を。


 天理がここまでこうして頑張ってきたのはクラスメイト達を元の世界に連れて帰りたい一心だった。それさえ叶えば後の事は、この世界の事はなんて思った時すらあった。


 こんな自分が、この世界の英雄となって人々の希望の光になるだなんて、思ってもみない事だった。



「僕が――――――――やります」



 気が付けば、口をついて言葉が出ていた。

 その事に自分自身、驚きを抱く。そしてすぐに得心する。


 天理にとって、この世界で暮らした日々は元の世界に比べるとごく短い。それでも、この世界で送る一日一日が比べものにならないほど刺激的だった。

 この世界もまた、天理のかけがえのない一部となっていたのだ。



「あの人には聞きたい事もある。僕じゃ力不足かもしれませんけど、やらせてください」



 誠二を連れ去った彼女。あの状況で去っていったのだ、殺しはしてないだろう。

 誠二とはもう一度話をしなければいけないだろう。そしてその答え如何によっては。天理も覚悟していなくてはならない。


 そんな天理の覚悟が伝わったのだろう。答えを聞いて、教皇は初めて気持ちのいい笑みを浮かべたのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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