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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
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87 銀の風吹く

令和初投稿!

「……どうして来たの、ルイ」



 悲哀の滲んだ声。それは疑問を投げかけているというよりも、こちらの行動に対して苦言を呈しているような。

 そこに拒絶の色を感じ、俺は一瞬身を竦ませる。


 俺たちに何も言う事なく出奔し、そのまま行方をくらませたのだ。その行動自体が俺たちを拒んでいたのは明らかだったが、それでもこうして言葉として突きつけられると心にくるものがある。



「どうしてって――――」



 その言葉に答えようとして、そこではたと思い至る。俺たちがこうして後先考えずにこの場に飛び込んできたのは、目の前にルネがいる事が確信出来ていたのもそうだが、その周囲に数体の魔物の気配を感じていたからだった。


 ルネとの邂逅を果たした衝撃でそのことを完全に忘れ去ってしまっていた。

 いや、今この場が一面の銀世界になってしまっている事も原因の一つだろう。

 まるで空気すらも凍てついてしまっているかのような、完全な静寂の空間。そこに動く影は俺たちとルネを除いて他にいない。


 直前まで気配はあった。ならばルネが撃退したのだろうか。


 ――――いや、そもそもこれは一体どういう事なのか。

 氷、と聞いて真っ先に思い浮かぶのはルネの氷魔法だ。だが、これだけの規模となると並大抵のものではない。才能、と一概に片付ける事の出来ない要因が――――努力が必要になるはずだ。


 そしてそれだけの時間を、やはりルネは費やしていないはずなのだ。


 そうやって考えを巡らせながら、周囲に視線を向ける。冷気とは別の意味で寒気がするほど、この魔法は高い練度でもって発現させられている。

 幾本も乱立している氷柱だってそうだ。芸術として昇華しているそれは、無機質な怪しさの中に緻密に計算された自然に近しい美しさが感じられ――――。



「……お、お兄さん、あれって」


 

 そんな風に巡らせた視線の先で、場違いにも氷柱の見分なんかを行っていた。

 やはり、一連の出来事で状況の処理が追い付いていなかったのだろう。それ(・・)に気が付くのが自分でも驚いてしまう程に遅れた。


 同じようにイレイヤもイレイヤで周りに注意がいっていなかったのだろう。そして俺と同時に周囲のその違和感に気が付いたようで、そのまま声を震わせる。


 そこら中に乱れ立ちながらその美しさを振りまいていた氷柱。よくよく目を凝らしてみれば氷柱を形作る芯がある。

 微かに透き通るその表面から見受けられるそれは、生命の脈動を喪った殻。魔物だったそれが、氷の中で時を止められていた。


 ――――それも一体や二体ではない。恐らくここにある氷柱、その全ての(もと)は魔物たちなのだろう。その数数十。

 だが、それにしても戦闘の形跡は少ない。だとするならば。



「この数を、一撃か」



「……そんな事はどうでもいい。今すぐに帰って。あなたたちは、ここにいてはいけない」



 思わず漏れた感嘆を、ルネは一息にばっさりと切り捨てた。場の支配は圧倒的にルネ側だ。絶えず冷気を突きつける魔法のフィールドは未だ健在。それが俺たちに牙を向くとは思いたくない。思いたくはないが、少しでもルネの気を悪くしてしまえばすぐさま絶対零度が襲い掛かってくる。そんな怖さがあった。



「帰ってって……。わたしたちはルネちゃんと一緒にいたくて、ルネちゃんの病気を治すために――――!」



「――――これは、病気じゃない」



「……え?」



「だから、あなたたちに出来る事なんて」



 ――――ない、とそう彼女の態度が告げていた。

 

 ルネのそれは、病気ではない。そうは言うが、ルネの体調が日に日に悪化していったのだって事実だ。今だってそう。気丈に振舞ってはいるが、その顔色は俺たちと別れた時よりも悪化しているように思えた。


 ルネの凍てついた瞳が、俺を刺す。それには強い意志が感じられた。止めてくれと、退いてくれと。




 ――――――――だからこそ、俺とイレイヤはより彼女の内心に踏み込む。



「まあなんて言おうとわたしはルネちゃんを連れ帰るけどね! これでも家族愛は深くて重いものを持ってるからね、そう簡単に逃げれると思わないこと!!」



「……まあ、そういう事だ。俺たちには君をあの村で保護した責任がある。途中で放り投げる事なんかしない。誰でも秘密なんて持ってるもんだよ。俺だってそうだ。別に無理に聞き出そうだなんて思っちゃいない。ただ、少しだけでもその一端の支えになれればいい。ただそれだけだよ、俺たちは。――――それじゃ、だめか?」



 多少強引でも仕方がない。だが、そうでもしないとルネは折れるという事はないだろう。そこにあるのはただただ強い決意だ。どうにか聞き入れてもらおうという固い意志。


 だが、こちらとてそれは同じ。今更はいお疲れ様と放り出せるような仲でもない。


 初めは、言い方は悪いが気まぐれのようなものだった。イレイヤや御者のおっさんがいた手前、置いていくなんて言い出す事も出来ず、最寄りの街にでも預けようなんてそんな心持ち。

 だが、それも次第に変わっていく。それもそうだ、人と交流を持てば情が芽生える。誰だってそうだろう。


 そんな風に他人(なかま)を、自分を顧みずに助けたくなる。それが人だ。人の温かさだ。

 俺はそれを忘れたくない。



「な、んで」



 そんな身勝手な思いを、ルネはどう受け取ったのか。

 その数瞬で目まぐるしいまでに表情を変えていく。そして最後に浮かんだのは、怯え、だった。



「もちろん好きだから!」



 それすらも関係ない、吹き飛ばしてやる。そんな心の声すらも聞こえてきそうなほど清々しいまでの告白だった。恋愛感情というより、先ほど彼女の言った通り家族愛なのだろう。

 詳しくは聞いていないが、イレイヤもルネと同じように天涯孤独の身。あれだけ執心するほどだ、ルネに自分に似た何かを見出したのだろう。


 そんなイレイヤを見て、ルネはぐっと何かを堪えるような顔をする。

 確実にイレイヤの無邪気な愛がルネに届いていた。ここまでくればもう一押しだろう。


 ちらりとイレイヤと横目を合わせ合う。と思ったらこちらを見ていない。どうやら俺と違って心の底から出てきた本心なのだろう。示し合わせるとか、この場限りの、なんて一切混じり気のない純粋な想い。だからこそ、届く。


 身を縮こませるルネ。この場から逃げ出そうと考えているのか、後退りをし始めた。だが、この場を逃してしまえば、もうルネは戻ってこない。不思議とそんな気がした。今この瞬間が最後の機会なのだと。

 そう思えば、自然と足が踏み出していた。ルネの方向へと、確かな一歩が。


 ――――そしてそれが、均衡を崩す。



「……ぁ、あ」



 その一歩を見て、ルネが劇的な反応を見せた。嫌々と何かを拒絶するように、恐怖に塗れた顔で首を振る。

 そこで俺はようやく違和感を覚えた。


 先ほどからルネが浮かべている感情、それは怯えだ。だが、それは何に対する怯えだ?

 俺たちがルネに対して敵意なんて持っているわけがない。周囲にいたはずの魔物もこれだけの魔法、そして同族の死体がある場所に好き好んで入ってくるわけもないだろう。


 刹那、考えを巡らせた。だが、なにがしかの結論に達する前に状況が動いてしまった。



「――――い、や。来ちゃ、だめぇええええっ!」



 涙をこぼしながら、振り絞ったような悲鳴が響く。それと同時に振るわれたルネの手と意思に従って魔法が発現する。


 銀の風が吹く。それに触れたもの――――例え既に凍り付いていた氷柱でさえその上から再び固い氷にと閉ざされていく。

 ここに来てさらに力の込められた魔法が、俺たちに襲い掛かった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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