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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
86/120

86 望まぬ相対

やっと、やっと追いついた......。

 ――――辿る。辿る。辿る。


 目的のものがすぐ目の前まで近づいてきている。そんな事実に基づいた強い確信が生まれていた。

 周囲の魔力が軒並み漂白されたからこそ、より色づいている彼女の魔力が線となって顕わになった。あとはそれを馬鹿正直に辿るだけ。ただそれだけでルネを連れ戻す事が出来る。


 ――――――――救う事が、出来る。


 端的に言えば、俺は浮かれていたのだ。

 この感情がどこから来ていたものなのかは分からない。子供の頃に誰でも抱いたであろう英雄願望がここにきて再燃したのかもしれないし、もしかすると未だに瞼を閉じた時に脳裏にまざまざと浮かび上がる、あの日(・・・)を止める事が出来なかったという深い後悔が首をもたげたのかもしれない。


 一つ言える事は、俺は確かにこの時予感を抱いていたという事だ。

 昔から、こういう勘の鋭さには自信があったはずだった。今までほとんど役に立つことのなかったそれだけど、それでも大きく外れる事はなかった。その予感は、ルネが姿を消したその日からずっと警鐘を鳴らし続けていた。


 それでも俺は選んだ。――――選んでしまった、この道を。

 俺は忘れていたのだ。運命と呼ばれるべきものが、どれほどの理不尽を孕んでいるのかという事を。










 ♦










「――――見つけた」



 か細くも続いているその線を辿った先で、揺れ動くそれ(・・)を見つけると同時に俺は言葉を零す。そこから分かるのは、ルネもまた魔物に襲われ、戦闘状態にあるという事。


 その判断を下した瞬間、俺はすぐに駆け出した。方向も、距離もあらかた分かっている。周囲にいた魔物はさきほど吹き飛ばしたし、その音と魔力の余波に驚いて他の魔物が寄ってくるという可能性もほとんど無いに等しいと言えるだろう。


 唐突に駆け出した俺を見て、それでもイレイヤは何も言わずに追走する。イレイヤもまたルネの痕跡を見つけた、というわけではなく、迷いなく走り出した俺を見てその先にルネがいると彼女もまた確信したのだろう。普段はポンコツと言って差し支えないが、この歳でここまで戦えるだけあって状況判断能力は高い。同年代の俺が言うのもなんだけど。


 更地となった一帯から再び樹木の生い茂る仄暗い空間へと足を踏み入れる。悪路も悪路、方々に蔦を伸ばす植物や、縦横無尽に張りめぐっている樹の根。魔物がいなくともただそれだけで行く手を阻む壁となる。



 ――――だが、それも常人での話だ。

 今ここにいるのはどちらも常人とは言い切れない二人だ。俺は吸血鬼としての基礎の身体能力が並みはずれているし、イレイヤだってそうだ。元々の感性によって身体の動かし方を直感的に理解しているし、なにより戦士タイプなため気力の練り方が上手い。


 魔力と気力。それはもとを辿れば一緒のものだが、派生した先では対極に位置する。

 まず、魔力。これは俺も扱うもので、これは文字通り『魔法』という法則を発現させるための力の流れのようなもの。先ほどの魔力爆発のように瞬間的な不安定さを持ち合わせている反面、様々なものへと幅が効く。


 次に気力。遠い過去、イレイヤたちのように魔法を使う事が出来ない人たちが鍛錬の果てに扱う事の出来るようになったものだ。特性は流動的で安定的。ゆえに主な使われ方は身体に纏わせる事であらゆる身体機能を強化するものだ。『廻天破地の呼吸』と言うらしい。無駄にかっこいい。


 要するに魔力での身体能力の強化と気力での身体能力の強化は同じように見えてその実完全に別物だと言うことだ。



「あの先か……。数体の魔物もいるな」



「先鋒は任せて! ルネちゃんを傷付けた罪をその身に思い知らせてくれるわ!!」



「あっ、おい―――――!」



 駆けながら、魔力線の元の見当をつける。今はまだ見えないが、少し先の木々の向こう側にいるようだった。


 周囲に蠢くのは魔物の気配。俺たちでさえ二人で処理するのが精一杯だったのだ、それがルネ一人となればよりきついのは明白。


 逸るイレイヤを制止しようにも、聞く耳持たない彼女はそれを振り切り駆け出す。浮かれるのも無理はない。駆けだしたくなるのも無理はない。

 あれだけ姿も形も見えなかったルネが、今この瞬間ほんの目の前にいるのだ。俺だって何も考えずに走り出したい。だが、それを押し留めようとしているのがまたもや『直感』だ。

 


「――――くそっ、なるようになれ!」



 ルネをそのまま放置しながら様子を見ることも、イレイヤを単身援護に行かせることも出来ない。俺はすぐさま気持ちを切り替え、イレイヤの後を追い掛けた。

 眼前を覆うバカデカい枝葉を掻き分け、蔦を切り飛ばし、根を飛び越え、そこでイレイヤに追いつく。言ってもどうせ止まろうとしないだろう。ならばそのまま二人で突入し、あとは力業で場を制圧しよう。


 この段階で、もう既に戦闘音のようなものが聞こえ始めていた。

 こちら側から入ったのは俺たち以外ではルネだけだ。かと言って、反対側――――聖ルプストリコ側までに行ってしまう程樹海の中には踏み入れてはいない。


 これで推察は確信へと変わった。あそこにいるのはルネだ。

 一度港町で別れてからここまで追いかけてきた。ルネとしても何らかの思うところがあるのだろう。


 何て言われるだろうか。こうして追い掛けられる事はルネの本意ではないだろう。罵詈雑言が飛んでくるかもしれない。いらぬ世話を焼いているのも自覚出来ている。

 いや、彼女のことだから、もしかするとそのあまり変化の見られない表情を少し困ったように潜ませながら、しようがないと言った風に許してくれるかもしれない。


 そうやって、起こり得るかもしれない未来に想いを馳せながら、俺とイレイヤは指示したように同時にその場へと飛び込んだ。

 そのまま身体を一回転。飛び込みの勢いそのままに周囲の状況を一瞬で判断する。

 飛び込む前の時点で数体の魔力反応が確認出来た。俺たちがこれまで出会ったような群れるタイプの魔物だろう。

 だが、そういう魔物は案外対処は簡単だ。俺とイレイヤはもとより、今はルネもいる。こういう状況だ、さすがに強力してくれるだろう。


 そう考えながら、流れる視点に身を任せ――――――――。



「―――――――?」



 ――――――――白だ。

 一面に、白銀があった。

 見渡す限り白。白。白。白。真っ白と言うよりは、透き通った青みがかった白。広く一般的には、それは氷なんかに見られるような色。


 およそ樹海を名乗る場所に、緑で溢れている場所に相応しくない色合い。それが四方八方を彩っている。

 視覚をダイレクトに刺激するそのあり得ない光景が、脳の処理能力を一時的に麻痺させる。



「……どうして来たの、ルイ」



 そんな中、聴覚だけが己が役割を忠実に果たそうと脳に訴えかける。拾った言葉はここ最近聞くことがなくなっていた声。本人とは違い、情緒にあふれる、いつまででも聞いていたくなるようなそんな声。



 それが、今この瞬間は哀しみだけを伝えていた。


 

 極地の情景を切り取ったかのような、白銀の世界の中。その中心に一人の少女が君臨して(たたずんで)いた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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