83 樹海の深奥へ
短いですすみません。
聖ルプストリコにほど近い村、そこで俺とイレイヤはようやくルネに追い付くことが出来ていた。
その情報をもたらしてくれたお婆さんによると、ルネは村の男衆とともに村外れの森へと魔物駆除に出ているという。
それを聞いて口にこそ出さなかったが、始めに浮かんだ言葉は『そんなばかな』というものだった。
確かにルネには旅の道中彼女からの強い要望によって魔力の、ひいては魔法の教練を施した。俺自身ミノットのように他人に教え込むことが出来るほどに習熟したとは口が裂けても言えないが、それでも基礎の基礎を教えることくらいは出来る。
ミノットに身体に叩き込まれた経験を活かし、自分の中で咀嚼し、そしてルネにアウトプットする。言語化すればそれだけのことだったが、他人に教えるというのは自身の内側で反芻することにも繋がる。故に俺自身での密かな自主練習にもなっていたことから、結構ノリノリになって色々知識を譲り渡したことは記憶に新しい。
だが、だがだ。あくまで教えたのは基礎の基礎。魔力の制御と、簡単な魔法の発現などだ。
―――――そして、その程度では魔物に対処することなど出来やしない。
「……クソっ」
小さく悪態を吐きながら、俺はいの一番に飛んでいったイレイヤの後を追う。
村での自衛を担っている男衆たちと行動を共にしているのなら心配はさほど必要ない。引き留めていた、や、お世話になりっぱなし、なんてお婆さんの言葉からルネがある程度の期間そうした役割を代行していたことも冷静に考えれば思い至る。
しかし、それはそれ、だ。そもそもの話、病を患っているルネでは何時なんどき大事に発展するか分かったもんじゃない。
焦燥感が被るフードをパタパタと大きくはためかせていく。こういう小さな村には教会の支部はないが、それでもお膝元のすぐ近くだ、用心するに越したことはない。
「あっ、お兄さん!」
「っ!! イレイヤか。ルネは?」
いつの間にか、先を行っていたはずのイレイヤに追い付いていた。彼女の前に立ちはだかるようにして居並ぶ偉丈夫たちの姿を目に入れながらも意識的に排除し、困ったように眉根を潜ませているイレイヤに問いを投げかける。
「それが……、この男の人たちがね……」
「――――おぅおぅ、兄ちゃんもこのお嬢ちゃんみてえにルネた……。ゴホン、ルネ嬢に何か用があるってえのかい?」
そう言ってふんすと鼻息荒く仁王立ちするリーダー格の男。背後に続く他の男たちもやんややんやとそれに悪乗りするように騒ぎ立てる。
頭が痛くなりそうな光景だった。彼らがお婆さんの言っていた村の男衆なのだろう。だが、そうだとすればその傍にルネの姿がないというのが気になる。
「あのね、お兄さん。この人たちね、なんかルネちゃんの親衛隊?を名乗ってるらしくて……。ルネちゃん見つけたんだけど逃げられちゃって、その隙にこの人たちに間に入り込まれたの」
そんな俺の疑問をいち早く察知したのか、イレイヤが顔を寄せてきて小声で囁く。
親衛隊とはなんぞや、という疑問と、それでは今ルネは魔物の出現する森の中に一人きりなのか、という不安が同時に胸に去来する。とりわけ疑問の部分が多いが、ひとまずそれは置いておく。
イレイヤにしてもこの眼前の男たちの存在はどうでもいいらしく、しきりに彼らの向こう側に視線を送っているが、彼らも彼らとて譲れないものがあるのだろう。送られる視線に対して巧妙に身体を左右にずらすことで視線を遮っていた。あ、イレイヤがむくれ始めた。
「ルネた……、ルネ嬢に害なすものは我ら親衛隊が徹底的に排除する! こうなりたくなかったら今すぐ帰ることだな!」
男たちの傍らには積み上げられた魔物の死体があった。手強いとまではいかないが、一般人が相手にするには厳しいものがある類いの魔物だ。そこから察するに男衆はやり手の集団なのだろう。
だが、はいそうですかと引き下がれるわけもない。こうしている間にもルネは一人森を疾駆している。どうにかして彼女の安全を確保しなければならないだろう。
「……仕方がない。イレイヤ、押し通るぞ。……先に言っとく、ごめん」
「えっ――――、きゃっ……?!」
腕の中で可愛らしい悲鳴を上げるイレイヤには悪いが、ここは効率を最優先にさせてもらう。
イレイヤを抱き寄せ、魔力を身体中に張り巡らせる。
魔力というのは魔法という現象を引き起こすための力の源、根源といっていい。それを魔法にまで昇華させることなく身体に循環させるとどうなるか。
それが、世間一般で広く用いられる身体強化だ。これを扱うだけならば簡単で、単純に練り上げた魔力を身体に、もっと言えば強化したい部位に集中するだけだ。
つまるところ、小さな子供ですら魔力の操作を覚えてさえいれば発現できる類いの一種の魔法だ。
だが、身体強化の技法が効力を発揮するのはその魔力操作がより流麗に成された時。そしてそれは、ミノットから直接叩き込まれた俺が何よりも得意とするところだ。
魔力を身体能力に変換し、少しの助走のあとに右足に力を集中させ、勢いよく踏み込んだ。
途端に視界が切り替わる。眼下では男たちがぽかんとした表情で俺たちを見上げているのが見えた。
「今はあんたたちに構ってる暇はないんだ」
「ちょっ、お兄さん、たかっ! 高いよ!!」
じたばたと腕の中で暴れるイレイヤに抱き止める力を強くしつつ、空中で身を捻り樹木の枝の上に着地する。
よほど歳を経た大木だったのだろう、俺たちの重量を軽々と受け止め、僅かに軋んだものの折れる気配は全くと見えなかった。
「に、逃がすな、追えぇ――――!!」
背後から追い掛けてくる声を振り切り、俺はそのままイレイヤを小脇に抱えたまま森の奥へと進んでいった。
向かうはイレイヤが示す方向。ルネが逃げていった場所だ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。