82 光明
遅れました。偏に作者の怠慢癖によるものです。
「なぁ、イレイヤ。オーレイさんの言ってたこと、どうだと思う?」
夜も更け、これ以上は進めないと判断した俺たちは、オーレイさんから安宿を紹介してもらい、そのまま一夜この街に滞在することに決めた。
話題に上るのはルネのこと。オーレイさん曰く、ルネが独り言のように教会やらと口にしたのを聞いたのだと言う。
ルネのことならば、俺よりも親密な関係にあったイレイヤならば分かるのではないかと期待を込め、俺は彼女に問いかけた。
「……ちょっと考えてたことがあったんだよね。でもオーレイのおかげで確信に近くなったかも」
「それって前に言ってた、ルネが単身で教会に向かってるんじゃないかってことか? でもそれは」
「うん、ルネちゃんが進んでるコース、バラバラに見えるけど方向的には確かに教会方面に向かってるの。でも、じゃあなんでわたしたちと離れたんだってことになるから保留にしてたんだけどね。でも」
―――――オーレイさんの言葉からすると、やっぱりそうなんじゃないかって。
イレイヤは言う。
確かにこの道中イレイヤの言うとおり遠回りな時もあったが結果としては聖ルプストリコに近付いていた。
ルネが考えなしに俺たちから逃げているのか、それとも逃げていると言う自覚もなくさ迷っているだけなのか。
だが一向に近付かない彼女との距離が、放っておいてくれというメッセージにしか見えない。
「じゃあどうしてわたしたちから逃げるみたいな真似したんだろうって考えるとね。―――――もしかしたら、わたしたちに負担をかけたくなかったんじゃないかって」
「負担なんてそんな」
「そう、わたしたちが思うはずはないのにね。ただやっぱり、優しい子だから」
俺たちを想ってゆえの行動と、イレイヤはそう言いたいのだろう。
俺もそう信じたい。そんな気持ちは確かにあるのだが、ルネが姿を消す少し前にあった出来事が小さな刺となって警鐘を鳴らす。
俺の前だけに現れたルネのような人影。それがもし本当にルネだったのならば、何か俺だけに伝えたいことがあったのかもしれない。こうして今になれば聞くことも難しいが。
何にせよ、ルネの体調を考えれば早めに合流することが先決だろう。完治したかも分からない手前、いつまた病状が悪化するとも限らないのだ。
そこから少しばかり、次に行くルートを相談して確実ベッドへと身を運ぶ。節約のため借りているのは一部屋だ。
本来なら一つ屋根の下近い年代の女性と床を同じくするというのはこの世の至福とも言うべきシチュエーションではあるが、俺は一秒たりとも気を抜くことは出来ない。いつまた血の欠乏による飢餓状態に陥るか分からないからだ。
元々ミノットの魔力が込められていたコウモリの使い魔、モリーはその魔力のほとんどを使い果たし、血液の補給はままならない。そればかりか、ここ最近はふらりと姿を眩まし、数日か後にまたふらりと戻ってくるの繰り返しだ。
心配になり探したりもしたが、姿が見えなくなったときは絶対と言っていいほどに見つからず、かといってそのまま消えるということもなく帰ってくるのでそのまま放っておくことにしたのだ。彼女には彼女の考えのようなものがあるのだろう。
そうして考えを巡らせていると、いつの間にか静かな室内にイレイヤの寝息が聞こえ始めた。強行軍ともいえる行程に疲れが溜まっているのだろう。吸血鬼といえど、そういう感性は人の時と変わらない。俺も少しでも疲労を解かすべく、意識だけは張り積めたまま瞼を下ろしたのだった。
◆
そしてまた数日、ルネとの追いかけっこが続いた。
俺もイレイヤも気力が途切れなかったのは、次第に近づいているとの確信が持てていたからだろう。
そしてその時がきた。聖ルプストリコを目前にした、隣国の端に位置する村を訪ねた時の事だった。
「すみません、少しお話をいいですか?」
「はいはい、なにかこの婆に聞きたいことでもありましょうか?」
「実は人を探していまして……。このくらいの子を――――――――」
誰がどれくらいの情報を持っているか分からないため、寄る街寄る村での聞き込みがその先のルネへの追跡へと繋がっていく。
これまでどうにかルネを見失わずにすんでいたのは、俺たちの必至さもあったのだろうが、ルネ自身が人とのかかわりを断っていなかったという部分が大きい。
あの心優しき少女は、人を見捨てる事が出来ないのだ。その最たる例があの吟遊詩人、オーレイさんというわけだろう。
「あぁあぁ、もちろんですとも魔物狩りさま。婆たちこの村一同、あの子にはお世話になりっぱなしで。今だって……」
途端に相好を崩して語るお婆さんだったが、そこまで言ったところではっとしたように口元を押さえた。
だが一度口にした言葉はどう繕おうとなかったことには出来ない。何よりここまでルネを追ってきた俺たちが、その言葉を聞き逃すはずはなかった。
「なりっぱなしって、もしかしてルネちゃんは今この村に……?」
言葉に一縷の希望を乗せながら、イレイヤがお婆さんに尋ねる。その姿に差し迫ったものを感じ取ったのか、お婆さんは初めこそ口を噤み言い渋っていた様子だったが、やがて口を開き始めた。
「……失礼ですが、魔物狩りさまたちのお名前は、ルイさまとイレイヤさまでよろしいですか?」
「――――! う、うん……。ルネちゃんから……?」
その質問に顔をしわくちゃにしたお婆さんは一つ頷くと、安心したような顔を浮かべた。
「やはりあの子が言っておったのはあなた方か……。身寄りのないと言うあの子をこの村で引き留めていた甲斐があったというものです」
「引き留めていた? それって――――」
「――――お婆ちゃん! それで、ルネちゃんは今どこにいるの!? この村にいるんだよね!?」
「お、おいイレイヤ。気持ちは分かるけど、失礼だろうに」
お婆さんの言葉にじれったくなったのか、前のめりに聞き出そうとするイレイヤ。その顔にありありと浮かんでいる心配という言葉を見れば気持ちは分からないでもないが、だからと言って礼を失していい理由にはならないだろう。正直フードを被っている俺が言える台詞でもないとは思うが。
これで気を悪くして彼女の場所を教えてくれなくでもなったりしたら、なんて打算的な懸念を抱きながらちらりとお婆さんを盗み見る。だが、そんな心配は果たして杞憂に終わる。お婆さんの顔に浮かんでいたのは、ただただ安心という感情だけだった。
「イレイヤさんや、あの子は男衆とともに森の魔物駆除に――――」
「――――っ! お兄さん、わたし先行くね!」
「あっ、おい、イレイヤ!」
静止の声を振り切り、イレイヤが指し示された方向へと駆けていく。さすがに俺までも話を切り上げて走り去る訳にもいかず、その場に留まることを選んだ。
「―――――目を見れば」
「はい……?」
「目を見れば、自ずと分かります。あなた方が、あの子をどれだけ想っているかは。さぁ、あなたもこんな婆にかまけてないで、行ってあげてくださいな」
お婆さんのこちらを見つめる瞳。フード越しであっても、どこか心を見透かすかのように透き通ったその瞳は、誰かを案じる心のみが表面を揺蕩えていた。
ぺこりと一つ礼をし、俺はその場を後にした。
―――――ここでルネを捕まえる。そして話をする。それだけを心に刻んで。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。