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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
81/120

81 英雄凱旋 ④

 神聖管理教会擁する聖ルプストリコ国。西大陸に位置するその国は西大陸のみならず、四大陸全てに強い影響力を持っている。それは偏に教会という存在によるものだ。

 その発祥は数千年前とまで呼ばれるそれは、いまでは大陸中に支部を置き、それゆえに民草からの信奉も厚い。聖女という分かりやすい象徴がいるという事もその要因の一つだろう。


 聖女、チナ=アリズガワ。この名前を天理は聖ルプストリコに来てから幾度となく耳にしていた。


 曰く、並外れた回復魔法の使い手。それは天理も経験した事があった。魔物狩りとして活動していた天理は、その性質上怪我とは無縁ではなく、数度回復士の世話になったことがあった。初めて回復魔法というものを受けてみた時は、『こんなにも便利なものが』と感嘆したものだったが、紫葵に回復魔法の事を聞いてみると、どうやら制限や技術的なものなどが色々とあるようだった。


 また、紫葵が聖女として人々から受け入れられたのは何も回復魔法の卓越度合いだけではない。

 今までの聖女と言えば、象徴としての意味合いが強く、あまり表に出てくる事がなかったという。反面、紫葵の代になってからは精力的に慰問などを行っているという。

 それは聖ルプストリコだけには留まらず、周辺国に対しても同様だ。本人は、『少しでも皆の情報が得られるように、行動の幅を広げたかった』なんて言っていたが、例えそれが真実だったとしてもそれだけで行えるような事ではないのは確かだ。



「――――紫葵姉ぇ、すっごく変わりましたよね」



 そんな天理の思考をなぞったかのように、紗菜がぽつりと言葉を零した。

 紫葵が上手く説明していたのか、天理や紗菜のように元々クラスメイトだった者たちは特に怪しまれる事なく、国賓級の扱いを受けていた。紗菜ともう一人、紫葵が最初期に保護していたクラスメイト――――有明 智乃(ありあけともの)は教会本部に隣接されている、『戦乙女の息吹』なる組織の建物で個室を与えられていた。


 突然の事で反応出来ずにいたが、元々答えを求めたものではなく独り言の類だったのか、紗菜はそのままソファの横に座る天理に身体を預けて言葉を重ねた。



日本(あっち)にいた頃はこう言っちゃなんですが、正直お兄ちゃんや真綾姉ぇ……たちに比べてパッとしないなと思ってたんですけどね。元々こういう一面も持ってたってことなのかもですけど」



「元々一度決めたらやり通す人ではあったんだよ。わざわざ一人暮らししてまで戻ってきたくらいだしね」



「その理由には笑っちゃいましたけどね。まったく、あんなののどこがいいんだか」



 そう言ってむくれる紗奈は、姉に構ってもらえず拗ねる妹の姿そのもので。天理は思わず彼女の頭に手を伸ばした。


 珍しさに初めは目を丸くしていたものの、紗奈はすぐに受け入れ猫のように手のひらに頭を擦り付けてくる。

 やはりこうして同郷の人と話していると話が弾むことには弾むが、望郷の念に駆られてしまう。それは紗奈も同じなのだろう。甘え方がいつもよりも大胆だ。


 どうやら話をしているうちに彼女の機嫌は治ってしまったらしい。


 天理がこうして面倒な手続きを介してまで女人の聖地とも呼ばれる『戦乙女の息吹』を訪れたのは紗奈の様子を見ることもそうだが、もう一人―――――有明 智乃と会うという目的もあった。

 元々内気な性格だったこともあってか、保護した当初は少々錯乱していたと紫葵には聞いていた。紫葵や紗奈なんかはこうして転移が起こってしまった事は不慮の事故だと割り切れているらしいが、天理に少なからず責任があるのは確かだ。


 智乃から罵倒があれば甘んじて受けるべき。そんな覚悟で天理は彼女の部屋へと訪れた。予め紫葵を通して、そして『戦乙女の息吹』の守衛にも通してあったため、スムーズに面会自体は叶ったのだが。



『―――――蓮花寺くんと有栖川さんに任せておけば大丈夫そうですね』



 本人にとっては何気ない一言だったのだろう。

 自分の力量は自分が一番分かっている。戦う力も、気概もない。そんな自分が足手まといになるくらいなら。


 そんな思いで口に出したかもしれないその言葉が、一緒に付いてきていた紗奈の逆鱗に触れた。



『任せておけば大丈夫? あなた、それ本気で言っているんですか?』



『水、茎さん……?』



『最初から何もせずに紫葵姉ねぇに助けられて、こんなところで自分だけのうのうと暮らしていて。皆を助けようとして身体を張ってる、お兄ちゃんや紫葵姉ぇに任せる? 馬鹿なんですかあなたはっ!』



『紗奈――――!』



 慌てて止めたものの、智乃は泣いてしまうわ、紗奈は謝りもしないわでそれは大変だった。


 紗奈は悔しかったのだろう。自らが紫葵と同じように天理の隣に立てないことを。

 だがそこで腐ることはなく、紫葵を頼って自らが出来る仕事を探そうとしていた。紫葵は、今は心を落ち着けるべきだと保留にしていたが、今回の事を見るにそれは正しかったように思えた。



「紗奈、確かに自分の限界を自分で決めつける事は良くないことだけど。それでも他人が人の限界を決めて、押し付けることも僕は同じくらい良くないことだと思うんだ。分かるよね?」



「……はい。ほんとうは、分かっているんです。ただの押し付けだって。あの人を見ていたら、何も出来ない自分を見ているみたいで、嫌な気持ちになって。自分が汚くなっちゃうのが分かるんです。じわじわ、じわじわって嫌な気持ちが」



「紗奈……」



「そうしてると、何で紗奈がこんな目にってどんどん気持ちが暗い方に行っちゃって、もう自分でも訳が分からなくなるんです。―――――こんな紗奈、みんな嫌、ですよね」



 震えながら、紗奈はそう告げた。それが、紗奈の心に巣くった闇だ。気丈にも、天理や紫葵たちに見せないようにして、だけどそれでも抑えきれなかった膿。



「そんなわけない。僕も、紫葵も、もちろん真綾も。……それにあいつも、誰だって嫌な一面くらい持ってるさ。でも嫌な所だけ見て人付き合いを考えていたら、そんなの誰とも仲良く出来ないだろ? 僕たちは紗奈の良いところを見て、それで好きになったからこうして一緒にいるんだ。……それじゃあ、だめか?」



 結局のところ、紗奈が求めているのは『安心』なのだろう。当然だ不安を抱かないはずがない。

 まだ十六の子が、どれだけ凄絶な体験をしたと思っている。それでどれだけ心が傷ついたと思っている。


 そんな彼女を天理が癒すことが出来るのか。そんな不安があったのだろう。かけた言葉尻がどこか窺うようになってしまったのは。


 ―――――だけど、笑ったのだ。震えながら、涙を浮かべながらも、安心したように。


 それが何よりも雄弁に彼女の心を語っていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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