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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
80/120

80 英雄凱旋 ③

短めです。

 ぺルネ王国から出た天理たちは、教会から支給された馬車に乗り聖ルプストリコへの最短経路を辿った。


 魔物という分かりやすい脅威が野を闊歩している影響で、この世界での交通網は他の技術に比べて発展の度合いが低い。一応は船や飛空艇、車といったものはあるにはある。しかし、過去に兵器開発に力を入れていた国が、結局はその威力を発揮することなく魔物の群れに飲み込まれ、姿を消していった事があったため、条例によって兵器の開発は自粛するように促されているという。


 他国との、人同士の争いよりも目先の魔物に注意せよということだ。


 加えて近年の魔物の増加だ。それによって運送などにも使われる事が少なくなってきたため、ほとんど見る機会はなくなっているのだという。


 そうして馬車というようやく慣れてきた乗り物での十数日という旅程を経て、聖ルプストリコ国へと天理たちは辿り着いたのだった。



「はぁ……、英霊叙勲、ですか」



 聞き慣れない言葉に天理はつい曖昧な答えを返してしまう。


 叙勲、と一口に言ってもそれには様々なものがあり、それらはおおよそ永世叙勲と一代叙勲の二つに分けられる。

 戦争などで類い稀な活躍を残せば一代叙勲である騎士叙勲を賜ることが出来るし、根本的な国の発展に貢献すれば爵位こそ低いものの永世叙勲によって貴族の世界へと仲間入りすることが出来る。


 これらは道中に紫葵とアルマーニ司教に聞かされていた知識だった。叙勲があるかもしれないとは話は聞いていた。

 なるほど、確かに魔王の魔の手から王国を救ったと言えばそれはもう創作物の中の英雄と呼ばれる存在のようなものだ。客観的に見てしまえばこれほど凄まじいことはない。


 だが、天理からすればそんな事はない。魔王――――つまるところの物部 誠二は結局の所取り逃がしてしまった。それに王国を救ったというのも結果論だ。

 そもそもあのままいけば、黒化した誠二に勝てた可能性は極めて低い。それだけのプレッシャーを彼は放っていた。


 英雄と言うならば、天理個人ではなくあの場面で立ち上がった全ての人々が受けとるべきだ。しかし、天理のそんな主張を目の前の人物はきっぱりと否定した。



「その精神は確かに素晴らしい事です。あの場面で立ち上がった者たちは皆英雄と称賛されて然るべき。だとしたら、彼らを導いたあなたたちはどうでしょう? あなたと、聖女様のお声がけによってギルドマスター達が動いたとわたしは聞いていますが?」



「アルマーニさん、それは、紫葵が……」



「確かに聖女様がいた、という事実が大きかったのはあるでしょう。しかしその前に火付けをしたのはあなたですよ。もっと自信を持ってもいいんじゃないでしょうか」



 諭すように言う彼女の言葉に、天理はそれ以上を口に出せなくなる。


 だが、いいのだろうか。自分が、そんな大層なものに選ばれてしまって。

 そもそもの話、天理たちの存在はこの世界にとって異物と言っても過言ではない。もともとあるはずがなかったものだ。


 天理たちがいなければ、魔王による被害そのものがなくなっていたはずなのだ。まさに自演のような方法だ。――――そうだというのに。



「それに、それはぺルネ王国の国民からの嘆願でもあるんですよ。教会に意見が寄せられたそうで。『他国から来た魔物狩りの人に助けられた』なんてものが大量に来ていたそうですよ。……まあ気楽に考えたらいいじゃないですか。英雄の肩書き、それはもう便利だと思いますよ」



 例えば、と少し悪い笑みを浮かべながら例を挙げるアルマーニ司教。挙げられたものはどれも色恋にまつわる事柄だった。要らぬお世話とはこういうものを指すのだろう。


 そうして彼女と世間話に花を咲かせていたところに、ようやく数時間ぶりに紫葵が顔を見せに戻ってきた。



「ごめんね、ちょっと色々手続きで手間取っちゃって。まだまだ先だけど、叙勲式典と凱旋の日取りが決まったよー」



「叙勲と……何だって?」



「凱旋だよー、凱旋。パレード。なんか元々わたしのであったんだけど、ちょうどいいから組み込んじゃえーってなったみたい。結構豪華なのになるみたいだよ」



 初耳だった。

 凱旋なんて非日常的な言葉をクラスメイトから聞く日が来ることになるとは。日本にいたときの自分自身に伝えてみると鼻で笑ってしまいそうな話だった。


 現実逃避気味にそんな事を考えていると、そんな気配を感じ取ったのか紫葵が苦笑を浮かべた。



「それに調停機関のご老人たちも天理くんとお話したいとかなんとか。大変だねぇ、英雄さんも」



「別に慣れてない訳でもないけど、当日はバカみたいに緊張しそうだな……。断るってわけにもいかないんだろ?」



「お察しの通りです。わたしももうそのへんは諦めてるしねー」



 困ったように眉を潜ませる紫葵。彼女もこうした事は数度経験してきたのだろう。それが感じられる言い方だった。



「まあ、時間があるならその辺りはおいおい考えていくとして。……紗奈の様子はどうだった? 紫葵任せになるけど、こればっかりはやっぱり……」



 がらりと変わった話の雰囲気に、アルマーニ司教が気を利かせたように一言残して部屋を出て行く。目礼で感謝を伝えるも、気にするなとばかりに手をひらひらと振るのみだ。あれを大人と呼ぶのだろう。


 式典や凱旋も確かに重要ではあるが、それよりもまず考えなくてはならないのは紗奈の事だろう。今の紗奈に対して、天理が出来ること。それは拠り所となることだけだ。


 ――――しかし、それは依存の始まりでもある。おいそれと選んでいい選択肢ではない。



「表面上は落ち着いてるけど、どうかな。あんまり表に出さない子だから。……一回わたしに、孤児院がどうなったのか聞いてきたの。調べてもらったらやっぱり紗奈ちゃんの言うとおり、どうにも経営が苦しいらしくてね。紗奈ちゃんになんとかしてくれって頼まれちゃった」



「紗奈が紫葵に頼み事か。珍しいな」



「そうなの。初めてなんじゃないかってくらい。それだけ紗奈ちゃんにとってあの場所は大事な場所になっているんだと思う」



「それは……守らなきゃ、だな」



「うん、紗奈ちゃんを救ってくれた所だもん。当たり前だよ。天理くんも顔を出してあげてね? 紗奈ちゃん、すっごく寂しがってたよ?」



「そうだな。あっちの保護に行ってもらってるルーシカからも顔を出せってしつこく言われてたしな。明日にでも行こうかな」



 それでいいと言わんばかりに柔らかな笑みを浮かべる紫葵。彼女とてその立場から心労は絶えないはずなのに、よくそれだけ周囲に気が回せるものだ。

少しでも紫葵の負担を減らせるように、気を回すべきだろう。そんな事を考えながら、天理は教会本部を後にしたのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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