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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
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08 黒白の多重奏




 ——その幼女は、まさに白だった。


 丁度ミノットと相反するような純白であり、穢れのないまごう事なき純粋の権化だ。


 長く膝裏まで伸ばされた髪は無造作に見えてその実、周囲の微かな光すら呑み込んで己を際立たせるように光り輝いている。


 頭頂に見える天使の輪(エンジェルリング)はまさにその言葉の通り、神々しいまでの艶を放っていた。これで背中に羽なんかがあればまさに天使だ。そうとしか言い表せない独特の雰囲気を幼女は持ってさえいた。


 身に纏う衣服もまたその純粋さを表すかのように真っ白で、ひざ下まであるワンピースのスカートが今はミノットに駆け寄る事でひらひらと翻っているが、そこに厭らしさは見出せずただただ活発な印象を受けるのみである。


 ミノットの目の前で止まった幼女——ミノットの言葉通りならローズ——はそのアクアマリンのような天色(そらいろ)の大きな瞳を好奇心で輝かせてミノットに詰め寄る。


 そのあまりの迫力にミノットはたじたじとしているように見える。本当に珍しい。


「ねぇ、ミノー。この後ろの人はだれ?」


 そこでようやく俺の事が目に入ったのだろう、首をかしげながらミノットへと問うた。


「こ、これかしら? これは——そう、これは何でもないのよ。ちょっとした、アレよ」


「そう、これがミノのかくしごとなのね?」


「ち、違うのよ! ローズ、何でもないのよ、これは。……お前、はやくどっかに行って」


 後半のドスの聞いた脅しは俺に対するものだ。到底ローズに対する甘々な声を出したのが同じ人物とは思えない。これが詐欺ってやつか。


 どっかに行ってって言っても、後ろの壁は閉じちゃってたぶん俺には開けられないし、ここでローズを無視して少し先にある暫定俺の部屋に行くのは少しどころじゃなく憚られる。


 かといってミノットの言葉も無視するわけにはいかない。


 俺は、どうすればッ……!


「ふーん……。あたし、ローズ。あなたは?」


 動こうにも動けずにいた俺だったが、ミノットの射殺すような視線を受けさすがにやばいと反転しようとしたところ、興味深げな視線を送っていたローズから声をかけられてしまった。


 ……なんだこれ、どうすればいいんだよ。


 無視しちゃえばいいのか?


 いや、さすがにそれは俺の中に有り余る良心が痛んでならない。


 それとなくミノットに視線をやると、先の人をも殺せそうな視線は鳴りを潜め、諦めたような表情を浮かべていた。それでも結構強めに睨んでくるのはどういった感情からなんでしょうかね。


「えっと、俺は葉桐琉伊。ここで迷ってたところをミノットさんに助けてもらったんだ」


 とりあえず膝立ちになって視線を合わせ、当たり障りのないことを言っておく。事実だし。

 さすがに首ちょんぱされかけたことは言えない。


「本当に? ミノにひどいこととかされなかった?」


「え? あぁ、もちろんされてないよ!」


「されたんだぁ。ミノだめだよひどいことしちゃ!」


 なんで分かるんだよ。


 というかミノットとどういう関係なんだ。見たまんまだとローズの方が上に見えるんだけどこれほんとか?ミノットより強いって言うのか?


 ……このちんこいのが?


 改めてローズをじっと凝視する。

 何も分かってないような顔で首をかしげるのみだ。あっ、笑った。にぱーって。可愛い。


「お前、そろそろ消えるのよ」


「は、ハイィ!」


 底冷えするような声だった。本気と書いてマジと読むやつだ。

 思わず直立不動の体勢になった俺を驚いた顔で見ていたローズだったが、突如腹を抱えてくすくすと笑い始めた。恥ずかしくて死ねる。


「ルイって、面白いね。今度はあたしと遊んでね!」


「えーっと、出来たらね……?」


 何より鬼姑のようなミノットが許さない可能性が高い。

 それに今度はって今ミノットと遊んできたわけじゃないからね?


 変なもの飲まされそうになっただけだよ?


「ほら、ローズ。部屋に戻ろ」


 ミノットに促されるようにしてローズは去っていく。

 その去り際に再び振り返って俺に向かってにぱーっと笑いかけてきた。でも俺は笑えない。なぜならミノットの視線付きだからだ。


 ようやくその姿が通路の向こう側に消えていったところでようやく俺は思った。


「——その口調の変わり具合はなんだよ」


 おっと口には出してないよ?


 どうやらミノットはあの幼女ローズを溺愛しているらしい。言葉の、そして行動の節々からそれが感じられた。


 まあ、あれだけ愛嬌があるならそれも納得だ。口調も変わってしまうというものである。


 ここでミノットたちが何をしており、俺がどう行動することが邪魔になるのかは分かっていなかったが、今の様子を見る限りローズに関わる事なんじゃないかと思った。


 ともあれ、驚きの連続で肉体的にはそうでもないが精神的には疲れたような気がする。

 大人しく部屋に戻って……。


「あれ、本当にあの部屋使っていいのか?」


 さっきミノットは何と言った?


 どっか行ってや、消えろとは言われたがそれがあの部屋だとは一度も言及されていない。

 そもそもあの部屋の雰囲気からミノットの部屋なんじゃないかと当たりをつけたこともあった。


 そこで寝るのはまずくないか?

 そうするときは一度本人に確認を取るべきでは?


 だが、その本人は今さっき幼女を連れて人気のなさそうな所に向かったばっかりだ。この字面はちょっとミノットの変質者感が出すぎているがおおむねこんな感じだ。


 あの感じからすると、俺があの二人に今から近付いていくのは悪手でしかないだろう。

 そうすると完全に手詰まりという事だ。どうしよう。


「……この壁、開くかな?」


 そう、問題はこの壁なのだ。

 ここさえ開けばさっきの状況を回避出来るだけではなく、いちいちミノットに伺い立てなくてもいいのだ。


 何しろこの先はミノットが結界を張ったとかいうコロッセオだ。

 俺はなぜか通れたが、あの蜘蛛のようにここを越えようとするとほとんどの魔物は弾け散るだろう。


 どうやらここはあの二人の愛の巣のようだし、やっぱり邪魔はすべきじゃないんじゃないかと思う。二人かは知らないけども。


 つまりはコロッセオを我が寝床にすれば万事解決ということだ。


「物は試しか。確か——『開け』」


 見よう見まねで壁に手をかざし、言葉を唱える。

 これで開かなかったらもう仕方がない。この廊下を寝床にするしかない。

 なんというかそれは結構嫌だ。


 そんな思いが伝わったのか、音もなく眼前から壁が消え去る。

 予想に反して俺でも出来るようだ。


 というかこれどういう理屈何だろうな。もしかして魔法なのか?

 俺、魔法使いになれたって事でいいのか?


「ともあれ、なんか扉は開いたな」


 ミノットのを見る限り、ここは開いた後は自動で閉じるようだし、このままにしてコロッセオへと向かう。


 既に見慣れた通路を通る。今気付いた事だが、この通路からどうやら照明のようなものが埋め込まれているらしく、周囲をまぶしくない程度に淡く照らしていた。


 ミノットたちの居住区らしき所にも同じように照明があった。本当に特別な、ミノットたちだけの場所という事なのだろう。


「そういえば、俺が最初起きたところからコロッセオまではまったくといって照明が見当たらなかったな」


 今思えばそうした光源のない中でかなりの距離を見通せていたのは、俺が吸血鬼という種族になってしまっていたからかもしれない。吸血鬼といえば夜の眷属として名高い。夜目が常人よりかなり効くことになんら違和感もない。


 通路を抜け、場違いにすら思えるコロッセオの威容が目に飛び込んでくる。


 コロッセオといえば、使われる用途としては訓練や娯楽というものが上がるはずだ。だが、ここにある限りそのどちらの用途も満たせないように思える。


 ミノットに聞けば何かが分かるのだろうか。


 俺はこの世界に対する知識があまりにも無さすぎるという事を改めて実感した。

 天敵である教会の事や、魔物、魔法、迷宮などなど挙げるときりがない。それに加えて、俺たちが体験した世界間転移とも言えるもの。この世界で知識を集積することで、その謎は解けるのだろうか。


 ——そして、俺たちは元の世界に戻る事は出来るのだろうか。


「今はまだ何も分からない。分からないことだらけだ」


 ……俺はどうすればいいのだろうか。


 日本では、大人がレールを引いてくれていた。何も分からない子供だったとしても、大人の(しるべ)に従っていれば、高校にも、大学にさえ行けた。


 だが、ここには俺しかいない。ここから先は、自分で考えないといけない。


 いや、大学から家を出ようとしていたんだ。それが少し早まっただけだ。

 悲観的に考えていても良いことなんてないだろう。前向きに考えよう。


 ひとまず今は休息を取らなければならない。眠気がないとはいえ、体感でかなりの時間を動いたのだ。目を閉じていれば自然と眠ってしまえるだろう。


 俺はそんな事を考えながら、眠りについた。


 ——内に眠る衝動に気付くこともないままに。




最後まで読んでくださりありがとうございます。

次の更新は月曜になります。


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