78 韜晦
少しずつptが伸びているので小躍りする毎日です。
この章は物語の転換部分であり、さらにこの話はその中でも物語の動き出しに当たる部分です。楽しんで(
?)読んでもらえると嬉しいです。
ルネの目が覚めたのはまたとない朗報ではあったが、それで彼女の体調が快方に向かって行ったのかというとそんな事はなかった。
目覚めた当初から無理していたのだろう、ちょうどルネに食べさせたいものがあるとか言って飛び出していったイレイヤが戻ってきた頃に、ルネは再び意識を失った。そしてそれは一時的なものではなく、少なくて数時間、多くて一日近く目を覚まさない事があった。
それを見て俺たちは再び決意した、決意せざるを得なかった。ルネは完治したわけではなかったのだ。やはり、彼女を完全に救うためには教会に行く必要がある。
それからの俺たちの動きは速かった。俺が直前に依頼を受けていたのが功を成した。受けた依頼に対し、難易度が見合っていないという俺の見解は正しかったらしく、ギルドに精算に行った俺はそこで高いランクの魔物がこの辺りまで下りてきているという情報を聞いた。
討伐証明を行ったところ、俺が倒した魔物の中に件の下りてきたという魔物が含まれていたらしく、報酬が上乗せされ、期せずして大量の資金を手に入れる事が出来た。
予想外だったのはそこからで、この町のギルドと専属契約をしてほしいとの提案があった。それはギルドマスターから直接挙げられたものであり、通常ならとてつもなく栄誉な事だ。
専属契約というのは一ギルド員に対してその都市の行政部とギルドマスターが連携して行うもので、契約したギルド員は他の都市に移動は出来るもののギルド依頼を受ける事は出来なくなるという制限を設けられる。つまるとこと、専属契約したギルドでしか依頼を受けられなくなるのだ。
だがその分旨味も大きい。専属依頼というものがあり、それは契約をしていない者よりも優遇して回される類のものだ。しかも契約料という上乗せ金も発生する。ギルマス側や都市側からすれば能力も人柄も分かっているだけに面倒な依頼なども回しやすいのだ。
しかし俺はこれを丁重に断った。もし平時なら少し迷うなどの事もしたかもしれない。俺の最終目標である、天理くん一同を地球に帰すというものを達成するためにはそれこそ世界中を探し回る必要がある。そして人間、行動すればそこに少なからず金銭の消費が発生してしまう。金は多ければ多い方がいいのは間違いない。
ギルマスにも大層驚かれた。当然だ。今までだって断る者なんてほとんどいなかったのだろう。
金なら今のところ臨時収入によって十二分にある。これからの事は分からないが、今は教会に行く事が最優先だ。これだけあれば後は節約していけば何とかなる。
こうして惜しまれながらも俺たちは『サウスポートランド』を出立した。イレイヤには専属契約の事を伝えなかった。彼女はあれでいて利他的な面が強い。『ルネの事はわたしに任せて、お兄さんはお兄さんの生活を守ればいいよ』なんて事を言い出しそうだ。俺の生活にはもう既にイレイヤとルネが含まれているというのに。
旅の道中何度もルネは目覚めたり、また意識を失ったりを繰り返した。その度に苦し気な表情を浮かべる彼女を見せられる俺たちは気が気ではなかった。まだ、ルネが目覚める度に会話を交わしてくれる事が心の救いだ。それだけが彼女が生きていると実感出来る唯一の事だった。
――――そんな中、その出来事は突然起こった。
ルネが最初に目覚めた町『サウスポートランド』から二つか三つ離れたところにある大き目の街でいつものように安宿を借り、少しでも節約しようと朝市に出かけている所だった。
俺たちは所謂買いだめをし、出来るところまで行って物資が尽きかけるとまたそこで買いだめをする、というのを繰り返してきた。その時も丁度切れたところで、買いだしに出たのだが、そこに俺たちは二人で行ってしまった。
いつもなら俺一人で事足りるのだが、ルネの様子を見たところペースアップをした方がいいかもしれないと思ったのがいけなかったのか。
それとも直前にルネが再び眠りについてしまった事で気が緩んだのかもしれない。普段なら一人はルネの側に付けるところだが、宿屋の主人の計らいか、彼の娘が面倒を見てくれると言ったのだ。あまりぺらぺらと話すのもどうかと思ったので触りしか話していないが、それでも琴線に触れる何かがあったようで、かなり乗り気で買ってくれていた。
あまり遠慮していつまでも堂々巡りの会話を繰り返すのもあれなので、厚意に甘え俺たちは市場へと出かけた。結果は上々で、かなりの安い値段で数日は生活出来るだけの物資を購入することが出来た。
「お兄さん、だいぶ得しちゃいましたねぇ。やっぱ値切ってみるもんだね」
「値切るのはいいけど、嘘はダメじゃないか? 何だよ新婚夫婦で、結婚式を上げれるだけのお金が……よよよ……って。嘘塗れじゃねーか」
「嘘も方便って言葉、お兄さん知らない? それに何ならほんとの事にしてもいいんだよ? だよ?」
「はいはい、綺麗綺麗」
「もー、お兄さん適当すぎ! ほんとに話聞いてたっ!?」
下手くそなしなを作るイレイヤを適当にあしらいながら足並みをそろえて宿屋へと戻る。値切り交渉で思いの外時間がかかったため急ぐ必要があるだろう。厚意で見てもらっている人に必要以上に負担をかけるわけにはいかない。
宿屋へと入り、店番をしている主人に挨拶と礼を言う。手で振ってそれに答える彼を横目に見ながら、例のごとく二階に取った部屋へと向かって行く。
――――と、階段を上った先、部屋の前で仁王立ちしている宿主人の娘さんがいた。まるで仔を守る親狼のような瞳でギラギラと周囲を睨みつけるその様は実に恐怖を煽る。
そんな事を考えていると、彼女の瞳がぎょろりとこちらを捉えた。途端に眉間のしわと目力が緩和され、愛想が良く、気持ちのいい笑顔へと切り替わった。
「オーレイちゃん、何してるの……? すっごく怖い顔になってたけど……」
「イレイヤさん、それにルイさんも! え、私そんなにひどい顔してました……?」
「そりゃあもう。人を食べる悪鬼って感じの顔してたよ」
イレイヤのイメージが逞し過ぎて娘さんが可哀想だ。娘さんから、『まさか貴方もっ!?』みたいな視線が飛んできたので視線を逸らして応える。南無三。
「うぅ……二人ともちょっとひどくないですか……。私はただルネさんに着替えたいから外を見張ってくださいって頼まれたからそうしてただけなのに……」
「ルネちゃんが? 無理せずにオーレイちゃんに頼んじゃえば良かったのに」
「私もそう言ったのですが、顔を赤らめて、『恥ずかしい……』なんて言われるともう出ていくしかないじゃないですか。いや、私はもうその姿を見れただけで満足でしたけど」
「オーレイちゃんは変態さんだなぁ。……ルネちゃん? イレイヤだよー。身体拭くのと着替え、手伝ったげよっかー?」
怪しげな眼をして呼吸を荒くする宿主人の娘――――オーレイさんを横に押しのけ、イレイヤがノックした後に中にいるルネに声をかける。
そのまましばらく待つも、肝心のルネ本人から答えが返ってくる事はなかった。
「ありゃ、疲れて寝ちゃいましたかね? 一応ちゃちなものですが、合鍵はありますけど」
「いや、鍵はわたしたちが持っていってたから大丈夫。あ、お兄さんはまだ入っちゃダメね! もしかしたら着替えの途中で力尽きて寝ちゃってるかもしれないし」
「分かってるよ。なんだよ、覗くとでも思ってるのか?」
「信じてるからその信頼を裏切らないでねって事! じゃあ、ちょっと見てくるね」
鍵を開けたイレイヤが最小限に扉を開けて中に身体を滑り込ませる。
そんなに凝らなくても覗き込むような事なんかしないのに。いや、イレイヤの事だから万が一肌を見てしまった時にそれからの関係性に罅が生じてしまうのを心配しての事だろう。
気遣いをありがたく受け取り、俺は扉から少し距離を取る。これでどうやっても中が見えるという事はないだろう。
「――――お兄さんッ!!」
「な、なんだよ。俺は見てないぞ? オーレイさんが証人に――――」
「違うから! 早く入ってきて!! ルネちゃんが――――ッ!!」
「……ッ!?」
イレイヤの声に差し迫ったものを感じ取り、部屋の中に飛び込む。気配で俺の後にオーレイさんが付いてくるのが分かった。彼女も彼女でルネの事をかなり気にかけている。当然と言えば当然か。
こう言うと失礼だが、安宿なため部屋はそれほど広くはなく、部屋に入り対角方向に目を向ければそこに衝立があり、その向こう側がルネのベッドだ。ちなみに俺は床、イレイヤはソファを使って夜を越している。
そして今はその衝立が避けられ、ルネが使っているベッドの全貌が見える状態となっていた。側に立っているイレイヤがどかしたのだと分かる。――――そしてイレイヤが声を上げた理由も、また。
そのベッド――――元の質素な造りのものに、俺たちが申し訳程度に飾り付けたそれはその役割を果たす事なく、次の使用者を待っているが如く整えられていた。
――――ルネが消えた。ただそれだけが現実として、俺たちの前に横たわっていた。
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