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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
76/120

76 安堵の果てに

更新のペースを速めております。それに伴い文字数などが前後、もしくは短かったりしますが何卒ご容赦を。

これからも読んでくださる皆様に楽しんでいただけるよう精進いたしますので、温かい眼で見守っていただけると幸いです。

 教会本部までの遠い道のりを行くためにギルドの依頼を受け、日銭を稼いでいた俺だったが、魔物との戦闘を終えたその時にイレイヤからこの世界での通信手段である伝話を受けた。

 涙ながらにルネの名前を繰り返すイレイヤに、悪い予感に駆られた俺は急いで宿屋へと向かったのだった。



 フードを被り、顔を隠しながらほとんど駆けている速度で港町に入る。外門を警邏している憲兵たちはそんな俺を訝しく思い止めようとしたのか、俺の行く手を阻むように身体を寄せた。

 だが、今の俺はそんな事でいちいち足を止めていられないほどに気が急いている。走りざまに懐から取り出したギルドの認可章を二人に見えるように翳した。


 そこでようやく警戒を緩めたのか、彼らは元のように外門の両側に戻った。憲兵としては申し分ない働きをしているのだろうが、この時ばかりは鬱陶しくてたまらない。理不尽な敵意を向けられる彼らには申し訳ないが。



「ルネっ……! 頼むから無事でいてくれよっ……!」



 祈るように呟く。

 万が一の時には、俺は自分の血を使うつもりだ。

 ミノットから聞いていた、吸血鬼の特性。それが、自身の血を使う事で対象の亜吸血鬼化を試みるというものだ。


 生来、血というものには大なり小なり魔力が通っており、それは魔族にも人族にも共通する性質だ。だが、その中でも、吸血鬼の血というのは特別製だ。

 吸血鬼の吸血行為とは、他者の血液から魔力を摂取する事であり、それを糧として生きているため、吸血鬼は原則として食事を必要としない。また、それに加えて人間らしい生活を送る上での必要な行為――――例えば睡眠やあまり話したい事ではないが、排泄や性欲なんかも著しく減少している。が、別に出来ないというわけでもなく、何故かはわからないが、意識的にはそれらも可能だ。


 ミノット曰く、血液に染み渡っている魔力は生活をする上で少量ずつ減少し、また同じだけ増加しているという。つまり、体内の魔力を一定値に保つように身体が働きかけているというのだ。


 だが、吸血鬼はそれらの行為を必要としない。つまり、体内の、血液に流れる魔力を一定に保とうとはせず、供給されればされるほど、その量は際限なく増えていく。故に、吸血鬼の血液は濃厚な魔力の塊だ。それも常人では許容し切れないほどの。

 ならば、その血液を常人が摂取するとどうなるか。答えは簡単だ。純粋な魔力に最も近い血液が、()()()()()()()


 つまり、身体を根本から吸血鬼のものへと作り変えるのだ。


 しかし、リスク無しに行えるほど、吸血鬼の血液というのは扱いやすい代物ではない。

 まず第一に、血液による肉体改変――――眷属化は必ずしも成功するわけではない。吸血鬼の血液は、摂取した器の在り方を変えてしまう程に強力な一種の魔法薬だ。成功した場合には宿主を最適化し、そのまま器として適合するが、失敗した場合には最適化なんかを行う事なく――――その宿主を殺す。


 ミノットにこの事を聞いた時には自分には縁のない事だろうなと思っていた。

 これまで人と関わらずに過ごしてきた自分が、人の命の重みを背負ってまで人と関わりたくなるものかと。


 『ふふん、やっぱりまだまだ尻の青い小僧っ子なのよ。目の前に命絶えようとしている大切な人がいる。そして自分には彼、もしくは彼女を救う手立てがある。――――使うわよ。脇目も振らずに、なりふり構わずに。本能みたいなものかしら』。

 ミノットはかつてそう言って話を締めた。どうやらそれは正しかったようだ。俺は今、ルネが死に瀕しているというならば、迷いなく使ってしまうだろう。


 ――――それによって、例え吸血鬼である事がバレてしまったとしても。



「――――イレイヤっ、ルネは!?」



 部屋の扉を勢いよく押し開けながら、俺はデジャブを感じていた。確か、そう、依頼を受ける前もこうして部屋に飛び込んだ。その時はルネが目を覚ましたんじゃないかと勘違いして気が逸っていたけど、今はその逆だ。


 部屋を進み、窓際にあるベッドへと歩み寄る。そこにはベッドに突っ伏しながら肩を震わせるイレイヤがいた。

 俺の声に気が付いたのか、ゆっくりと振り向く。その瞳にはこぼれんばかりの涙が浮かんでいた。



「お兄さん、ずいぶん、早かったんだね……」



「そんな事はいい。ルネは? 容態はどうだ?」



「ルネちゃんは――――」



「いや、いい。自分で見る」



 何事か言いたげなイレイヤを押しのけて、俺はベッドに更に数歩近付いた。

 眷属化をする必要があるならば、時間との勝負になる。身体が死に近づいていけばいくほど眷属化の成功率はどんどん下がっていくだろう。するならば早い方がいい。


 ベッドの上に横たわる彼女は、イレイヤによる手厚い看護があったのだろう。うなされた様子なども何もなく、清潔そうな布団に包まれ、その顔はしかしいつものように柔らかな笑顔が浮かんでいて……柔らかな笑顔が浮かんでいて?



「ぁ……れ? ルネ?」



「ル、イ……ひさし、ぶり」



 少し話しずらそうにして、ルネはそう呟いた。

 ぽかんと思考を空白が埋める。イレイヤによるとルネの容態が悪くなったとかで……、いやそもそもイレイヤはそんな事を言っていたか?

 よく思い出してみると、イレイヤが言ったのはルネの名前だけだ。涙ぐんだその声に嫌な想像を掻き立てられて、こうして俺が慌てて戻ってきたという、わけか。


 今にして思ってみると、ルネの名前を言った後にもイレイヤが何事かを口にしていたような気がする。その時の俺は衝撃から立ち直れずにいて全てを見事に聞き流してしまっていたが。



「は、はは……。ははは……。なんだよ、ルネ、起きたのか」



「眠り、姫の方が、ルイは……好き?」



「ははは……。おいおい、こっちはルネの容態が悪化したかと思って飛んできたって言うのに」



「わたしはちゃんと言いましたからねー。お兄さんが聞いてなかったんでしょ」



 呆れたように言うイレイヤに俺は何も言い返せず、脱力した身体をそのままに近くのソファに身体を落とした。

 ねー、何て言って笑い合っているイレイヤとルネ。その姿はルネが寝込んでしまう前と何ら変わらない、健康体に近しいものだった。


 ルネが目を覚ました。それは確かに良い事だ。正直誰の目も無いところだったら小躍りの一つでもしていたくらいにうれしい事だが、それはそれとして疑問は残る。

 ペルネ王国の王都で、ルネは確かに回復士の診断を受け、様々な治療を受けた結果、これ以上は良くはならないという状態になっていたはずだ。

 俺たちはそれでも一縷の望みに賭けて教会本部に詰めているという『戦乙女の息吹』たちに会いに向かっている道中だった。


 一応回復士からは介護の仕方なんかは聞いていたものの、俺たちが今までの道中で何か特別な事をしたわけでは決してない。それなのに、彼女はどうして唐突に目を覚ましたのか。



「――――いや、今はルネが目覚めた事を喜ぶべきか」



「そうだ、ルネちゃんが目を覚ましたら是非食べてもらいたいものがあったんだよね! わたしも食べてみて驚いたんだけど、ここのお店すっごくおいしくてね! 待ってて、わたしちょっと買いに行ってくるね! お兄さん、ちょっとだけルネちゃん見ててもらっていい? すぐに帰ってくるから!」



「ああ、いいよ。この後する事なんてギルドに行って達成報告するくらいだし、そんなのは後回しで大丈夫だ」



「ありがとね! ……あっ、でもわたしがいないからって変な事しちゃだめだからね? ルネちゃんは病み上がりなんだから。行ってきまーすっ」



「するか! ……行ってらっしゃい――――ってもういないか」



 よく分からない邪推と気遣いを残していったイレイヤのせいで、二人きりの部屋に気まずい沈黙が下りた。

 ルネからの視線を感じるだけなお性質が悪い。どことなく、何かを訴えかけているような視線だ。俺はそれから逃げるかのように視線を逸らした。


 窓の外を眺めながら、これからの事に想いを馳せる。経過を見る必要があるが、ルネがこうして目を覚ました以上、教会本部へと行くのは最優先事項ではなくなった。

 そろそろ天理くんたち探しを本格的にしたいところだ。二人には人探しをしている事を言ってあるので、提案してみれば話くらいは聞いてくれるだろう。手伝ってさえくれるかもしれない。







 ―――――俺は、浮かれていたのだろう。

 快癒が絶望的だと言われていたルネが、奇跡的に目を覚ました。俺にとって目下の懸念であった教会へと行く必要も薄くなった。

 それらが合わさって、俺の心を緩ませた。平時であれば気付けたかもしれない、その視線の質。


 ベッドで上体だけを起こした姿勢で俺へと視線を向けるルネ。その無機質な瞳が、冷たい光を放っていた事に。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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