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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
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75 焦燥の電報

 今更だが、この世界には魔力というものがある。

 これは元々の地球、日本では少なくとも一般的ではなかった概念で、この世界での生活に欠かせないものであるらしく、その利用方法に差こそあるが、地球での電気や化石燃料などに相当するものだと思われた。


 そして魔力という俺にとって未知の概念を用いた、魔法によって成される技術体系が発展していた。その反面、化学技術うんぬんといった地球では一般的だった技術は全くといっていいほどに見受けられない。


 魔法と、それに伴う技術……魔術とでも言うべきものは体験してみたところ、科学技術と相違ないものが多かった。例えば今俺が手にしているものにしてもそうだ。ごつい見た目は全くスマートではないが、それを使えば離れた距離からでも会話が出来るという代物―――――つまるところの携帯電話に近しいものだ。


 原理はよく分からないので省くが、これはとても電気を使ったものではないという事だけは断言できる。ただ、使用に持ち主の魔力がいるのが特徴であり、俺もイレイヤに教わりなんとか使えるようになった所だった。


 つまるところ、この世界で生きるという事の根源には魔力操作があるという事だ。そう考えると、ミノットによる大地の洞での馬鹿みたいな戦闘訓練は理に適っていたという事だ。逆にいうと、あそこで魔力操作を覚えていなければ、多かれ少なかれ野垂れ死んでいた可能性が高い。

 恐らく俺以外、天理くんや真彩や紗菜、紫葵ちゃんに関しても問題ないだろう。彼らは俺より頭もいいし、要領もいい。早い内にこの世界で生き抜く術を見つけ出しているだろう。もしかすると、あの中の誰かが俺と同じように、皆を探している可能性だってある。



「―――――だったら、こんなところで死んでしまうわけにはいかないなっ……!!」



 体内に蓄積されている魔力を操作する。


 ミノットは言った。想像しろと。想像出来ることならば大体なんとかなると。今思ってみればこんなにも行き当たりばったりで、適当な教えでよく習得出来たものだ。


 だけど、ミノットの言うことはある意味真理なのかもしれない。


 氷の塊から溶け出た水が滴り落ちる。それが俺にとっての魔力操作のイメージだ。当初はイメージしてから、それを魔力へと適用させるのに時間差があったが、今ではわりかしスムーズになってきた。



「食らいやがれ、『零に還る葬送』―――――!!」



 未だに幾つかの工程を重ねないと発動出来ない、ミノット直伝の影魔法が発動する。

 縛られた魔物の肢体に伸びる影が肥大し、そのまま魔物を包み込んでいく。徐々に、徐々に小さくなっていく影の球。やがてそれはしゅんっと音を立てて姿を消した。


 無音となった周囲だったが、それでも俺は警戒を緩めず、周囲に意識を向けた。だが、今倒したもので最後だったのか、それ以降新しく魔物が現れるようすはなく、それを確認したところで俺はようやく人心地着くことが出来た。



「……ふぅ、なんとかなったか。それにしても、随分強い魔物だったな。大地の洞レベルとは行かなくても結構近しいレベルだったんじゃないか……?」



 荒くなっていた呼吸を整えながら、悪態を吐く。日銭稼ぎにギルドへと赴き、そうして紹介された依頼がここ、ルベランの森での討伐依頼だった。

 ルベランの森というのは、西大陸での南側の港町、サウスポートランドの近隣に位置する場所だ。普段はピクニックだったり、薬草の類いなんかの採取だったりと訪れる者が多いが、最近の魔物の増加によって魔物狩りの駆除が追い付かなくなっているらしく、今は立ち入り禁止になっているという。


 観光名所にでもなっていたのか、そこにいる魔物の討伐がこの街では最優先になっていると言うのだ。報酬も俺が提示された依頼の難易度にしては良く、浮かれた気持ちで受けたのだが、どうやらそれは間違いだったようだ。



「痛てて……。大分慣れてきたけど、やっぱり痛いもんは痛いな。グロ耐性はもう完全に習得したんだけどな」



 ぐちゃぐちゃと音を立てながら、時間を巻き戻したように身体が修復されていく。治る過程でも痛みは発生するが、それも慣れたものだ。針を刺されたほどにしか感じない。


 身体が元の状態に戻ったのを見届けると、俺は討伐した魔物の後片付けに入った。討伐証明の確保や、死体の埋葬などやることは少なくない。

 ちょうどそれらが終わった頃に、携帯電話―――――こちらの世界での呼び名は魔力伝話というらしいそれが、着信を告げる。



「もしもし、イレイヤか? どうした?」



『お兄さん、ルネちゃんが……! ルネ、ちゃんがっ……!!』



「何っ?! ルネがどうした?! まさか……!」



 涙ぐんだイレイヤの声に頭が真っ白になる。

 魔力伝話から流れるイレイヤの声が意味をなさない音として耳を滑り落ちていく。


 真っ白になった頭が描いたのは最悪の結末。日に日に衰弱し、目を覚ますことのないルネが、そのまま帰らぬ人となること。

 そしてそれは容易に起こり得る事だ。


 ルネが、死ぬ。

 魔物か、もしくは魔族に村を壊滅にまで追い込まれた。両親も、友人も、交流のある者皆を一度に失い、そして帰る場所すらも失った彼女。


 仲が良かったのか、と問われれば正直微妙なところだ。同性な分イレイヤの方が仲が良かった。

 同情で彼女と接していたところもあるだろう。俺とそう変わらない年で天涯孤独となったのだ。誰かが支えてあげなければ、彼女は自らの哀しみで押し潰されてしまっただろう。


 それがイレイヤや、そして俺だったというだけの話。一時的な心の拠り所、ただそれだけ。


 ―――――それだけ、だけど。


 俺は彼女を知ってしまった。


 料理が出来ない事を気にしているのを知っている。

 綺麗好きで、掃除が好きなことを知っている。

 一人っ子だった彼女が、イレイヤのことを姉のように慕っていることを知っている。


 そしてなにより、彼女が一人、夜に泣いていたのを知っている。


 俺は未だに声を届けていた伝話を切り、宿へと向かった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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