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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
74/120

74 英雄凱旋 ①

 ―――――どこにでもこういう人種はいるものだな。

 蓮花寺 天理は目の前でふんぞり返る人物を冷めた目で見つめた。その事に気が付かない彼は天理たちが黙っている事を良い事に身を乗り出し、より饒舌に語り始める。



「―――――ですから、本当に教会側の人間である貴方がたが魔王を討伐したのですか? 聞くところによると、聖女様まで随伴なされたとか。失礼ながら、貴女様がいても専門職の輩の手を煩わせる事にしかなりますまい」



「……つまり、ペルネ王国が主体となり魔王を討伐したという事にしたいと?」



「したという事ではなく、したのではないかと言っているんですよ。何せこちらはギルド員のほとんどが駆り出されたのに対し、貴方がた教会からは雇われの少年と聖女様、そして司教が一人ではないですか。どちらが戦力的に勝るのかは誰が見ても明らかなのでは?」



 彼―――――初めにペルネ王国宰相を名乗った男がまるで幼子に語り掛けるかのように言う。見当違いの事を言っているのはそちらだとでも言うかのように。


 今天理は神聖教会の聖女に認定されていた有栖川 紫葵と、そしてその付き人として教会本部から南大陸にあるペルネ王国まで一緒に来てくれていたアルマーニ司教と共に、魔王騒動後の事態収束に当たっていた。

 だが、その過程において予想だにしない事が起こっていた。

 それが宰相の言う様に、魔王討伐の栄誉をどこが受けるのか、という事だ。





 魔王―――――実際には恐らく魔族としてこちらの世界に転移していた元クラスメート、物部 誠二は実際には討伐されていない。自国のために命を懸ける覚悟をして魔王に立ち向かったギルドマスターを始めとしたギルドの構成員たちに、この国にある教会支部の回復士たち、そして間違った道に進んでしまったクラスメートを止めようと試みる天理と紫葵。

 全員が全員の持ち得る全ての力を出し切り、最後にはアルマーニ司教の力もあって誠二を追い込んだはずだった。だが、それも『管理者』と思しき『編纂者』の介入によって変貌した誠二には届くことはなかった。しかし、そんな時に突如として現れた謎の女性二人組が誠二を制圧し、そのまま連れ去ってしまったのだ。

 その衝撃からいち早く立ち直ったアルマーニ司教は未だ呆然としていた天理にこう言った。


 ―――――魔王の脅威はこれで去りました、と。



『どうして、どうしてですかアルマーニ司教! あいつはまだ、まだ生きている! 僕は、僕たちにはあいつを何とかしなければならない理由が―――――』



『……貴方たちにも事情があるのでしょう。そしてそれはわたしにも言える事。ですが、アレはわたしたちでは手出しが出来ません。魔王を連れ去った彼女は、恐らく吸血鬼。それも神祖レベルです。―――――影の国、というものは知っていますか?』



『影の、国……?』



『ええ、その言葉を知らなくても、貴方も一度は目にしたはずです。あの空に浮かぶ岩の塊を。……かの国を治めているのが、吸血鬼の神祖と古い文献に記述されています。それが意味することは、分かりますよね?』



 アルマーニ司教はそう言って背を向けた。



『今はまだ、わたしも貴方も単独では彼女には決して届きません。影の国はあってはならない。その存在が厄災を招く。かつて、神たちがその座を追われたように。ですが、貴方()()ならば、いつか……』







 アルマーニ司教が言うには、教会では既に影の国へと攻め込む準備を進めているという。そのための教会、そのための粛清官だと。

 そのためには教会は象徴にならなくてはならない。民を守るための力の象徴へと。

 だからこそ、魔王は討伐されたことにしなくてはならない。それが例え、虚構だったとしても、善意から始まる嘘というものはある。


 紫葵にもそれが分かっている。



「―――――それが、ペルネ王国の回答という事でよろしいのですね?」



 それまでアルマーニ司教に説得を任せていた紫葵が、ここにきて初めて言葉を発した。

 宰相の顔が紫葵へと向く。大方、お飾りの小娘だとしか思っていなかったのだろう。その顔には驚きがありありと浮かんでいた。

 だが、さすがと言うべきか、宰相まで上り詰めていた男にも自信や矜持があるのだろう。すぐに表情を立て直し、紫葵へと向き直る。



「そのように結論を急ぐものではありませんよ、聖女様。私たちが申しているのは―――――」



「行きましょう、アルマーニ司教、天理くん。どうやらここには言を論ずる価値のある者はいないようです」



「……は?」



 紫葵はそう言ってソファから立ち上がった。すぐにそれに続き立ち上がるアルマーニ司教。そしてその後ろに立ち、護衛のような形で控えていた天理もまた紫葵の後に続いた。

 彼女が怒りに駆られているのはその言動からも分かった。だが、それを鑑みても、紫葵という人物はこのような行動に出る人ではないという事を天理は良く知っていた。



「お、お待ちください。まだ話は……!」



「いえ、既に結論は出ましたよ。それほどまでに知りたいのなら、お教えしましょう。日を改めて、教会は貴方がたペルネ王国に対して制裁を与えるでしょう。どうやら貴方がたは教会の力に懐疑的なご様子なので」



「んなっ!? ちょ、お待ちくださ―――――」



「では、(わたくし)たちはこれで」



 背後から追ってくる声を気にも留めずに、天理たちは応接室を後にした。

 しばらく歩き、そこでようやく紫葵は肩に入れていた力をふっと抜いた。それによって張り詰めていた雰囲気が一息に弛緩する。そこにいるのはいつも通り柔らかな雰囲気に戻った、天理のよく知っている紫葵の姿だった。



「聖女モード、お疲れ様」



「もー、天理くん、からかわないでよー」



「いえいえ、聖女様は十分頑張られましたよ。ここからはわたしの仕事です」



「あ、迷惑をおかけします、アルマーニ司教。わたしではああする事しか出来なくて……」



 悔やむように紫葵は言った。上に立つ者は相応の姿勢を貫かなければならない。それは天理も身に染みて知っている。あの場での聖女としての紫葵のやり方はああする他なかった。聖女としての、教会の立場が軽んじられていると取れる以上、下出に出るわけにもいかない。

 そのような背景から、紫葵はやりたくもない役回りをやらされたのだ。


 それを、紫葵は自身の力不足と嘆いていた。もし自分にもっと発言力が、影響力があったならと。

 紫葵が今まで聖女としての立場を重責に思っていたのは聞いていた。だからこそ聖女としての活動と言っても最小限なものしかしてこなかったと。それが今こうして裏目に出ている事を、彼女は心底悔やんでいるだ。



「いいえ、わたしたちが貴女に辛い役割を演じさせている事はもう分かっています。彼に見せる姿が本当の貴女なんでしょう?」



 アルマーニ司教は分かっています、とでも言うように微笑んだ。

 紫葵は恥ずかしそうに頷くと、天理へと向き直る。



「そうだ、天理くん。教会から連絡があったの。魔王討伐の件で功績を上げた貴方に報酬でもって報いたいって」



「報酬? でも僕は……。紗菜だって保護してくれるように取り計らってもらったんだろう? これ以上は……」



「ダメだよ。報酬を与えるっていうのは、組織や国が自分たちの力を周囲に示すためでもあるんだから。それに天理くん、こう言っちゃなんだけど、あんまり力ないでしょ? ああ、いや力って言っても、権力とか立場とかそういうのの話だよ? だからね、天理くんにはわたしの剣になって欲しいんだ」



「紫葵の、剣……?」



 傭兵とか、護衛とかそんな感じ、と続ける紫葵。冗談なんかを言っているような雰囲気ではない。

 

 確かに、紫葵の提案はひどく魅力的だ。今の天理は一魔物狩りでしかない。それでは出来る事は限られている。身分を保証されるというのは大切な事だ。それだけで人とのコミュニケーションが円滑になる。

 

 英雄凱旋。次の目的地は西大陸、教会本部を擁する『聖ルプストリコ』だ。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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