71 選択の時
だいぶサボってしまいましたが、更新再開します。
主人公パートはしばらくやってなかったため、軽いあらすじを置いときます。
以下あらすじです。
魔族が潜んでいると噂されている森の中、そこに自分と同じように魔族となって転移したクラスメイトがいるかもしれないという期待を抱き、夜イレイヤの目を盗んで一人探索に赴くも、それに感付いたルネの頼みにより彼女を伴うこととなる。
だが、そこに待ち受けていたのは世界の管理者の一人、『観測者』だった。不可思議な空間を形作り、隔離してきた『観測者』から『あること』を頼まれる琉伊。
しかし、混乱の最中現実へと戻ってきた琉伊だったが、共に来ていたはずのルネは意識を失い、そのまま目を覚ますことはなかった。
その治療を依頼しにぺルネ王国王都へと向かっていた琉伊たち一向だったが……。
「これが、大陸渡航船か……。なんというか、想像以上だな……」
目の前の視界一杯を優に覆えるほどの体積を持ったその船を見上げながら、感嘆を顕わにする。
言いながら、言い知れぬ懐かしさを嗅覚に覚えた。磯のかおりだ。
中央大陸―――――その更に中央に鎮座する世界最難関と称される迷宮『大地の洞』。そんな場所に俺が転移してからまだ一年と経っていないという事実が俄かに信じがたい。ましてや、日本の頃の記憶ならばもっとだ。
海という場所に行く機会の少なかった俺にとっては狂おしいまでの郷愁、とまでは行かなかったものの、やはり胸を締め付ける何かが込み上げてくるのが自覚出来た。
「大陸間の移動は数か国が協力して融資してるからねー。貿易とかそのへんもあって各国からの支援がすごいの」
「そうか、魔物とかは大丈夫なのか? 海のは大概やばいって聞くけど」
「まあお金だけは掛けられてるらしいからね。魔物狩りとかにも依頼として出されてるっていうし」
腰まで伸ばした金色の長髪を潮風に靡かせながらイレイヤが答える。髪を抑える仕草がどことなく彼女の幼さをかき消し、大人びた、厭らしさのない色気を感じさせる。
「―――――ねえ、怒ってる?」
ふと、イレイヤが上目遣いに問いかけた。
その言葉の言わんとすることはよく分かる。
―――――こうして無理やりついてきてもらったことを怒っているか。
つまるところ、イレイヤは俺に対してそう問いかけたいのだ。
「怒っていないさ。いや、怒るわけがない。正しいのはイレイヤだよ。俺が間違っていただけだ」
答えながら、俺の意識は少し前、今こうして南大陸から西大陸へと渡る事を決心した日へと遡っていた。
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「ここにある設備を用いての出来得る限りの手段は尽くしました。今のままではこれ以上の回復は見込めないでしょう」
「は……ぁ……?」
言葉の意味が呑み込めず、たまらず目の前に立つ回復士の顔を凝視する。だが、彼はそれ以上は言う事はないとでも言うように俺たちに背を向ける。
そこまでいってようやく彼の言わんとするところが理解出来た。
つまり、ルネは、あの小さな少女はもう目覚めないと、そう言いたいのだ。
瞬間的に思考が沸騰する。意識に空白が出来、イレイヤの悲鳴のような静止の声を聞いてようやく俺は自分が何をしているのか気付いた。
「……何なんだね、君はっ!? 離したまえ!」
「―――――お願いしますっ……! ルネを、なんとかッ……!」
「お兄さんっ! これ以上は、お医者さんにも迷惑が……」
「分かっている―――――! 分かっている、けどっ……!」
無意識のうちに掴み上げていた回復士の胸襟を慌てて離し、恥も外聞もなく頭を下げる。そうでもしないと、この身体の奥底から沸き上がってくる言いようもない感情が爆発してしまいそうだった。
―――――俺のせいだ。そう、どうしようもなく、俺のせいだった。
イレイヤや、付き添いで付いてきてくれた御者のじいちゃんがそこに触れようとしなかったことが、より俺の心を苛んでいた。
いや、触れようとしなかった、ということも俺がしっかりと事実を話していないせいか。
俺のせいだと、そう詰って欲しいという気持ちと、俺は悪くないと、そう擁護して欲しいという気持ち。その相反する二つの気持ちが身体の中でごちゃ混ぜになって、どうにかなってしまいそうだった。
「……方法がないわけではありません」
「本当ですかっ!?」
「っ……、ええ、本当です。ですから落ち着いてください。別に我々とて諦めたわけではない」
つい前のめりに聞き返した俺に対して、回復士はのけぞるように答えた。先ほどつかみかかったせいだろう。馬鹿な事をしてしまった。こんな風に我を忘れるほどに怒りに駆られる事なんてなかったのに。
いや、今はそれよりも回復士の言葉だ。
再び彼は俺たちに背を向け、一度奥に引っ込んでいったかと思うと、一枚の紙きれを手に戻ってきた。
「我々とて救えるかもしれない命を目の前で放り捨てるなんて愚行を犯したいとは思っていません。……これはある場所への推薦状です」
「これって……もしかして『戦乙女の息吹』!?」
「ええ、彼女たちなら、あるいは」
「すごいすごい! お兄さん、すごいよ! 『戦乙女の息吹』って言えば、回復魔法の極め手たちがいるところだよ! 聖女様に次ぐ腕の持ち主たちだから、そこならルネちゃんもっ……!」
イレイヤのはしゃぎぶりからすれば、それはよほどの好待遇と言っていいのだろう。
それを聞いた俺は困惑が隠せなかった。
―――――どうして、そこまで。
それが不思議でならなかった。
突然駆け込み、碌な説明もせずに治療を乞い、そして手を尽くした彼らに対して俺がしたことと言えば、自分のふがいなさを棚に上げて激昂しただけ。もし俺が逆の立場だったならば、そこで見放していた。それだけの事を俺はしてしまった。
「なぜ、という顔をしているね」
「っ、はい。自分でも貶したくなるくらい、馬鹿な事をしてしまったので……」
「いや、君にとってそれほど大切なのだろう、彼女は。いや、君ばかりではないよ。多かれ少なかれ、治療院に依頼に来る人なんてそんなものだ。大切な人の命運が自分じゃない他人の手に委ねられているだなんて」
どこか、悔恨のようなものを滲ませながら、彼は呟いた。
それは俺を通して、他の誰かを見ているかのよう。ここではないどこかに、彼の意識は向けられていた。
「―――――と、まあ、私が言いたいのは、少しくらいでも良いので我々の事を信用してもらいたい、という事かな。君の無力も大概分かるがね。何にせよ、彼女は私がここに勤めて初めての患者だ、断言は出来ないが、力の限りを尽くさせてもらうよ」
そう言って彼は白衣を翻して、この場を後にした。
俺に出来るのは、その背中に向けて最大限の敬意を込めて頭を下げ続ける事だけだった。
そこまでは、良かった。
一人で舞い上がって、馬鹿な事をして。それでも回復士の彼の懐の広さに助けられて、そうして諭されて。
「教……会……?」
「そうだよ、ここから西大陸にある教会本部までは相当時間がかかるから、早く出ないと」
だが、現実は優しいものではなかった。
『戦乙女の息吹』。教会直属の剣、『粛清官』とはまた別に、教会の表の顔を背負っているとも言える戦闘組織。構成員が全てうら若き乙女であり、ともすれば聖女に比肩するほどの回復魔法の使い手である彼女たち。
それにもかかわらず、民たちの剣となって各地に派兵され、その上げた戦果は並みの魔物狩りや探索者を凌ぐという。
普段から慌ただしく飛び回る彼女たちだが、それも全部が全部駆り出されるわけではない。必要に応じ隊を分け、本隊とも言える者たちは教会本部に詰めているという。
―――――ここに来て、教会か。
ミノットの、教会に気を付けろという言葉が思い出される。俺の中でのミノットというのは、異世界における俺の理想形、完成形と言っていい。
その彼女をして気を付けろと念を押すほどの相手だ。
「お兄さん……?」
「ぇ、あぁ、そうだ、な……」
口ごもる俺を、どこか胡乱げに見つめるイレイヤ。それは、イレイヤを置いてルネと共に行き、そして帰って来たときから度々向けられる類いのもの。
一度開いた心の距離は、その存在を知らしめるように一向に埋まろうとはしなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。