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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
70/120

70 プロローグ 君想う、故に我あり

かなり時間が空いてしまいましたが、新しい章が始まります!

ただ、申し訳ないのですが、すぐさま連続更新は出来ず、次の更新は来週の日曜以降になると思われます……。

 時の頃は暁天近く、雲一つない夜空から降り注ぐ月光の残滓があまねくを照らし出していた。


 窓から射し込むそれが、窓際に腰掛ける一人の少女の淡い天色(あまいろ)の髪を煌めかせる。


 年の頃は十代後半と言ったところだろうか。背丈は年相応かそれ以下くらいなのだが、その顔に浮かぶ表情の希薄さが彼女をあどけなさの残る少女から老獪さすら垣間見える大人びた女性へと変貌させていた。


 カタリ、と少女の背後で小さく音が響いた。

 それに反応するようにゆるりと振り向くと、月光を浴びて神秘的に輝いていた天色の髪がさらりと胸元から溢れ落ちる。


 誰か、と誰何する必要もない。彼女を訪ねてくる者など限られている。



「……終わったの?」



「ああ」



「怪我、してる」



 声に憂慮を乗せて少女が問い掛けるも、男は僅かばかりに不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げるのみだ。


 直ぐに気にするものではないとの結論に達したのか、思考を切り替えるかのようにパチパチと瞬きをし、用向きを述べる。



「ミノットに話を聞いた。俺が不在の間にあらかたの首尾は整ったみたいだな」



「そうみたい。すぐにでも行けるって」



「俺待ちだったか」



「そうかも」



 言いながら、少女は視線を今一度窓の外へと向ける。見下ろすはある程度の広さを誇る居住区、見上げるは常より近く、端から白み始めた夜空だ。


 幾ばくかの静寂が二人の間に横たわった。かと言ってそれは不快に感じるようなものでもない。元々寡黙な少女と、それを理解している男にとってはこれも一種のコミュニケーションだった。



「―――――この幾百年もの間、彼らには辛い思いをさせてしまった」



 やがて、少女はポツリと言った。



「エリザやミノットを始めとする吸血種もそうだけれど、彼女たちと共に生きようと思ってくれた人間たちにまで」



「……だからこそ、こうして影の国を『世界の狭間』から引っ張り出してきたんだろう。それに、元々吸血種たちに非はなかったんだろう?」



「それもこれも全て『ワタシ』のせいなのだろう。彼らに非はなかった。だけれど、彼らを彼ら足らしめている『性質』は、人には受け入れ難いものだった。……彼らが苦しむのを、『ワタシ』は眺めていることしか出来なかった」



 後悔を滲ませながら彼女は目を伏せ、睫毛を震わせる。そうして深い悔恨に沈む少女を見て、男は数度口を開閉するもそこから気の効いた言葉が出てくる事はなく、諦めたようにぐっと顎を引いた。


 再び両者を静寂が覆う。だが、そんな中どことなく逡巡した様子を浮かべていた男だったが、やがて何らかの決心がついたのか部屋の入り口から少女の腰掛ける窓際までへと、ずんずんと音を立てるように歩み寄った。


 そんな事をすれば、物思いに耽りながら外へと視線を遣っていた少女も男の方へとつい、と向き直る。その事に再びぐっと歩みが遅くなるが、それでも立ち止まることなく彼女の元へと進んだ。


 立ち止まり、少女を見下ろす。そしてまた少女も男を見上げた。少女の髪と同色の天色の瞳が――――その中で輝く十字の不思議な紋様が男の意図を読み取ろうとするかのように男を凛と見据える。



「どうし―――――あぅ」



 それを、男は少女の頭へと手を乗せることで遮った。突然の行動に虚を突かれ、意図せず間の抜けた声が漏れる。その事に抗議しようと上目遣いに男を睨むも、男自身、らしくない行動だと自覚しているのか、頬に走る赤みを誤魔化すようにぐいっと頭を押さえ付けた。



「そのための『契約』、そのための俺だろうが。言っておくが今更取り消しはしないし、させないぞ」



「……ふふ、分かっている。ここで過ごしすぎて、吸血種やそれに寄り添う人間達を見て少し思うところがあったみたい」



「ああ、そうかい」



 少女が笑みを浮かべた事で達成感と同時に襲い来る羞恥心と戦っていたためか、男の返事は今しがた『励まし』をした者の態度とは思えぬほどに素っ気ない。


 だが、その心の動きが分かっているかのように、少女は瞳に暖かな感情を浮かべて笑みを更に深めた。



「貴方を殺すのは『ワタシ』。そして、その時までは貴方は『ワタシ』の影。それが契約、それが貴方の身体を救い、『ワタシ』の身体も救う」



 少女が妖しく微笑む。心なしか、その瞳の紋様が輝きを深めたようにすら感じ、月光が少女をこの世のものとは思えない超然的な存在へと昇華させる。



「ふふ、『影の王』が殺されると知れば、吸血種達はどう思うだろう。もしかしたら、その後で『ワタシ』も亡き者にされるかもしれない」



「やめてくれよ、『管理者』。俺は王なんて柄じゃあない。彼女達も何とも思わないだろうよ」



「そう? そうは思えない子もいるみたいだけれど」



 先程とは異なり、二人の間を柔らかな雰囲気が漂う。


 そうしている内に二人の距離は段々と近付いていき、やがて重なっていく。


 二人の秘め事を覗き見るのは遥か天蓋に浮かぶ月のみだ。



 深く、深く交わり合い互いの境界を無くしていく。



 何時しか二人は窓際から離れ、数人は横たわれるほどの巨大な寝具へと場所を移していた。



 やがて、月すらも見ることを憚るかのようにその身を雲の内側へと隠していく。





 完全な闇の中、二人の瞳が星のように瞬いていた。











 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆











「……そういえば、あの子はどうなっている?」



 再び現れた月明かりに照らされて血のように紅く輝く『影の王』の瞳を至近距離で覗き込みながら、ふと『管理者』が声を上げた。



「あの子……? ああ、ハギリ・ルイ(アレ)か」



「アレだなんて言わない」



 初めは訝しげに首を傾げていた『影の王』だったが、やがて合点がいったのか、少し蔑み混じりの声で言う。


 それに対し、『管理者』はその綺麗に整った眉毛を潜めた。同時に瞳の中の紋様が小さく揺らぐ。それが不快さを表しているということを知っている男は一応謝罪の言葉を発したが、それが表面上のものだと分かっている彼女の雰囲気が和らぐことはない。


 しばらくつんけんとした雰囲気を漂わせていた『管理者』だったが、やがて諦めたようにふぅっと息を吐き、言葉を繋げる。



「あの子が楔になる、それは分かった。でも、あの子はちゃんと役目を果たせるのだろうか」



「出来るさ。アレは出来る。それがアレの『本質』だからな。必要とあらば、その身が危険に晒されてしまうとしても、奴はそこへと向かう。俺や、君が知っている通りに」



「それは……とても悲しいこと。自分の運命が、自分の知らない、まったく別のところで決まっているだなんて」



「それが人生ってものだろう。誰もが本能的にそうだと悟っているんじゃないかな。だからこそ死っていうものが恐ろしく、また魅力的に映る」



 言いながら『影の王』が身体を起こす。

 数歩歩く内に床から立ち上った影が身体に絡み付き、それまでと異なる意匠の衣服を形作った。



「……もう行くの?」



「教会を落とす前まだやるべき事が残っているからな」



「『ワタシ』も手伝えればいいのだけれど……」



「無理をするなよ。身体に障る」



 素っ気なく言い残し、男の身体を再び影が包む。そのまま体積を小さくしていき、床へと沈み込む。




 そうして消えていく男を、少女は目を逸らす事なくずっと見つめていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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