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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
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07 白無垢

ちょっとストックが心もとなくなってまいりました。




 これだから引きこもりは嫌なんだよなぁ!?

 こんなの当然だよなって顔してんじゃねぇですよぉ!言葉が足りなさ過ぎて伝わるもんも伝わらねぇんですよぉ!


 目の前でグロテスクな虫人間みたいなやつの首ちょんぱショー見せられた挙句、その首なし死体を目の前に放り投げられて、飲みなさいって……。


 いやいやいや、驚きすぎて俺の中の水茎紗菜が出てきたよ。全部俺がいつぞやかに言われたことだけど。


「——? どうしたのよ、喉が渇いていると言わなかったかしら?」


「うぇっ!? え、えーっと、そうだ! ミノットさんが仕留めたんだから、ぜひミノットさんが飲めばいいんじゃないかなーって!」


 というか、もしかして吸血鬼の主食なのか主血なのかは分からないが、とにかく餌とやらはこんなのばっかなのか?

 だとしたら俺生きていける気がしない……。こんなグロいの食べるくらいなら渇死してもいいんじゃないかって思うんだ。


 影の国で囲われてる人畜ってやつもこんなのなのか?

 だとしたら俺はエリザとかいう偉そうな人からこんなのを盗んだことになってしまったのかよ。

 和也が聞いたら大爆笑しそうだな。


(わたし)は飲もうとは思わないのよ。飲めもしないし」


「えぇ……。いや、俺も飲むのなら人間のやつがいいんですが……」


 なんだよ自分が飲みたくないやつなんか人に勧めるなよ。

 本当に吸血鬼として何かから血を吸うかは別として、今この場で倒れている首なし死体から絶えず流れてる血を見たってほんのちょびっとでも飲みたいなんて思う事ないぞ。


 ミノットの厚意のようなものに苦言を呈した俺を、彼女は冷めた目で睨め付ける。


 こ、このくらいで怒らないでくれよぉ!

 さっきの鮮やかな首ちょんぱを見て改めて目の前の女性が超常の存在である事を再認識した俺に、元からなかった歯向かうという選択肢がさらに馬鹿らしいものとなった。


「ここにニンゲンなんかいないのよ。それでも飲みたいというのならここから出なさい。エリザから人畜を盗むほど溜まってるくらいだからどうせすぐに教会に粛清されるのがオチだろうけど」


「……教会?」


「エリザは天敵の事すら教えないのかしら。それとももう影の国から出るつもりが毛頭ないのかもしれないわね。なんにせよ、ここから出るなら知っておいて損はないかしら」


 教会という字面と天敵という言葉からある程度察せられる事がある。

 家の都合上()()()()()()とは多かれ少なかれ触れる機会があった。


 といっても俺があったことのあるのは決して吸血鬼の天敵と言えるものではなかったが。


 悪魔祓い(エクソシスト)と呼ばれる職業がある。

 日本では一般的なものではなかったがこと外国、とくに欧州のある国にはかなりの凄腕の悪魔祓い(エクソシスト)がいた。その人は教会に所属し、かなりの良い肩書を持っていた事を覚えている。


 つまり教会というものは一般的に神を信仰し、神に仇なすもの——すなわち魔に属するものを誅滅するための組織なのだ。


 それがどの教会にも共通する事柄であるかは謎だが、天敵というからにはこの場所でも教会にそうした面があるという事は確かなようだ。


 少しくらい静かに暮らさせてくれてもいいでしょうが。


「教会の歴史は深い。その発足は陽暦の今から大きく遡った陰暦だったころの事なのよ。影の国が出来たのもそのころかしら。奴らはただただ厄介なのよ、とにかく魔に対する力は目を見張るものがあるの。エリザのやつが世界の裏側にわざわざ影の国を作ったのも、代わり映えのない日常に退屈したのもあるけど、奴らが面倒だったというのもあるのよ」


「きゅ、吸血鬼って強いほうじゃないんですか? それで手を焼くくらいって……」


「ニンゲンの知恵と神たちの私怨かしら。鬱陶しいにも程があるのよ」


 ……話が壮大過ぎんぜ。


 うすうす思っていた事だけど、これもう地球じゃないな。今更だけど。

 いや、世の中には知らない事がたくさんあるっていうし、俺自身未知との遭遇もしたことがあるからもしかしたらって気持ちで地球説を持ってたけど、なんかもう絶対違う。陽暦陰暦ってなんだ。今は西暦だ。


 いろいろと新しく分かったこともあるけど、ちょっとハードすぎるのは気のせいですかね。


 目が覚めれば最難関の迷宮とやらにいるし、そこの魔物というらしい化け物は殺意全開だし、突然出会った美女は首ちょんぱだし。


 しかもその迷宮から外に出れば天敵の教会があるって。

 どうするのが正解なんだ。紫葵ちゃんたち探してる場合じゃなくないですかねこれ。


「あ、そういえば、さっき言ってた見つけたって……」


「ん? ああ、これのことなのよ」


「あ、ソデスカ」


 紛らわしい!

 話の流れを考えてくださいよ!俺以外の人って言ってたでしょうよ!

 それとも、これがちょっと人型してるからか?広義にも程がある。


「それより、お前、これいらないの?」


「あ、はい。無理です」


「そ、なら貰うわ」


「飲みたくないって——」


 ——言ってたのにと続けようとした口はそのまま言葉を紡ぐことなく、閉じられる事もなかった。


 目の前にあった亜人間が突如として影の中に沈んでいったのだ。少し離れた所に転がっていた首もまた同様にだ。

 言葉からして、その行為を行ったのはミノットで間違いない。


 血を吸うわけでもなく、哀れ首ちょんぱされた死体は泥に引きずり込まれるように影の闇の中へと消えていった。


 だが、驚いたのは目の前の現象に対する不可解さゆえにではなかった。

 それがまるで既知の事象であるかのように、水が上から下に流れるのが当然な事のように、俺には理解出来てしまったからだった。


 それは魔法、それも影魔法の類であるという事が何故だかはっきりと分かった。

 その唐突さにめまいがするような衝撃を受ける。俺にはこの魔法に対する知識があるのだ。本能のように脳に、意識に刻み込まれた状態で、だ。


 まるで自分が自分で無くなってしまったかのような、自己に対する懐疑感が胸の内で湧き上がるのを感じた。


 俺は俺でないのではないか。だって俺は人間だ。吸血鬼なんかじゃない——なかった。


 俺は、俺たちは実際あの時に死んでいて、魂のようなものがこの【俺】として転生したのではないのか。


 ——この【俺】はミノットが言うように、影の国から追放された馬鹿な吸血鬼なんじゃないのか。


 ……いや、違う。落ち着け。俺は冷静だ。


 この身体に魂がしっかりと定着しているような、長年連れ添った身体は見まごうこともない俺自身のものだ。それにステータスにも記載されていたはずだ。俺は葉桐琉伊だ、大丈夫だ。


「お前、急にどうしたの」


 突然に頭に手を添えて、表情の抜け落ちたその姿を見て訝しがるような視線を向けるミノット。

 当たり前だ。俺だってそんな危ない奴には近寄りたくない。


「……それって影魔法ですよね?」


「ふーん? お前、弱いくせにそういうのは分かるのね。もしかしたらお前にも適性があるのかも知れないのよ」


「お、おお? 魔法ですか!? 魔法ってやつですか!?」


「お前、なんなのよ……。気持ち悪い」


 そんな暴言気になりませんとも!

 魔法って言えばロマンだ!

 見れるだけでもちょっとわくわくするのに自分が使えるってなるともう女の子から引かれるレベルでテンションが上がるぜ!


「はぁ……。(わたし)の用事はもう終わったのよ。お前、どうするの? 一人で餌でも取ってくるのかしら?」


 いたずらっぽく目を細めるミノット。

 綺麗であり、可愛くもあるはずなのになんというか、何にも思わないのはやっぱり根底に恐怖が根付いているからだろうか。怖い。


 というか弱い弱い言ってる癖に俺が一人で行くと思っているのだろうか。

 さっきの亜人間だって絶対強いはずだ。俺なら分で死ねる自信がある。


「いやあ、死ぬ気しかしないので」


「吸血鬼はほとんど不死なのよ」


「え?じゃあ俺死なない——」


「それでも死ぬくらい弱いと言いたいのよ」


 吸血鬼の特性が死んでいる。

 ステータスもバグってるせいで全然強さ分かんないしな。


 というかよく見ただけで弱いとか分かるもんだな。もしかしてオーラ的なあれが見えるのか?

 俺も見てみたいんだけどそれ。

 

 オーラじゃなくてもいいからせめてミノットのステータスを見てみたい。絶対カンストしてたりするよあれ。なんせ手刀で首ちょんぱだからな。怖いから言わないけど。


「帰るわ。付いてきなさい」


「勿論ですとも」


 怖い怖い言っても、そろそろ慣れてきた部分もある。


 そこまで踏み込まなければ気のいいお姉さんなのだ、ミノットという人は。

 こうして行き倒れていた俺を親切にも拾ってくれ、生理的に無理だったがこうしてわざわざ血の素を提供してくれさえする。


 俺は堂々とした足取りでミノットの後へと続いた。

 気分的には従者だ。影を踏まない様に三歩後ろを追う。なんて出来た男だ。


「馴れ馴れしいのよ」


 瞬く間に玉砕だ。

 慣れてきたのも、従者の気分でいたのもただの幻想だったらしい。悲しい。







 そうこうしているうちにコロッセオの奥の通路へとやってきた。


 そこを歩き切り、最奥の壁に向かいミノットが再びキーワードを告げる事で隠されていた道が顕わになる。


 不思議なことだが、こうして戻ってきた事を帰ったと認識する自分がいてひどく驚いた。

 ここで過ごしたのが何日になるのか分からないが、俺はここを自身の戻ってくる場所と判断しているらしい。すごい話だ。


「あー、ミノやっと戻ってきたの!」


 そうして感慨に耽っていた俺の意識を現実へと揺り戻したのは、幼さしか感じられな高い声だった。


「——ローズ!? どうして出てきたの!?」


「だって、ミノ何か隠してそうだったもん」


「もんって……」


 驚いた。あのミノットがこうも取り乱すだなんて。

 俺はミノットの背後からミノットをミノという愛称で呼ぶ少女——いやまだ少女にすらなれていない幼女に目を向けた。




最後まで読んでくださりありがとうございまう。

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