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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
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64 聖女と英雄 vs 魔王 ⑥

更新が遅くて申し訳ない限りです。

 雨霰(あめあられ)のように降り注ぐ魔物という名の爆弾。間断無きその攻撃は肉体とともに精神をがりがりと(やすり)がけしていく。疲弊は泥のように心身に降り積もり自身の足枷になっていくのを天理は感じていた。


 怒涛のような魔物の進行から、それを打破したのちに王城に乗り込み魔王と相対してから優に数時間の時が経っていた。その間休息と言える休息はなく、ぶっ通しで続く戦闘に根を上げる者がいないのは不幸中の幸いと言える。いや、それがただの魔物の大軍勢、所謂『大暴走(スタンピード)』と呼ばれる現象ならば終わりなく続く行軍に戦意を喪失する者も出てきたかも知れないが、今は魔王の討伐という富と栄光の約束された英雄譚だ。文字通り死に物狂いで多くの者が事に当たっていた。


 一匹、また一匹と天雷に跨る自らの下に飛来する魔物を射抜きながら、天理はすばやく辺りに視線を巡らせた。どこに目をやっても、映るのは骨や肉片を破片として辺りにばら蒔く攻撃に手をこまねいている仲間たちの姿だ。


「魔法使いの人たちはまだいい……。だけど、ルーシカたちなんかだと来る前に落とすことは出来ないか……。―――――紫葵、ルーシカたちに光魔法で盾を張れたりは?」


「……っ! ごめんね、天理くん……。今こうして張ってるだけで手一杯なの……」


「いや、悪いのは無理を言った僕だ。謝らなくていい。―――――シッ!」


 眼下の仲間たちとは違い、明らかに重点的に天理たちの下へとけしかけられる魔物たちを、紫葵は魔力を振り絞って防いでいた。天理の技量は飛び抜けているとは言え、それでも全てを打ち落とすのは不可能だ。故に打ち漏らしを紫葵が光魔法による盾を用いて防ぎ続けていた。だが、それも限界が見えている。このままでは近い内に戦況が魔王―――――誠二側に傾くのは目に見えていた。


「紫葵、聞いてくれ。このままじゃじり貧、どう転んでも僕たちの全滅だ。だから、一気呵成に畳み掛ける」


「っ! わたしはどうすればいいの?」


 紫葵から伝わるのは全幅の信頼だ。目を、顔を見なくても声を聞いただけで伝わってくるそれは、天理の背を力強く押す。


 天理の選んだ道は火力による一点突破。他の面々に対して指示を出す余裕も、また彼らも指示を聞く余裕もない事から天理が背中を預けるのは長い付き合いのある紫葵だ。彼女の魔法の特訓に付き合った事から、その力量も可能性も天理には分かっていた。また、これまでの戦闘から天理と同様に紫葵も徐々に力を付けてきている。後は成すだけだ。


 紫葵にだけ届く声で、天理は手短に考えを告げる。その間はさすがの天理と言えど万全の力は奮えないが、主であり、心友(とも)でもある天理の意を汲み天雷が縦横無尽に宙を駆ける。その様に翻弄され、魔物は見当違いの方向へとその身を散らしていく。


「紫葵には負担をかけるかもしれない。だけど、やってくれるか?」


「もちろんだよ! こんな事、はやく終わらせないと。紗菜ちゃんも待たせてるもんね?」


「そうだね。こうして次から次へとってほど順調じゃないけど、それでも少しずつ見付かっていってるんだ。ここで立ち止まってなんていられない」


 天理はその表情に覚悟を滲ませ、握る弓に力を籠める。ここから先は今までのそれとは違い、確実に命の保証が出来ない。今までだってそうだったが、それでも勝算や勝機が見えていた。だが今回の状況は全くと異なる。

 天理は睨むように誠二に視線を向ける。返ってくるのは同じく強い意志の籠った視線。天理のものとは違うのはそこに込められた感情の方向性が正であるか負であるかという事だ。どちらがどちらなのかは言うまでもないが。


「いつまでもッ……羽虫がうろちょろとォ!!」


 業を煮やしたのか、誠二が動く。配下の魔物を利用した無差別な絨毯爆撃が、彼の悪意によって一斉爆撃へと変貌し、その矛先―――――天理へと降り注ぐ。


 対する天理は、最初こそその迫力に僅かに瞠目したかと思うと、すぐに気を取り直し深く深呼吸をする。目前に迫る脅威をよそに場違いなまでに静謐さを漂わせた天理に、中には慌てて声を張り上げる者もいたが、天理と深く関わっている者、ルーシカや紫葵などは何ら彼の心配をする事なく己の出来る事に腐心し始める。


 ―――――勝った。

 そう確信し、表情を歪ませる誠二とほとんど同時に、天理は目をこぼれんばかりに見開き、弦を引く。途端に弓と弦の間に魔力で編まれた矢が生成され、次いで天理の指により弦が弓なりに引き絞られる。


 眼前へと差し迫る脅威に心を乱す事なく、天理は最後にふっと一呼吸を置き、一矢に渾身を込める。


「―――――『流星一射』」


 放たれたのはまさしく流星。

 空を駆ける一迅の光のように煌めきを零しながら魔物を一直線に一網打尽していく。

 だが、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔物の一斉爆破の威力は想像を絶するほどで、凝縮されたエネルギーの奔流が流星と激突し、数瞬拮抗する。


 一瞬が何百倍にも引き延ばされたように錯覚する。弓を射た天理にはその行く末がまるでコマ送りのように見えていた。

 一体を貫き、さらにその先、二体、三体…………。順調にいったのはそこまでで、そこからは力と力、そして意思と意思のぶつかり合いだ。天理には負けられない理由があり、そして誠二にも勝ちたい理由があった。


 それでも勝利の女神がほほ笑んだのは天理に向けてだった。

 拮抗状態から一転して流星が魔物たちの残骸を吹き飛ばし、その威力を残したまま誠二を飲み込まんとする。

 その間に割り込むようにして空間が歪み、誠二と流星を隔てる壁となる。『編纂者』と呼ばれる男による時空湾曲だ。それは絶対にして絶壁の防御。威力の大部分の削がれた流星では突破すること能わずにそのまま渦の向こう側へと消えていき―――――、


「は、ははっ! そんなものか! そんなものかよ、蓮花寺! これで僕の勝――――」


「―――――いや、僕の勝ちだよ、物部」


 途端に背後から聞こえてきた声に驚き、振り返る。……が、それより一瞬はやく天理が動き、襟首をつかんで力任せせに玉座から引きずり落とす。途端に感じる重力に悲鳴を上げる誠二。目前に迫る床に思わず恐怖から目をぎゅっと瞑ってしまう……がいつまで経てども予期していた痛みが来ることはなく、恐る恐る瞼を持ち上げた誠二が見たのは目と鼻の先に広がる一面の黒い平面だった。


 誠二は空を切る四肢をわちゃわちゃと振り乱しながら慌てて肩越しに振り返る。視界に映るのは、つい先ほどに奥の手を披露し、そしてそれを見事に防がれたはずの天理の姿だった。弓矢を突き付けるその姿は、誠二が少しでも怪しげな行動を起こせばすかさずその身を貫かんとばかりに最大限まで引き絞られていた。


「ば……かな、だってお前はあそこに!」


 目の前の事実が信じられずに、恐怖と驚愕がない交ぜになった顔を爆心地に向ける。

 誠二は持ち得る限りの最大限の力で天理に対抗した。一歩及ばずに打ち負けた事は内心苛立ちが募るが、誠二の力の強みは真正面からの一騎打ちではない。故に相殺は『編纂者』に任せ、奥の手が届かずに悔しがる天理に向けて残りの手駒をぶつけるつもりだった。

 もし次弾を放とうにも爆発の余波は莫大なエネルギーを内包する天然の盾であり壁になり得る。誠二からはその向こう側は空間の歪みも相まって見通す事は出来ないが、それは天理にも言える事だ。


「まさか……あの中を突っ切ってきたのか!? 馬鹿なっ、百近くの魔物の爆発だぞ!? 無事で済むはずがない!!」


「それに関しては紫葵が頑張ってくれた。彼女の光魔法は本当にすごいよ」


 バっと音がしそうな勢いで遥か後方、天雷に一人跨る紫葵を見遣る誠二。失念していたわけではない。魔物を(けしか)けていた時にも数度その光魔法と思われるもので防御していた姿を見ていた。


 しかし、しかしだ。いくら防御手段があるとは言え、誰があんな破壊の嵐の中にその身を投げ出すだなんて思いつくのか。

 天理がやったことは、言葉にしてみれば簡単だ。矢を放つと同時に接近し、紫葵の光魔法『聖なりし領域(セイクリッド・エリア)』による球状の防壁にて天雷ごと包み、死角から誠二の下へと跳躍した。


 常人ならば躊躇して然るべき場面。誠二が考えもしなかった手を成し遂げた天理。

 これが凡人(じぶん)天才(てんり)の差とだとでも言うのか。


 ―――――そんなもの、認められない。


「『編纂者』! 『編纂者』ァ!! お前のせいでこんな事になっているんだ、なんとかし―――――ぁ?」


 天理に組み敷かれながら、誠二はみっともなく喚き立てる。だがその言葉も最後まで続くことはなく、尻すぼみに小さくなっていき、最後には疑問を吐く息とともに顕わにした。

 誠二が視線を送ったのは先ほどまで彼が鎮座していた玉座。『編纂者』はそのすぐ傍に控えていたはずなのだが、今は一向にその姿は見えない。


 天理にはそれが分かっていたのか、誠二の動きを強いて止める事はなく、冷たく見下ろすのみだ。


「逃げっ……たのか! 逃げやがった、あいつ! くそっ、くそォ!! なんだよっ、なんなんだよあいつはァ! どいつもこいつも僕の事を馬鹿にしやがって……!」


 誠二のその言葉とともに、王城の中ではありえないほどの大きさを内包していたこの空間が甲高い音を立てて崩壊していく。

 瞬きが終わるころには本来天理たちが足を踏み入れていた場所、つまりは王の間へと変わっていた。


 その事実は誠二に『編纂者』が自分を見捨てて逃亡したという事をどうしようもなく克明に伝えていた。


「もう諦めて、魔物たちを退かせるんだ。これ以上続けるのはもう無益でしかない」


「うるさァいぃ! 僕はまだ負けてない! 僕はお前なんかに負けない! 折角力を手に入れたんだ! あの世界にはなかった僕だけの力、僕の思いのままに操れる力! こんなところで終われるか! 終わってたまるかよォ!!」


「―――――物部!!」


 敵対しているとはいえ、クラスメイトだ。本来は同じ場所で競い高め合う仲であるはずの二人。だがここまでくればもはやそんな事を考慮してなどいられない。あるのはどうやって敵を屈服させるか、それだけだ。


 天理は断腸の思いで引き絞った弦を離す。命は奪わない。だが抵抗する意思は折る必要がある。

 殺し合いがしたいわけじゃない。ただ天理は皆とともに自分たちの世界に帰りたいだけなのだ。


 確かに誠二の犯した罪は大きい。大きすぎるほどだ。間接的とはいえ幾人もの無辜の人々を傷つけ、その命を奪ってしまった。この世界の法についてはそこまで深い知識はないが、もしこのまま天理たち討伐隊が確保した場合にも極刑は免れないかもしれない。

 だけど罪を償う方法が死ぬことだけとは天理には思えない。討伐任務を出したのは教会だ。それならば聖女である紫葵の言葉は無視できないはず。


「あぅ……ぐぅうッ!! ひ……ひひ……。ひひひっ!! 僕の手駒があんなごみ共だけだと思ったか? 残念だったなぁ! 『編纂者』が連れて来た、正真正銘の化け物の、その片割れだ。お前ごときじゃあ成すすべもない! 僕には分かる! 街に放っていた『奴』の近づく足音が! そらっ、来い、『理外の巨人』!!」


 足に浅くない傷を負いながらも、誠二に執念の火は小さくなることはなく、逆に憎悪を薪としてさらに激しく燃え上がる。

 誠二が待っていたのは今この瞬間、自身の使える中でも最大限の手駒の到着だ。

 元々は誠二に扱えるだけのものではないが、状況が状況だ、致し方ない。最終手段の一歩手前だが、これで勝ちは拾える。


 天理も、そしてその他の有象無象ももはや疲労困憊、満身創痍だ。その身体では『理外の巨人』に対抗することすらままならない。

 誠二は痛みすら感じない強烈な愉悦の中、けたたましく哄笑を上げた。


 同時に王の間の天井が音を立てて崩壊する。慌てて飛び退く天理や討伐隊の面々。誠二だけは自分に何も当たらないと信じ切っているのか、飛来する瓦礫を避けようともしない。


 天井を大きく打ち破りながら王の間のほとんど中心に墜落したそれを真ん中として一面に広がる土煙。そこには見上げるほどの大きな影が浮き出ていた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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