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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
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63 聖女と英雄 vs 魔王 ⑤

「――――もう、もうやめて、物部くん! こんな事……しても何にもならないよ! ううん、物部くんが傷つくだけ!」


「危ない、紫葵っ!」


「物部くんっ…………きゃぁっ!?」


 上下左右を物量でもって囲まれ、身動きの出来ない天理と紫葵。周囲からもなんとか包囲を崩そうと魔法なり武技なりを叩き込むものの数の壁の前には焼け石に水を灌ぐという結果になるに過ぎない。


 天理は隙を見ては魔物を迎撃していくものの、このままではじり貧になるのは必至。その後ろでニマニマと厭らしい笑みを浮かべている誠二の姿が目に映り、再び怒りに駆られそうになるがそうすれば誠二の思う通りになるだけだと飲み下す。


 物部誠二という男は今のこの状況を楽しんでいるのだ。天理にはそれがしかと感じられた。

 確かに怒りに我を失い、殺意でもって誠二を射抜こうとしたのは天理の落ち度だ。そのことに後悔の念を感じる前に絶体絶命の状況に押し込まれたため心が大きく乱される事はなかったが、それでも助けようとしていたクラスメイトをあわや自らの手で死に追いやってしまいそうになった、という事実は後々まであとを引くことになるというのはなんとなく自覚出来る。


 直接は問いただしていないが、どうにも誠二には地球に帰ろうなどという意思がないように天理には感じられた。もしかすると天理たちのようにクラスメイト全員で帰ろうなどという気が微塵もなく、自分一人だけでも助かろうとして行動しているのかもしれないが、それにしては行動が奇妙すぎる。国落としのどこが異世界への帰還につながるというのだろうか。


「――――聞いてくれ、物部! 僕たちは今クラスメイトを集めているんだ。僕たちに会った時の感じからして君も飛ばされてきたのが君だけじゃないと分かっていたんだろう? 僕たちだけじゃなくて、あと二人いて」


「馬鹿なのか? 集めてどうするつもりだ? まさか仲良しこよしであっちに帰る方法でも探すのかい?

―――――吐き気がするよ、心底ね」


 その言葉の通りをジェスチャーで示す誠二。行動の一つ一つが人の感情を逆撫でして止まない。


 天理たちと魔王の会話は聞こえはしないが、その態度が完全に敵対するものではないという事に疑問を覚える周囲の面々だったが、面倒な事情が絡んでいるのは聖女が出張って来ている時点で確定的だ。深く突っ込まない方がいいと判断出来るだけの思慮深さが彼らにはあった。ルーシカは単純に溢れかえるほどの魔物を見て狂喜乱舞していたため天理の様子など気にもしていないだけだったが。


「だいたいさ、どういうつもりで誰が願ったのかも知れないのにさ、皆を集めてそれで異世界に帰るー、だなんて目標立てたんだい? もしかしてお前はあれなのかな? 皆はぼくが救ってあげなきゃ(使命感)なんて人? 勘違いにも程があるよ」


「そんな事はない! だけど、誰かがやらなきゃいけないのは確かなんだ! こんな世界で、何も知らずに、何も出来ないままに放り出されて、皆がどんな思いをしてきたか、皆がどんな目に遭った来たか全てが分かるわけじゃないけど、紗菜みたいに助けを求めてる人はいるんだ! だから、僕には僕にしか出来ない事をする! だから……邪魔するな!」


 天雷を、そしてそれに跨る天理から放射状に稲妻が拡散する。それはまるで意思を持っているかのように魔物だけを的確にとらえていく。体液が沸騰し、内側から爆散していく魔物たち。広域に渡って空間に穴が開き、それ幸いと天理たちは包囲を抜け出そうとする。

 だが、驚きはしたもののすぐ我に返った誠二とて何もせずにそうさせるわけもなく、魔物狩りたちの牽制に向かわせていた魔物を天理の迎撃へと回す。その片手間で再び空間が歪曲し、そこから滝のように魔物が降ってきた。


「はっは、笑けてくるほどに傲慢じゃないか! それがお前の本性だよ! 所詮みんなの上に立つ事で優越感を得てるだけだ! そんな事も分かっていないやつに、僕が負ける事なんてないね。―――――そら、『爆ぜろ』」


 その言葉とともに天理へと飛来していく魔物が中空で身体を爆散させる。体内にあるあらゆるものが指向性とエネルギーを持ち周囲へと襲い掛かり、それは破片手りゅう弾を思わせるほどだ。

 反射的に紫葵が光魔法によって盾を張るが、それもどこまで持つか。天理のもとへとたどり着く前に迎撃出来ればいいが、全てが全て撃ち落とせるわけでもない。


 ―――――どうすればいい!?どうすればこの状況を乗り越えられる!?


 刻一刻と窮地に追いやられる状況に、天理は白熱しそうなほどに頭を回転させる。

 誠二の説得はもはや望み薄だ。言葉を交わしていけば何らかの感触は得られると思っていたが、そんな甘い事なんてなかった。最初から最後まで理解不能。その行動原理も、思考経路も何もかもが交わらない。


 だとするならば、これ以上の説得が無理ならば、後に待つのは戦いだ。紫葵はいい顔をしないかもしれないが、むしろ決心までが遅すぎるくらいだ。誠二の気まぐれで最初から全力でこなかったようだが、それは結果論に過ぎず、うだうだと悩んでいる間に全滅という事もあり得たかもしれない。

 いや、あり得たではなく、あり得る。今もまさに窮地に立たされている状況だ。


 この状況では近距離攻撃が役に立たず、ルーシカなどの前衛は動きに制限がかかる。気力を練り、武器に纏わせ飛ばす事も出来るようだが、それで倒せるのは精々数体だ。明らかに割に合わない。

 かといって攻撃のかなめを遠距離攻撃出来る者たちに移してしまうと、それはそれでうち漏らした時の被害のほどは想像するだに難くない。

 

「なあ、今どんな気分なんだい? 視野にも、いれてなかっただろうやつにいたぶられるのはどんな気分だ?」


「物部……!!」


「おお、怖い。まあ、何も僕だって鬼じゃない。魔族だけど。お前に一つ提案をしてやろう。僕の下につかないかい? ああ、好待遇なんて期待するなよ? 奴隷のように、ぼろ雑巾みたく扱うけど、それでも死ぬよりはいいだろ? その場合、お前の高尚な目標には諦めてもらう事になるけどね。他の奴らなんて心底どうでもいいし。ただ、まあ、水茎とまだ、もう一人いるんだっけ? 女ならそいつらも僕の奴隷にしてやるよ。もちろん有栖川もね」


「くぅッ――――!? それで、頷くと……思っているのか!?」


 下卑た視線で舐めるように紫葵に視線を這わせた誠二。それに合わせて庇うように身体を動かそうとしたところで魔物の接近に気付き、慌てて距離を取る。

 

 勝機があるとすれば、未だ誠二は嬲るような姿勢を崩していないという所だろうか。誠二にどのくらいの魔物のストックがあるのかは分からないが、無限という事はないだろう。

 出し惜しみをする様子も見られない事から、まだまだ底は見えないか、もしくは誠二自身が数を把握していないか。


 ふと天理は刹那の思考に耽る。先ほど誠二に矢を放った時、空間が歪んで、それが盾のように矢を防いだ。それは魔物が供給されるときに出る空間の歪みと同質なものだ。あの時本気で驚いていた誠二が咄嗟に使った魔法かそれに類するもの、という事は考え難い。

 だとするならば、先ほどから直立の姿勢を崩す事なく誠二の傍にたたずむ人物。王城へと入る前に一度姿を現したその人物が使用者である可能性は高い。


「紫葵、聞いてくれ。ここまで来てしまえばもう……」


「でも、クラスメイトなんだよ!? 今まで一緒に勉強してきて、それでっ……!」


「それでも! これ以上無駄な議論に費やして、誰かが死ぬのは嫌なんだ。それがルーシカや、紫葵でない保証がどこにある。もしかしたら僕かもしれない。僕はまだ死ねない、どうあれみんなを見つけ出して日本へと帰る方法が分かるまでは」


 未だ絨毯爆撃は続いている。 

 天理は紫葵にだけ聞こえる声で思いついた作戦を共有した。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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