62 聖女と英雄 vs 魔王 ④
かなり遅れました……
本当はおとといに更新する予定だったのに体調を崩してしまったせいでろくに書けずにずるずるとここまでのびてしまった次第でして……
もっと早く書けるようになりたいです……
それは自らが睥睨する眼下の者たちよりも上位にあるという自負の証左なのか、『操魔王』と他称される少年―――――物部 誠二は、天理たちが招かれた空間にただ一つだけ存在する天を突くほどの大階段、そしてその先に取り付けられた玉座の上で泰然と足を組み替える。
その傍らに立つのは仮面を被った人物だ。一片の露出のない衣服を見に纏い、そして顔すらも隠したその人物からは性別や表情などをうかがい知ることは出来ない。かろうじて発する声から男性であるとは判断は出来るがそれだけだ。その声すらも、男の生来の気質なのか、無口であることから聞くことは稀である。
「お前の……『箱庭』だったか? えげつない能力だよね、無限に収納出来るなんて。僕の『操魔』と『創魔』、それにお前の『箱庭』。これで勝てない敵なんているはずもないんだからさ」
「……無限では、ない」
「あ、そう? まあ、そんな事は全然関係ないんだけどさ。それよりさ『編纂者』、今『箱庭』の中身ってどんだけ残ってる? そっちに入ってると分かりにくいんだよね」
己の足下で起こっている戦闘を目を細めつつ見下ろしていた誠二がふと男―――――『編纂者』に問い掛ける。軽く問い掛けているようでいて、その実声音の大部分が真剣さを孕んでいた。
理由は簡単だ。人族と魔物、その単体での戦力差は総じて魔物が上回る。さすがに下位の魔物ではそういうわけにはいかないが、上位に行くにつれて魔物の戦闘力というのは指数関数的に上昇していく。
一体の魔物を仕留めるのに同ランク以上の魔物狩り一パーティー……つまりは四人で事に当たるというのが基本的な対応の仕方だ。
だが、単純に人族四人分の戦闘力が魔物一体と釣り合っているというわけでもなく、人族の中でも己の身一つで数十もの魔物の群を千切っては投げ、千切っては投げるなどという事を成し遂げる事は出来る。
それは誠二とて今までの経験で分かっていた事だった。それでも容易に制圧出来るだろうと判断し、その上で自身の討伐に来たという天理や紫葵たちに魔物の軍勢をぶつけた。不意討ちということも働いたが、正真正銘一国の、それも王都を落とした魔物たちだ。精鋭を揃えてきたようだが、所詮人族だ、その戦闘力はたかが知れている。
結果は見るまでもなく誠二の手駒による数の蹂躙で終わる―――――はずだった。だというのに、
「――――蓮花寺のやつがさ、馬鹿みたいに頑張っちゃってるせいで僕の駒がどんどん減っていっちゃってるんだよね。さすがに負けるだなんて事はないけど、念のために、ね」
負けるはずがない。そんな子供じみた妄信を、自信に変えられるだけの戦力を誠二は持っている。それは『編纂者』からのお墨付きもあった。
誠二としては一切の情報を自ら開示しようとしないこの謎の人物、『編纂者』に対する疑念を尽きようとしない。それでも傍に置いているのはひとえに『編纂者』が”使える”からだ。
『編纂者』に向けていた目を、再び眼下に下ろす。そこに広がっているのは誠二が予想だにしなかった光景だ。
集められた精鋭の多くは魔物狩りであり、兵士ではない。その戦い方に戦略も戦術も存在せず、今までの経験則から合理的な判断に基づいて魔物を迎撃している。だが、今の状況ではそれがいい方向に働いていた。
「くそっ、使えないやつらだなぁ! おい、『編纂者』追加だ!」
その言葉に従い、再び空間に歪みが生じる。そこから這い出るのは魔なるものたち。ただ人族を害さんと舌なめずりをする魔性の類いだ。その数は先程のもの優に超え、魔王の手勢らしく周囲に絶望を振り撒く―――――はずだった。
戦況が魔王側へと傾いたのは追加戦力が投入された最初の間だけだった。初めのうちはその数の暴力に押され、少しずつ戦線を崩壊させていった討伐軍たちだったが、だからと言ってそのまま命を散らしていくわけにもいかない。
討伐軍としての努力目標は、その結成の由来の通り魔王の討伐だ。だが教会としても聖女を派遣したくらいだ、その可能性は五分を超えると判断していた。だが、それは教会の諜報部隊により調査した結果を念頭に置いたものであり、それによって魔王の脅威度を正確に測れていたかと言えば―――――その答えは否だ。
天理たちの知らぬところだが、教会が観測した『操魔王』の能力は『操魔』の一点だ。世界規模の魔物増加により誠二が『創魔』を乱用していなかった事に加え、近年の現れては消え、現れたは消えを繰り返していた弱小魔王を基準に考えていたために、”その上”を見通せなかったのだ。
その背景をペルネ王国ペルネ王都支部魔物狩りギルドのトップであるギルマスは大まかに察知していた。故に努力目標とは別に定めた達成目標は”正規の”討伐隊が組まれるまでの時間稼ぎだ。ギルドというのはその運用上横のつながりというものが強い。情報の共有にあたってそれほど優位に働くものはない。ギルマスは不意打ちにより重傷を受け、命からがらギルドへと逃げ延びた後にギルドの通信網を利用して各支部に”正確”な情報を拡散していた。
――――仮にもギルマスを務める自分が、なすすべもなく逃げかえる事になるだけの配下を魔王は侍らせている。
そこから導かれる魔王の脅威度は、教会が算出したものの数段上だ。それこそ粛清官が出張って来てもしくないほどの。
だからこその”時間稼ぎ”。ギルマス側からすれば聖女をなんとか死なせない様に立ち回りながら、周辺国家へと魔王の目が行かないように目下の懸念事項となる。そう言った考えに基づいた今回の電撃作戦。ギルマスの目論見通り討伐隊は魔王にとっての目の上のたんこぶとなる事は出来ていた。
後は被害を最小限に抑え、機を見て聖女だけでもなんとか離脱させることが出来ればギルマスの思い通りい状況が進んだという事になる。ギルマスは端から今の討伐隊の面々での魔王の討伐は難しいと考えていた。幸いと言っていいのか、ペルネ王国の同盟国であり隣国でもあるのは列強と名高いゾード帝国だ。異変に気付いた皇帝がその最大兵力を以て事態の鎮圧に向かうのはそう遠くない事であるのは自明だ。
故に攻めの布陣ではなく守りの布陣。数的にも戦力的にも不利であった事からもその案を採用したのだが、ギルマスにとってもそして誠二にとっても予想外の状況へと事態は進展して行くのだった。
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回避は天雷に任せ、天理は弓を引く動作に全神経を集中していく。生半可な集中力では何も出来ずにその命を仲間のものともろともに絶やしてしまうだけ。故に一射ごとに神経を極限まで張り詰め、無駄をそぎ落とし、魔物の命を淡々と奪っていく。
それに対する呵責はとうに捨てていた。日本のように全てに配慮しなければならない窮屈だがその見返りとして相応の安全が約束されている場所とは違い、この世界では命のやり取りが日常的に存在している。殺される前に殺せが常識なのだ。郷に入っては郷に従え、ということわざがあるが、自らが意識して他文化を受け入れようとする前に人間としての、環境に瞬時に適応するという半ば本能じみた強迫観念によって身体は自然とその生活に馴染んでいくものだ。
天理とてそれは例外ではなく、ケンタウロスの村にて仕事として与えられた狩りによって徐々に慣らされていった。そしてそれが魔物狩りとなったことによりさらに日常へと近付いていき、今では呼吸するように魔物の命を奪えるようになった―――――なってしまった。
それが日本の常識に当てはめると悪い事であるのは自覚している。だが、それがめぐりめぐって己の糧となっているのだから、自覚はあってもそれを止めるという選択肢を取る事は出来ない。
―――――これは何だ?
思考を意識的に排し、反射のみで迫りくる魔物を射捨てていく。漏れは気にせず、最低限の力で最大限に敵の力を削げるだけのダメージを与えられるように射抜く。命がかかる場面に陥れば、普段出来ないような事でもなんなくこなせるようになるもので、加えて元々のスペックが高い事も作用して天理は一騎当千の活躍を見せていく。
初めは数の暴力に屈しそうになってしまっていたが、無我夢中で弓を放っているうちに味方も勢いづいてきて、どうにか戦えるところまで持っていく事が出来ていた。
特にすごいのはその小柄な体躯を活かして戦場を縦横無尽に駆け回るルーシカだろう、と天理は空いた思考でそう感嘆した。ルーシカの戦闘スタイルはその卓越した身体能力を生かした型破りの戦闘術であり、武器を選ばない。今も戦闘不能に陥った魔物狩りの大斧を拝借し、その彼女よりも重いのではないかと思われる斧を旋風のように振り回しながら、否、気力を纏わせたことにより実際に旋風を巻き起こしながら敵を屠っていく姿は見事という他ない。
それを見ながら天理はより一層奮起し、MPを振り絞って矢を生成し、敵に致命傷を与えていく。
―――――この湧き上がる全能感は、何だ?
その過程にて天理は自身の存在が昇華していくような、不可思議な感覚を抱いていた。
確かに魔物を倒す事によりレベルアップと思わしき現象が発生し、天理の肉体はより強固に成長していく。それが天理や紫葵のように転移者特有のものなのかはまだすり合わせが足りないために判断はつかない。
だがそれとなく周囲に目を走らせたところ、天理の他に動きがさらに冴えわたっていたり、魔法の威力が上がったりといった事実確認出来ていないため、これが今現在天理にのみ起こっている現象であることを自覚する。
「……動きが、いや、動きどころじゃない。これは―――――」
肉体が徐々に加速する思考に追いつき、そしてその先へと足を伸ばしていく。だが変化はそれだけにとどまらない。それに引っ張られるように視界にも変化が起こっていく。
王城に侵入する前にヘテロクラミス、ヘテロサミリスと戦った時のように観察眼により相手の動き、弱点、そしてその他もろもろを見通していくのではなく、予見に近い精度で敵の動きが目で追う事が出来、なおかつ”それが自然であるかのように、敵の弱点が浮かび上がって”見えるのだ。
天理がすることは強化された身体能力で、相手の動きを予測しながら、弱点に向けて矢を射るだけ。そうするだけで初めは相手の動きを鈍らせる事がほとんどだった攻撃が、正しく致命な攻撃へと進化していく。
「この力があれば、こんな数の魔物くらい――――!」
そう意気込み、さらに処理速度を上げていく天理。そうして魔物の数を減らしていくうちにようやく遠くにまで視線をやるだけの余裕が出来たのか、魔物を処理していく合間にふと天理は文字通り高みの見物をしている誠二へと視線を向けた。
そんな天理の目に映ったのは余裕綽々とした様子で必死に足掻く天理たちを見下ろす誠二の姿だ。それはどこか子供が餌を巣に運ぶありを、いつでも潰せるからと無邪気に嬲る様子を連想させる。そう感じた時に天理の胸のうちに巻き上がったのは静かな怒りの炎だ。自分の手を汚す事なく配下の命を消耗し、敵を追い詰めていくその様は、国のため、人のために立ち上がった討伐隊の面々に対する侮辱に他ならない。
天理は怒りのままに矢を番え、誠二へと放った。無意識にそうしてしまうだけの隙が今の誠二にはあり、矢を放った後に冷静になった天理がしまったと慌てたがもう遅い。
風を切りながら誠二の下へと肉薄する必殺の矢。考え事をしていたのかそれに気付くのが遅れた誠二は、もはや避ける事が能わない距離になってようやく恐怖により短く息を漏らした。
「―――――ひっ!?」
思わず目を瞑り、備えても仕様のない衝撃に身を竦ませる誠二を、誰が笑えるだろうか。誠二もまた現代日本を生きたただの高校生だったのだ。
だが誰の目から見ても必中であり、必殺の威力が籠っていた矢は誠二の身体の中心を射抜く直前で球状に歪んだ空間へと吸い込まれるようにして消えていった。
直後に歪みが戻ったが、歪みの奥にいた誠二に目立った外傷は見受けられず、当人もそれを確認してから大きく安堵の息を吐き、そうして自分を自覚し羞恥と屈辱、怒りに顔を赤く染め上げながら怒声を飛ばした。
「『編纂者ぁ』! おま、お前、もっと早くになんとか出来ただろうがぁ! 僕の命を守るのがお前の役割だろ!? それならしっかりしてくれよ!」
一頻り罵倒を吐きならべた後、打って変わったかのように冷静さを演じながら、誠二は天理に隠しきれない怒りの滲んだ視線を向ける。
「お前もお前だよ、蓮花寺天理。普通元クラスメイトにあんなに躊躇なく矢を撃つか? 例え弓道をやってたとしても、いややってたからこそお前は人間失格だよね。まったく、僕らはこんな犯罪者予備軍にぺこぺこ頭を下げてたっていうのか? 馬鹿らしいにも程があるね」
言いたいように天理をなじる誠二。それに言い返す言葉を天理は口にしようとして、その直前でそれを飲み下す。何を口にしようとしても、天理が怒りのままに人を殺そうとした事実を覆す事は出来ない。言い訳を言い並べたとしても天理自身が惨めとなるだけだ。
何も言わない天理を見て気を良くしたのか、誠二は魔物の攻め手をあえて止めてまでして、天理を追い詰めていく。
「あのさ、ちゃんと聞いてんの? もしさ、本当にさ、申し訳ないとか思ってるならさ。―――――僕がお前に同じ事をしても全然問題ないって事だよね? 僕の場合『編纂者』になんとかさせたけど、蓮花寺くんの場合それだけ仲間がいるんだから一人ぐらいお前の事を身を挺してでも守ってくれるかもね?」
「―――――おい!? 何をするつもりだ!? みんなを―――――」
「遅い。ほら、死にたくないなら仲間とやらを盾にするなりしてみなよ。そうしてくれたら腹の底から笑ってやるからさ」
悪意とともに誠二は再び魔物を支配していく。そうして動き出した魔物は、先ほどとは違い組織的で、なおかつ味方を犠牲にすれば確保できるだけの逃げ道を作り出して天理を集中的に包囲していく。天雷に跨った天理は空を駆ける事も出来るが、それを裏を返せばその上を取られてしまえば上下で挟み込まれ行動に著しく制限がかかってしまうという事でもある。加えて左右にも魔物が大挙してしまえば天理にはもうなすすべもない。
――――魔王の悪意が英雄の卵を握りつぶそうと牙を向く。
最後まで読んでくださりありがとうございます。