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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
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60 聖女と英雄 vs 魔王 ②

 不気味なまでに閑散とした王城に足を踏み入れ、ギルマスの先導の下進んでいた天理たち。城門を越え、本城まで続く細道を記憶との齟齬にどこか哀愁を漂わせていたギルマスに突如として中空から二つの影が襲い掛かった。


 人型の魔物、というものは存外少ない。そのほとんどが獣や植物、中には無機物などを基礎としたものだ。

 一説には、人型の魔物それこそが魔族なのだと提唱する声もあるがその真偽は定かではない。


 故に今目の前で自らの質量によって抉られた地面に蹲る二つの魔物を、ギルマスをはじめとしたほとんどの魔物狩りが驚愕をその顔に張り付けながら眺めていた。人型の魔物は数こそ少ないが目撃例は確かにある。外見は決まって魔物を無理やり人に近付けたようなおぞましいもので、その戦闘能力は並みの魔物より頭二つは抜きん出ている。

 通常ならば、綿密なまでに対策を練り、大国間やギルド間が連携し、そして教会から回復士を借り受けてまで整えた精鋭中の精鋭で構成された部隊でもって迅速に叩くべき案件だ。だが今はそのどれもが望めず、今ある戦力で、なおかつ一切の前情報無しでの戦闘。ギルマスが蒼白な顔につぅっと一筋冷や汗を流すのも当然の事だった。


「――――ワがナはヘテロクラミス」


「ワがナはヘテロサミリス」


 歪な発音ながらも発せられたそれは大陸共通語、すなわち天理たちが自然と扱えていた言語と同様のものだ。明確に意思を持ち、そしてまた知能と呼べるものも持っていた。それは魔物を逸脱した証拠だ。

 加えて、名前と思われるものによって自身を他と区別している。人族に限りなく近い、亜人族とも言える存在だ。それを人々や教会が認めるかは別として。


 魔物というものはその知能が高くなるにつれて討伐適正も高くなる。人型の魔物は基本的にAランクオーバー。だが、それらが言葉を話したという記録は残されていない。

 すなわち目の前に屹立する二体の魔物は過去に出現した人型の魔物よりも―――――単純に強い。


「「ワがアルジのイシズエとナれ」」


 上位の魔物が持つ特有の威圧感を周囲に撒き散らしながら、ヘテロクラミス、ヘテロサミリスの両魔物が動き始めた。








 ◆








「――――ッ散開!!」


 海棲人型魔物(ヘテロクラミス)有翼人型魔物(ヘテロサミリス)の両魔物が動き出したのとほぼ同時に思考の空白からいち早く立ち直ったギルマスが周囲に指示を飛ばす。常では冷静でいてどこか飄々とした表情を浮かべていた彼女の顔には、今は焦りが浮かんでいた。


 ギルマスの指示に反応出来たのは全体の約半分。もう半分は脳が絶望の味で塗り替えられていく現実を受け入れるのを拒否したのだろう、呆然としたままにある者は水かきのついた鋭い鉤爪に身体を深く抉られ、ある者は羽ばたいた余波によって巻き起こった小規模の竜巻に巻き取られ、全身をねじ上げられる。


 その様子を天理と紫葵は『天雷』に跨り、宙を駆けながら眺める事しか出来ないでいた。魔物狩りとして活動するにおいて、真っ先に心に刻むことは戦闘時における怪我は自己責任であるという事だ。それは魔物狩りとして生きていくに当たって早々に割り切らないといけない事であり、それが出来ない者はやがて取り返しのつかない代償をその身をもって支払う事となるのだ。


「……だから、我慢してくれ、紫葵ッ―――――!」


「離してッ! 天理くん、あの人たち死んじゃうッ……! 降ろしてよッ――――!」


「ダメだ!! 天雷、今はとにかく距離を取ってくれ、相手の出方が見えない!」


 もがく紫葵を抑えながら天理は天雷に指示を出し、安全域まで退避する。その間にも被害は増え続け、中には紫葵と同じように博愛精神を持ち合わせた者もいたが、簡単に返り内に遭っている。天理が危惧した通りの光景が眼下に広がっていた。


「ギルマス! 一度戦線を立て直しましょう!」


「それは無理だ! この機を逃したら次はいつになるかなんて分からない! 時間をかければかけるだけ相手の体勢を立て直させるだけだ! 皆だって多少の犠牲は覚悟している!」


 そう言って大剣を構え海棲人型魔物(ヘテロクラミス)と対峙するギルマス。他の魔物狩りの相手をしていたヘテロクラミスの虚を突くように動いた一撃。だがそれをヘテロクラミスは難なく受け止める。ぎょろりと動くその瞳がギルマスを捉え、鋭利な鉤爪を携える右腕が狩りの邪魔をする外敵を屠らんと高速でブレる。それを半ば勘と研ぎ澄まされた反射神経で受け止めるギルマス。だが勢い全てを殺しきる事は出来ずい後方へと大きく後退させられた。


 初めからあまり期待はしていなかったが、ギルマスの返答により退路は既に無いという事が分かった。腹をくくる時が来たのだ。

 覚悟は決めたつもりだった。元々あった漠然として自己陶酔的な正義感や責任感といった名前の覚悟は紫葵に諭される事によって確固たる、皆を救うという覚悟へと昇華した。だが、いざ命を懸ける場面になるとどうしてもしり込みしてしまう自分がいた事も事実だ。魔物狩りとしての、自分にあった適正の魔物との戦闘ではまず味わう事のない同格以上の敵と戦う事による緊張感と恐怖感、そして静かな高揚感。

 それらを全て乗り越える事は、日本という安全大国で生まれ育った天理には難しい事だ。いや、天理に限った事ではない。常人ならばそれが普通の事のなのだ。意識の根底に根付いた常識というものはどうしても拭い難いもので、いきなり文化も考え方も違う異世界に飛ばされた現代人たちがそこで生き抜くには確固たる覚悟を決める必要がある。それも思い付きなんかで安直に決めたものではなく、心の底から、それこそ命を懸けられるだけの覚悟が。


「……逃げられは、しない。進むしか道がないなら、それでその先に壁があるのなら、乗り越えればいいだけの話だ」


「――――天理くん!」


「分かってる。僕は正直この世界の人はこの世界の人、元の世界の人は元の世界の人。そう割り切っていたけど、それじゃあだめだよね。元の世界に皆と帰るっていうのはやっぱり変わらないけど、そのためにこの世界の人を見捨てるなんてやっちゃだめだ。……紫葵、援護を頼む!」


「勿論だよ! 皆を助けて、早く魔王を――――!」


 ようやく固まった決意と共に、天理は天雷を操り戦場を疾走する。だが、攻撃を浴びせるわけではなかった。目的はかく乱と…………そして観察だ。

 うろちょろと飛び回る天理たちを目障りに思ってか、海棲人型魔物(ヘテロクラミス)有翼人型魔物(ヘテロサミリス)の攻撃が天理に集中する。天理の思惑を即座に察したギルマスが静かに戦線を立て直し始めた。


 だが、一度崩壊してしまったそれを修復するのは容易い事ではない。ましてや今の原因は精神的なものにある。また初撃で半数ほどを戦闘不能に持ち込まれたことも彼らの精神を蝕んでいた。


「―――――探せ! 探せ探せ探せッ……! 生き物である以上身体のどこかに急所はある。人型だからって場所が同じとも限らない。僕の『目』ならば探せるはずだッ――――!」


 ギルマスに立て直しを一任し、天理たちは陽動に専心する。またそれと並行で行うのは魔物の弱点の割り出しだ。関節の可動域、筋肉の収縮具合、庇うような身体の動かし方。全神経を視覚に集中し、天理は嵐のような攻撃の間を縫いながら魔物の身体に『目』を這わせていく。

 天理のスキル、『千里眼・天』は特別製だ。天理もそのことを自覚していた。他に持つどのスキルとも違って、このスキルだけは何事かの修練なんかの果てに習得したものではない。なぜか元から持っていたものだ。その効果はあらゆる視覚能力の向上。今までは遠くの敵を見定めるのに使ったり、攻撃を見切るのに使ったりしかしていなかった。だが、このスキルはそれだけではないはずだ。使い方の幅を天理自ら狭めていた。

 

 ――――見える。動きが見える。全てが見える。


 『目』を凝らせば血流の動き、筋繊維の伸縮、ともすれば内蔵の脈動すらも見透かせそうだ。そんな圧倒的な情報量を鋭い痛みとともに処理しながら、それでも天理は深く、深く精神を集中していく。

 そしてやがてその時は唐突に訪れた。


 天理が魔物たちの弱点を割り出したのとほぼ同時に、二体同時にその動きを止めた。

 全てを破壊しつくすまで止まらないのではないかというような暴虐の動の後の静に天理たちは最大限の警戒でもってあたる。天理の時間稼ぎによってなんとか立ち直った面々での突然動きを止めた二体を囲うような陣形で、そして天理と紫葵は天雷に跨り空からいつでも割り出した弱点に攻撃出来るように構えながら。


「「―――――ギョイに」」


 だが魔物は何をするでもなく、唐突にそう呟く。そしてそのまま天理たちをぐるりと見まわした。


「シツレイした。ワレらがアルジのメイにより、ナンジらをトオす。ツいてコい」


 そう言って二体はくるりと身をひるがえし、王城の方へと歩いていく。そこには先ほどまで暴れまわっていた姿の面影など微塵もない。

 誰もが呆然とする中、ようやく言葉の意味をかみしめた一人がわなわなと身体を怒りで震わせる。無理もない、何がなんだか分からないままに襲い掛かられ恐怖を振りまき、かと思えば突然先ほどまでの事がなかったかのような態度で城へと案内する。それに振り回される方はたまったもんじゃない。ギルマスがそれに気付き止めようとするも間に合わず、その男が奇声を上げながら二体に跳びかかった。


 だが、驚く事に二体は何ら抵抗を見せる事なく男の剣をその身で受け、それでもまだゆっくりと案内するように王城へと歩くのみだ。

 衝動的な事だったのだろう、自らの行動の愚かさに気付いた男が先ほどとは別の意味で身体を震わせながら魔物の身体へと刺さった剣から手を離すのを皆が唖然としながら見守った。


 本当に戦闘は終わったのか?いや、それよりも魔物の言葉の意味をそのまま受け取ってもいいのか?

 討伐するべき魔王からその居城へと招かれるなんて状況をどう解釈すればいい?


 そんな混乱が天理を含めた全ての面々の頭を占めていた。だが、いつまでも混乱してばかりではいられない。行動するなら皆の意思を統一してから動かなければならない。ひとまずギルマスの意見を窺おうと、そう判断し天雷に地上に降りるように促したところで奇妙な事に気が付いた。

 

 ―――――一人、多いのだ。


 討伐隊の数はそこまで多くない。よほど記憶力に自信がない者ではない限り全ての顔と名前を覚える事はさほど難しい事ではない。しかも命を預ける仲間だ、いやでも覚える必要がある。

 そしてその仲間の中に、あのような奇天烈な仮面を被ったものなどいなかった。断言できる。言い方は悪いが、聖女が行動を共にする魔王討伐というようなな大事に素性の知れない者を連れていくほど天理も、そしてギルマスも考えなしではなかった。


「――――お前は、誰だ」


 天雷とともに地上に降り立ち、いの一番に謎の人物に誰何する。不思議な事に天理以外誰一人彼、または彼女の存在に気付いておらず、天理が声を発したことでようやくあれは誰だ、というようなざわめきが彼らの間を通り過ぎていく。


「…………」


 だが天理の問いにその謎の人物が応える事はなく、その謎の人物は先を歩く二体の魔物を指さす。


 ついていけ、という事なのだろうか。

 何も言わずに指をさすだけというのがひどく不気味でならない。魔物たちの行動を支持する動きであることは確かだ。だとするならばこの人物も魔王側、もしかすると人型の魔物だったりするのだろうか。


 疑念は尽きないが、招かれたという事はこれ以上危害を加えないという事なのかもしれない。その証拠に早とちった男に対する報復の攻撃も行われなかった。どういうつもりなのかはとんと知れないが、このまま敵の思惑通りに誘われれば無傷で魔王の下へとたどり着けるかもしれない。それは願ったり叶ったりだ。


 ギルマスも同じ結論に辿り着いたらしく、皆をまとめ、そして簡潔に言葉を紡ぐ。少しばかり各々の浮かべる表情に差が見られたが、大きな反対の声が上がるという事はなく、魔物の後に続き王城へと入る事が決定した。


「……あれ?」


 簡単な話合いが終わるころに謎の人物に意識を向けると、既にその姿は元々なかったかのように掻き消えており、後にはもやもやした疑念と不安が残るのみとなった。


 周囲を十分に警戒しながら、後ろを振り返る事なく先導する魔物の後を気持ち小走りでついていく。王城というものとは縁遠い生活をしていたせいか、その内部の複雑な構造に目が回りそうになるが、外敵、つまりは今のような状況のために必要なつくりではあるのだろう。とはいえどれだけその効力を発揮したのかは定かではないが。


 依然として人気のない廊下を歩き、階段をどれだけ上った頃だろうか、やがて天理たちの目の前に一目で重要な部屋のものと分かるような扉の前に着いた。ギルマスが言によると謁見の間だそうで、王が誰かしらと会う時に用いられる部屋で、別名を王の間と言うそうだ。その関係上、王の寝室と同じくらいのセキュリティを誇っているらしく、平時ならば軍隊が攻めてきても数日は耐えきられるよう作られているという。


「ハイれ」


 短く告げ、それきり動かなくなる魔物を後目にギルマスを先頭に謁見の間へち続く扉を押し開ける。



 ―――――と同時に吸い込まれたような感触とともに、一気に視界が純白に覆われた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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