58 聖女と英雄 ⑥
天理くんサイドが続いていますが、もう少しだけ続きます!
「あ?ああ、聖女様か。いや、驚いたよ。話には聞いてたけど、これほどとはね」
ストレッチをして身体の調子を確かめているギルドマスター。近付く天理と紫葵に気が付くと、先ほどまでの張り詰めていた顔が嘘のように朗らかに話しかけてくる。
いつの間にか取って来たのかその背には身の丈程もある大剣を背負い、戦場へと向かう準備は万端と言ったところか。ついさっきまで歩くのですらやっとの重傷だったとは俄かには思えない。
「自己紹介はもう必要ないようですね。身体の具合はどうですか?簡単な治療しか施せなかったのですが……」
「十分すぎるほどだ。他の奴らも治療してもらって感謝しかないよ。ギルドを代表して礼を言わせてほしい」
「あなた方を助ける事はめぐりめぐって更に多くの人を助ける事に繋がりますからね。―――――それで、先ほどまで床に伏していた彼らにも、貴女にも酷な話かもしれませんが……」
「魔王討伐に力を貸してくれって?」
紫葵の話の先を読み、本題を自ら振るギルマス。
先ほどまで頭に血が上って自分一人ででも王城へと向かい、魔王と戦うと意気込んでいた天理だったが、早々に紫葵からダメ出しを食らい、今はもう冷静に一人では無理だと分析出来ていた。
すぐにかっとなってしまうのは天理の悪い癖だ。直さなければと思うも、そう簡単に出来る事でもない。
「魔王の討伐は早急に行わなければなりません。あの様子だと短絡的、かつ無計画にこの王都を襲撃したと見て間違いないでしょう。だとするならば、その魔の手がいつ他の都市に向くか分かりません。これ以上被害を広げないためにも、持ち得る限りの戦力で一気に叩くのが一番だと思います。あくまで素人の考えではありますが、一考していただければ」
「僕からも今一度お願いします」
丁寧な物腰でギルマスに訴えかける紫葵に倣い、天理も頭を下げる。失礼な事を言った。自らも歯がゆさに嘆き、飛び出したい衝動を堪えていたギルマスに、天理は何の配慮もなく青臭い言動を叩きつけたのだ。
その非礼に対する誠意は言葉だけではなく、行動でもまた示さなければならない。
「別にあたしは魔王のところに乗り込むのが反対だったわけじゃないんだ。ただそんな死地に未来ある若者を送り込むの事に気が引けていただけ。皆ももう動けるだろうし、何より回復士の権威である聖女だっている。……むしろこっちから頼みたいくらいだよ。この国の問題に付き合ってくれってね」
「―――――!それじゃあ……」
「ああ、いっちょ魔王討伐でもやってやろうかね」
その声にいつの間にか周りで聞き耳を立てていた魔物狩りたちや、他の実力者たちが一斉に鬨の声を上げる。
それをぎょっとしながら聞いていた天理と紫葵だったが、やがてどちらからともなく安堵の笑みを浮かべる。この街はまだ死んだわけではない。絶望はある。恐怖もある。だがそれに立ち向かえるだけの心の強さを持っている。
であるならば、後は乗り越えるだけだ。
♦
「……僕は、何回でも間違えるね」
「天理くん?」
「紫葵に言われたばっかりなのに紗菜を任せて僕は一人でギルドに行って。そこでも一人で何とかしようと空回りして。独りよがりなんだよね、僕は。なまじ、日本じゃある程度はなんでも出来たから、それが身に染みてるのかも」
「そんな事……。そうだとしても、やろうって思える事は十分すごい事なんだよ。天理くんみたく無意識にそうやって動けるのは一種の才能だとわたしは思うな。……わたしなんて行動しようって思っても、直前で躊躇ってなんて事が何回だってあるんだから」
調査隊の半分を街に蔓延る魔物への対策に、もう半分を魔王討伐への精鋭部隊へと振り分けた。街に滞在している魔物狩りや探索者なんかはギルマスへと一任した。彼女ならば誰よりも彼らの実力を把握しているだろう。
その間に天理と紫葵がしているのは現在進行形で増え続ける怪我を負ったり、命からがら逃げてきたりして来た人たちの介抱だ。そういう人たちはほとんどが恐慌状態に陥っている。いくら魔物との死闘が日常と隣合わせにあるとはいえ、このように居住区に襲撃を仕掛けてくるといった事例は皆無に等しい。平和な日常に殺人者が現れたようなものだ。誰が平静でいられるというのだろうか。
話を交えながら作業を行っていき、ちょうどひと段落がついて天理は紫葵に話の続きを振る。
「もしかして、葉桐琉伊の事?」
「な、な、なっ……!?そ、そんな事一言も言ってなくない!?」
「だって琉伊にだけまだ言ってないじゃん。……そのことじゃないのか?」
「へっ!?あ、ああ、あの事ね。そうそう。そう」
赤面しながら自らに言い聞かせるような口調で言う紫葵に、天理は少しばかり不思議そうな表情を浮かべていたが、ふと気付いたようにその口に笑みを浮かべた。
「まさか、紫葵さん?」
「えっ!?何かな!?」
「いや、隠しごとがあるのかなと」
「だ、誰にでもあるよね、うん!天理くんもあったりするでしょ!」
慌てふためき視線を逸らす様を見ていればもう事実を認めたも同然。そんな事に気が付かない紫葵は天理があえて追求を止めた事で誤魔化せたと思ったのか、ほうっと一息をついた。別に触れないであげたわけではなく、作業を終え天理たちの下へと近付いてくるギルマスを見とがめただけだ。時間があるときにちゃんと追求はするつもりだ。
「準備が出来たよ。今すぐにでも発てる」
「こちらも準備は出来ています。調査隊の半分にはもう既に逃げ遅れた住民の救助や魔物の駆逐に出てもらいました。報告によると魔物はどこからともなく際限なく現れるようで、キリがないとのことでしたが……」
「やはり大本を叩かないとダメみたいだね。これでより目的が分かりやすくなったという事だ」
ギルマスとの会話を終え、二人は編成された精鋭たちと共にギルドから出る。先に出ていた調査隊によってギルド周りの魔物は掃討されてはいる。されてはいるが、これから向かう王城には魔王本人がいる。そこには魔王を守護する魔物の存在がある事も予想される。
不意打ちだったとはいえギルマスに位置する人間を大怪我にまで追い込んだ相手だ。気を引き締めて然るべきなのは間違いない。
「テンリは遊撃を頼む。英雄の血脈の力、存分に見せてくれよ」
「全力を尽くします。―――――来てくれ、『天雷』」
騎馬招来による天理専用の魔法獣の召喚。めったに見られないそれは周囲の視線を惹きつける中、悠然おとその足を進め天理を背に乗せる。
かと思うと手綱があるわけでもないのにまるで天理の意思そのままにゆっくりと歩みだす。
「紫葵、君の力を貸してもらってもいいかい?」
「ふふん、天理くんの事はわたしがしっかり守るから、天理くんもわたしの事ちゃんと守ってね」
「任せてくれ」
背に聖女を乗せ、馬を駆るその姿はまさしく英雄。物語の一頁を切り抜いてきたかのようなその光景を見て、誰もが電撃を受けたかのような衝撃を味わっていた。
その胸に抱く感慨はおおよそ今の殺伐とした状況にそぐうものではないが、一度主張を始めた胸の高鳴りはそう簡単には収まりそうになかった。
天理もまた不思議な高揚感とともに魔王討伐の部隊を率いる。目指す先は王都で最も荘厳かつ壮麗な建物、王城だ。
「魔王を倒す。皆、僕に力を貸してくれ」
――――戦いが、始まる。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




