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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
57/120

57 聖女と英雄 ⑤

すみません、最近は思う様に時間が取れず更新が遅れています……。

そんな中でもブクマや評価をしてくださる方がいるようで、すごく励みになっています。本当にありがとうございます。

「やあ、君かい?このくそ忙しい時にあたしを呼んだのは」


 逸る天理に待ったを掛ける声。振り向いた先で壁にもたれかかるように立っていたのは燃えるような赤色の髪をした女性だ。

 その身体は見る限りで幾つもの傷を抱え、満身創痍であり、至る所に治療の跡が見受けられる。通常では立っている事すらままならないと思われるほどのものだ。


「ギルマス!?なんでちゃんと寝てないんですか!来客はそちらに通しますとお伝えしたじゃないですか!」


「ずっと寝てるの性に合わないんだよ。………それに、君はB級のテンリ・レンゲジだろ?噂は耳にしてるよ」


 相棒のじゃじゃ馬ルーシカと共にね、と付け加えながらそろそろと右手を差し出すギルマスと呼ばれた女性。どうやら片腕を差し出す事ですら傷に障るようだ。見ていて痛々しい。天理はそう考え、慌てて手を取ってそのままテーブルへと誘導する。

 本来なら身体を横たえていないといけないほどの重傷だろうに、本人は何のそのといった具合で、日頃から破天荒なギルマスに振り回されている職員という図が容易に目に浮かぶ。


「さて、本題に入ろうかね。………って言ってもこの状況だ、大体の事は察せるけどね」


「まず、僕が置かれている状況から話します。実は―――――」


 そう前置きをして天理は教会から下された指示について話始める。アルマーニから特に口止めはされておらず、話す事に問題はない。トルケーン王国の星の雨事件調査隊についても同様だ。最もこちらはトルケーンから全世界に発信されていたため、隠す理由の方がないものだが。


 調査隊に任命されてから都市国家群サルマ・ロマネでの聖女との遭遇。そして暫くその場所に滞在した後に教会からの使者が来て魔王の討伐を命じられたというところまで。さすがに異世界転移の事は話していない。頭がおかしいと思われるのがオチだ。

 そこまでの話を無言で、時折頷きながら聞き、全てを話し終えるとようやくギルマスは天理の目の前に手を翳して口を開き始めた。


「よし事情は何となく分かった。……で、あたしにどうしてほしいんだい?」


「はい、今僕と一緒にここに来ている仲間たちが街中で奮闘しています。だけど、どう考えても手が足りない。それで、ここにいる戦力に手を貸していただきーーーー」


「おい。出してねえと思ってんのか?あたしのとこのギルドがこの状況でまだ温存している戦力があるとでも思ってんのか?我が身可愛さに住民の避難誘導を怠ってると、本気で思ってんのか?」


 失言した、そう感じたのと同時に圧縮された魔力が圧力となって顔を撫ぜていく。突然声を荒げたギルマスに驚いたのは天理だけじゃなかったようで、周囲にいた職員たちが困惑した表情を向ける。


 それを横目で見ながら天理は頭を下げ謝罪した。痛みに呻く負傷者たちの中には見るからに魔物狩りと思われる者もいた。そうそた人たちには住民を守ろうとして代わりに怪我を負った人たちもいるのだろう。

 ギルマスの怪我にしてもそうだ。滲む血は新しく、ほんの数時間もしないうちに生じたものであることはすぐに分かる。


「――――ッ。……いや、こっちこそみっともないところを見せて悪かったね。さっきの放送でちょいと苛々が溜まってたようだ。いやらしいやつだよ、ああして支配欲を満たしてるんだろうね。まあ、魔王なんて大抵性根が捩じくれてる奴ばっかりだろうけど」


「やっぱりあれが、魔王なんですね」


「ああ、そうさ。この傷だって奴――――と言っても操ってる魔物にだけど、やられたやつだからね。完全に油断してた。というより想像もしてなかった。ある日急に魔王が降ってくるだなんてね。………いや、それも言い訳か」


 後悔を滲ませながらギルマスが呟く。

 恐らくその場ですぐに戦闘になり、ギルマスは敗れたのだろう。そう考えれば魔王には魔物狩りのギルドマスターを仕留める事が出来るだけの戦力があるという事になる。

 

 自分に、倒せるのか?

 一瞬そんな不安が鎌首をもたげる。天理が敗北すれば、それはすなわち紫葵と紗菜が危険にさらされるという事と同義だ。

 倒せるかどうかという状況ではない。紫葵も紗菜も当事者となっている現状では、誰かがやらなければいけない。それを天理が担えばいいというだけだ。

 

 教会はアルマーニに言わせれば、どうやら英雄を求めているという。ならば、その期待に応えよう。

 天理は今までも数々の期待に押しつぶされ、しかしその悉くを乗り越えてきた。

 だから今回も同様に、天理は全力を尽くすだけだ。


「先ほどの発言、本当にすみませんでした。僕もどうもテンパっていたようで」


「いや、それはいいさ。――――だけど、どこへ行く気だい?どうにも仲間を助けに行くって面には見えないが」


「言ったでしょう。僕にはやる事がある。魔王を倒さなければならないんです。それに、気になる事も……」


「やめときな。一人で行って何になる。負傷者が一人増えるか、魔物の餌が一つ増えるかのどっちかしかない。君には確かに実力はあるんだろうね。こうして魔境になってしまった王都の中でこうして単身ギルドまで辿り着けたんだから。だけどそれまでだ。魔王の傍には街のやつらなんか比較にならないほど強いやつらばっかりだ。そんな自殺みたいな事、一ギルマスとして認められないよ」


「だけど誰かが行かないとこの状況は打破出来ない。そうでしょう?」


「別に魔物狩りギルドはここだけじゃない。帝国との協定もある。教会にだって連絡は飛ばした」


「そんなのを待っていたら手遅れになるかもしれない!いや、現に既に王城は落とされて、街には魔物と死者の山が溢れ返っている!もう待つ時間なんてないのは明白だ!」


 堪らず怒声を上げる。そうして悠長に構えている間に魔物によって人が死んでいく。それは見知らぬ住人かもしれないし、調査隊のメンバーかもしれない。紫葵や紗菜だという事もあり得るのだ。

 もはや一刻の猶予もないと言っていいのだ。ここで対応出来なければこの被害はこの街だけにとどまらない。王城を落とされたという事は国の中枢機能が掌握されたに等しい。


「この現状を見ろ。戦力が碌に残っていない。さっきも言ったが無駄死にになるだ――――」


「――――それはわたしがさせません」


 熱くなる天理とあくまで冷静に戦況を見定めているギルマス。いつまでも終わらないかに思えたその議論に一つの声が入り込む。


 聞き覚えのあるその声に反応し、立ち上がって入り口へと身体を向けると胸に向かい飛び込んでくる小柄な姿があった。二つに結わえた髪を元気よくぴょこぴょこと弾ませ、にんまりと緩んだ顔を見せるルーシカ。

 そして彼女の後ろで聖女の仮面を被る紫葵や調査隊員たち、それに知らない顔ぶれもいた。細かい傷はあれど、致命傷や重症と呼べるものは見当たらない。


「紫葵……なんで……。それに他の皆も……」


「紗菜ちゃんはちゃんと教会に預けてきたよ。クルトに見てもらってるし、教会には他にも色々いるから大丈夫」


「テンリ、魔王の所行くんだろ?オレも連れてってくれよ!」


 突然の状況変化についていけない天理とギルマスを置いて紫葵が動き始める。横たわる人の下へ行き、その身体に手を翳した。


「『回復(ヒール)』。今はこれだけしか出来ないの。ごめんなさい」


 そう言って一人一人に声をかけて回復魔法で治療していく。紫葵だけじゃない。見知らぬ顔ぶれの皆は教会から連れてきた回復士だったようで、紫葵と同じように負傷者の治癒に尽力していく。


 完治とはいかないが、今までは身じろぎするだけで傷みに呻いていた人たちが狐につままれた顔をしながら恐る恐る身体の動きを確かめ、痛みが緩和されている事を自覚し泣いて喜んだ。中には紫葵に縋りつき拝み始める者もいて、その神聖で侵し難き雰囲気を纏っているのと相まってこれまで以上に聖女という表現がしっくりくるのを天理は感じていた。


 程なくしてあらかたの治療は終わり、残りは回復士に仕事を任せ紫葵は所在なさげに立ち尽くしていた天理のもとへと寄ってくる。


「……怒ってる?」


「怒っては、ないよ。ただ納得してないだけ」


「嘘。怒ってるくせに」


「……ならなんで来たの」


「わたしに出来る事をしてるだけだよ」


 何でもないような顔をしてそう宣う紫葵。結局は天理が折れる事となるのは目に見えている。

 天理は大きく息を吐き、先ほどの話をしに傷が治ったギルマスの下へと向かった。

 その後ろに、魔王討伐にすらついてきそうなアクティブな聖女を連れて。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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