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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
56/120

56 聖女と英雄 ④

遅れました……。

更新です!

 宿屋を出て天理はいの一番に魔物狩りギルドへと向かった。その目的は主に情報の収集だ。今回の襲撃の詳しい範囲、相手の戦力、魔王の位置、住民の被害状況など聞くべき事は多々あった。

 紗菜は既に紫葵へと任せ、その紫葵にはクルトもついているため下手を打たない限りは魔物に後れを取るという事はないだろう。仮にも聖女の護衛を任された騎士だ。その実力は教会も、また戦闘場面を間近で見た天理も認めている。


 だが、そのギルドまでの道のりも決して楽なものではない。


「―――――くそっ、なんだこの数!?こいつら一体どこからッ……!」


 調査隊の一員が呻くように呟く。今ギルドへと向かう天理たちの目の前には数えるのも馬鹿らしく思えるほどの魔物の大集団が立ち塞がっていた。

 それぞれは脅威という程ではない。魔物狩りをやってれば一回は依頼などにより目にするものだ。ランクで言えばCやDに分類されるだろう。だが、塵も積もれば山となるように、数の暴力というものは馬鹿に出来るものではない。現に今も天理たちは攻めあぐねていた。


 四方から襲い掛かる数という圧力。唐突に現れたそれらに対して、魔物狩り達は心の準備すらままならない状態での戦闘だ。準備が出来ていないという焦り、そして周囲に響く悲鳴などが魔物狩りたちの心を更に圧迫していく。


「押し通る……!―――――貫け、『轟雷迅』!!」


 弓に矢を番え、己の中で渦巻く力をスキルへと昇華し魔物へと放つ。放たれた矢が地面を焼き焦がすほどの熱量を伴って魔物たちを一迅に屠っていく。言葉にすれば簡単だが、実際の様はそう単純なものではない。

 数体の身体に風穴を開け、それでもなお止まる事なく突き進み、魔物の群れの端まで到達した所でようやく道路に突き刺さり、そこで小爆発を起こして二次被害を起こす。一撃で十数体は戦闘不能となった。だが、天理とてそう易々と撃てる技ではない。スキルというものは一様にして使用者のMP(マジックポイント)を使用する。それがこの世界の者たちが使う魔法や闘法と同じ法則で動いているのか分からないが、一度MP切れを起こして酷い目に遭ったことがあった。

 それ以来注意してスキルを放つようになり、いつの間にかステータスを開かずともある程度のMP残量が分かるようにもなった。


「テンリ、これじゃあジリ貧だ!お前は今開けた穴からギルドへ応援を要請してくれ!こんな状況だ、何人かはもう既に出てるだろうが、全然手が回ってねぇ!」


「それじゃあここが持たない!それなら……」


「せええあああああ!」


 天理の言葉を遮るように裂帛の気合を伴った声が響き渡る。それはどこか楽し気で今の状況には全くとそぐわない。ツインテールに結んだ金色の髪が動きと共に右へ左へと揺れ動くのがまるで擬似餌であるかのように、彼女の周りに魔物が集まっていく。

 否、彼女が魔物の集団へと一人突っ込んで行っているのだ。


 彼女――――¥ルーシカは周囲の状況など気にも留めずに一心不乱に魔物の解体に興じていた。それを見た天理が調査隊員の言わんとするところを察する。

 ルーシカの強さは正しく一騎当千だ。型破りな剣筋、常識はずれの体捌き。どれを取っても普通とはかけ離れているにも関わらずに、単純に彼女は強い。


 数歩動けば瞬く間に魔物の山が出来る。終いにはその魔物の死体すら利用して、夥しい数の肉塊を生成していく。魔物から受ける傷も何のその、それら全てを愛おしそうに受け入れながら、顔には喜色すら浮かべて屠っていく。


「そういうこった!それに俺らとて実力を買われて調査隊にスカウトされてんだ、こんな所で終わってたまるかよ!」


 そう言って、隊員の一人である彼もルーシカに倣って魔物の群れへとその身を投げ出す。その言葉の通りに、彼とてその実力を買われるだけに相応しいほどの働きを見せつける。

 その行動と、言葉に動かされた他の隊員たちもまた同様に、各々の実力を遺憾なく発揮し、住民の安全を確保していく。


「ここには僕の出来る事はもうない。僕には僕の出来ること、そうだよね、紫葵」


 自分に言い聞かせるように呟き、先ほど天理自身のスキルによって空いた空間、加えてそこに魔物狩り達が無理やり身体を捩じ込み、突破出来るだけの道を切り開いたその場所を天理はひた走る。

 ほとんどの魔物は無視し、それでも振り払えない魔物は足を集中的に居抜き、行動不能にしていく。


 ギルドまでの距離はそう遠くない。だが、そこまでの道のりまで住宅街をつっきることになる。

 既に数体打ち捨てられている魔物の死体を避けるように走りながら、そこで天理は微かにその耳で悲鳴を捉えた。


 迷ったのはほんの数瞬。天理は方向を変え、悲鳴の下へと向かう。天理には見捨てることは出来なかった。

 その目で見えるだけは救いたい。遠くまで見通せる目と、それを活かすことの出来る弓術。それだけさえあれば人を助けるのに事欠かない。


「ーーーーシッ!」


 短く呼気を吐きながら、スキルで強化された視界が捉えた今にも母子に襲いかかりそうな魔物を射抜く。目を瞑ったままいつまでも襲い掛かるはずの痛みに備える彼女たちに声を掛けることなくその場を後にする。


 それを数度繰り返すうちに、やがて天理はギルドへと辿り着いた。





 ◆





 ギルドに入って天理が最初に感じたのは、絶望の味だった。

 臨時的な避難民の収容所となったギルドには訳も分からず魔物に追い回され、命からがらギルドへと駆け込んだ者が多くいた。それも無傷な者などほとんどおらず、大半がかなりの怪我を負っており、また教会ペルネ王都支部に勤める回復士だけでは手が回らないということもあって、悲惨を現実にしたかのような状況だった。


 即席のベッドを作り、それでも足りない分は申し訳程度に床に紙を敷き、そこに患者を横たえている。

 ギルドの職員の誰もが慌ただしく動き周り、今入ってきた天理に気を留める者は一人もいなかった。


 ここに来てようやく天理は自分たちの認識が甘かったことに気が付いた。

 確かに天理たちは手が足りず、住民の避難誘導や護衛にすら気を向けることは出来ずに自分の身を守ることで精一杯だった。

 だが、それは何も天理たちだけに限ったことではない。アルマーニが言ったように、魔物の被害は王都全域に渡る。それだけの被害に対応出来るだけの戦力が今の王都には存在していなかった。


「……騎士団はどうしてるのかしら?」


「大方、王城を守るのに手一杯なんじゃないの?日頃、税金を取っていくくせに、いざというときに何も出来ないんだから」


 閉塞した状況に、一向に改善しそうにない治療状況。そうした不安や恐怖が回り回って怒りへと変換されているのだろう。そこかしこから愚痴や怒声などが響いてくる。中には耳を塞ぎたくなるほどのものすらあった。


 だが、天理とていつまでもそうして呆けてはいられない。天理の仕事は魔王を討伐することだ。異世界に来てこれまで幾度も戦いの場に身を置いていた。自信があるとは断言出来ないが、それでも何も出来ないとも思わない。


 天理は辺りを見渡して、手が空いたと思われる職員に声をかけ、ギルドマスターへの言伝てを頼んだ。





 その放送が聞こえたのは丁度その時だった。



『名も知らぬ街の皆さん、こんにちは』


 その声には耳を覆いたくなるほどの嘲りと侮蔑が込められていた。


 各主要な都市、街や町に設置されている広報や緊急時の連絡などの用途に使われる広域放送魔道具。この王都に住むもので、それの発信源がどこからなのかを知らぬ者はいない。天理ですら知っていたその事実は、諦観を覚え始めていた人々を更なる絶望に叩き込むのに十分だった。


『突然ですが、ここは僕が支配しました。見たところどうやらここは王城の模様。つまり、先ほど餌になった老いぼれはどうやらこの国の国王だったようですね。え?分かってたんじゃないかって?いやいや、何で僕がわざわざそんなことまで調べないといかないんですか?今回のこれはおもむろにやってみただけなので悪しからず。皆さんにもちょっとくらいの暇潰しになったんじゃないですか?……というのもーーーーー』


 演説、というには余りにも稚拙すぎる語りが止まることなく垂れ流されていく。

 言葉の端々から伺い知れるのは、どうやらこの声の主はひどく自己顕示欲が高く、それでいて周囲の全てを下に見ているということだった。


 また、語りから分かるのはこの声の主が今回の騒動の首謀者ということだ。

 暴挙も暴挙、自らの居場所を知らしめていると分かっての放送なのか、それとも知らずにいての放送なのか。

 どちらにせよ天理には関係ない。今は胸の内に燃える怒りの炎、戯れに街を一つ襲撃したと宣う声の主に向けるそれをいち早く発散したいと身体を震わせるのみだ。


「やあ、君かい?このくそ忙しい時にあたしを呼んだのは」





 そんな天理に待ったをかける声が響いた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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