54 聖女と英雄 ②
遅れました……!
三人称だとどうしても執筆時間がかかり、最近はまとまった時間が取れてなかったことが原因です……。
これからは善処します……。
「金なんか払う必要がない!人を奴隷として扱うなんて間違っている!」
「わたしたちの常識ではそうかもしれないよ。でもこの世界の人たちにわたしたちの常識を押し付けるのはダメだよ。それくらい天理くんにだって分かってるでしょ?」
「でも、だからってッ―――――!」
紫葵と天理は今路地裏にあった店から渋々引き上げて、先の自由時間の間に取っておいた借宿の一室に集まっていた。
憤慨する天理に対して紫葵はあくまでも論理的に諭そうとする。その姿勢に苛立ちを覚え、彼女に詰め寄ろうとするが、そこでようやく天理は紫葵が白くなるほどに拳を握り締めている事に気がついた。
紫葵とて紗奈を見捨てたいわけがない。それは天理も知るところだ。普段の仲良し具合を見れば、真っ先に駆け出してしまってもおかしくないくらいほどに。
「この世界にはこの世界のルールがある。それを守らずに感情的に動いてしまえば、悪いのはわたしたちになるんだよ。そうなれば紗奈ちゃんを救えないどころか他の皆だって探せなくなる。そうなったらもうどうしようもなくなっちゃうんだよ」
「そう、だけど……あんな顔、久し振りだった。あんなにも弱り果てた紗奈を、僕は……」
「大丈夫。手がないわけじゃない。わたしだって友達をあんな目に合わせられてもう頭がおかしくなるくらい怒ってるんだから。これじゃ、天理くんは怒るかもしれないけど、やっぱり奴隷として売られているなら」
「―――――買うしかないって、ことなのか」
顔に嫌悪感を滲ませながら天理が呟く。人を買う行為はその当人の人権を真っ向から否定する行為に他ならない。人である事を無視し、商品として、道具としての側面に目を当てたが故の奴隷制。
なまじ需要があるための供給と考えると吐き気を催すような所業だ。需要を受ける人に対しても、そして供給する人に対しても。
「あの店、見た感じ裏に潜んではいたけど、それにしては扱う市場が大きすぎたから、もしかしたらこっちの世界では公式に認められている『商品』の一つなのかも。さすがに法律なんかは調べてる暇なかったから想像でしかないけど。でももしそうなら教会から小切手の一つでも取り寄せれば―――――」
「―――――話は聞かせてもらいました!!そんな事をしなくてもお金の事なら任せてください!」
「窓から!?」
よいしょと窓を開けて部屋の中へと入ってくるアルマーニ司教。鍵がかかっていたはずなのにとかいう疑問は不毛だ。それくらいの事なら難なくこなすという事はこれまでの旅路を共に過ごしてきた事により既にうところとなっていた。
本人曰く、生きていくために必要だった事らしく、家族皆が使えた技術なのだという。どんな人生を送って、どんな家族を持てばそうなれるのかが不思議でしょうがなかったが、深く考えれば負けだと思いその好奇心を心の内にしまった。
「奴隷を一人購入するだけの資金ならわたしの手持ちから出せますよ。粛清官はお金だけはたくさん貰えますからね」
「で、も人を……、人一人の人生を丸ごと買うんですよ……!?そん、なぽっと出したお金なんかで……」
「―――――?そのぽっと出しただけのお金で買えなければ意味がないでしょう?安い賃金で高い労働効率を得る。これが奴隷の本質でしょう。……最も別の利用方法もあるでしょうけれど」
二人の間にはただただ価値観の違いがあった。天理はそう感じた。
アルマーニ司教にとって紗菜とはそう名前が付いただけの一奴隷に過ぎないのだ。加えて彼女はこの世界で生まれ、この世界の常識に浸かりながらこれまで歳を重ねてきたのだ。奴隷とはこうあるべきものという崩れがたき固定観念が彼女の中にはあるのだ。
反面天理は違う。紗菜とは幼い頃から近しい間柄で人生を過ごしてきており、さらに言うなら天理は紗菜に憎からず思われている事を自覚していた。家の都合上天理が紗菜の期待に答えれるかは別として、天理にとって紗菜が隣を歩いているという事がほぼ日常に近いものとなってしまっていた。
そんな天理にとっては紗菜というのはあくまで水茎の家に生まれた紗菜であって、奴隷などではない。彼女の人生は金で立て替えられるほど安いものではない。
「でも、それは……」
「受けましょう、天理くん。渡りに船というやつです。正直教会に申請をしていてはどれだけ時間がかかるか分かりません。あまり想像したくはないですが、こうしている内に紗菜ちゃんがどこかに売られでもすれば目も当てられません」
「紫葵ッ!そんな言い方は……!」
「―――――天理くん。貴方はわたしにこう言いました。『こうなった責任は僕にある。だから僕はこの身を犠牲にしてでも皆を見つけ出して元の日常に帰りたい』と。自己犠牲はあまり好きではありませんが、天理くんらしい考え方だと思いました。尊敬だってしています。……でも、結局貴方の覚悟というものはそんなものなのですか?」
その気迫に気圧され、天理は大きく息を呑んだ。
そこには今まで見た事もない『チナ』がいた。聖女として過ごした帰還が彼女をそう変えたのか、それとも別の要因でこうならざるを得なかったのか。何にせよ、聖女と特別視されるに値するほどのカリスマじみた雰囲気が彼女から感じられた。
同時に天理は自身を大きく恥じた。紫葵の言う通りだ。天理は紗菜を助ける事とプライドを天秤に掛け、プライドを優先していると言っても過言ではない。クラスメイトを全員助け出そうと思えば、なりふり構っている余裕などないのだ。
紗菜だけが特別に奴隷となっているわけではないかもしれない。もしかすると戦争地域の真っただ中に転移させられた人がいるかもしれないし、未踏の地に転移させられた人だっているかもしれないのだ。
そんな人たちを助けようというのに、それを目前にして自分のちっぽけなプライドのために機を逃そうとえいる今の状況は、天理の思うところではない。
「助けたいという覚悟だけあれば人を助けられるわけではない。それはわたしが『ここ』に来て真っ先に学んだ事です。……強い気持ちと、それを成し遂げるだけの力。天理くんの助けたいという気持ちは分かりました。そして、今ここには助ける事の出来る力もあります。……それでも天理くんは、人道に反しているからと言って足踏みするのですか?」
「―――――紫葵の、言う通りだよ。僕が間違っていた。僕は人助けに一種の憧れを持っていたのかも知れないね。正義の味方が正々堂々と正道でもって人を助ける。その姿に子供のように憧憬を抱いていたのかもしれない。そんな事、あり得ないのに」
人を助けるという事は、その人のこれからを背負うという事だ。生半可な気持ちでやっていい事じゃあない。それが天理には分かっていなかった。ただ自分の思うヒーローを演じていただけだ。それで人が救えなければ意味がないだけなのに。
「アルマーニ司教」
「はい」
「都合の良い事なのかも知れません。さっきまで青臭い事を言っていた子供が何を、と思われるかも知れません。……だけど、僕には今助けたい人がいます。そのためには僕や紫葵だけの力じゃ到底足りない。だから、貴女の力を、借りてもいいですか?」
「ふふふ。思い悩むのは若者の特権ですよ。大人になればそれすらも煩わしくなって、自分だけが正しいと思い込んでしまいますからね」
それだけを言ってアルマーニ司教は再び窓枠に足を掛ける。もはや窓からの出入りがデフォルトになっている。
断言出来るが、間違いなくこれが異世界風の出入りだということはない。ただアルマーニ司教がおかしいだけだ。
旅の途中の四方山話で、アルマーニ司教は粛清官は彼女を除き変人ばかりと宣っていたが、天理たちから言わせれば彼女も十分変人の範疇だ。いい人ではあるのだけども。
「さあ、思い立ったが吉日ですよー」
「え?」
「何をしてるんですか。早く助けたいんでしょう?」
「あっ!今いきます!……さ、紫葵」
天理と共に呆気に取られていた紫葵を促し、宿屋を出て外で待つアルマーニ司教に合流する。
陽の傾き始めた中で、意気揚々と裏通りへと向かう三人。彼らの背中を、やけに多い魔獣が眺めていた。
◆
「これから、どうするかだな」
「そうだね。わたしたちは一応魔王討伐、ということで南大陸まで来たんだから、ゾード帝国までは行くとして……」
「衰弱した紗奈を連れていくのか、それとも保護していてくれたという孤児院で待っていて貰うか……」
裏通りの奴隷専門店と思われる場所にて、紗奈の購入は呆気ないほど簡単に行われた。それこそ丁度夕市で夕飯の素材を買うかのように。
沸々と込み上げる怒りと戦いながら全ての手続きを終えるのは至難の技だった。天理と紫葵だけでは途中で怒りをぶちまけていただろう。その点でもアルマーニ司教が同伴してくれた事はありがたかった。
ちなみに諸々の手続きを終え、最終的な支払い合計額は人一人の人生を考えるとバカらしくなってくるほどに安いものであり、その事もまた天理の心を逆撫でた。
「紗奈ちゃんに言ったら絶対付いてくるって言うと思うんだよね……。あの子、天理くんにべったりだから」
「いいんじゃないですか?何も街中で戦うわけでもありませんし。帝国の第一直轄領に預ければいいんではないですか?第一が危なければ第二、そこが危なければ第三にといった具合に。どうせ聖女様にもそうしてもらうんですし」
「ええ!わたしは一緒に戦いますよ!そのためにいっぱい練習だってしたんですから!ね、天理くん?」
「ぼ、僕に聞くのか?いや、どれくらい危険になるのか分からないんだから、やっぱり紫葵は後ろにいた方が……」
眠りについている紗奈を自室のベッドに寝かせ、そのまま経過を見守るためにその場に居着く。それだけでは時間をもて余すため、天理と紫葵は恒例の会議を始めた。成り行きでアルマーニ司教も参加しているが。
自分も戦線に参加すると言って聞かない紫葵に、やんわりと窘める天理。そしてそれを微笑ましく見守りつつ、自身の意見を述べるアルマーニ。
穏やかな時間が続いていた。
回復魔法によって紗奈の身体を精査した結果、特に異常は見当たらず、衰弱が目立つのみという事で二人とも安心していたのだ。
これからの事を話すのは、今の懸念が晴れたから。
ーーーーーだが、その束の間の休息を、運命は決して許しはしない。
「ーーーーー?」
「どうしました、アルマーニ司教?」
弾かれたように彼女が天井を見上げたのは、話が進み、目撃された魔王についての情報を纏めていた時だった。
突然の行動に驚きつつ、天理は訝しげにアルマーニに問う。徐々に張り積めていく彼女の顔を見れば、何か悪い事が起こったのだという事が嫌でも伝わってきた。
直近での空での異常といえば、既にその姿を消した天に浮かぶ城だが、あの時感じた表現のし難い圧迫感のようなものを天理は感じていない。
アルマーニに釣られるようにして天理も天井を見上げてみたものの、何かが見えるという事はなかった。
「まずいかも、しれません」
「司教?」
一言呟き、窓際へと彼女が駆け寄る。そしてガラリと窓を開け、ともすれば落ちてしまうのではと思うほどに身を乗り出して空を見上げた。
「二人とも、直ちに戦闘準備を。それに調査隊の方々や、護衛の方々にも同じように連絡を」
「それって……」
「はい。ーーーーー魔王が、来ました」
悪意が、王都を飲み込もうとしていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




